第2話 正義のバイトバックラー
コンビニでもイクか、と歩いている。
もうすっかり夜のため、人通りも少ない。
「しゃっせー」
女性バイトのかったるそうな声がする。労働はしんどそうだな。同情する。
そういえばファンデーを読んでいなかった。
雑誌コーナーへ向かう。
すると、レジのほうから怒り混じりの声がした。
「押せっつってんだよ!」
「いえ、それは…お客様に押してもらうもので…私どもでは…」
うわっめんどくさそうなことになってる。
ま、どうでもいいけど。
オレは今読書に励んでいるのだ。
「だぁからぁ!」
「ですが――」
「…………」
悲鳴がした。
「があああああああああ! がああああああああああ!!!!!!」
「!?」
思わず様子を見に行く。
「ですから。押してもらわないとお売りできないんですよ。わかってますかそこんところ。ルールなんですよ。社訓や社則と同じ、ルールなんです」
「ああああああああああ!!! や、やめっ、関節はずっ れっ」
「そのつもりでやってんですよこっちは」
「んぅうおおおおおおお! わ、わかった押す、押すから離せぇぇええええええ!!!!!!!!!」
女の店員が、中年男性にかけた関節極めを外す。
中年男性はどうやら酒を買うための、年齢確認ボタンを押すことを店員に強要していたようだ。
タッチパネルを押すと、中年男性は大きく舌打ちをする。代金を乱暴にレジに叩きつけると、「ああ! もう! なんっなんだよてめぇは!! ざぁけんじゃねえぞっこのっ、クビ、だ、クビにしろこいつ! 店長出せ! あぁ!?」
「ただいまお呼びします。こちらお釣りでございます」
まったく気にする様子もなく機械的に会計を済ませている女の店員。騒ぎを聞きつけて、裏から店長らしき人物が現れた。
おーおーこわいこわい。どうなっちゃうんだこれ。
そう思いながら面白半分で眺めていると、
「お客様! この度は大変――」
速攻で頭を下げようとする店長。それを伸ばした手で静止する女店員。きっと中年男性を睨める。
「私が辞めれば満足ですか?」
「おーぉそうだよ! 辞めちまえこのクソ! なぁ店長さんよぉ! 今すぐこいつク
ビにしろ!」
「じゃあやめます」
「……は?」
「やめます。大変申し訳ございませんでした。これ以上ご迷惑をおかけするのも失礼かと存じますので、すぐ、引き上げます」
「いやいや! それは困るよこの時間はいてもらわないと」
「いえ、足を引っ張るだけかと。それでは」
レジにいるにもかかわらず征服を脱ぎ出す女店員。そのまま裏の事務所へと歩いて行く。
「ちょ、ちょっと」
店長らしき人物は女店員を追いかける前に中年男性に謝罪しあらためて頭を下げる。
だがもうすでに中年男性はあっけにとられていた。
相手があっさりと引いたことに拍子抜けしてしまい、ブチ切れて八つ当たりする対象を失ったようだ。ぶつける先のなくなった怒りはとたんに、冷めていったようだ。とぼとぼと帰っていく。
おおかた、職場での失態、叱責などからの歪んだイラ立ち、理不尽な怒りだと自分でも悟ったのだろう。もう二度とこの店にはのこのこと来られないだろう。バカなやつだ。
そう思っていると女店員が現れ、店から出て行った。
その時になってはじめて、彼女の顔に見覚えがあることに気づいた。
女の後ろを追いかけて、声をかける。
「玖月」
「……」
返事がない。
玖月はゆっくりと振り返る。
「話しかけないで。バカが伝染るから」
「……おぅ、ふぅ……」
災難だったなとでも浅い慰めをしてやろうと考えていたが、ばっさりと切られてカチンときた。こいつにそんなこと、間違ってもするべきじゃなかったな。オレの頭がどうかしてた。
あいつの関心は、勉強をしていい成績をとる。それのみにある。クラスの人間と仲良くやろうとはまるで考えない、クラスにとっての異物なのだから。
もっとも、不愉快なことにそれはオレも同じわけだが――。
去りゆく玖月の背中を睨んでやると、気配を感じて振り返られたので目をそらす。
背を向けたことを確かめると、またじいっと睨みつけてやった。
「それにしても――」
なぜ、勉強バカのあいつがバイトをしていたのか。
気になるところだった。
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