空虚なセレブ達

高層ビルの一室から都市を見おろし、シャンパンを片手に二つのサイコロを振る男女。どこまでも無邪気に、すべてを忘れてサイコロゲームに一喜一憂する。そういう人種が世の中にはいる。


一人は財閥の令嬢ケイコ様。一人は元女性社長のクミコ様。そして現役女性社長のミキコ様と、中年男性社長のタツヤ様。そして平凡なサラリーマンの私。場違いのようだが、私は妙にこの空間が気に入っている。


羨望と余裕。嫉妬と不安。そんな感情が宴の終わりと共に芽生える。どんな人種に見られていようが、その中身は誰からも見ることができない。本音で話をするような間柄なら話は別だが。


こういう人種は、興奮と熱狂の中に身を投じながら、その終わりとともに、心地よい虚無感を味わうのだろう。そして、余裕の無いサラリーマンは日々の仕事を消化する。そう、私もまた余裕のないサラリーマンだ。その気分や思考は知っているつもりだ。


高層ビルから見下ろせるもの。それはすべて人工物だ。城、公園、鉄塔、ネオン、数えられないビルディング、自動車、鉄道。木の1本にしても人間の手が入っているようだ。完全に人工ではない可視物。それは鳥と虫くらいだろうか。そして、その餌は人間の出したゴミだ。


ナッシング・ナチュラル。


広いリビングには高価な応接セットが2組。冷蔵庫は高価な食材でいっぱいだ。キッチンにも各人が持ち寄った食材や酒がある。遊ぶだけの日々。有閑階級と共に私は遊んでいる。


毎 日を真剣に遊び尽くす人々。これはフィクションではない。「遊ぶ」が何を意味するのかは重要な問いなのだが、それは言葉で語り尽くせるものではないだろ う。ある意味で感覚的に、私はこの言葉を使っている。こういう人種の間では、仕事すらも遊びの一バリエーションでしかないのだから。


快楽を求めて人は木に登る。エレベーターで上を目指す。下から見上げる星よりも、上から見下ろす地球の景色を好む。まあ、好みは人それぞれだが、なにか決定的なDNAがあるようにも思う。


朝。日が昇ってからゲームはお開きとなった。


すべてが充たされてしまった時、残るのは未来に対する不安と恐怖だけなのだ。そして、それは決して埋めることが出来ない性質のものなのだ。その事実を忘れる ために、こういう人種は享楽に身を投じているのだ。そう考えると、優雅という言葉よりも寂しいという言葉の方が似合っているように思えて来る。


すべての行為は快楽である。


すべての現象や状況が快楽だと言っているのではない。すべての「行為」が快楽だと言っているのだ。今、こうやってタイプしている私のこの行為もまた快楽だ。


いや、学校へ行く行為も、会社に行く行為も、快楽ではなく苦痛だと言う反論があるかもしれない。それには、こう答えよう。それは行為ではなく強制だからだと。あるいは、あなたが苦痛に快楽を感じているからだと。


私の嫌いな言葉に「自己管理」がある。結局のところ、この言葉は強制の主体をすり替えているだけの欺瞞である。先に述べたような優雅な、あるいは寂しい人種というのは「自己管理」などしない。そのような「強制」からは自由な人々なのだ。


それが、そのような人種に対する嫉妬や羨望、あるいは反感になることもあるが、これは生まれつきの問題なのだから仕方がない。責められる筋合いは無いというものだ。


有閑階級にとっては仕事もゲームである。社交もゲームである。いかに楽しむか。いかに儲けるか。ただのゲームである。働かなくても、儲けなくても生活に影響はない。


見方を変えると、それは生きることから疎外されているとも言える。生きるための戦いなど、そこにはない。オリジナルなきコピー=シミュラークル。


サイコロは2つを振る。出目は21通り。運と確率の頭脳ゲーム。あえてゲームの名前は伏せておこう。世界的に見て、このゲームのファンに経営者が多いのは偶然ではなさそうだ。


因みに、このマンションのオーナーはクミコ様だ。毎週、ゴルフ、油絵、ゲームと忙しい。人が多い方が楽しいから。彼女はそう言う。


命がけで震えて生きている人と、人生を遊びと心得ている人とで、話が合うわけもない。どちらが幸せかというのも愚問だ。ただ、私は見るべきでない世界を見てしまったようにも思う。もう、手遅れなのだが。 (了)

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