第2話

 留年したと思っていた。もう、なす術はない。

 そんな矢先の出来事だった。誰にも言わずに、北海道に飛んだ。

「北大に何があるの?」

母の言葉が耳に残っていた。学生会館に戻った私を見て、寮母さんは驚いていた。

 何が私を、北海道に突き動かしたか。精神科に座っていた、ある女性のことを思い出したから。

 それだけだった。

 童貞だった私は、女性に手を握ってもらうだけで、満足していた。その経験が、私を札幌の北海道大学病院に、向かわせた。だが、その女性に、二度と会うことはなかった。私は、すぐに諦めた。

 それよりも、友達を作ろうという考えに至った。

 一年目の学生生活は、アルバイト以外に、知り合いはいなかった。学生会館でも、食堂で一人、 黙々と食事を採っているいるような学生だった。だから、学校で友達を作って、楽しもうと思った。

 物理化学の講義で、教授から課題を出された時、後ろに座っていた学生に、私は声をかけた。

「わかる?」

割と自然に、声をかけられたと思う。

「全然わかんない。」

講義が終わり、教室から出ようとした、その学生を、必死で追いかけた。友達を作るチャンスを逃してはならない。そんな浅はかな考えが、私を突き動かした。

「家どこなの?」

そんな質問をしたと思う。返事は覚えていない。ただ、彼は、優しそうな男で、話してみると、人間性に優れていた。

 この頃から、私は、精神科に通院するのを、辞めた。サークルにも入ろうとした。軽音サークルに、顔を覗かせてみた。サークル会館に入ると、奥の方に人だかりが、出来ていた。サークル会館のその一角で、

は、深津絵里の話が、なされていた。私は、会話に入れず、ただそこに座っていた。

 次の日から、教養科目と専門科目の往復だった。教養科目は、シラバスの書く限りでは、一般教養のことらしく、専門科目は、学部ごとの専門知識を身につけるところだった。私が在籍していた理学部化学科は、実験と講義の繰り返しだった。

 総勢40名ほどの、そのクラスでは、やる気のある者とやる気のない者が、明らかに分かれていた。

 私は、最初のうちは、やる気があっても、長続きしない男だった。隣で実験をしている学生が、軽音サークルに入っていた。そのよしみで、私は、その学生と意気投合した。どうやら、彼は 、私と同郷らしく、帰り道、地元の話題で盛り上がった。

 その春、私は、居酒屋魚民で、アルバイトをしている。血気盛んなアルバイトの連中が、うようよしていた。よく怒鳴られては、馬鹿にされた。仕事ができない分には、仕方がない仕打ちだった。夜勤のアルバイトで、疲れて学業に専念できないのも無理はなかった。

 まず、皿洗いから入り、それから、焼き場に回され、調理器具の洗浄が、主な仕事だった。この時、標準語を使うことをかなり意識していたように思う。紆余曲折あり、そのアルバイトも、一年くらいで辞めてしまった。ちょうどその頃、同郷の友達にアルバイトを紹介して、無責任に私が、辞めていった形になったので、その友達には、悪いことをしたと、反省している。

 結果、彼とは、メールで喧嘩別れして、疎遠になっていった。

 その頃には、もう大学という場所が、知識を身につける場所だということも忘れ、アルバイト優先になっていた。これだけは言える。学校の勉強が、如何に大切か、ということ。学生の本分が、学業だということを、すっかり忘れていた。

 ただ、単純にこの一年が、楽しかった。最初に、友達になった男には、何故か人を引き寄せるオーラがあった。

 春夜明け、私は、新しいアルバイト先を探し当てた。土日に4時間程度のアルバイトで、アルバイト情報誌の小さな欄にカメラアシスタント急募という活字が見えた。

 ここから、私は、大人の世界を、思い知らされることになる。

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