第25話 今、この一瞬にすべてを

 賽は投げられた。

 今ほどこの言葉を実感しているときは無いだろう。しかも俺の場合、自分で投げた覚えのない賽の目のせいでえらい目に遭ってるわけだが。とんだ人生ゲームだ。

 テロリストたちに連れられて、人質として、一か所に固められる。とは言っても、人質は二人きりしかいないわけで。

「馬鹿ですね」

 彼女の隣に座る。

「あのまま隠れていれば良かったのに」

「そうもいかなくなった。早急にこの件を片付ける必要が出来たんだ。それに、残りは君だけだ。君さえ助け出せば、八、九割は終わりだ」

「私を?」

「そうだよ。俺も、ヒナも、伊那鷺さんも吉祥院さんもアイシャもサヴァーさんも鷹ヶ峰さんも、君を助け出すために全力を尽くしているんだ」

 目を瞬かせて、イスカは俺を見ていた。

「馬鹿ですね。本当に」

「そうだよ。馬鹿なんだよ。君の言うとおり逃げるというのが一番賢い手だったというなら、俺たちは馬鹿ばっかりだ。俺もそう思う。逃げた方が賢いとね」

「なぜそうしなかったんです?」

「ムカつくからだよ。君が」

 彼女の顔を睨みつける。

「俺がここに何しに来たと思っているんだ? 死にたがっている君を助け出し、四方八方からシャンパンぶっかけて嘲笑ってやるためだ。死なせてたまるか。俺の楽しみがなくなるだろうが」

 イスカはしばし絶句していた後、声を殺して笑った。

「あなたは、馬鹿の中でも飛び切りの馬鹿、大馬鹿野郎なのですね」

「自覚はあるよ。自分の感情を最優先するところなんか特に」

 それに、と続ける。

「忘れ物を、返しに来た」

 そう話しながら、ちらと時計を見る。約束の時間まであと少しだ。

「何を喋っているんだ?」

 がちゃり、と銃が後頭部に突き付けられる。この声、もしかして

「オオカミ男か?」

「月を眺めて変身するわけじゃねえけどな」

 一人でのこのこ来やがったぜ。くっくっく、こちらの思惑など露知らずに。逆赤ずきん状態とはこのことだ。

「で、なんだよ。人質同士、何喋ってたんだよ。あれか、人質同士のシンパシーってやつか?」

「そんなもんですよ」

 振り返り、声を潜めて。オオカミ男だけに聞こえるように。

「で、それはあんたにも通じるんじゃないかな、と俺は思っている」

「・・・どういうことだ」

 何かを察したか、オオカミ男も声を潜めた。周りのテロリストたちを気にしながら、こちらに耳をかたむける。さりげなく、こちらに銃を突きつけて、不自然の無いように。傍からみたら人質を脅しつけているようにしか見えないように。

