座敷童オーバーライト

古癒瑠璃

座敷童オーバーライト

 どうやら、伝え聞いた話によれば。

 ――座敷童は全滅したらしい。


 ◆◆◆◆


 雪国にある鄙びた旅館に来ている。

 湖の近くにあるこの旅館の周りには、雪景色以外の何者もない。

 駅もなく、街もなく、人通りもなく、灯りもなく。

 訂正しよう。鄙びたというからには田舎らしくあるべきだがこの旅館を田舎と言ったら田舎の人に怒られる。

 自然のただ中にある旅館に自分は都会の喧噪を離れ、訪れていた。

 目的は慰安であり逃避であり、平穏であり静寂だ。都会にない安らぎという物を求めてこの場所を訪れた。

 建物は周囲の風景を損なわないように、木調を基本として構成されている。

 それでいて、最近のホテルチェーンに負けないようにか程よくリフォームが行われており、嫌な古くささは一切無い。

 整った旅館というのが第一印象。


「まぁまぁ、遠いところからようこそ――いらっしゃいませ。当館の、女将です」


 豊かな黒髪を結い上げた、豊かな胸の女将が着物姿で出迎えてくれたのが何よりの好印象だった。

 人によっては薹が立ったと野暮なことを言うかも知れないが、浮かべられた厭味のない笑みにえくぼの浮かんだ様子は本来の年齢から大分外見を幼く見せている。

 二十台に見える笑顔の、実際には三十台から四十前半と言ったところだろう。


「随分とお若い女将さんで」


「嫌です、そんなお上手なこと言って。もう五十も過ぎたおばさんです」


 第二印象は女性はこわいということだ。


 ◆◆◆◆


 荷物を部屋に置いてから温泉へ。

 周囲には一面の雪景色。雪白に染められた景色は、旅に疲れた目には些か痛い。低い雲が張り出しているのはこの季節の、この土地では普通のことなのだと道すがら、同乗したバスの客が得意げに話していた。なんでも、雪の雲はどす黒く重たい。都会では大雨かゲリラ豪雨になるような雪が、分厚く空を覆っているのだと。その為に日照量は少なめで、気温以上になによりそれが寒さの原因なのだとか。話は、日照量が人の精神に与える影響と言った生物学的側面へアプローチを仕掛けてから、北欧、イングランドの料理にゴムのあじのするキャンディーとウィスキーカクテルの話へと旅立ってからスペイン旅行の話題へと移っていった。

 低い雲に雪白の風景。はげ上がった山に、葉の一枚もない木々の彩りは言葉の上ではさみしげだが、想像以上にどこか趣があって、暖かですらある。雪に吸われるのか音のない世界で、きっと、僅かな色彩ですらも体温を持っているせいなのだろう。

 もっとも、程よい熱さに保たれた露天温泉のパノラマビューが、自分の思考を暖めていた可能性については考慮していないのだが。

 温泉から上がって、自販機で飲み物を飲んでから火照った身体を覚まそうとなにとはなしに旅館の庭に面した通路をとぼとぼと歩く。

 夕食にはほど遠く、暫くは部屋でゆっくりのんびりしようと言う魂胆だが、旅館内をこうして歩くのもまた旅の一興だ。

 然して、雪に彩られた庭園を眺めて楽しんでいたところで、ふと、雪に戯れる人影を見つけた。

 朱の着物に身を包んだ童女である。黒髪におかっぱ頭。後ろの髪は少々長めで腰ほどまで伸ばしてある。

 童女は、庭の雪以外になにもない場所で、何が楽しいのか空を見上げくるりくるりと回っていた。彼女が身に纏う朱の着物が白景色に映えて円の残影を瞳に描く。

 やがって、瞳を降ろした彼女はこちらをみとめたのか、視線を向けてそっと口に弧を描いた。着物に負けぬ紅が映えている。

 背伸びした子どもだな、と思いながらそのあどけない笑みに、なにの考えもなしに手を振った。ひとつ、こちらの反応に驚いた素振りを見せた童女は、周囲を焦ったように見回し、居住まいを正したかと思うと、ぎこちなく手を振り替えしてきた。

