偽装ニート
ニート。35歳以下で教育を受けることも、働くこともしていない状態にある人。それは日本では70万人以上存在するとされ、社会問題となっている。そして、世間は彼らを敗者として、あるいは病人として扱う。別称、自宅警備員。ニートの大半は親の家に住み、親の金で生活している。それは社会通念上好ましいことと見られない。働くか、働くための教育を受けるか。何もしない状態は不健全なことのようだ。西暦2013年の日本は、そういう時代だった。
アキオはニートに属する。昼過ぎに起きて、夕方から明け方まで、ネットでポーカーをしている。もちろん海外のカジノサイトでの賭けポーカーだ。ハンドルネームを使っているので本名はカジノサイト以外分からない。賭け金は電子マネーで決済され、残高はいつでも引き出すことができる。アキオはポーカーで月平均200万円を稼いでいて、大学を卒業して3年で6000万円の貯金ができた。貯金に目的はない。厳密に言えば課税対象なのだが、税務当局には密告でもない限り知られることはないだろう。なにしろこの時代には納税者背番号制すら無かったのだから。もちろんアキオにそんな貯金があることを親はしらない。そもそも、もう何ケ月も親とは会話をしていない。親はただの料理係。そういう家族は珍しくもない。
ポーカーは実力のゲームだ。数学を専攻していたアキオは独自のプログラムを使ってゲームをしていた。それはチートと呼ばれる違反行為なのだが、ランダムにミスをする仕様にすることで発覚を防いでいた。どうせ皆やっていること。バレたら追放される。それだけの話だった。
アキオは大学で就職活動をしなかった。週に5日も働くとか、朝早く起きて通勤するということが考えられなかった。しかも、どんな仕事をするのかも就職してからでないとわからない。初任給は家庭教師のアルバイトより時給が悪い。アキオは街でスーツを着たビジネスパーソンを見るたびに可哀想に思った。どこにも幸福が感じられなかった。ああいう人たちにだけはなりたくない。その思いは、いつのまにか絶対的なものになっていった。
アキオは両親に独学で司法試験の勉強をしているのだと説明している。それだけで、親は安心し、生活の世話をしてくれるし、小遣いまでくれている。まさか月に200万の収入があるとは両親は夢にも思っていないのだ。中途半端に本当のことを言うと面倒なことになる。アキオはニートといっても引きこもりではない。週に1,2回はショッピングや映画などに出かけていた。行きつけのバーには友達もいた。ポーカーの勝ち分のいくらかは小遣いとして使っていた。バーでは、フリーのプログラマーだということにしておいた。ニートとも言えないし、ましてやギャンブラーだとも言えないだろう。アキオはスコッチを好んで飲んだ。
アキオのもとに一通のメールが来た。海外の有名メーカーがアキオをプロプレイヤーとして専属契約したいという内容だ。年俸は1200万円程度だが、プレイするステージが変わる。そして、モンテカルロに住むことになる。
英語はできるが、海外での生活経験はない。アキオは前向きになったが、両親にどう説明するかをいろいろと考えた。
「プログラマーとして海外で働くことにしたから」
アキオは日曜日の昼に父にそう言った。
「本当か。おめでとう」
父はそう言うとアキオの手を強く握った。
「ありがとう」
アキオは明瞭にそう言ったが、そこに父への感謝の気持ちはなかった。アキオの目にあったのは、ビジネスパーソンに対する憐みだった。母は信じられないという顔をしてキョトンとしていた。
アキオは特別なケースではない。電子マネー時代の現在、ニートの何割かはネットで収入を得ている。つまり、仕事をしている偽装ニートが何万人といるのだ。引きこもっていても自室で働いて稼いでいるのかもしれない。若年層の高所得者は自称ニートに多いという話もある。時代は変わったのだ。
世界的に見て、ゲーマーはスポーツ選手と同様に職業としての地位を獲得している。新しい職業や働き方が登場し、ライフスタイルは多様化している。そして、従来の組織人=オーガニゼーション・マンは完全に衰退する存在となっている。
アキオの物語は、就活などやめて偽装ニートになろうという教訓なのだろうか。いや、これは2013年という時代を切り取った一葉の写真。それを、どう見るかは読者次第である。偽装はダメです。そういう話ではない。
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