第17話 邂逅

 ただ、俺たちも無事では済まなかったことが判明した。あの不死鳥伝説以降、俺と鷹ヶ峰は誰からも相手にされなくなった。俺はもともとだからともかくとして、彼女まで、と不思議に思っていたら伊那鷺から連絡があった。

【新門藤次郎があなた達二人に関わるなと圧力をかけている】

 新門って名前だったのかあのおっさん。

「【知らずにあんな真似をしたの】か?」

 左右別々の声でおんなじことを同じタイミングで言われた。余程有名な資産家だったらしい。あんな真似と言われても、もともとするつもりはなかった。不慮のピタゴラス発動を誰が予測できようか。

「まあいい。どうせここでの用は大体住んでいる。後は明日だ」

 吉祥院が言う。俺もそうしよう。どうせここで出来ることはない。ていうか、始めから終わりまで、無い。本当に無い。言っていて悲しくなる現実はどこにでも横たわっているものだ。

 適当に夕食を取って、部屋に戻って休む、と吉祥院は去ってしまった。俺も右に倣えと思っていたら、伊那鷺から待ったがかかった。

【あなたには、まだやることがあるはず】

「やること?」

 ここでやることっつったら楽しそうにキャッキャうふふといちゃこら喋る男女を眺める苦行しか残ってないぞ?

【本当に忘れたの?】

「・・・忘れてないっす」

 イスカのことだろ? ちょっとしたお茶目だよ。問題を先送りにしたい弱い人間の心理が働いたんだよ。

「今彼女がどこにいるかわかる?」

 船に乗ってから全然姿を見ない。他の連中も見てないらしい。完全に単独行動を取っているか、迷子だ。

【今、スカイデッキ最後尾、、カフェラウンジにいる】

 よどみなく答えが返ってきた。彼女にも通信機類を渡していたのだろうか。

【いや、彼女には渡せていない】

「え、ならなんで?」

【? ただ船内の監視カメラ映像を見ているだけ】

 不思議そうに言われてもそのセリフの方が不思議ちゃんだぜ。あれか? 初めて行く場所は監視システムを乗っ取るのが鉄則なのか? やはりスパイなのか?

 さておき。教えられたとおりの場所に向かう。

 船内から、外の甲板へ出る。少し強い風と夕日が体を打つ。絶景だね。この前乗ったときは真っ暗闇の深夜だったし、ⅤIPルームとはいえ一室に籠りっきりのドンジャラだったからなあ。

 左右を見回すと、他にもちらほらとゲストや参加者の姿が見える。休憩中か、もしくは俺のように会場に居づらくなってここにきたか。

 あ、うん。楽しそうだから後者ではねえな。

【デッキの中央テーブルに、彼女はいる】

 誘われ、テーブルの合間を縫うように進む。目的の人物はすぐに見つけられた。他の客視線の先を追えばいいのだ。誰もが横目でちらちらと覗き見てしまう美女がそこにいる。

 イスカは、深い碧色のドレスを纏っていた。他の連中の例にもれず、非常に似合っている。胸元のブルーダイヤモンドが夕日に照らされて妖しく輝いている。

 夕日に照らされているその姿は、映画のワンシーンを切り取ったかのように美しい。彼女の周りに、ぽっかりと穴が開いたように空席が目立つのはそのせいかもしれない。誰もが完成されたあの場所を汚したくないのだ。

 ちなみにその映画は、最後には豪華客船が沈むという、今の俺たちにとってとんでもなく縁起でもない内容の、感動超大作である。

「優雅にアフタヌーンティ?」

 周りから浴びせられる、月に叢雲花に風、美女にお邪魔虫的な視線が痛いが気にせず対面に着席してやった。イスカは特に気分を害することもなく、笑顔で応えてくれる。

「はい。ここの紅茶、とってもおいしいのです。ヒナさん家で飲んだペットボトルの紅茶も好きなのですが、これはこれで」

 後ろを通って行ったウェイターの顔が少しひきつった。インスタントを悪いとは言わないが、高級茶葉を使用した通常価格一杯千円の紅茶と一緒にされては困る、と言った感じだ。

