ナンセンス道場

ヒデキは学校から家への移動に足を使った。正確には足以外の部位や臓器、さらには引力や空気や道路、あるいは靴や水虫や魔法を使っているのかもしれないが、一般的には徒歩と呼ばれる方法で移動した。徒歩と言っても千差万別なので、いちいち説明すると図書館ができるくらいの書物が必要となるが、そんなことを言っては話が進まないので省略する。


ヒデキは自分の部屋の椅子に鞄を置く。中学校の恣意的としか思えないくらいにセンスの悪い制服を脱ぎ、アナーキーなインテリが好みそうなファンキーなシャツに着替える。筋肉美を自慢したいヒデキは半ズボンを好む。そして手足にオイルを塗る。もちろん胸と腹にも。アウトドアのリュックを背負って玄関に行き、マカロニアンのスニーカーを履く。ヒデキは走る。走って道場へ行く。途中で自転車と衝突しそうになったが、飛びのけて無事だった。このことから、ヒデキはなかなか運動神経がよく、かつ体力があることがわかる。


道場は多摩川の河原にある大きなプレハブの建物だ。壁は濃い黄色で塗られている。何とも危険な感じのする建物だ。まるで、核廃棄物でも扱っているかのような印象を受ける。もっとも印象だけではなく事実かもしれない。何しろいまは、家庭用原子力発電所が普及しているくらいだ。非合法の廃棄施設があったとしても何の不思議もない。


ヒデキは土手にある階段の前で走るのをやめる。リュックから、ペットボトルのスポーツドリンクを取り出し、約90ミリリットルほどを飲む。それがヒデキのルーティーンだからだ。ヒデキはこういったルーティーンをとても大切にしている。それは道場で教えられたことであって、家庭で両親から教わったことでも、学校で教師から教わったことでもない。ヒデキが信頼しているのは、道場の師範であるウソブキ氏だけだ。出会ってから3年。ヒデキはすっかり別人になった自分を自覚している。


階段を降り数メートル歩くと道場の入口に着く。ドアを開けると、そこには「吹矢で決闘」という垂れ幕が目に入った。今日は決闘だ。気が引き締まったのを感じた。この道場では理論と実技の両方を学ぶ。その範囲は広く、語学から物理学、医学から電子工学、柔道から水泳、料理から狩猟、農耕から宇宙飛行などだ。これだけの範囲を扱っているのは某国の秘密諜報機関くらいではないだろうか。そんな道場が、こんな辺鄙な場所にあるというのは逆にあり得ることだ。時間に余裕のある方は探してみてはどうだろう。


道場に入るとウソブキ師範から決闘についての説明があった。吹矢には進化経路があり、目的別にみると狩猟、暗殺、娯楽の三つに分けられる。矢の先に猛毒を塗っておくことも出来るが、今日は強力な麻酔を使ったものを用いるという。ふむ、死にはしないが、痛いし血が流れる。


吹矢の筒の長さは2メートル弱。射程距離は約10メートル。道場の広さは40メートル四方。天井の高さが約15メートル。矢は5本が渡されると言う。ルールはどちらかのチームが全員やられるか、どちらかの矢が無くなれば終わりだ。開始から10分は陣地作り。ブロックや跳び箱、ネットや棒、ロープなどを使って陣地を作る。アメンボチームはミミズチームと戦う。両チーム各6人。アメンボチームにはヒデキのほかに、小学生、大学生、専業主婦、隠居老人、外国人中年女性などがいる。この道場には本当にいろいろな人がいる。そして1年間は一つのチームで修行を積む。もちろん男女交際は禁止されていない。繁殖の自由は保障されているのだ。


アメンボチームの作戦会議が始まった。6人に渡されたのは、各自1本の筒と5本の矢。


「これはチェスですね」

「確かに囲いは大事だが、一手交代でやるチェスとは違う」

「じゃあ、ドッジボールみたいなものですか」

「いや、全然違う。これはゲリラ戦だ」

「そう。こう見えても私は昔ゲリラだったのよ」

「わしに良い作戦があるのだが」


隠居老人のドメさんが割って入った。


「コソコソコソ、コソコソコソ」


アメンボチームは全員、笑い転げた。


開始の合図があった。両チームが陣地を作る。だが、陣地は相手から身を守るだけだ。攻めるたもには陣地の外に行かなければいけない。どちらも高い壁を作っている。いきなり、迷彩服を着たアメンボチームの3人が陣地を出て匍匐前進を開始した。一斉に矢が飛んでくる。矢は3人に命中し大量の血が床に流れる。


「カット」


カチンコの大きい音が響く。これはナンセンス道場のプロモーションビデオの撮影の1コマだ。そしてこのナンセンス道場のミッションこそ特筆すべきことなのだが、それは国防上の機密事項であり、ここに書くことは出来ない。どうか想像力を働かせて、そのミッションを探り当てて欲しい。そして何もわからなくてもヒデキを応援して欲しい。そうすれば、ヒデキは感激するにちがいない。

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