第20話 次の手を最善、最良とするために

「あ~あ」

 俺の後ろで、ヒナがわざとらしいほどの大きなため息を吐いた。

「勝手に名乗っちゃったっすねえ? しかもアウトロウ、なんて。それ、全然次回作を書かないファンタジー作家さんの本に出てきた、最強の傭兵集団の名前そのまんまじゃないっすか。著作権とかで訴えられても知らないっすよ?」

 あの時出てきたのがこれだったんだよ。あれだ、次回作を期待しているからこその叱咤激励と言いますか、早く次書けよという苦情申し立てを間接的に申しますというか、これを参考にしてください的な? とにかくがんばれ、ってことで。カノ先生・・・続きが・・・読みたいです・・・。

「御託はいい」

 吉祥院がだらだらと続きそうな俺の弁明をぶった切った。

「次はどうする気だ」

 次? 頭の片隅にもなかった言葉が出て来たね。しかし、当然のように伊那鷺も言う。

「この後の行動について何らかの考えがあってのものでしょう? ここまで来たら一蓮托生、可能な限り協力する。だから、さあ。次の手を」

「次の手、ね・・・・・」

 クールダウンしてきて元の思考回路に戻ったのはいいけれど、その頭にゆっくりと先ほどのクレイジーな現実が染み込んでくる。しかもだ、それを引き起こしたのが自分だという。ああ、また黒い歴史が己の背中に刻まれてしまった。

彼女らに背を向けている状態で良かったのか悪かったのか。今、顔中が汗でびっしょりだ。考えろ、考えろ。この場を切り抜けるための、彼女らの期待に応えるための、そう、このシージャックが発生している船内にて、人質全員を救出し、ブリッジを奪い返し爆弾を解除しテロリスト全員を倒すなり捕まえるなりする方法を、だ。

「・・・・・」

 無言の俺の背に、全員の視線が集まる。

「じぇ・・・・」

「「「じぇ?」」」

「じぇ、じぇんじぇん・・・・、考えてましぇ~ん・・・・・」


 時が・・・・止まった・・・・・


 いつから俺は特殊能力を使えるようになったのかと(自棄)。

 いや、無理ですって。それ考えられるようなおつむをしているのなら、こんなとこで油売りながら燻ってませんて。特殊部隊なりなんなりなってますって。

「ふ」

 沈黙を切り裂いたのは吉祥院だ。珍しく、何がおかしかったかわからないが吹き出した。

「ふふ、くくく」

 何か笑いながら近づいてくるので

「へへ、ははは」

 振り返り、笑いながら迎えてみた。

「くかかか」

「うふふふ」

「にひひひ」

 伊那鷺、アイシャ、ヒナも同じように笑い始めた。

「「「「「あははははははは」」」」」

 笑い声の輪唱。そして

「ふざけるなよ貴様! あそこまで啖呵きっといて次の手無しだと!」

 案の定、大騒ぎですわ。

 まずは吉祥院から。烈火のごとくお怒りになられましたよ。襟首掴まれてネックハンキングツリー喰らっとります。そのまま上下左右前後と振り回される。吊り下げられ、ちょっと気持ち悪くなってきたけど必死で弁明する。でないとこのまま二度と目覚められなくなっちゃう。

「いやいやいやいやそんな考えてるわけありませんてそりゃ勢いに任せて適当ブッコいたのは否定できませんが! 初めから時間稼ぎが目的なんですって! 目的果たしてますって!」

 ね? 鷹ヶ峰さん! とモニターに映る彼女を見る。

『いや、それはそうなんだが。そこまでいったら、何かほかに策があると期待してしまうのが人の性というものだろう?』

 肩を竦めながら鷹ヶ峰は苦笑する。

「ほら見ろ愚か者が姉様もこう言ってる! あの程度で抑止効果が発揮されていると思い込むな次の手はいつだって用意しておくものだろうが! 貴様の時間稼ぎがどれほどの効果を生むかさっぱりわからんのだぞ! 貴様のそのイカれた言動に巻き込まれた哀れな連中を見ろ!」