「どうしたんですか、そんな難しい顔して。また貧血ですか?」

「いや。貧血はもう治った」

「そうですか。良かった。じゃあ、どうしたんですか? 確か、選手権中、ですよね?」

「それを言ったらそっちもだろう? いなくなったから心配して探しに来たんだ」

 半分は嘘だ。彼女を疑う気持ちが先行しているのは否めない。

「すみません。会場に入った途端、先に行った皆さんの姿を見失いまして。とりあえず着替える、みたいなルールだったものですから着替えて、会場内を彷徨っていたのですが」

「見つけられず、歩き疲れたのでここにいる、と」

 はいです。と彼女は答えた。が、この言葉をそのまま鵜呑みにしていいものかどうか、判断に迷った。

【画像に残った記録を観察する限りでは、本当】

 伊那鷺の情報が入る。

【そこの甲板に辿り着くまで、彼女はこの広い船内をさ迷い歩いている。辿り着く場所も船内プール、カジノ、レストランフロア、客室と端から端へ移動している】

 なるほど。でもそれならますますわからない。目の前にいる彼女は、イスカなのか、ノアなのか。乗船前のやり取りは、偶然だったのか。

「何か他に、私に聞きたいことでも?」

 全て計算のようにも見えるし、天然のようにも見える。仕草も、声も、表情も。映画であるなら、全ては脚本通りだが、リアルにそんな気の利いたもんあるわけない。爆ぜろ爆ぜろと全国三千万の同朋たちが呪詛吐くワケだぜ。

「じゃあ、いくつか質問をしても、いいかな?」

 と言うと、あ、ちょっと待ってくださいね、と出鼻をくじかれた。

「私は、私のことを説明するのが少し苦手でして」

「記憶がないのは、嘘だったのか?」

「その質問に関しては、答えにくいですね。嘘ではありませんが、真実でもありません。無い、というより、ありすぎる、というか、どれがどれかわからない、というのが近いでしょうね」

 要領を得ない答えが返ってきた。

「そういう小難しいことは彼女が説明してくれると思います」

「彼女・・・、それって」

「はい。リツさんもお会いしたんですよね。彼女に」

「ノア、のこと?」

 彼女は頷いた。

「説明してくれるってのは、どういうことだ。後で逢えるのか?」

「ええ」

 それを聞いて、ある仮説が浮かんだ。もしや彼女は

【解離性同一性障害?】

 伊那鷺も同じ考えのようだ。解離性同一性障害、又は多重人格障害。

「ノア、というのは。君のもう一つの人格ということか?」

「それに近いものです」

 近い? 似て非なるものということ?

「百聞は一見にしかず、とも言いますし、さっき言ったように私はそんなに説明が得意ではないので」

 彼女は自分の首の後ろに両手を回し、ネックレスを外した。ブルーダイヤモンドを右手に乗せて、テーブルの上に乗せる。

「こちらに手を添えてくださいますか?」

 そういう彼女の顔を見、次いで差し出されている右手を見る。意図は分かりかねるが、素直に手を乗せた。

「では、彼女によろしく」

 イスカがそう言った途端

「また、お会いしましたね」

 テーブルと、椅子はそのままに、周りの景色が一変した。いつかの、無数の扉が存在する薄暗い空間だ。ということは、この状況で俺に向かってまた会いましたね、なんてことを言ってくるのは一人だけ。