 しばらく、道なりに歩いていると女将さんとばったり遭遇した。


「あら。お湯加減はどうでした」


「いや、最高でしたね。露天も寒いかと最初は思いましたが、慣れてくると寧ろジンとした寒さが肌に心地良い。お湯の温かさが染み入る心地は雪国ならではですよ」


「まぁまぁ、それはなによりです」


「ああ、そういえば今、そこで着物姿の女の子にあったんですが。あれは、女将さんのお子さんですかね」


「女の子、ですか?」


 女将さんは少し顎に手を当て考え込んでから告げた。


「――いいえ、心当たりがございませんねぇ。お客様にどなたかいらしたかしら」


「そう――ですか?」


 なんのこっちゃと首を傾げる自分と女将さん。さて、先ほど自分が見た童女は一体何者だったのだろうか。

 ここへ来る途中、バスで見た周囲の風景はまさしく山中の秘境その物。数キロ単位で民家は存在しない。その為に、近所の子どもというわけにも行かないだろうし一体何者だったのか。


「ああ、もしかするとお客さん」


 と、女将さんがなんだか悪戯心に溢れた笑みを浮かべながら口にした。


「――座敷童かもしれませんよ」


「――――。――――はぁ。座敷……童」


「昔、この旅館にも居たんですって。もう一度お会いになられたら、どうか良くしてあげてくださいね」


 そういって女将さんは去って行った。

 関係ないですが、ウィンクしながら口元に人差し指たてて上目遣いでお願いしてきたり、その際にさりげなく胸を揺らしたり、どう見ても二十台にしか見えない美貌でそれをやられると否とは言えないんですが、分かっててやってますか、女将さん?

 どうにも気になり先ほどの場所へと足を戻す。

 あれから雪が振り直したのか童女の居た場所には足跡の一つもない。

 失敬と思いながらも、スリッパのまま庭へと足を運ぶ。雪が素足について冷たいというか痛いが、童女の居た場所へと立ってみる。

 空を見上げれば低い雲。周囲には雪白に覆われた松の木がいくつか。回ってみれば世界が回る。降り始めた雪がひらりと横切り、なるほど、これは子どもには楽しい風景となるやも知れぬと、足を止めたその瞬間。足下で嫌な音がした後に、自分は冷たい池へと落下した。

 後で分かったことだが、あの場所は普段なら鯉が泳いでいる池のある庭園なのだとか。凍った池の表面に雪が降り積もったせいで全く風景に溶け込んだそれの上で、自分はバカみたいに回っていたわけである。


 ◆◆◆◆


 風邪を引くわけにはいかないと風呂に入り直してから、部屋へ。時間をロスしたがそれでも夕食までにはまだ時間がある。

 暇をさて、どうしようかと考え扉のロックを解除して部屋へ入ったところで童女が正座でお出迎えしてくれた。両手を差し出してくるのでとりあえず手に持っていた風呂道具を渡したところ放り投げられ、違うとばかりに手を捕まれ、目の前へ座ることを促された。

 畳敷きの床へとりあえず、童女と向かい合う形で座ると、今度はこちらの目の前でひらひらと手を振られる。次いでこちらの感触を確かめるようにぺたぺたと顔やら肩やらを撫でられた。


「いや、さすがに下半身はまずい」


 ほおって置くと身体の隅々まで撫で回しそうな童女の勢いに、とりあえず手を払って止めさせる。童女は、払われた手をじっと見つめている。生活苦に困窮しているしている様子はないので、どうにも感触を確かめているようだ。暫くすると、灯りが灯るように表情を輝かせると、どこからか墨と筆と紙を取り出し、なにやら書き始めた。