 天井近くの高みから首を巡らせ周囲を確認する。彼女の言う巻き込まれた哀れな奴らは、というと

「理解不能。理解不能。ここにきて何も考えてないなんてありえない、ありえない、ありえガガガガガ」

「あーっ! リツどうすんの! 自分の理解の範疇超えたから、カガリが白目向いてハングったわよ!」

「伊那鷺さんしっかりっす! 傷は浅いっす! この程度の考えなし特攻モード、先輩にとっちゃ日常茶飯事っす!」

 いや、ヒナ。それ流石に言い過ぎだから。

「じゃあこの前デパートで考えなしに爆弾解体したの誰っすか!」

 すいません。私です。

 わいわいぎゃあぎゃあと混乱の坩堝と化し、収拾がつかなくなってきた。そんな中

「皆さま落ち着いて」

 パン、パンとサヴァーが手を叩いた。

「せっかく私たちはチームなのですから、次の手を一緒に考えましょう。幸い、もっとも欲しい『時間』を鬼灯様は稼いでくれたのです。ね?」

 ニコリと微笑まれた。止めてくれ、今優しくされたら惚れてまうぜ。

「ささ、吉祥院様もどうかその辺で」

 サヴァーの勧めで、ようやく文字通り彼女からの吊るし上げから解放された。

「そうだな。今更わめいてもどうにもならない」

「その通りです。それに、目的は大体決まっているのですから、一つずつ挙げて、私たちに出来ることを一つずつ片付けていきましょう」

 なんという、これが真の大人の余裕か。頼りになるわぁ。サヴァーの呼びかけに応じて、俺たちは集う。中央にテーブルを置いて、ぐるりと囲うようにして座る。

「我々の目的としては、何が挙げられますか?」

 サヴァーがみんなに問う。

「ええと、イスカちゃんの救出、っすかね」

 これが最重要、とばかりにヒナが真っ先に挙げた。

「そうですね。イスカ様はじめ、人質の方々の救出は最優先ですね」

「後は、テロリストの排除?」

 アイシャが言う。

「そうですアイシャ様。そして、それはこの場合二か所にて必要とされます」

「人質のいるパーティ会場と、ブリッジ。舵に関しては、リモートでも操作はできるけど」

 伊那鷺の言葉にサヴァーは頷く。

「リモートでは操舵の即対応が出来ません。万が一座礁しそうになった場合に対応が出来ないとまずいですしね。なので、大きく分けてその二か所にいるであろう連中を排除しなければなりません」

「後は、爆弾か」

 吉祥院が言う。

「はい。たとえ人質を解放し、ブリッジ、パーティ会場からテロリストを排除したとしても、船を破壊されては意味がありません。高確率で犠牲が生れてしまいます。理想は、誰も死なせないこと。これは、テロリストも含めて、です。その方が良いですよね? 鷹ヶ峰様?」

 サヴァーは言うが、何故だろう。月本ではあまりないが、海外ではこういった緊急事態の場合、犯人は射殺される、なんてニュースを見かける。結局のところそれが被害を押さえる一手でもある。元傭兵であるサヴァーなら、第一優先はアイシャで、そのアイシャを守る為なら敵はとことん排除しきると思っていた。

 そりゃ、倫理的に、何とも割り切れないところがある。悪人は裁かれてしかるべきだが、死をもって償え、というのは、俺はなんとも言えない。甘いのかな? 相手はテロリストだし。銃持って、今まさにイスカを殺そうとしたし。

 ただ今回の場合、サヴァーが誰も死なせないように、というにはきちんと理由があり、鷹ヶ峰が説明してくれた。

『それはな、彼らの他にも、天城スザクを信奉する者たちが大勢いるからだ』

「彼らを殺しちゃったら、他の仲間たちの怒りを買うってこと?」

 アイシャが答えた。正解だったようで、サヴァーと鷹ヶ峰は頷く。さすが、未来の指導者。

「その通りです。たとえ彼らから仕掛けてきたことであっても、仲間を害されれば怒りが生れます。そして同じようなことが別の場所で起こります。だから、後々のことを考えれば、誰も犠牲にならないというのが、最も効率のいい解決方法なのです」

『ただ、それを成すには、今この時が最も大変でもある。だから、君たちに問う。流れに流されてはいないだろうか。今回のこれは、以前私が仕掛けたような競技の延長ではない。本物の事件だ。すでに対策チームは解決に向かって動いている。彼らに任せておけば、君たちの無事は保障される。伊那鷺が監視システムを掌握しているなら好都合だ。隙を見て脱出し、救命ボートに乗って海域を脱出しろ。危険な目に、わざわざ遭わなくていいのだ』

「その代り、どちらにも被害は出る、ということですよね。姉様」

 吉祥院の確信を持った問いに、鷹ヶ峰は『ああ』と首肯した。

「それは、ゆくゆくは姉様の、鷹ヶ峰家の障害になりかねません。たとえどれほど小さな小石でも取り払っておくべきでしょう」

 それに、と彼女は続ける。

「相手は今動揺しています。この好機を逃すべきではありません。時間が経てばたつほど相手は立て直します。流れを読み、機を見ることが出来なければ、上に立つ者にはなれない、でしょう?」