「お久しぶり。ノアさん」

 二度目の邂逅ってやつだ。そう、声をかけると、彼女は微笑んだ。

「驚かないのですね」

 この環境の変化のことを言っているのなら、その見解は大間違いだ。

「驚いてるよ。驚きすぎると一周回って冷静になれるみたいだ」

「それは結構」

 すっと手を引いた。今の今まで手を繋いだままだったからだ。俺も手を引いて、肘掛けに肘を置く。

「イスカとあなたたちが呼ぶ、彼女から私に話を聞けと言われたのですね」

 その通りだから頷く。

「早速だけど、いくつか構わない?」

 どうぞ、と彼女が促してきた。

 さて、どうするかな。実はここに来るまでいくつかやり方を考えてきた。交渉人っぽくクールに行くか、怖いお兄さんっぽく強気で行くか。泣き落としとかその他いろいろ。

 本番を前にして全部却下だ。結局のところ俺は俺に出来る以外の方法を知らない。そして俺は、顔に出てしまうくらい腹芸は苦手なのだ。真正面から行きますか。

「イスカの記憶について、わかりやすく」

 まずはここから行く。さっきの彼女の話ではあるのかないのかよくわからなかった。

「そのことについて話すには、まずは私たちのことを話す必要がありますね」

 どこから話しましょうか、とノアは背もたれに一旦背中を預けた。

「まずは、彼女の家系から話しましょう。彼女の家系は、古くから占いで生計を立てていた家系です」

 表向きは、と彼女は続けた。表向き、ということは、裏向きもあるわけで。

「私を受け継ぎ、そして次代に繋げることです」

 自分の胸に手を当てる。

「おそらくあなたは、私をイスカのもう一つの人格のように考えていると思うのですが、それは少し違います。私は人々の意識の底に住まう、記憶の管理者、とも言うべき存在です」

 さっぱりわからん。

「あなたのお友達、伊那鷺かがりさんの言葉を借りるなら、大昔からデータを取り続けている意識と記憶の共有サーバ、ということになります。イスカはそこにアクセスできる権限を持つ人間です。

私は、人々の意識が生れた時から存在してるということですよ。姿形の違いこそあれ」

 人々の記憶って、いやいや、何千年前だよ。原人入れたら数百万年前だぞ。

「あなた達には意外なことかもしれませんが、太古の昔では意識を共有したり、言葉を声にしなくても遠くの人と声や心を通じ合ったりできたのですよ」

 人間は脳の数パーセントしか使用してないと言われてる。真偽のほどはともかく、霊能力とか超能力とかは、その未解明部分のどこかを使っているらしい。太古の人々は、そういう現代科学でも解明できない脳の未開領域を使用していたってことだろうか。

「今のあなたのように、私に話をしに来る人もいた。そういう人は、何かしらの問題を抱え、相談に来る人が多かったと思います。私は、その解決策を持つ人の記憶から知識を貰い、問題を抱える人に授けたりする、図書館のような役割を担っていました。

 けれど、時がたつにつれ、人々からはそういった能力が消えていき、比例するように私を認識できる人が減っていきました」

「で、今ではイスカたちだけ、みたいな話か?」

「そうです」

 そして、ここからが彼女の話です。と、ノアは前置きした。

「彼女の家系は、占いという形で人々にアドバイスを授けながら今日まで生きてきました。

 彼女は、とりわけ私の力との相性が良く、私と深くつながることで多くの人の意識や過去の記憶にアクセスすることが出来るのです。誰もが歴代最高の占い師が誕生したことを祝福しました。彼女も多くの人を幸せにできると意気込んでいました。ですが」

 ノアのトーンが一段下がる。

「数年前でした。彼女のもとに相談に来たうちの一人が、犯罪に手を染めたのです」

「犯罪・・・?」

 占いと犯罪がどう結び付くというんだ。

「彼女らの占いは、未来すら言い当てると評判でした。その人物は、思い人の行き先に先回りして、サプライズで誕生日を祝ってあげたい、何が喜ばれるだろうか、というものでした。彼女は私と共に、その思い人の嗜好を探り、行動を予測しました。