 ここからは、少し博打の領域だ。しかし、この最初の博打に勝たなくては全ておじゃんだ。博打の勝利ありきの作戦なんてとんでもないが、あえてもう一度、心の中で呟く。

 賽は投げられたのだ。

「柿崎は無事逃げたぜ」

 そう言った時の、オオカミ男の反応は、被り物越しでもわかるほど顕著だった。

「お前・・・・一体・・・・」

 それでも大声を出さなかったのはさすがというべきか、ここで、こいつが味方になると半ば確信を深めて

「すでに裏で、あんたの家族を救出するための作戦が動いている。もし、このテロ行為をやめさせたいなら、我々に協力すべきだ」

「何者なんだ、お前は」

「ただの本屋さんだ。・・・・・・さあ、協力するのか、否か。答えを聞かせてもらおうか。あんたが迷っている間にも、命と同価値の時間は過ぎていく」

「・・・・わかった。そのかわり、俺の家族は」

「助けだす。必ずな」

 取引成立だ。彼にいくつかの道具を渡す。

 これで、勝った。

 思わず新世界の神と同じセリフを思い浮かべ、ドヤ顔をしてしまった。

 けれど、そのくらいの確信を得ても良い。不安要素は俺のこの一芝居だけだ。

「一体、何をする気ですか?」

 イスカが尋ねてきた。

「ハイジャック、シージャック、バスジャック。古今東西あらゆる小説、漫画、映画と様々なジャンルで様々な作品が存在するが、共通点がある。何か知ってる?」

「共通点、ですか?」

 何でしょう、と首を傾げる彼女。その彼女に向かって、当然のように答える。

「必ず、ヒーローが現れるのさ」


 パッ、と会場の照明の全てが落ちる。

 そこかしこで起こる怒声と困惑の声。慌てたか、誰かが銃を発砲する。その音が文字通り引き金となり、連鎖的に所々で発砲音とマズルフラッシュが星のように瞬く。

「行こう」

 オオカミ男がイスカの腕を引く。先ほど渡した道具の一つ、暗視ゴーグルの効果だ。向かう先は従業員用出入口。そこにヒナが待機している。

「え、ちょっと」

「良いから彼の言うとおりに。体勢を低くして、こっそり行くんだ」

 とん、と彼女の背を押す。さて俺も続いて

 焼けるような痛みが肩を襲ったのはその時だ。衝撃に負けて、その場でぐるりと回転しながら転倒する。

 その痛みと衝撃に頭はパニックになった。パニックになりすぎて声もでなかった。ある意味で正解だった。今ここで俺が叫んでしまえば、イスカの足が止まるからだ。

 ぱっ、と照明が復旧し、明るさが戻った。涙に滲んだ眼からは、俺と同じように流れ弾を喰らった数名が倒れている。

 逃げそこなった。頭に浮かんだのはまずそれだ。歯を食いしばりながら体を起こす。動く度に痛みが全身に響く。泣きそうだ。誰もいなければ、大声で鼻水たらしながら泣き叫んでいるに違いない。

 安堵もある。イスカが既にいないことだ。床にも転がっていないところを見ると、オオカミ男と上手く抜け出せたということだろう。ある意味作戦は上手くいっている。

「ブリッジ、どうした、ブリッジ!」

 鹿男が無線に向かって怒鳴り散らしている。だが、返ってくるのは沈黙ばかりだ。全て想定内。俺がここで撃たれている以外は。

【鬼灯、無事?】

 耳に装着した通信機から伊那鷺の声が響く。こちらの状況をモニターで確認したのだろう?

「問題ない。ちょっと肩に穴が開いただけだ。ピアスみたいなもんだ」

 こんなくそでかいピアスの穴なんぞ、秘境に住まう原住民くらいだろうけどな。

【冗談言える元気があるのは良いけど、計画が狂ってるわよ。そこから逃げてるはずじゃなかったの?】

「計算外なんてよくあるこった。問題ない。計画は続行してくれ」

【それだと、あなたが】

「俺のことは気にするな。あの二人にもそう伝えて。ここで決めるしかない」

「なにごちゃごちゃ言ってやがる!」

 怒り心頭の鹿男が、ずかずかと近寄ってきた。

「ごちゃごちゃも言いますよ! だって、撃たれたんですよ!」

 傷口を指差しながら泣き叫ぶ。

「うるせえ! 立て!」

 ぐいと腕を引っ張られ、強引に立たされる。

「警察連中が強硬策に出たに違いねえ。はっ、良かったな! 貴様は死んでも構わねえと政府が判断したらしいぜ!」

「そんな・・・」

「ノアもさっきから返事をしねえし、あの百億の女もいつの間にか消えてやがる。クソ、馬鹿にしやがって!」

 がちゃり、と額に銃口が押し付けられる。よくもまあイスカはあの時、こんな状況で平静でいられたな。無茶苦茶怖いじゃねえか。声も出ねえよ。

「恨むんなら、お前を切り捨てた政府と、ノアの野郎を恨むんだな!」

 ああ、恨んでやるぜノアの野郎。どうしてこんな計画を思いついたかな!

 まさに絶体絶命、流石の俺も死を覚悟した。そんな時だ。


 真上の高級そうなステンドガラスが砕け散る。

キラキラと輝く破片たちと共に、破滅の女神たちが舞い降りた。


「なっ」

 アニマルズたちは驚きの声を上げ、そして応戦しようとして、失敗した。それよりも早く、メイド服を着た女神が腕を一閃、そこから放たれた何かに腕を貫かれたのだ。あれは、ボールペン!? え、百均で売ってそうなボールペンって、腕貫く威力持ってんの?!