『触れる』


「……そうだな」


『触れるよ?』


「うん」


『触れた!』


「むっちゃ嬉しそうね、君」


『始めて触れた!』


「ああ、そういう」


 妙にテンションが高いと思ったらそういうことらしい。なるほど、始めて誰かに触れたとなると好奇心旺盛な子どもともなればはしゃぐのも道理だ。


「で、お前さんはどういう……えーと、名前とかあるの?」


 童女は両手を組んで、首を左右に傾げ、顎を引いたりだしたりぐりんぐりんと頭を動かしてから、やがて紙へと向かうとこう書き記した。


『我こそは第六天を司る魔王なり』


「さようか、魔王様。すごいな、魔王様。驚いたよ、魔王様」


『座敷童です』


 自分で書いて羞恥に耐えられなかったのか顔を真っ赤にして打ち震えている童女の肩をぽんぽんと叩く。童女――もとい座敷童か。

 

「座敷童なぁしかし。他に仲間とか居ないのか」


『私が、最後の、座敷童です』


 えっへんと、胸を張る座敷童。どうやら誇りであるようだ。だが、自分としては思いがけず重たい話を聞いたような気がして、気落ちしてならない。

 そうかぁ、最後の座敷童かぁ……。


『まぁ、他の座敷童など、見たことが、無いのですが』


「ないのかよ」


『生まれてこの方』


 それなら、自分以外に居たか居ないかすら本当は分からないと言うことなのか。


『天涯孤独の身の上でありんす』


「意外と語彙が豊富な、お前」


『Not really(それほどでも)』


「英語まで――ッ?!」


 どうやら見た目の割にはそれなりの年月を生きてきているようだ。

 しかし、目の前で筆談する座敷童の姿は、そのような年月を全く感じさせない童女の物でしかない。確かに着物が古くさかったりするが、先ほどのはしゃぎようと良い、庭で見かけたあどけなく雪と戯れる姿といい、この子は間違いなく童女である。

 どれ程の年月を生きようと、座敷童は童女にかわりないようだ。だがそれは、もしかすると、子どもの心のままで長い年月を孤独に過ごしてきたという事なのか。

 それならば、やはり、人に触れたという事がこの子に取ってどれ程の喜びだったか計り知る術すらない。おそらくは望外の、埒天外の奇跡が彼女の前に降り注いだのだろう。


「うん、だから虎視眈々と下半身を狙うのは止めろ――こら、やめ、やめろっ! 抱き付くな!!」


『子どもに抱き付かれて慌てる。特殊性癖でも、一向に』


「要らんことまで知ってるな、お前!」


 ◆◆◆◆


「はい……?」


「ああ、いえ、急で申し訳ないんですが食事、簡単なので良いので一人分多く用意できませんかね。子供用と言いますか、おにぎりくらいでもいいんですが」


「板前との相談にはなりますが……ええそうですねぇ」


 女将さんはそりゃあもうびっくりするほど可愛く首をかしげてから、相変わらずの笑みを浮かべた。


「――ええ、座敷童ちゃんのためですもの。ちょっと、お任せしてくださいな」


 そうして、自分の夕食の際には予め頼んで置いた北の幸の盛り合わせ鍋の他に、子供用のメロンやら甘い茶碗蒸し(そう、栗が入っていて甘いのだ)やら赤飯(これもなんでか甘納豆が入っていて甘いのだ)やらプリンやらアイスシャーベットやらが運ばれてきた。


「あの、お代は」


「いいんですよー、いっつも食材がなくなることで板前の間でも有名でしたからー。鼠だいたちだ野生生物だって騒いでたのに比べれば、正体が分かった分だけ清々しいってもんです」


 とは運んできた女将さんの談。話しているときにも座敷童は部屋にいたのだが女将さんには全く見えていなかった。

 というより、こちらを驚かせようと思ったのか、女将さんの身体をすり抜けたり、頭の上でピースしたり、千手観音に挑戦したり遣りたい放題していた。


「それではごゆっくり。お膳は、後で取りに来ますから」


 そう言いながら女将さんが下がっていくと、部屋の扉が閉まるのと同時に座敷童は食事に飛びついた。

 それはもう見事な食いっぷりでむしゃむしゃと食べている。さりとて、誰が教えたのかは知らないが、教育が行き届いたしっかりとした箸の使い方で見事に料理を掻き込んでいるのが不思議でならない。

 しかし、女将さん。先ほどは言いませんでしたが、なんだかデザート多すぎませんかね。これ、もしかして余ったデザートとかそういうのですか。それとも子どもだろうと気を利かせたんですか。