数日後。その思い人が殺害されたとニュースで報じられました」

「・・・・は?」

 なんでそうなる。

「犯人は占いに来たその人でした。思い人というのは、別れた恋人だというのも同じニュースで知りました。その恋人への暴力が原因で別れ、ストーカーとなっていたそうです。引っ越し先が分からなかったので、高い占いの的中率を誇る彼女のもとを訪れたようです」

 耐え切れないほどの鋭い棘を持っているのでしょう。イスカがそう言っていた意味が、ようやく分かり始めていた。こんなの、耐えられるようなものじゃない。

「それで占い家業を閉める、と言うだけであれば、まだましでした。彼女は責任感が強かった。家族の反対を押しのけ、今まで自分が占ってきた人間の記憶やその後の足取りを追い、知ってしまった。幸せな結果ばかりではないことに。それどころか、そんな結末は一握りしかないことに」

 ノアが、ネックレスを手から垂らした。ゆらゆらとそれは左右に揺れる。

「これを展示していた博物館は、大した抵抗もできずに全ての展示品を奪われました。まるで、搬入経路や警備員の動きを全て読まれていたかのように。他にも、ある国の要人暗殺、大規模なテロ事件、ある会社の倒産と、そこに端を発する恐慌。多くの不幸が生まれたことに、自分の占いの結果が使われていたことを知ったのです」

 なんつう、救いのない・・・。驚愕で無意識のうちに、手で口元を覆っていた。

「さらに追い打ちをかけたのは、彼女の家族はそれを知っていて、自分たちの力がそういう悪に利用されることを知っていたうえで占っていたことです。当然、そういうことを占いに来る連中からの報酬は莫大な物でした。彼女がこれまでの占いを調べるというのを反対するのも致し方のないことです」

「致し方のないことって、何でだよ。犯罪に使われているのを知ってたら、止めるのが普通じゃねえのか?」

 そこまで報酬が魅力的だったというのか。彼女の家族全てが。そうは、思いたくないものだが。

それもあるでしょうが、と前置きしてノアは続ける。

「それは、一般人の解釈です。私は記憶を管理すると言ったでしょう? つまり、私にアクセスできるということは、存在する全ての人間の悪意と、これまでの人の歴史を知ることでもあります。そこから見れば幸福など一握りどころか、砂漠の中の砂一粒ほどです。ある意味、彼女の家系は人間というものに絶望して生きてきたのです。人に対して、何も期待していないのです」

 俺の対人恐怖等生ぬるいと言わんばかりの彼女と彼女の家系の生い立ちだ。

 なんて、俺は馬鹿なのだ、無責任なことを彼女に言っていたのだ。恥ずかしくて死ねるレベルだ。プロに対して講釈するガキと同じじゃねえか。

「家族としては、ゆっくりとそう言った人の悪意に慣らしていくつもりだったのでしょう。若さゆえにまだ正義感と倫理観を持つ彼女に、自分たちの負の部分を見られれば反発は必至ですから。だが、彼女は知ってしまった。彼女は、世界と、人を諦めるにはまだ若過ぎた。だから自分の中の良心が言うままに行動し、そして、全てを失った」

 彼女を利用した全ての組織が、己が罪の発覚を恐れたために、彼女たちを皆殺しにしようとした。

「目の前で彼女の家族は血の海に沈みました。なかなか悪趣味なことに、自分のしたことの結末を見届けさせてから、最後に彼女を殺すはずでした」

「はず、というのは、今も彼女が生きてるってことで」

「そう、彼女は殺されませんでした」

 いやいや、サヴァーでもあるめえし、どうやって生き残ったんだよ。そんな絶望的な状況から。

「今、あなたがしていることと同じですよ」

「俺?」

「私と逢っているじゃないですか」

 ノアと逢っている、いや、正確には逢わせてもらった、か? でもこれがどう役に立つって言うのだ。

「今あなたは、彼女を通じて私、全ての人の意識が繋がる場所にいます。それは、あなたが他人の意識に入り込める状況、とも言えます」

 俺も他人の意識に? 恐ろしくも、ちょっと興味深いような。

「ここが、今現在の彼女の記憶について説明できる、関連する箇所になります。あの時、彼女は自分の目の前にいる敵と、その背後にいる組織連中全員の、リアルタイムの意識と記憶を強引に接続し、融合させたんです」