『そうだ。その通りだ』

 どこか嬉しそうに鷹ヶ峰は言った。従妹の成長が嬉しくてたまらないがこういう場なので押さえている、けど溢れてきてしまっている、という感じだ。

「そして、私にはそれを活かす力がある。最善の結果を生む力が。ならば、ここで逃げの一手はありません」

「私たちは、の間違いでしょう?」

 横合いからアイシャが言う。一番逃げなきゃいけない人間が一体何を言うのだ。

「貴様、自分の立場が分かっているのか? 一国の大統領の娘だぞ? ただでさえこんなものに巻き込んでいるのだから、ヒルンドーから抗議が来てもおかしくない状態なのだぞ? 無事に脱出するのが貴様の仕事だ」

 一国の大統領の娘に向かって使う言葉使いじゃないと思うのは俺だけだろうか。しかしまあ、流石の吉祥院も、彼女には一応気を使うのか。

「立場は分かっているわ。だからこそ、あなたと共に行くのよ」

 キッと鷹ヶ峰の双眸を見返す。

「これは、今後私がありとあらゆるものと戦うために必要なのよ。あなたも知っていると思うけど、やはり世界的に見れば、政治家の大半は男性なの。女性は軽んじられることがあるのよ。私は、ゆくゆくはそういうアウェイで戦う必要が出てくる。その時に必要なのは、実績よ。どれだけの実績を積み重ねてきたのかが重要なの。それに、こういう時がまた来ないとも限らない。その時のために経験値を積まなければならない。レベルを上げておかなければ、もっと大変な時には何もできない。逃げるしかできない指導者に、一体誰がついてくるというの?」

「アイシャ様・・・」

 サヴァーが、複雑な表情でアイシャを見ていた。ごめん、サヴァー、とアイシャが最も信頼するメイドに頭を下げる。迷惑をかけることは重々承知のようだ。

「それにね。今私ってば、凄いナイスなアイディアが浮かんだのよ。上手くいけば、人質を解放できるかもしれない」

 彼女の発言に、吉祥院や俺たちの目の色が変わった。

「本当か?」

「ええ。勝算は高いと思うわ。だから、私をここに残しなさい」

 吉祥院とアイシャが睨みあう。近い将来、彼女らは別の場所別の席で、こういう交渉をしたりするのだろうか。お互い引かない超強気同士の睨みあいは、今回はアイシャに軍配が上がった。

「・・・・・サヴァー女史」

 言葉で諦めさせるのは無理と判断した吉祥院が、サヴァーに声をかける。

「こうなっては、アイシャ様は梃子でも動かないでしょう。勝手に動かれるくらいならば、ここにいていただいた方が守りやすいです。私が命に代えましてもアイシャ様をお守りいたしますので。吉祥院様はじめ、月本の方々にご迷惑はおかけいたしません」

 よし、とガッツポーズのアイシャ。

「では、私も残ろう」

 伊那鷺が挙手した。

「戦略的に見ても、監視システムを操り、最終手段として舵を奪える私は残るべきだ」

『非常に助かるが、良いのか』

「問題ない。それに。私には私の都合がある」

 ちら、と俺の方を見た。そうか。予言がどうなるか、興味があるとか言ってたな。俺が下りると言い出したらどうすんだ。

「んぬううううう、じゃ、じゃあ、私もっす!」

 ヒナが迷いながらも、挙手した。

「いや、流石にお前は逃げろよ」

 一般人のヒナは逃げていい。逃げなくてはならないはずだ。お前こそ、何かあったら俺は店長たちに顔向けできないんだけど。

「いやいや先輩、冷静に考えるっす。私一人なのと、このメンバーと一緒に残るの、どっちが生存率高そうっすか?」

 むう、とあたりを見回す。片や単独での脱出。片やおそらくこの月本でも最高ランクの実力者集団と行動を共にする。比べるべくもなくお話になりませんな。

「それにっす。私、泳げないんす」

 そいつは初耳だ。お前、この前今年の海用に新作の水着買いに行くとか言ってなかったか?

「水着を買うイコール泳げるという訳じゃないっす」

 わかってないっすねえ、とため息を吐かれた。なんかムカつく。

「ともかく、万が一海に落ちた場合助かる見込みが皆無なので、一緒にいた方が得策なんす」

『無理はするなよ』

 はいっす、とヒナが答える。

『話はわかった。こちらも出来うる限りのことはする。何かあればすぐに言え』

 あれ? 俺には聞いてくれないの? はじめっから頭数に入れられているのかい?

『何だ? 聞いてほしかったのか?』

 おどけるような口ぶりで鷹ヶ峰が言う。

『私は無駄なことはしない。すでに答えが決まっている人間に、わざわざ聞いたりはしないよ』

 いやぁ。それはどうかな? 意外と決心がつかずにうじうじしているかもしれないぜ?

『では、尋ねよう。鬼灯律。君は、どうしたい?』

 そんなもん、決まりきってる。

「帰ります。全員揃って」

 画面の向こう側で『初めて無駄なことをしてしまった』と鷹ヶ峰が言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る