第22話 事件の真相

 作戦を決めて、実行して、とにもかくにも慌ただしい時間を過ごして、多分俺の人生の中でも酷い一日ランキングならトップ5に入るくらいの一日が終わった。伊那鷺の誘導のおかげと、無いと思われていた俺の演技力で、どうにか敵に変装しているのはばれずに済んだ。伊那鷺が推測した通り、このラビットに入っていたやつは、仲間内からあまり重要視されている人物ではないらしく、休みながら船内を見回るという申し出も「好きにしろ」と快く承諾してくれた。

 これは二重の意味で都合がいい。俺が好き勝手動けるということに加えて。

「お、俺をどうする気だ・・・」

 目の前に、両手両足を椅子に縛り付けられ、頭から布袋をかぶせられている、下着姿の男がいた。彼こそが元ラビット。俺が今着ている服の元の所持者であり、テロリストたちの仲間だ。

 こいつがどうなっても、助けに来る連中はいないということだ。

「決まっています」

 彼の前に立ったメイドがにこやかに言う。

「事情聴取、という奴です」

 見た目は完全に拷問前だけどな。

 しかし、何だな。下着姿で拘束されている顔を隠された情けない男と、その前で嗜虐的で酷薄な笑みを浮かべる美人メイド。

「なんか、いやらしいマンガみたいっすね」

 どうして俺が言うの我慢したのにあっさり言っちゃうのかね後輩くんよ。一応ここには小学生、高校生、アンダー十八がいるんだぞ。レーティング考えろ。

「どうして今の状況がいやらしいに当たるの?」

 ほら見ろ。案の定小学生の方が純粋な興味で食いついたじゃねえか。

「それはっすね。実はこの状況、男の方だとご褒美にあたる可能性があるんすよね? 先輩」

「ここで俺に振るんだ。その話」

「だって、あの人を除いたら、ここにいる男性は先輩だけっすよ?」

「ねえ、何がいやらしいの?」

「喧しい! 静かにしろ!」

 もう一人の未成年に怒られた。

「さて、静かになったところで始めましょう。そんなに怯えずとも、こちらの質問にお答えして頂ければ、危害を加えるようなことは致しませんので」

「こ、答え、な、ければ」

 恐る恐る、と言った風に男が尋ねた。すると、サヴァーの笑みが深くなった。

「ご想像に、お任せします」

 ただ、そう言った。それだけで、男の首筋をつつっと汗が滴り落ちた。ふう、と大きく息をつくと、男は、意を決したようにサヴァーと向かい合った。とは言っても、男は布袋をかぶっているので見えていないだろうが。

「お、俺に答えられる、ことなら」

 満足そうに、サヴァーは頷いた。ちら、と伊那鷺の方を見る。伊那鷺も頷きで返す。録音の準備は整っているということだ。

「ではまず、御名前から」

「か、柿崎陽輔。と、年は三十三。ここ、ここではラビットと呼ばれている」

 伊那鷺がその情報を打ち込み、鷹ヶ峰の方へ送信する。鷹ヶ峰はその情報を警察関係者に回し、個人情報を調べ上げてもらう、という寸法だ。

「では柿崎さん。今回のこの事件の首謀者は分かりますか?」

「誰か、は、分からない。お、俺みたいな末端がわかるのは、ここにいるメンバーだけ。け、ど」

「けど?」

「幹部のひ、一人、渋沢正嗣、が、計画したんじゃないか、と」

『渋沢、正嗣、だな? ちょっと待ってろ』

 一緒に聞いていた鷹ヶ峰に何か心当たりがあるらしい。

『あった。渋沢正嗣。ふむ、幹部の中でもトップクラスの大物だな。だが、調査資料を見てみると、最近投資に失敗して、莫大な借金を抱えたとあるが』

「そ、そうだ。組織、の金も、使いこんだ、と聞く」

 崇高な理念をお持ち過ぎて笑っちまうぜ。

「彼に、し、従う連中は、彼の部下、で、おこぼれを、預かっていた。だから、今回の馬鹿なことにも、手を貸している。渋沢がいなくなったら、大きな顔をしていられなくなる、から」

 派閥争いってのはどこにでもあるもんだなあ。宗教だろうが会社だろうが国家だろうが、人が集まったらこうなるのか。人類史が始まってうん千年、ちっとも変わらないのは何ででしょうな、と嘆いていたら、柿崎からもっと嘆かわしいことが聞けた。

「そ、そもそも。スザクさんが、捕まった原因は、渋沢たち、幹部連中にある」

 柿崎の言葉に全員が耳を疑った。

「スザク、さんは。名誉棄損やら、営業妨害やら、そういったことは一切しないし、俺たちにもしないように言っていた。『たとえ過ちであったとしても、今それが社会を回しているのなら、急に奪っては立ち行かなくなる。毒となり害となる変革は誰も幸せにならない。誰もが納得できて、初めて正しい変革と言える』と」

