下位争い6

「……」


今日のスケジュールの確認と準備を終えて、トレーニングルームに向かおうと監督室のドアを開けたら、目の前に私服の少女が現れた。ドアの真ん前で、ややうつむき加減に立っていた。ドアが開いたことに気付いてないのか、微動だにしない。


「エンリか?」


「は、はいっ。エンリですっ」


うつむき硬直していた少女に声をかけると、バッと顔を上げて口早に反応した。体格と髪の色からアタリを付けたが、普段と違い髪を下していた上に顔が見えなかったので、内心自信はなかった。


「おはよう。どうかしたか?」


「お、おはようございます」


用事があるから監督室ここに来たのだろうから、用件を尋ねた。しかし、挨拶は返ってきたが、その後はだんまりを決め込まれた。


「……」


しばらく待つも、何か言いたそうな雰囲気は感じるが、何が言いたいのかわからない。コイツがわざわざ直談判にくるタイプかといえば、くるタイプだ。つまり、何か俺に文句があるからここにいるってことになる。それに気づき思考を巡らせると思いついたことが一つあった。


「医者の診断書を持ってこい、話はそれからだ」


「ぐっ、わかりました」


「付き添いにノルイエが付く。この意味が分かるな」


「はい」


こっちの目を見てちゃんと答えた。これならば心配はいらないだろう。意固地になりやすいところがあるが、頭の回転は悪くない。どうすることが一番いいのかは頭ではわかっているタイプである。どうあがいたって才能で埋まらないものは妥協で埋めていかなければ成長に悪影響が出てしまう。覚悟をもって受容することが必要な時もある。こいつはいつまでもこんなところで立ち止まっていていい選手じゃない。さっさと次のステップに進んでほしいものだ。


「お待たせしました、エンリ。車の準備ができたので病院に向かいましょう」


玄関側の通路から小走りにノルイエが現れる。


「は、はい、今日はよろしくお願いします」


そのノルイエに対してエンリは頭を下げる。


「ええ、それじゃあ、行きましょう。グラドさん、行ってきますね」


「ああ、頼んだぞ」


「それでは、監督。失礼します」


「おう、行ってこい」


その場で、病院に向かう二人を見送る。これで一安心だ。軽いけがを馬鹿にして甘く見る奴は選手寿命が短い。そして、それに気を配れないチームはいずれ消えていく。中には選手を消耗品のように見立てどんどん入れ替え強さを維持しているチームもあることは否定しないが、正直好きにはなれない。


しかし、他所のチームの悪口を言っていても時間の無駄になるだけだ。よそはよそ、うちはうち。切り替えて進んでいかなくてはだめだ。時間ももったいない。今日は、珍しく監督っぽいことをする日なのだから。





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