第19話 分岐点

【我々は、この国の未来を憂う者たちの集まりである!】

モニターの男が叫んだ。男は頭にオオカミの被り物をかぶっている。そういや更衣室にあったな。誰がつけるのかと思っていたら、まさかのテロリスト用かよ。

【人々を扇動し、堕落させるこの大会を、我らは常々憂いていた。利益ばかりを優先させ、人として大切なことを忘れさせる貴様らの所業、もはや見過ごすことはできない】

 人として大事なものを落っことしているのはそちらの方だと、命を簡単に奪えるものを片手に演説するあなたにお伝えしたい。

【ばかりか、我らの指導者を無実の罪で捕らえた。許されることではない。これまで穏便に事が進むように努力してきた我々の誠意を、貴様らは金に物を言わせて踏みにじった!】

「あ、もしかして少し前にニュースになったことかな?」

 アイシャが言う。月本のことを調べるためにネットを含めて新聞やニュースを欠かさずチェックしている。

『その通りだ』

 ここにいるはずのない人物の声が聞こえた。伊那鷺が、自分のパソコンを俺たちの前に差し出す。

「姉様」

 吉祥院が画面に映る人物を呼ぶ。

『凰火、皆、無事か?』

 あれ? 何で外部と連絡取れてんの? こういうののお約束は、外部と連絡が取れないってことじゃないのか?

「そういう訳じゃない。彼らは今既に、この映像をインターネットやテレビの電波をジャックして流している。確かに別の周波数帯を用いて連絡しようとしたら、この船に積まれている通信機器の通信記録を監視しているであろう彼らに気付かれる可能性はあるから、それをごまかしながらにはなるが」

 外への連絡は可能、ということらしい。

『だが、緊急で仕方なかったとはいえ、あまり感心しないな。うちのファイアウォールを破ってイントラネットを経由し、あまつさえ私のパソコンをリモートで操作するなど』

「SSL‐VPN接続だから、社外にあなたの情報が漏れる心配はない」

『そう言う事ではないんだが、まあ、気遣ってもらってるようだから感謝するよ』

 鷹ヶ峰が苦笑している。めずらしい。さて、しれっと彼女らは話しているが、コンピュータ関連に詳しくない俺とヒナにはさっぱりだ。VPNって何だ? そもそもイントラネットって? インターネットじゃねえの?

「社内だけの通信網みたいなもののことだったと思う」

 横でアイシャが補足説明をしてくれた。

「家の電話に親機と子機ってあるじゃない? 外部からかかってくるのがインターネットで、家の子機から親機に連絡するのがイントラネット、みたいな感じだったかな? で、VPNは親機と子機だけの専用回線みたいなもん。SSLはそこで通信するときも暗号、親機と子機にしかわからない合言葉で喋る、みたいなやつ」

 ああ、なるほど。なんとなくわかった、気がする。

『全員そこにいるということは、無事ということだな?』

 鷹ヶ峰が俺たちの顔を見渡して言う。

「今のところは。しかし、船内の主要箇所は全て占拠されているようです」

『そうか。厄介だな。こんなことをしでかすほどにまで、大きな組織になっていたのか』

「姉様は彼らのことを?」

『知っている。これまでにも何度か大会を中止するよう訴えていた。確かに彼らが指導者と仰ぐ人物の言う事にも一理あった。この大会は華やかしい反面、この前のように一部権力者たちによる不正もある。それ以外にも、会社が大会のスポンサーになったり、自社製品を出展するためには、企業にもそれなりの実績と商品開発が求められる。当然、実績のごまかしもあれば、商品の安全性を検査するためのテストですら、期限と閾値を守る為に虚偽の報告をする企業もあった』

 いや、それは普通に駄目だろう。しかし鷹ヶ峰は言う。

『まかり通ったのだよ。もちろんあまりにひどいものは見送られるだろうが。結局のところ企業においても、大会は自分たちのPRの場でしかないと思い込んでいる連中は多く、名前だけ売り出せればそれでいい、と』

 私もまだまだ努力が足りんな、と鷹ヶ峰がぼやく。彼女の努力が並大抵でないことは見ていなくてもわかる。その彼女をして、全て取り締まれるわけではないということか。人の業はそこまで深いのか。

