睡眠障害
駅前のビルにある岡田メンタルクリニックの診察室にタケルはいた。
「夜、寝られなくて。昼間に寝てるんです」
「大丈夫よ。画期的な新薬が出来たから」
そう言うと、岡田院長はメモ用紙に何やら書き出した。タケルは胸の谷間が気になって仕方ない。
「まず、午後10時にネムルンデスという薬を2錠飲む」
「そして、午前8時にオキルンデスという薬を2錠飲む」
「午後9時以降は飲食禁止、午後10時以降は外出禁止」
「これはオレキシン受容体に作用するので効果はほぼ100%。1週間分出しとくからまた来てね」
タケルは薬局で薬を受け取った。喫茶店に入り、言われた通りオキルンデスを2錠飲んだ。効果はてきめんだった。頭のモヤモヤがすっと取れた。タケルは麻雀がやりたくなった。
初めての雀荘。まずは点5でやってみることにした。冴えていた。勝った。勝ち続けた。勝ったお金で寿司とビールを注文した。午後8時になっていた。
「あの、帰ります」
「勝ち逃げはないだろ」
刺青をしたあこわめのお兄さんがそう言った。
「でも、用事があるんです」
「じゃあ、最後に1回だけ」
「はい」
タケルはわざと負けた。それでも寿司とビールをタダで食べた計算だ。急いで家に帰ると9時半だった。
妻のアユミは風呂に入っていた。
俺は、服を着替えると、夜の10時になるのを待った。
アユミがバスローブ姿でリビングに来た。
「遅かったじゃない。連絡もしないで。何してたの?」
「ちょっとゲーセンで嵌っちゃって」
「ふーん。で、薬は貰えた」
「ああ」
「ネムルンデスとオキルンデスでしょ。これ、高く売れるのよ。ちょうだいね」
「あの、俺、使いたいんだけど」
「なんで」
「夜、寝たいから」
「あんた、働いてないんだから、どうでもいいじゃん」
「ネムルンデス2錠だけ、ダメかな」
「今日、頑張れる」
「飲んでからじゃ、頑張れないから」
そして、タケルとアユミはセックスした。
ご褒美はネムルンデス2錠。
タケルはすやすやと眠った。
しかし、今度は起きられない。ネムルンデスとオキルンデスはセットなのだ。オキルンデスがないと起きられないのだ。タケルはネットで新しい病院を探していた。脳内薬局という闇のサイトがあった。脳内物質自由自在。そんな薬剤師もいた。タケルは精神科歴15年だ。もう薬は嫌だ。自然な脳が良いと切実に思った。
「手遅れよ」
岡田院長の声が聞こえた気がした。
「製薬業界の人は精神科の薬なんて飲まないわ」
専門家の常識。たかが、睡眠障害で失業して、こんなことになるなんて。タケルは頭にきて冷蔵庫の牛乳を飲んだ。(了)
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