 もう片方の黒いドレスの女神は着地と同時に床を蹴り、地を這うかのような低い姿勢で疾駆。銃を取り落した一番近くにいたアニマルに接近し


 ドゴッ ゴリッ ドムッ


 格ゲーでしか聞いたことのない効果音が耳に届いて、聞くだけで痛い。

 多分、本物のクマでも倒せるような一撃が、クマ、ライオン、ジャッカルと、順番に撃沈させていく。

 黒とメイドの女神たちが巻き起こす破壊の嵐は、瞬く間にアニマルズをなぎ倒し、戦闘不能に追いやった。残るは俺の隣にいる鹿男のみ。

「な、何だ貴様らは、まさか、警察か!」

「残念ながら、もう少しタチの悪い者です」

 転がった連中から銃を奪い取り、それを突きつけながらサヴァーが穏やかに答える。

「タチの悪い者、だと?!」

「今更詳細など聞いても仕方ないだろう。貴様らは、ここで終わるのだから」

 吉祥院が冷たく言い放つ。そして、二人同時にこちらに向かって一歩踏み出した。

「う、動くな!」

 鹿男は俺を盾にするようにして背後に回った。こめかみに銃を当てながら、二人を威嚇する。

「こいつがどうなってもいいのか!? それ以上近付けば、こいつを殺す!」

 吉祥院とサヴァーはそれを聞いてきょとんとした顔をして、互いの顔を見合わせ

「ふ」

「はは」


 世にも恐ろしき、美女たちの冷たい哄笑が会場内に響き渡った。ゾクゾクが背中を這い上がる。イケナイ何かに目覚めちゃいそうだぜ。


「な、何がおかしい!」

 耐え切れなくなった鹿男は、更に中に込める力を強くして、俺にねじ込むように突きつけた。

「これがおかしくなくて、何がおかしいというのでしょう。ねえ?」

「全くだ。無知とは、本当に残酷だな」

「何だ、貴様らは、一体何を言っている」

「本当にわからないのか?」

 一歩、吉祥院が近づく。彼女から遠ざかるように、鹿男と、引きずられて俺が一歩下がる。

「淋しいですわ。ついさっきまで、私たちは協力関係にありましたのに、分からないだなんて」

 サヴァーがため息とともに言う。

「まさか、貴様らは・・・」

 鹿男の中で、全てが繋がる。

「貴様らが、アウトロウか!」

「正解だ。先ほどの百億の令嬢も、我らの手に落ちた。貴様らに、もう用はない」

「あなた方が悪いんですよ。メインたる彼女をいつまでも残しておくから、こういう強硬手段を取らざるを得ませんでした」

「いつの間にかいなくなってたと思ったら、そう言う事か、くそ」

 だが、と鹿男は言う。

「もう一人、ここにいる。貴様らの目の前にな。こいつを殺されても不味いんだろう?」

「大きな間違いだ。それこそが。なあ?」

「あなたは、自分が今人質に取っていると思い込んでいる、その人が誰だか、分かりますか?」

 突きつけられた銃口が、震える。なぜか? 追いつめられているからだ。

 さあて、止めを刺そうか。

 もったいをつけて、ゆっくりと振り返る。怯えたように、一歩、二歩と俺から遠ざかる鹿男。先ほどの弱気な態度を一変させろ。痛みなど忘れて、自分に酔え。

 今この一瞬のために。

「実際にお会いするのは初めてだね。哀れなバンビちゃん」

 にい、と歯を剥き出して笑う。

「き、さま、は・・・」

 鹿男の声も、体も恐怖で震える。

「悪いね。何度も呼んでくれたのに出れなくて。サプライズの準備をしてたんだ。この時のためにさ」

 遠雷が轟く。稲光が、俺を一瞬照らす。

「喜んでいただけたかな? お代はてめえの命で支払っていただく」

「あ、あ、あああああああああああああああああああ!」

 鹿男の動揺を、プロフェッショナルの二人が見逃すはずがない。鹿男が俺に風穴明ける前に、その腕をサヴァーが銃で弾き飛ばした。怯んだところへ、吉祥院が飛び込み、顎へ強烈な掌底をお見舞いした。

 たった数分で、会場にいた千人を超えるお客さんを震え上がらせていたテロリストたちは沈黙した。

 最後の一人が倒れるのを見届けて、俺も気を失った。

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