「また同時に、そういった企業はテレビ局や出版社などのスポンサーでもある」

 企業からの発注を受けていた伊那鷺も、そういう裏側を知る人物だ。もしかしたら、彼女にも何かあったのだろうか。

「私がまだ試験運用していたセキュリティソフトを、勝手に持って行った」

 まだテストが済んでないのに、と珍しく不機嫌そうな顔をする。

「さておき。小さな事故はいくつかあった。けれど、世間には知られていない」

『つまり黙らせてきたわけだ。画面上の彼らが唾棄するように、力を使って』

 それでも訴えを止めない彼らに対しても同じく、企業側は力を使って黙らせた。名誉棄損、営業妨害、もろもろの罪を持ち出して、彼らの指導者を捕らえさせた。その報復がこれか。

【我々は、月本政府、および今大会の協賛企業全社に対して要求する。要求は三つ! 一つ、直ちに不当の罪によって捕らえた我らの指導者『天城スザク』を釈放すること! 二つ、月本政府及び協賛企業は、我々に対して慰謝料千五百億を支払うこと!】

 千五百億よこせなんて、子どもの喧嘩でしか聞いたことねえな。

【三つ、今後一切、選手権大会の開催及びそれに類似する全てのイベントの中止を要求すること! これは、書面だけでなく、国会で承認し法案化してもらう! 人々を正しく導くために、優れた法として未来永劫この悪しき大会を取り締まってもらう!】

『国会や政治家が優れた法律をすぐさま承認できるような、そんな合理的なシステムであるなら、国民の誰もが政治家を尊敬するだろうに』

 鷹ヶ峰の独白は、彼らの要求の一つは通らないことを示していた。

【我々は断固として戦う! まずは、指導者の解放だ! 渋る選択肢は貴様らにない! それが確認できるまで、今から一時間ごとに人質を一人ずつ殺す! 交渉は受けつけない! ・・・・我々が本気だということを、ここで知らしめる!】

 男が、ぐいとその場に居た人質の一人の腕を引っ張った。そして、目の前の椅子に座らせて、額に銃を突きつけた。

「嘘だろ?!」

 思わず俺たち全員が画面に食い入った。

 銃を突き付けられた人質は、怯えるどころか、穏やかな表情を浮かべて、男と対峙していた。むしろその様子に、男の方が戸惑っているように見えた。

【・・・何だ貴様。恐ろしくないのか? まさか、冗談だとでも思っているのではあるまいな?】

【そんなことは。あなた方が本気だということは重々承知していますよ】

「何で、何であんなところにイスカちゃんがいるんすか!」

 ヒナが叫ぶのも無理はない。今まさに撃たれようとしているのは、さっきまで一緒にいたイスカだった。

【ならば、何故、取り乱さずにいられる?】

【諦めているからでしょう。私は、すでに。あらゆるものを】

 彼女のその言葉の意味を、どれだけの人が理解しただろうか。そして、あいにく俺は、理解してしまった。理解できてしまった。

【死ぬ前に、ただ一つだけ。お願いを聞いていただけますか?】

【何だ】

 すっと、手を差しのばした。俺に対して伸ばしたように見えた。

【電話を、お貸しくださいますか?】

【電話? 今更警察に連絡したところで、どうにもならんぞ?】

【いいえ、違います。最後に、ある方に遺言を伝えようと思いますので】

 男は逡巡した後、胸ポケットから電話を取り出した。プライベートな話なので、ちょっと離れていてくれませんか? と男に言う余裕はどこから来るのか。

彼女の細い指が番号を押す。


 ブルル、ブルルと胸元が震えた。誰からかなど、すぐにわかる。


「イスカ・・・さん」

【鬼灯さん? 起きられました?】

「ああ、誰も起こしてくれないから、海風に当たりすぎて風邪ひくとこだったけどな」

 すみません、と彼女は苦笑した。

「で、何でそんなところにいる? あんたなら逃げ切れただろうが」

【逃げるつもりはありませんでしたので】

「どういうことだよ」

【疲れたのです。私は。ノアからも聞いたかもしれませんが、私の占いは、全て悪用されていました。後始末をしようとして、始末されたのは私の家族でした】

「笑えねえ、笑えねえよそんな話は・・・」

【いいえ、笑い話ですよ。人を救っているつもりが、人を不幸にしていた愚かな女の話ですよ】

「不幸にしていたのは他の連中だろうが! あんたは関係ない! だって、だってよう!」

【庇ってもらわなくて結構です。私の罪は、私がよくよく理解しています。・・・あ、言っておきますけどね。すぐに諦めたってわけじゃないんですよ? あの後も、自分が蒔いた種、あなた方が都市伝説と呼ぶあの悪夢を刈り取ろうとしたんです。覆そうとしたのです。けれど、結果は散々でした。一矢報いることすらできませんでした】

