真珠色の城

露草あえか

走りつづけて

 やっと辿りついた。

 独りになって、みんな振り払って、泣く泣く捨てて、走ってきた。この何もない灰色の一本道を、必死にここまで走って来た。

 大きくて立派な城。陽の光が透き通る、真珠色の城。その色に惹かれて、吸い寄せられるように道を選んだ。

走り出す前は、もっと小さな城にいた。城には昔なじみもいれば、お高くとまった奴もいた。城がまとっていた終わりのある永遠は、ときに束の間をあざやかに彩り、ときに永遠から色彩を奪った。


歌が城じゅうにこだました。歪に繰りかえされて止まらない歌。すり込まれてすり込まれて、ただ走った。逃げるように。悪夢にうなされるように。まるでそれだけが、それこそが正しいみたいに。



この城にいられる時間はありません

三年はもう過ぎました

つぎはどこへ行きたいか

選ぶも走るもお早めに

はしれ! とまるな! 

ひとよりはやく!


あの城に入れるひとはどれくらい?

間に合わなくても止まっても

逃げたことには変わりない

はしれ! とまるな! 

だれよりはやく!



 走るだけの道のりは、孤独だった。昨日までいっしょに笑っていたあいつも、こっちを見もしなくなった。すぐそこにいるのに、何を叫んでも聞こえていないふりだった。知ったふうな生ぬるい同情、かまってくるのはそんなものばかりだった。ほっといてよ。そう言うとまた、寂しくなった。

向こうに木が見えていた。走り出したときは、花の淡い色が霞んでいた。そばまで来たときには、もう花は散っていた。青い葉が影をこしらえていた。誰もが涼むことを勧めたが、誰もがそのまま通り過ぎた。



はしれ! とまるな! 

だれよりはやく!



 忘れたいのに、まとわりつく。こびりついて離れない歌。歌がいくつもの城につけた格は、人の髄までもを染め上げてゆく。上へ上へと見栄を張った人も、どこかで踏み外せばすべり落ちてゆく。



はしれ! とまるな! 

ひとよりはやく!



 後戻りできないように、後ろから追ってくる歌。やがて、日が傾いた。木の葉が散った。雨粒の丸みを鋭く変えたのは、自分の走る速さだった。冷たい風は、やがて雨を凍らせた。少しずつ近づいていく真珠色の城に、うっすらと雪がつもった。

門はまだ開いていた。間に合った、そう呟いたとき、小さな花が淡い色をほどいた。残るは一つ、門の内の急な坂だけだった。



そうして、やっと辿りついた。

でも、一歩そこへ入ることができない。



――いいのかい?


 声がした。

 登り切った坂の上、たった一歩で越えられるはずの境界線が、誘うように光る。こんな一歩、今まで走ってきた道のりに比べればなんてことない。なんてことないのに、越えられない。


――ほら、消えちゃうよ?


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