 この天城スザクって、すげえ賢い人じゃねえのか? テロリストたちの指導者って言うから、もっと過激な人物だと勝手に思い込んでたよ。テロリストたちが言っていたように、事を荒立てるようなことはしなかったってのは、本当っぽいな。

『しかし、それならば最近の君たちの行動には矛盾がある。例えば、先月発生したある企業に対しての脅迫まがいの抗議だ。あれを始め、数件の問題が発生している。名誉棄損と訴えられてもおかしくない』

「そ、それは、スザクさん、の指示ではない。というよりも、その、一連の、事件こそが、今日に、繋がってる」

「繋がって、る?」

 アイシャが口に出す。柿崎は頷く。

「そ、そう、だ。スザクさんは、嵌められたんだ。スザクさんは、幹部連中のやり方と対立していた。だから、嵌められた。事件の主犯として、スザクさんは捕らえられる。そして奴らは、全てこの大会に、関係する企業や、政府のせいだと、組織に属する、みんなに触れ回り、対立感情を煽る。自然な流れで、この事件を起こす。釈放も、法律も、全てついで、カモフラージュ、だ」

 天城スザクが捕まることからが計画だったってことか。主犯もわからないのに、そんな事件の核心良く知ってたな。

「俺の仲間が、おし、教えてくれた」

「仲間? それは、テロリストの?」

 別だ、と柿崎が首を振る。

「俺と、同じだ。連中に利用、されている。あいつは、俺よりも組織の、中枢にいた。だから、奴らの計画を知ることもできた。そして、俺みたいな、スザクさんの教えを守る人間にり、リークしていた。だが、それのせいで、あいつはあんなところにいる」

 項垂れる。あんなところとは?

「あんたら、も、テレビを見てただろう? オオカミの面をかぶった、やつだ」

 全員の視線が、パーティ会場のモニターへと移る。イスカの隣で、膝を抱えて俯いているオオカミがいた。

「人質を真っ先に殺そうとした、あいつが?」

 てっきり、メンバーの中でも主犯格かと思っていた。

「あいつは、そんな奴じゃない!」

 初めて、柿崎が声を荒げた。

「一番、大変なの、は、あいつだ! あいつは、か、家族を人質に、取られている。嫌々、従わされている。俺だって、嫌だった。こんなことは、したくなかった。けど、あいつが、協力することになったと、聞いて。心配になって。多分、あいつは、これが終わったら、殺される。知りすぎているから」

 拙いながらも、真摯に、彼は吐露する。

「あ、あんたら、が、あの、アウトロウ、なんだろう?」

 艦内放送を思い出したのか、半ば確信を持って、柿崎が聞いてきた。

「俺、俺が頼むのも、おかしいが、あいつを、助けてくれ。人質を、助けてくれ。スザクさんを、助けてくれ」

 頼む、と縛られた状態で精一杯頭を下げる。顔を覆われ、四肢を拘束されているだけでも結構な恐怖があると思う。しかも、目の前には、さっきまでイカれた放送を垂れ流していた、悪魔とまで呼ばれた連中だ。自分がどういう目に遭うかもわからない中、柿崎は自分よりも仲間の方を案じている。

 これに応えなきゃ男じゃないぜ。そして、こんな良い奴が、テロリストの烙印を押されるというのも間違っている。

「勘違いしてもらっては困る」

 ずい、と一歩踏み出し、サヴァーさんに並ぶ。ここで誰も俺が出てくるとは思ってなかったのだろう。しかも艦内放送で使った加工された声だから、なおのことみんなギョッとしている。

「あ、あんた、が」

「そう、アウトロウの首魁。ノアだ」

 ボスが出てきたということで、柿崎は体を固くする。

「勘ち、がい、とはどういう」

「どうもこうも、君の頼みごと全てだよ。言ったはずだ。我らは善も悪も関係なく喰らう悪だと。助ける、助けないの話などお門違いだ。だから、君の頼みは聞かない」

「そ、そんな・・・・」

「聞かないから、聞いていない。聞いていないということは、君は俺たちにそんな話をしていない。できなかったからだ。何故か? この船には乗っていなかった、ということだ。そして、君の仲間のオオカミも」

「え、え? どど、どういうこと・・・?」

 察しの悪い柿崎以外は、俺の言わんとしていることを理解してくれたようだ。

「とりあえず、君に言えることはただ一つ。風邪をひくなよ、ということだ」


 数時間後、暗闇の中、資産を移動された人質たちがウサギの被り物をした男に追い立てられて救助艇に乗せられる。ウサギ男は、最後に乗り込んだ人質に手紙を渡す。内容は、これからの人質たちの行動についてが書かれていた。助けはすぐに来ることと、一緒に積まれた、大人も入れるくらい大きなスーツケースについての説明が記載されている。

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