 何度も何度も戦いを挑み、全て敗北した。きっとすべて無駄なのだ、そう悟ってしまった。運命とかいうクソッタレは、あまりに強大だったのだ。敗れた彼女が見てきたのは、不幸な結末を迎える都市伝説の被害者たちだった。

 だから諦めた、そう嘯く。人の業の記憶を見続けて、人の不幸を予知した女は、自分の人生を終わらせることを決めた。

 そんな女に、俺は何と声をかけたらいい?

【もう、思い残すこともありません。ただ、最後のご挨拶が出来なかったので、こうしてあなたに電話をかけさせていただきました。おそらく、その場に皆さまいらっしゃるでしょうから、よろしくお伝えください】

「・・・いやだ。後で、自分の口から伝えろよ」

【無理ですね。なぜかは、あなたが良くわかっているでしょう?】

 死ぬしかない状況が彼女を包んでいた。

【これが、運命です。逆らいようのない、強大な何かです】

 この映像を見ている、誰もが思っただろう。

ああ、彼女は死ぬのだな、と。誰もが、避けようのない何かが訪れると予感した。

そして、俺は

【そうそう。あなたはそこを動かないでください。あなただけは、助かるかもしれません】

 俺は・・・

【楽しかったですよ。この一週間。本当に。多分、私の人生の中でもっとも輝いていた一週間だと、絶対の自信を持って言えます。ありがとう】

 俺は。

【これで、思い残すことはありません。では、さようなら、鬼灯律。また来世で】

 電話は切れた。画面上で、彼女が男に電話を返す。

「伊那鷺さん、悪いんだけど、大至急お願いしたいことが」


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「どうもありがとう」

 イスカは、目の前の男に電話を返した。そして深く椅子に腰かけた。最後の時が来るのを、じっと待つ。瞼の裏に移るのは、この一週間の思い出だ。昔の記憶は他人のものと混ざって、どれが自分の物か判別がつかない。だが、この一週間分のものだけは自分の物だと断言できる。

 確かにそうだね。鬼灯律。彼女は心の中で呟く。記憶は、自分を形成する重要なファクターだ。ただそれがあるだけで、こんな状況だというのに穏やかでいられる。

「別れは済んだか」

 コツ、と額に再び銃口が当てられる。

「はい。おかげさまで。もう、心残りはありません」

「そうか。・・・・・すまんな。あんたに恨みは無いんだけど」

「おや、そうなのですか?」

 てっきり、この船に乗っている参加者やゲスト全てを憎んでいるものと思っていた。そう尋ねると、そんなわけねえだろ、と小声で返答があった。

「本音を言うとさ。これ、俺にとっちゃ貧乏くじなんだわ。信じてもらえないかもしれないけど、俺この作戦すげえ反対なの。でも、何か仲間とかが妙に白熱しちゃってさ。逆らったら俺まで殺されそうだったんだよ。で、嫌々参加することになったんだけどさ、疑り深いのが中には居てよ。俺の引っ込みつかなくするために、ここで誰かを殺す役目を押し付けたわけ。だから妙なことをしないように、俺にも銃口が向けられてんだよ」

「それはそれは、あなたも大変ですね」

 全くだよ、と両肩を竦めた。

「指導者たる天城さんはさ、ほっといたって数か月もすりゃ、証拠不十分とかで出てこれるんだよ。わざわざこんなことしなくても。本人だって、こんな過激な方法望んでねえし。むしろ本人一番嫌がるし」

「あら、ならばどうして、こんなことに?」

「だから、さっきも言ったように一部の仲間連中のせいだよ。どんな崇高な目的で組織された団体でもさ、金と人が集まると欲望が生れるわけ。最近じゃ、天城さんほったらかしで幹部連中が好き放題。今回のだって、多分天城さんはついでだ。大きくなった組織を、幹部連中は自分の力だと勘違いしてんのさ。自分たちはこういうイベントを引き起こした国家のせいで不幸になった、だから、その分を取り返してもいい、そう思い違いをしてんの。自分たちが落ちぶれたのは大体が自分のせいなんだけどね」