「まぁ、いいか」


 と座敷童の満面の笑みに思わず破顔しながら気にしないことにして、自分も食事にありつくことに。

 蟹にホタテに鮪にイカに、海の幸盛りだくさんのこのメニュー。添えられている鍋もまた、蟹の入ったシンプルな鍋ながらこの上なく旨い。

 暫く、座敷童と二人、夢中で食事を楽しんだ。途中、蟹を奪い合う大人げのないバトルや、デザートとの物々交換やレート交渉など様々なやりとりがあったが割愛する。

 こんななりだが、座敷童はこれでいて年嵩である。甘味だけじゃあ満足できず、酒に魚の味まで楽しむそれはもう、ひとかどの食通なのであった。

 そんな一時を経て、女将さんが食器を回収し、布団を敷いてから二人して横になっていたところでだ。何も言わずに二人分の布団を敷いていってくれた女将さんには感謝の念を抱いていたところで、隣の座敷童が紙に文字を書き始めた。


『遊ぼう』


「夜だぞ」


『遊ぼうぜ』


「温泉に入り直しに行きたいんだが」


『童女の裸を所望か!』


「立つな。所望してない。立つな。騒ぐな。違う」


『じゃあ、遊ぼう』


「んー」


 旅館に来て風呂に一度しか入らないというのはなんだかもったいない気がする信条の自分である。やはりまず温泉、次に食事、その後もう一度温泉。そして寝起きに温泉に浸かってこその旅行ではなかろうか。しかし、童女はこの機会を逃さんとばかりの勢いと積極性で遊びを請うてくる。こうなれば、このまま温泉に行ったところでコイツは付いてくるだろう。間違いなく、気を休める暇などない。

 少し考えてから、一つ思い出し、自身の荷物を漁る。一緒に覗き込む座敷童の前に、目的の物を差し出すと、童女は首をかしげた。

 自分はそれのスイッチを入れながら、目当てのパズルゲームを起動すると童女に付きだした。


「お前にゲームを与えよう」


 結果から言うと、座敷童はそれはもう、くびったけでその最新携帯ゲーム機に嵌まった。

 どれくらいかというと、温泉に入って戻ってきてもまだやってた。


「そろそろ寝るからな?」


 その言葉にこくこくと頷くだけの座敷童。

 まぁ、これはこれで静かで良いなと思い灯りを豆電球だけにして眠る自分。

 それから小一時間して、布団から起き上がると座敷童に向かって告げた。


「――頼むから音量を下げてやってくれ」


 それから丑三つ時を回って暫く。深夜というか早朝という時刻になって、座敷童は遂に念願のオールクリアを成し遂げ眠りについた。

 童女、渾身のガッツポーズ。苦節十三回のリトライからの勝利は、長い座敷童生においてどれ程の感動であったのかは知るよしもなく。

 そんなハイライトのような場面を拍手と共に祝福しながら、結局、そんな時間まで突き合わされた自分も気を失うようにして眠りについたのだった。


 ◆◆◆◆


 さて、そんな座敷童との出会いにも必然的に別れが来る。

 当然だ。何しろこの旅はバス送迎付き一泊二日の貧乏旅である。連泊など一切考慮されていない。そんな暇も金もない。あったら座敷童がいようがなにしようが泊まっている。


「お客さん、大丈夫です? お顔色が悪いですけど」


「ああ、まぁ大丈夫です。座敷童に付き合って遊ばされてただけですから」


「まぁ。やんちゃなんですね座敷童ちゃん。でも、本当に久々の遊び相手だったろうから仕方がないのかしら」


 その当の座敷童は女将さんの真横で携帯ゲーム機片手にこちらを見つめている。どことなく、というよりも露骨にさみしそうな瞳でこちらを見つめている。具体的には瞳をうるまし、鼻の頭は紅く、頬も紅潮していて身体はなにかを堪えるように震えている。半分くらいは寝不足からくる眠気と貧血との戦いである。


