下位争い2

コンコンコンッ。


監督室で書類整理をしていると、部屋がノックされた。だいぶ遅い時間で、人が訪ねてくる予定もない。


「どうぞ」


「失礼します」


入室許可を出すと、ドアが開き一人の少女が入ってきた。


「ノルイエか、どうかしたのか?」


入ってきたのは、チームのコーチングスタッフで、実質監督代行の役割を担っているノルイエだった。本来は、ノルイエがチームの監督に就くはずだったのだが、色々な不運が重なりライセンスを取得出来なかったため現状のような訳がわからない配置になっている。なので、実務的な監督業務は全てノルイエが行なっている。


「エンリに話したんですか?」


「コンバートのことか? それとも、ケガのことか?」


「ケガのことって……やっぱり、気付いてたんですね」


「まったく、お前も選手上がりだから気持ちがわからんでもないだろうが、そういうのをきっちり止めるのも仕事だぞ」


ノルイエは、元選手で引退して指導者、コーチングスタッフになった口だ。自分もケガで苦しんだくせに、同じミスをする。軽度のケガで戦列を離れるのは選手にとってはこの上ない苦痛だろう。特に、調子を落としている時や思うような結果を出せてない時ほど。だがあの程度のケガでこそしっかり止めて休ませるべきなのだ。


「すみませんでした」


「エンリには、明日病院に行くように言ってある。お前が付き添ってやってくれ」


「はい、わかりました」


「あと、コンバートについても言ったから、愚痴を聞いてやってくれ」


「えっ?」


ノルイエは虚を突かれたような顔になっている。こっちが本題だと思っていたが、違ったのだろうか。


「ま、まさか……」


「ああ、今のお前レベルじゃグレードBでは通用しないって言ったぞ」


「やっぱり、それで沈んでたんですね、彼女」


「へこんでたのか? ケガの件はばれてたことに驚いてはいたが、コンバートの件は一笑に付された感じだったぞ」


「それは多分、彼女なりの強がりですよ。よりにもよって、あなたに言われるなんて、大打撃ですよ」


やはり、たかが技術屋が口を出すなってことか。


「あ、違うんですよ。彼女、あなたのことを高く評価してましたし、うちのチームにきてデバイスがすごく使いやすくなったって話してましたから」


「ほう、それはデバイスチューナーとしてうれしい褒め言葉だな」


俺本来の仕事は、監督ではなくそっちなので、その仕事が評価されることはとてもうれしいものだ。


「それなのに、面と向かってダメ出しされたら」


「いや、俺だって期待してなきゃ、わざわざ言わんよ」


「そうなんですか?」


「そりゃそうだろう、チームにエンリの獲得を申し立てたの俺だしな」


「そ、それは初耳です」


「まあ、この先どうするかは、あいつ次第だ。ワールドクラスになるかこのまま消えるか、なんてな」


「あなたが言うと、冗談に聞こえないので怖いです」


ノルイエから、今日の報告書を受け取り、ざっと中身を確認する。


「よしっ、報告書も問題なし。もう、お前さんが監督でよくないか」


「いえ、私は無資格ですから」


思わず、ジト目になってノルイエを見てしまう。ノルイエも自分の失言に気付いたのか目線をそらす。


「次は落とすなよ、マジで」


「は、はい。必ずや」


本来は、今期からコイツがこのチームの監督をするはずだった。だが、コイツは資格を取り損ねた。そして、資格を持つ俺に白羽の矢が立った。そしてこの有様だ。こっちとしては技術屋らしく、デバイスいじりに没頭したい。なんだかんだ、監督業務の書類関連は研修という名目でノルイエに押し付けているのでチームのデバイス関係の仕事はしっかり終わらせてある。


「じゃあ、上がるか。お疲れさん」


「はい、お疲れさまでした」


そうして、俺たちは監督室を後にした。

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