「おい、何を躊躇ってる!」

 外から怒声が飛んできた。彼と同じように、こちらは鹿の被り物をした男だ。

「おまえ、やはり・・・」

「誤解だよ誤解! 彼女美人だから、もったいねえなと思ってさ! すぐにやるって。それよりいいのか? 声なんか出して。最近じゃ声からでも本人特定できるって言うぜ? それ以上近付くと、お前も映るぜ?」

 そう言われ、鹿男は下がる。

「偉そうに言うだけで、大変なことは押し付ける、ずるい方たちですね」

「だろ? でも、そいつの言う事聞かないと、俺も殺されちゃうし、俺の家族も今やばいんだわ。・・・だから、本当にすまない」

 がちゃり、と撃鉄が起こされる。

「俺と、俺の家族のために、死んでくれ」

 当てられた銃口から、彼の震えがイスカに伝わる。恐ろしくて仕方ないのだ。けれど、守るべき家族のために、彼は覚悟を持ってここにいた。こんな人間ばかりなら、私ももう少し、希望を持てたのかな、と思いながら、目を瞑る。

「俺が言うのもなんだけど、どうか、安らかに」

「あなたも。どうかご家族を大切になさってくださいね」

 男の指が、ゆっくりと引き金を絞り

【あー、あー、マイクテス、マイクテス!】

 突然館内に響き渡る、音声加工された声。周囲に動揺が走る。男達も驚いていたことから、彼らにとっても想定外のことだとわかる。

【レディース、アーンド、ジェントルメン! そして招かれざるテロリスト集団の方々! 御元気デスカー!?】

「何だこれは! おい! ブリッジ! どうした! 何があった!」

 慌てて無線で呼びかけるテロリストたち。まさか警察か何かがブリッジに立てこもっている仲間を排除したのではと考えたのだ。しかし、返ってきたのは無事な仲間たちの慌てふためいた反応だ。

「わからない! 突然艦内放送がジャックされた!」

 少し離れたイスカにも届くほどの大声でわめいている。

【へいへいへーい! 人が喋ってるときは注目しようぜ? これからワタクシ、大事なことを発表しちゃいます! てへぺろ!】

 想定外の声の主は、かなりハイテンションのようだ。もしくはキチガイか。

【聞いといて損は無いと思うぜ? なんせ、君たちテロリストたちの作戦の成否は、政府でもなく、企業でもなく、ましてや君達でもない。我々が握ってるんだからね?】

「貴様、一体どういうことだ!」

 さっきの鹿男が、天井に向かってわめく。

【どういうことも何も、言ったまんま、そういう事よバンビちゃん。君たちが乗っ取ったその船を、今、俺たちが乗っ取ったんだよ!】

 一同、絶句。シージャックされている船をシージャックするなんて前代未聞だ。

「な、何を馬鹿なことを!」

 鹿男がそういうのも無理はない。

【馬鹿な事かどうかは、ブリッジにいるお仲間に聞いてみたらいいジャン? きっと優しく教えてくれるゼ?】

「どうなんだ! ブリッジ!」

 半ば八つ当たりのように怒鳴る。

「こいつの言ってることは本当だ! 舵が効かない! あと、監視システムもやられた!」

【文明の発展、便利な世の中大いに結構。けど使いこなせないなら意味ないよね? だから、代わりに使ってやるよ。俺たちの目的のためにな。良い時代になったもんだぜ。遠くにいながら、そんなでかい船をラジコンみたいに操れる】

「な、何が目的だ! まさか、俺たちの邪魔を・・・?!」

【ノンノンノンノン! その逆だよ! 俺たちは、君たちに協力できる。君たちも、俺たちに協力できる。互いにWinWinの間柄になれるのサ。俺たちの邪魔をしない限りは】

 明るい声から一転、冷気を孕んだかのような言葉がテロリストたちを怯えさせる。

【俺たちがジャックしたのはその船だけじゃない。そこから上空千キロに浮かぶ、軍事衛星も俺たちの支配下にある。・・・あ~嘘だと思ったっしょ? 思ったっしょ? ねえ、怒らないから正直に言ってみ?】

