第3話 煙の後ろに

Garden of Wizard's University

通称、『魔法使いの庭』。


 大きな城砦に囲まれたこのヴェアンの西部に存在する魔道研究を主とした世界初の大学だ。この大学の存在もあってか、いつしか、ヴェアンは「魔術のみやこ」と呼ばれるようになっていた。生活魔法から軍用魔法まで、目的は様々であった。知識の欲するままに、研究を続ける研究者たちがいるだけである。人生を魔法の研究に全てを捧げる。そんな者達が集まる魔都である。


しかし、そんな彼らも自らの時間は有限である。いずれ終わりが来ることに気づいて、そして、悟るのだ。


このままでは自らが求める真理にたどり着くことが出来ない。


東方に住む悪友はリッチなりなんなり、不老不死になればいいとのたまう。

西国に住む悪魔供は自らの記憶を魔導書に記憶し、その魔導書を見た人間の意識を乗っ取れという。

正直に言おう、そんなことが出来る奴は一握りだ。

私にも後、100年ほどの時間があれば出来ない事は無いだろう、いや、盛った。

何百年かかっても無理だ。

どのみち、私の才能では何をやっても這い寄ってくる死に対処する術を持ち合わせていないだけである。


それだけはわかる。


ならば、私はどうすればいい?この研究は続けなければならない。この研究を途絶えさせるわけには行かない。


誰か他の信用に足る、そして、研究の重要性を理解できる人間に引き継がなくてはならない…。


そんな奴…。


いねーし!!!!


「…と言う事で、作られたのがこの学園だ。この大学を創った創設者は、自らの研究を真に理解してくれる可能性のある人間にのみ、学長室に招かれるような魔法をかけて死んだそうだ。彼の名は…」


静かな教室に響く、低い声音。右手には巻きたばこを挟み、もう1つの方の手には茶色く色褪せた教科書を持っている。立ち込める煙が頭上で渦巻き、揺蕩う。ぼさっとした黒髪を後ろでまとめ上げている。ヨレッとした黒シャツは第二ボタンまで外され、腕をまくっている。下の緑の綿パンを、靴は革靴を履いている。授業の初めに脱いだジャケットを教壇の横にある椅子にかけている。


教科書が独りでに前に一枚、後ろに一枚パラパラとめくれ上がる。


「・・・あぁ、名前忘れたわ。てか、教科書に載せとけよ」


(((いや、流石に覚えとけよ!?)))


講義を受けている生徒全員の心の突っ込みは彼に届かない。


この教室に漂う紫煙は、この男が原因だ。


マルロ・スモーク教授。


偽名なのか、本当に、そんな名前なのかわからないが、煙魔法という新たな魔導体系を確立させた男の名前として歴史の本に出てくる程、有名な人・・・と同姓同名の教授だ。


(同一人物なのかは定かでない…。)


「まぁ、そんなこんなで今に至る。燃えカスで名前消えてっから各自確認しておくようにな。今日の魔導体系理論・世界史の講義はここまでだ。レポートはいつもの通りまとめて来週に提出な。あぁ、後、神乃 至季かんの しきっていうやつは今から俺と一緒に来い。」


「へっ?あっ、はい」


正直、この講義以外は全く接点がない教授だ。


そもそも、セリル教授以外は全くもって接点なんて無い。

セリル教授と交わした契約のことを思い出す。


正直な話し、なんの音沙汰も無いまま一週間以上が過ぎており、忘れていた。


「おい、めんどくせーから、さっさと来い」


「はい、わかりました」


冷たい石畳の廊下には、二つの堅い革靴の音がコツコツと響き、反響する。


「何故、スモーカー教授が?」


煙をふかしながら、歩みを止めることはせず、ぶっきらぼうに答える。


「は?なに?あぁ、あの保健室の人外に頼まれたからな。仕方がないだろ。アイツには魔導書製作の時の負債を消してやると言われたからな」


「へぇーそうなんですかー…って、は!?」


魔導書の製作。

それはただ単に本を書くということではない。本を書くこと事態に苦労が絶えないことこの上ないが、物を書くだけではないのだ。

魔導書の作成とは、魔術師の終着点だ。終着点とは生涯だけでなく、末代までの最終目標であり、到達点である。これらの言葉で、ある程度意味が通じるだろう。

それほどまでに終わりが見えない。ある種の天才なんてものじゃない、鬼才、奇才、狂才である。そんな奴らが、生涯をかけ、末代を犠牲にし、努力の果てに造り上げるものだ。


いつも煙草を吹かし、授業もやる気がなく、むしろ、時々教室に来なかったりするこの目の前の先生ヤニカスも天才か…。


「まじっすかー…」


「おいおい、人を胡散臭そうな目で見るな、煙にするぞ」


「いや、まさかそんな凄い人間だとは夢にも思ってなくて、すみません…」


「直球だな。過程において、アイツが必要なことが起きちまってな。今後は関わりたくないもんだよ。まあ、こんな話しはいい。…さっさと行くぞ」


話しはここで終わりだと言わんばかりに、切り上げ、止めた足を彼は再開させた。


しかし、だからといって魔導書はそんな簡単なものではない。天才が故に魔導の深淵を覗き見ることができ、天才であるが故に魔導に惑う。

一度、完成品本物を見てしまえば渇望せずにはいられない。

それが魔導書だ。

自分の手で創りたい。自分のものにしたい。人それぞれだろうが、そんな欲望が渦巻く万能機である。


魔導書の制作は新たな世界の構築と言っても過言ではない。今る世界の事象を改変し、理を歪め、奇跡を起こす。そのファクターだ。


それは運命の改変を行い、世界の再構築につながる様な絶大なる力である。

それに付随する絶対的な権威、財、栄誉もしかり。様々な事を成すことができるツールだ。


身体の半分を吹き飛ばされた人にホムンクルスの技術で破損部位を補い、命を救った魔術師がいた。現在、その魔術師は聖霊教会において聖人とされており、聖霊協会の総本山にその聖人が書いた魔導書である『魂と人体錬Soul and Alchemist成』が厳重に保管されているのは有名な話しだ。


何故、この魔導書を創ったのかは、未だわかっておらず、研究が進められている。


他にも子供たちが読む英雄譚になっているほどの魔導書もある。自らの剣の才能に限界を感じたある剣豪がいた。彼は剣豪であった、と同時に魔術にも精通していた。


彼は仲間と共に剣に魔力を纏わせる魔導を研究し、一冊の魔導書を作成した。


これが属性剣という概念形態の始まりであり、その原典オリジン。『カイエン流属性剣指Kaien's Elements Sword南書』は、現在も魔剣術の祖が作った魔導書として、世界にその名を知らぬものはいないだろう。


開祖として語り継がれるカイエンと7人の魔術師は、子供達の憧れの対象となっている。


ここで言いたいことは、このヘビースモーカーがそんな伝説と言っても差し支えない偉人達と肩を並べている。


つまりそういうことらしい。


「やっぱり、信じられない…」


「うっせ、煙にすんぞ」


何十歩か先に歩みを進めていた彼に聞こえていたらしい。

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