「・・・ん?」

 良くわからん。

「あなたも言っていたでしょう。自分を自分たらしめるものは、記憶だと。その通りで、自分であるというのは記憶と意識が関連しています。しかし、そこに他人の意識が混在したらどうでしょう。それは自分と言えますか? 考えようにも、他人の記憶もあるのです。感覚や感触も残っていますし、自分だと思っていた姿が記憶の中では他人で現れるのです。そうなると、一体どうなると思いますか?」

 自己の、崩壊が起こる。そういう話になるのか。

「加えて、脳の許容量を超えた膨大な記憶が流れ込み、パンクしました。全員が、その場で泡を吹いて倒れました。今なお意識不明の植物状態です。目覚めることは、二度とないでしょう」

 ある意味、その時がノアという暗殺者の誕生だったのかもしれません、とノア本人が言った。

「大勢の人間の意識を共有させた彼女もただでは済みませんでした。連中と同じように意識と記憶が混ざり合い、自我の境界が曖昧になったのです」

 なら、彼女が意識を保てているのはなぜか。

「経験、でしょうか。おそらくは。人の記憶を探る場合、まず私と同化します。私が検索機の代わりでもあるからです。該当者がヒットしたら、その状態から該当者の記憶を探るためにドアをくぐります」

「そこで該当者と意識を同化させるってことなのか」

 ノアが頷く。他人と意識を同化させることに慣れているのなら、そこから自分を引きはがすこともできる。

「ただ私を介さずに同化したこと、複数の人間の意識と同時につながったこと、二つの想定外のため、上手く意識を切り離すことが出来ませんでした。どころか、連中の意識だけではなく他の人間の意識まで流れ込んできました」

「それが、記憶がありすぎる、といった理由か」

 最初に彼女に会った時、彼女は俺のことをチャールズやらエマソンと呼んだ。その理由がコレか。他人の記憶と混ざったためか。

「以上が、彼女の記憶に関することです。あなたの疑問には答えられたのではないかと思いますが」

「うん、まあ、大体は」

 一息ついて、背もたれに体を預ける。予想以上にヘビィな話だった。

「あれ、でもそれならなんで、『都市伝説のノア』がここまで広がったんだ?」

「それは、さっき話した彼女に他人の意識が大量に流れ込んだ時のせいですね。それこそ神の奇跡と言いましょうか、敬虔な宗教関係者や悪いことをしたら罰が当たると子供に言い聞かせるご家族や夏に求められるホラー成分とサスペンス好きの人々の意識が上手いこと混ざり合って出来上がったのがノアです。何とか一人一人の意識をドアによって区切りましたが、その際に混ざった記憶で創られたノア、今あなたが言った『都市伝説のノア』まで一緒に戻ったのでしょう。不幸中の幸いは無関係の人間にはその創られたノアだけが流れ込むだけで済んだことでしょうか」

 とんだご都合主義な気もするが、被害が出なかったのだから良しとしよう。

「あ、じゃああの噂とかもその件が絡んでんのか」

「おそらく。伝言ゲームのように広がる中でいつしか姿を変えたのかと。そして『創られたノア』のイメージは既に不特定多数の人間の中にある。そう言った人たちの意識が、私の中で『ノア』という都市伝説を生み出し、そのキーワードがカギとなって、私から人々へ都市伝説が流れ出したのでしょう。そうやって大山ヒナを始め、あなた方に種はまかれていたのです。後はあなた達が認識している形で夢として現れる」