「信じられるかそんなこと! 軍事衛星だと?! そんな映画みたいな話、あるわけないだろ!」

【いいねいいねえその反応。お兄さん、そういうの大・好・物! そういう奴の鼻っ柱へし折ってやんのが趣味なんだよ! じゃあみなさん、右手をご覧くださ~い!】

 全員が言葉に従って右を向いた。


その瞬間、彼らの視界を真っ白な光が襲う。


 パァンと海面が弾けた轟音は後から届いた。何が起こったのか、誰にもわからない。ただ客船の窓に、膨大な水しぶきが降りかかり、大きな横揺れが船体を襲った。

【見た? 見ちゃった? あれが軍事衛星から放たれた対地表攻撃用の極太レーザーです。いやあ、俺も兵装リスト見たときバビッたわ。マジもんのレーザー兵器って実在すんだね。てわけで、こうやって示威行為をするのにはわけがあります。結局のところ、俺たちも目的は金なんだわ。まあ、君たちほどじゃないけど、大金が欲しい。だから、君たちにそこにいる人間を勝手に殺されちゃまずいんだよ。彼らこそ、俺たちの獲物。資産一億円の連中がそこにゴロゴロしてるんだよね。そいつらから貰う。ご都合主義もびっくりなんだが、そこは選手権の会場で、しかも係員の持つ機械で、彼らの資産を、正確にはそのデータを簡単に移し替えることが出来るらしいじゃない。けど、それには本人確認が必要なの。だから、人質には死んでもらっちゃ困るってわけだ。わかる? アンダスタン? しかも君らが今殺そうとしたのは、百億の資産を所持している令嬢よ? てめえら、そいつ殺したら次の瞬間丸焦げにしてやっかんな!】

 そうなの? と言いたそうなオオカミ男。もちろんイスカは心当たりがないから首を横に振るばかり。たしかに持っていたダイヤはそれだけの価値があるかもしれないが、それは既にある人に。

 まさか・・・・・

 そこで、彼女はピンときた。今、こんなクレイジーなテンションで喋っている人物の正体が。

「そう、あなたは、抗うのね」


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「バッカやり過ぎだ! もっと細っこいので良いんだよ! 誰が地表焼き払えっつった!」

 天空の城も驚きの高威力だ。

「威力調整は誤ってない。誤ってるのは使われている部品かシステムの方」

 自分の仕事にケチをつけられて伊那鷺がむくれる。

「多分、部品代とかをケチってるせい。メイドイン月本ならこんな誤動作は起こらない」

 大体出力設定数値で1の次が1000とか訳がわからない、と彼女はぼやく。

「くそ、安かろう悪かろうの典型だな」

 気を取り直して、俺はマイクのスイッチをオンにする。自分の動揺を悟られないように声を張る。

「見た? 見ちゃった? あれが軍事衛星から放たれた対地表攻撃用の極太レーザーです。いやあ、俺も兵装リスト見たときバビッたわ。マジもんのレーザー兵器って実在すんだね。てわけで、こうやって示威行為をするのにはわけがあります。結局のところ、俺たちも目的は金なんだわ。まあ、君たちほどじゃないけど、大金が欲しい。だから、君たちにそこにいる人間を勝手に殺されちゃまずいんだよ。彼らこそ、俺たちの獲物。資産一億円の連中がそこにゴロゴロしてるんだよね。そいつらから貰う。ご都合主義もびっくりなんだが、そこは選手権の会場で、しかも係員の持つ機械で、彼らの資産を、正確にはそのデータを簡単に移し替えることが出来るらしいじゃない。けど、それには本人確認が必要なの。だから、人質には死んでもらっちゃ困るってわけだ。わかる? アンダスタン? しかも君らが今殺そうとしたのは、百億の資産を所持している令嬢よ? てめえら、そいつ殺したら次の瞬間丸焦げにしてやっかんな!」