「また、いらしてくださいね」


 そういつもの笑顔で告げる女将さん。


「ええ、また来ます」


 社交辞令でもなく自分はそう告げた。それがいつになるかは全く分からないが、座敷童に会いに来るのも悪くないと、そう思ったのだ。

 荷物を持ち、旅館の外まで出る。バス乗り場までの少しを歩く。バス停の前で荷物を置いて。そのまま自然に後ろを振り返った。


 ――そこに、果たして予想通り。座敷童は立っていた。


「――――」


『――――』


 お互いに、言葉もなく見つめ合う。周囲はびゅーびゅーに風が吹いていて雪煙が舞っている。バスが来るまであと少し。この場所で過ごすじかんももう僅かだ。

 座敷童は懐から一枚の折りたたまれた紙を取り出すとこちらへと押しつけてきた。思わずそれを受け取ると、たっと距離をとる座敷童。

 そして携帯ゲーム機を持ったてをぶんぶんと振ると、こちらにびしっと空いた方の手で指を突きつけ、かと思いきや、両目をつぶって渾身の舌だし。それからの、片眼ウィンクと自然な笑顔。

 最後に、ため息交じりに"あ"と"い"の形に二度開かれた口の形。

 それを最後に、座敷童は旅館へと戻っていった。


「なんだ、あいつ」


 あれが渾身の別れの挨拶だったらしい。言葉がしゃべれないのかなんなのか、それすらもようとして知れなかったが、それにしたって不器用すぎる。

 渡されたのは――手紙か、何かだろう。


「バスの中で読もうか」


 そう思い、手紙を懐へ。全く、本当に変な座敷童だ。あんな座敷童がいたんじゃ、また会いに来るしかないじゃないか。

 ――こんなわかれ方をされたんじゃあ、愛くるしくてまた様子を見に来るしかないじゃないか。


「まあ、でもあれだな」


 最後の最後に、とぼとぼ歩くアイツの手元から携帯ゲーム機の起動音が聞こえなければ最高の別れだったんだけどな――!

 あいつ、帰り道の途中でゲームを起動してそのままプレイしながら帰りやがった。感動、台無しである。


「まったく、どうしようもない座敷童だよ」


 ◆◆◆◆


 暫くして。

 どうやら伝え聞いた話だが。

 ――座敷童は全滅したらしい。


 その噂を耳にして、自分は再びあの旅館を訪れていた。

 あれから数年が経っている。

 貧乏は貧乏だが仕事は安定し、それなりの収入も得られるようになった。

 代わりに、更に暇はなく、休みもなく。今回の旅行もどうにかこうにか折り合いをつけての小旅行だ。

 荷物を片手にバスを降り、代わらぬ旅館の扉をくぐる。


「あらあら、いらっしゃい」


「どうも女将さん。ご無沙汰しております」


 代わらないのは旅館だけじゃなく、女将さんの笑顔も美貌もそのままだ。

 案内されるままに前と同じ部屋へ荷物を置いて、浴衣に着替えて温泉へひとっ風呂。

 さっぱりした心地で、やがて、あの場所へとたどり着いた。

 ポケットにはくしゃりと、あの時に貰った手紙の音。

 雪景色もそのままに、庭にはあの時と寸分違わぬ風景が広がっている。

 改めてみても、そこに池があるとは気づかぬ厚さの積もりよう。

 雪はしんしんと降り、世界はまるで音無のよう。


 その最中、くるくるとその場で回る朱の着物の一人の"少女"。


「よぉ」


 その少女へ手を上げて挨拶を。少女はこちらを振り向くと、片手に古ぼけた携帯ゲームを掲げて手を振り返す。

 ポケットにはあの日の手紙。

 

『次に会うときはびっくりさせる』


 なるほどびっくり。これ以上ない美少女がそこに。

 コレでは童女とはもう呼べない。座敷童は童であるから座敷童なのであって――美少女になったらさて、なんと呼べばよいのだろうか。

 なにはともあれ約束はここに。


「手招いたって、そこに池があるのはもう知ってるからな」


 言葉にびっくり。しまった顔の美少女は、こちらへ向かって跳ねるように駆け寄ってきた。




 

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