 からくりは分かった。じゃあやっぱり、悪人と答えたら死ぬというのは、嘘なのだ。

「それも、間違いです」

 どうして人がホッとしようとしたらホッとできないようになっているのかなこの世の中は。

「彼女の家系は占い師だと言ったでしょう。つまりは、私の力以外にも、未来を予測する力もあるのですよ。そもそもが、私は記憶、過去を見るのであって、未来までは見通せません。過去から参考になる知識を取り出す私の力と、未来を予知して道しるべとする彼女ら本来の力、二種類を使い分けていたのです。その未来を予知する方の力が含まれてしまった、都市伝説の『夢』なのです。その夢を見たら、不幸が、死が訪れる、そういった類の」

 ただの夢が予言になっちまった。死期が夢でカウントダウンってどんな嫌がらせだ。エルム街だってもうちょっと手加減してくれそうなもんだけど。

「いやいや、まてまて。じゃあ、何で乗ったんだよ」

 すでにこの船で何かが起こるのは確定だ。ならなんで、わざわざこの船に彼女を乗せた。次代に受け継ぐためなら、イスカはここに参加しないほうが良かったはずだ。

「彼女が自分で望んだからです」

 それ以外に何か理由がいるか、と言わんばかりだ。むしろどうしてそう望んじゃったのか気になる話だが。

「それに関しては、私ではなく彼女に直接聞くべき話ですね」

 そういう訳で、お戻りください。あの時のイスカと同じように、ノアも片手にダイヤを握って、俺の前に差し出した。現実の世界に帰れと言うことか。その手を握り

「最後に一つだけ良い?」

「何でしょう?」

「どうして俺には、直接姿を見せたの?」

 俺にも他の人間と同じように夢の種があったとするなら、放っておけばよかったはず。直接かかわった人間のところに警告のように現れていたのなら、ヒナでも、サヴァーでも良かったはず。

「これに関して言えば、私の検索に引っかかったのがあなただからです」

「検索、って、あれか? ある知識を持つ人間を探し出すための」

「はい。私の力です。検索語句は『意外』『例外』『イレギュラー』『マイノリティ』です。以前お会いした時から、この船で何か起こる未来が私たちにはわかっていました。そこに乗る全員が、あの夢を見ているということも。死ぬのは仕方ありません。人はいずれ死ぬのですから。けれど、数百人規模の人間が一斉に死ぬというのは、どう考えてもおかしい。何かしら作為的なものがあると思いました。ですがまた、作為的に導かれた運命ならば、歪めることが出来る。そしてもっともヒット件数の多かったのが、あなたです」

「お、俺ぇ?」

 こんな一般ピーポォを捕まえて何言ってやがる。

「以前、この国では今日と同じように大会が開かれていましたよね。そして、あなたが優勝した。その時、この国のほとんどの人間が『うっそ信じられなーい!』『アンビリーバボォ!』『奇跡だ!』『ありえないことが、おこってしまった!』など等と認識を強く持ち、記憶に刻まれたのですが」

 一億数千万人の声が大きすぎる件。

「そうだけど、そうだろうけどここで欲しい意外性、例外性はそれじゃねえだろ!」

 ここで欲しいのは死んでも死なないどうしてお前がこんなところにいるんだ的な、意外性のあるタフガイ等だろうが! どこのヒーローと勘違いなさってからにもう! ヒット件数が多くったって欲しい情報と違うことがあんだろ現実のインターネット検索だってそうなんだから!

「それが正しかったのか、間違っていたのかは、これからわかることです」

 人の意見など無視して、ノアは俺の手にもう片方の手を添えた。強制送還する気だ。くそ、こういう時に俺の意見が通ったためしがない。

「ただ、願わくば。この悪夢を打ち破らんことを。彼女の救いとならんことを」

 悪夢はともかく、彼女って誰のこと・・・・・・ああ、そうか。理解した。やれるかどうかはわからねえが。美女に頼まれちゃ、断れないよな。仕方ない。もう諦めよう。この舞台上で無関係でいられることを。ニヒルに笑って、俺は宣言する。

「ヒーローに、なってくる」

 そして、俺の視界が真っ白に染まった。

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