 これだけ釘刺しときゃ、あいつらも下手に人質に手を出せまい。これで、少しは時間を稼げるはずだ。

『くくく、流石だ、鬼灯。つくづく君は、私を楽しませてくれるな』

 画面の向こう側で鷹ヶ峰が笑う。

「笑ってないで、さっきお願いしたこと、お願いしますよ」

『任せておけ。矛盾のないように、イスカの名義で架空の資産を作成しておく』


 ―少し前―

「艦内放送を使う?」

 俺の頼みごとに、伊那鷺が首を傾げた。

「何をする気?」

「決まってる。彼女を殺させないためだ。ついでに時間を稼ぐ」

「艦内放送で?」

「そうだよ」

 何度も言わせんな。時間が惜しいのに。

「それくらいなら簡単にできるけど。あなたにそんなことが出来るの?」

 試すように、伊那鷺が問う。出来るものならやってみろと言わんばかりだ。

「そ、そうっすよ。先輩、流石にこれは、私たちに出来る範疇を超えてるっすよ。専門家に任せましょうっす。ね、鷹ヶ峰さん? もう動いてくれてるんすよね?」

『現在対策チームを編成し、大至急そちらに向かわせる』

「それはいつです?」

 俺は鷹ヶ峰を睨みつけた。

『・・・早くて、一時間後だ』

「政府がその間に要求を飲むということは?」

『まず、ありえないな』

 人質が一人死ぬ計算だ。全然間に合わねえ。もう間もなく行われるかもしれない彼女の処刑を、どうやって止めるというのだ。

「だから、俺がその時間を作ってやると言っている」

 俺の決意を見て取ったか、伊那鷺は何も言わず作業に戻った。

「リツ、どうしたの? 何か、変よ」

 アイシャが言う。はん、俺が変? どうしてそんな当たり前のことを今更。

「正常だよ。俺は。だから、怒ってんだよ。無茶苦茶怒ってる。あの女、死ぬためにあそこにいるみたいなこと抜かしやがった。疲れたからだと? どこのブラック企業にお勤めだよ。ふざけやがって。何を聖人みたいに悟りきった顔してやがる。見てやがれ、今すぐそのアルカイックスマイル引っぺがしてやる。五体満足で助け出して、四方八方からシャンパンファイトしてやる。全部ドンペリだ。大奮発してあの女を嘲笑ってやる。残念でした、間抜けな顔でまだ生きてますねホーホホー。まだまだまだまだ生きて苦しみやがれってな」

『策は、あるのか?』

 んな上等なもん、俺のストックにあるもんか。これまで出たとこ勝負しかしたことねえっす。

「面白い。やってみろ」

 意外にも、賛同したのは吉祥院だった。

「姉様、どちらにしろ、このままではどう転んでも最低一人は死にます。この馬鹿がやるというのだから、勝手にやらせればいい。姉様に責任はかからないようにしますから」

『凰火・・・お前まで・・・』

 思わぬ従妹の発言に驚いたものの、鷹ヶ峰もついに折れた。

『わかった。鬼灯、命令だ。可能な限り時間を延ばせ』

「命令されなくったって俺は・・・」

『いや、命令だ。何かあっても責任は全て私にある』

 だから命令という形を取ったのか。彼女の命令に俺が従った、ということにしたのだ。その心意気に、ちょっとウルッと来ちゃった。まずいな、年取ると涙もろくなってきちゃって。

「男前すぎでしょ、鷹ヶ峰さん」

『現場が出来ると判断したのだ。私はそれを信じる。好きにやれ』

 世の上司が、全員この人みたいな人間なら、こんなテロ事件なんて起こらなかったのに。

「セッティングできた。いつでも行ける」

 伊那鷺がこちらを振り返った。

「DJ RITSUがお送りする、最初で最後の生放送だ。皆、ノってるかイ!」

「いいから、早くしろ」「リツ、それは無いわ・・・」「先輩、疲れてんすね」「見ていて痛々しい」『鬼灯、不謹慎だぞ』「鬼灯様、ガンバ」

 もう、皆ノリが悪いんだから。あとサヴァーさん。ガンバは古いと思う。


 ―現在―

「さて、俺たちの目的はこれでわかってもらえたと思う。言っておくが、そっちこそ妙な真似起こすんじゃねえぞ。何か~もう一時間ごとに人質殺すって言っちゃったから~殺さなきゃみたいな~、って今時の学生みたいな軽い感じで殺すとか無しの方向で。こっちは船の監視システムを掌握してる。お前らの動きはまるっとすべてお見通しだ。さっきのレーザーも、もう少し出力を絞ればひとりだけをぶち抜くことも可能だってこと、忘れんな? まあ、光より早く動けりゃ、躱せるかもだけど」

