第15話 舞装アイドルグループ

 船の中は、不思議の国でした。そう評しても差し支えないくらい、多種多様な人種が船の中を闊歩していた。服装も髪も皮膚も目も様々だが、全員が金持ちそうということだけは共通していた。はあ、世の中にはいるもんだねえ。

「趣味の悪い成金が多いな。品がない。歴史の浅い家ばかりだ」

 しばし世界観に酔っていると、横合いからやたら迫力のある悪口が飛んできた。ため息交じりに、見知らぬ彼ら彼女らをフォローしておこうと口を開いて

「いやいや、あんたから見りゃ大体の家ぇええええええええええええええっ!?」

「なんだ、変な声を出して」

 そりゃ出すよ。頭のてっぺんからハイトーンが突き抜けるよ。

 そこにいたのはうっすらと化粧を施し、漆黒のドレスに身を包んだ、完璧な凰火お嬢様だった。いつもは彼女のことが恐ろしくて目も合わせられなかった俺が、上から下までまじまじと見惚れてしまうほどの。いや、まあ本家本元正真正銘のお嬢様ではあるんだけどね。

 いままで彼女のラフな姿しか見てなかったけど、それでも誰が見ても美人だとまるわかりだった。背もすらっとして高いし、エプロンの紐で結んだら強調される腰のくびれも半端ないし。ここだけの話、ごく稀に店内に現れる彼女の噂が広まって、彼女の姿見たさに訪れる客もいる。見かけたら一日幸せでいられるそうだ。本人に無許可で御利益グッズ販売の検討も辞さない。

 ともかく。そんな彼女が完全武装するとこうなるのか。まさしく最強装備。すでに周囲からは注目を集めている。彼女に見惚れた男性が連れの女性にシャンパンぶっかけるほどなのだから、その情景で彼女の凄まじさはご理解いただける気がする。

 それにしても、え、どしたん? なんで? 一曲踊る? 小学校で文化祭用に習ったソーラン節しか知らんけど。

「ただのドレスコードだ。驚くほどのことでもない」

 あぁ、ドレスコードね。聞いたことあるわ。こういったパーティとかレストランにあるような服装のルールだっけか。スーツ着用義務とか、そういうのだろ?

 理解が追いつき、何とか落ち着いてきた俺の顔を、彼女はまじまじと見つめる。

「あのまま帰らなかったのか?」

「・・・少々、込み入った事情が出来たもんで」

「ふん。何かは知らんが、来たからにはそれ相応の働きをしてもらうぞ」

 ほら、と叩きつけられるように渡されたのはタキシードだ。

「部屋に行って着替えて来い。その恰好では悪目立ちする」

 俺を含めたその他大勢の男どもの視線を引き連れて、颯爽と中央階段を下りていく暴君。舞台の一幕を見ている気分だ。その階段すら彼女のためにセッティングされたかのよう。

「なにボケッと突っ立ってんの」

 どん、と後ろからぶつかられた。

「何すんだアイ・・・シャ・・・・」

 振り返ると可愛くふてくされる妖精さんがいた。

 正確に表現すると、妖精さんと呼んで差支えないレベルの愛らしさを周囲に振り撒く大統領令嬢がいた。絶句するほかない。

「何よ黙り込んで」

「お嬢様。それは野暮というものです。鬼灯様はお嬢様の可憐さに見惚れていらっしゃるのです」

 彼女の後ろには当然のようにサヴァーが付き従っている。彼女はいつもと変わらずメイド姿なのだが、何というか、アイシャとの相乗効果か、普段以上に様になっている。しっくりくると言うか。これが、彼女らのスタンダードか。

「見惚れ・・・え、嘘。本当に?」

 ぼそぼそと小声で会話する二人。

「もちろんでございます。今のお嬢様を見て、振り返らない男性などこの世におりません」

 試しに聞いてみては? とサヴァーは俺を指差した。アイシャは、カクカクした動きで振り向いた。顔は少し赤らんでいる。ええい、初々しい仕草をするな見せるな。違うぞ。俺はロリコンじゃないぞ。これはそう、アレだ。初孫を見つめる祖父の感情だ。

「どう、かな?」

 照れくさそうに瑠璃色のドレススカートの端をつまんで、淑女のお辞儀をして見せた。ロリコンじゃなくてよかった。もし仮に俺がロリコンなら、心臓を撃ち抜かれて死んでいた。殺傷能力が高すぎる。

「非常に似合っていますよ。レディ」

 こちらもお返しに、腹と腰にそれぞれ肘を折り曲げて手を当てて、紳士のお辞儀を返した。こちらも芝居がかった口調でないと恥ずかしいやらなんやらでもう色々と無理っす。

 アイシャは、しばし動きを止めた。表情が、ゆっくりと変化する。驚愕の表情からじわじわと笑みを形作り、それを意志の力で強引に抑え込み、口の端を緩めるにとどめた。

「くくく、そうよね。当然よね。そんなわかり切ったことを問うなんて意味がなかったわね。良いわ。心行くまで眺め称賛することを許可します」

 こいつも大分ヒナに毒されてきたな。

「あら、それ、どうしたの?」

 アイシャが俺の持っているタキシード一式に目をつける。

「あ、ああ。吉祥院さんに渡されたんだ。ドレスコードがあるから着替えて来いって」

 そういうと、今度は思案顔になり、少し不機嫌そうに唇を尖らせた。

「ふうん」

 つまらなそうにそう言うと、サヴァーを引き連れて彼女も階段を下りて行った。先ほどの視線とは少し種類の違う、誰も彼もが彼女のことを愛すべきアイドルを見つめるような、慈愛に満ちた視線を送っていた。良いのだろうか。あの調子じゃ大統領の娘だってすