第5話

 やはり寒かった。札幌の気候は、春でも寒い。

「今日は、暖かいね。」

そんな声が、人のぬくもりを感じさせる。

構造化学研究室。そこが、私の居場所となった。北海道大学理学部化学科では、落ちこぼれの入る集まりだった。まず、させられたのは、研究室の移転に、伴う実験機器の運びだった。

 本当は、勉強がしたかった。

 研究室でできた仲間と、飲み会をした。野球大会にも足を運んだ。ただ、何故か、仲間からは、馬鹿にされる存在ではあった。私が、ひ弱だったせいもあるのだろう。研究発表にも、プレッシャーを感じていた。構造化科学研究室は、IR、NMRに代表される、分子構造を分子式で解析する、研究を主としていた。

 ただ、金がない。

 その悩みは 、学生特有の悩みであった。就職活動も、させていただいた。JR新広島にある会社に、面接に行ったときには、私が、面接官の方に、エンジニアの夢を偉そうに語り、面接官の方に、ぼろかすに説教された。その時にひとつだけ、いいことを教わった。

「エンジニアに大事なのはね、問題解決能力だ。」

収穫は、それだけだった。数日後、不採用の通知が届いた。マスコミに興味があった私は、テレビ局の面接も受けさせていただいた。面接官に、

「最近、テレビが面白くなくなった。」

と言って、喧嘩になりそうになったこともある。勿論、不採用だった。

 神戸と札幌と東京を、飛び回り、面接していただいたが、どれも不採用だった。結局、神戸にあるサンテレビの下請け会社に、契約社員として落ち着き、4ヶ月出勤したが、それも社長から、契機延長を勧められたが、断ってしまった。

 時を同じくして、中学校からの連れに、ある相談を持ちかけた。

「一緒に、漫才師目指さへん?」

公園に呼び出した、私は、薄暗がりの中、ベンチで、連れにその話題を持ちかけた。漫才というものの奥の深さを知らない頃のことである。

「そんなこと考えてたん?」

連れは、承諾してくれた。中学時代からの付き合いなので、まさかあっさり受け入れてくれるとは、思わなかったが、二つ返事で応えてくれた友人の心意気に、少しありがたみを感じた。

「まずは、コンビ名決めようか。」

まずは、そこからだった。連れの提案で、フューチャーズというコンビ名に落ち着いた。かっこよすぎず、 ダサすぎず、ちょうどいいコンビ名だと思った。その頃から、私は、連れを相方と呼び、私たちの公園での立ち稽古が、始まる。当時、流行っていたフリースを着て、ネタを探っていた。

 当時、お笑い一本で食っていくつもりでいた。

 老人介護施設で、漫才をさせてもらい、アンケートを配ったこともある。とにかく、やりたいことが見つかった喜びと、夢への推進力は、半端ではなかった。連れの方が、明らかに笑いを熟知していた。

 ところがである。中学生の頃から、東京に憧れを抱いていた、連れは、東京でオーディションを受けながら、デビューしようと言っていた。私は、大阪で、地盤を組んでからの方がいいと思っていた。そこに、意見のずれが生じた。何度も、話し合いをしたが、話は 平行線に終わった。いよいよという時になり、連れは、東京に居宅を移すことになる。

 神戸に残された私は、虚しさ以上に憤りを覚えた。

「おぎゃに、これやるわ。」

ゴミ袋に入ったアダルトビデオだった。最低だと思った。

 そして、連れは、東京に行き、神戸に残された私は、実家を追い出され、生活保護を受給させていただく運びになる。

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