 可能な限り性根の悪い奴を演じる。こいつなら、本当にやりかねないというキチガイを相手にしていると思わせるのが肝要。何が起こっても不思議ではない、その感情が敵の動きを止める。人間は考え過ぎる生き物だ。想像力が、時に手錠よりも縄よりも、人の行動を阻害し縛りつける。

「ただ、言う事を聞く間は協力してやる。さっきのレーザーは、そのままお前らを守る盾になる。半径一キロ圏内に船でも入ったなら、警告なしでドッカーンだ。悪い話じゃないだろ?」

【一体、一体貴様は何なのだ!】

 鹿男が恐慌状態で叫んでいる。

【シージャックした船をシージャックし、軍事衛星をハッキングし、己の利益のために人の命を何とも思わないその言動、人の道に悖る! 人ではない、悪魔だ! 貴様は、人の皮をかぶった悪魔だ!】

 何で人質とってるテロリストに悪魔扱いされてんだか。だがまあ、そういうのなら? そういう風で行きましょう。

「俺が何か、そうお前らは問うんだな? よろしい。聞かれたからには答えよう。耳の穴かっぽじってよおく聞きやがれ」

 すう、と息を吸い込む。ああ、多分これを言ったら、本当の意味で後戻りできねえ予感がバリバリだ。今後の俺に人生を左右する、俺にとって重要事項だ。

けれど、それが何?

イスカや、皆の命に比べればそんなもん燃えないごみの日にポイしてやるぜ。

「俺の名は―」


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 マイクを手に、名乗りを上げる鬼灯の後ろで、彼に関わる彼女たちは、全く同じことを考えていた。


 彼をこの中で一番よく知る後輩は思う。

 彼女にとって、彼は最も頼れる先輩なのだから、これくらいのことはできて当然なのだ。どうして世間がこの実力に気付かないのか甚だ疑問ではあるが、それはそれでいいと思っている。本当の彼を知るのは、後輩たる自分だけでいい。ずっと、目の前で輝いていてもらわなければ困るのだ。


 彼に救われた令嬢は思う。

 彼女にとって、彼はヒーローなのだ。どれだけ普段情けなくとも、本当に大事な時に大事を成す。それがヒーローであり、彼なのだ。だから、彼女には何の不安もない。今のこの状況も、どうにかなると思っている。なぜなら、ここにヒーローがいるからだ。本気になったヒーローが。それで、どうにかならないものなど、あるはずがない。


 彼という未知の生き物を知りたい天才は思う。

 彼を知れば知るほど、自分の理論とは違う次元の生き物だと思わされる。研究者である彼女にとって、事象とは、理論があって、膨大な検証があって、ようやく結果が判明する。しかし、彼は全く逆だ。すでに出るであろう結果が分かり切ったように行動する。新しい理論を前に、彼女の魂は震える。


 彼に敗れた王者は思う。

 彼女にとって、彼は倒すべき敵だ。そして彼女が求める敵は、強大でなければならない。なぜなら、自分を破った敵が矮小なはずがないからだ。そこから力を、知恵を、技術を、あらゆるものを吸収し、次こそ必ず討ち果たすためだ。故に、彼には勝ち続けてもらう必要がある。いつか、自分が倒すその日まで。


 だから、彼女らは思う。彼の背を見てほくそ笑む。

そうでなくては、と。

「俺の名は、ノア」

 彼女らの思惑など知る由もなく、彼は叫ぶ。目を潤ませて涙を流し、ビクビクと恐怖と不安に怯えながら。それでも立って戦うために、大切な人たちを守る為に己を鼓舞する。

「俺たちが、善を喰らい、悪をも喰らう悪」

 これは断末魔だ。全てを諦めて何もしようとしない、臆病で弱い人間であった自分との決別。

「俺たちが、人が作りし窮屈な法の外を歩む者」

 これは産声だ。この現実に真正面から向き合い、己を認知させるための咆哮。

「そう、俺たちが・・・」

 御旗を掲げ、名乗りを上げろ。

「気に入らないことあらば、それが世の理だろうが神が定めし運命だろうが蹴っ飛ばす、最凶最悪の外法集団。『あなたの隣に、すぐそばに』がキャッチコピーの」

 これは宣戦布告だ。彼にとってかけがえのない仲間たちを喰らおうとする、理不尽な運命をぶっ潰すという、確固たる意志。 

「俺たちが、アウトロウだ!!」

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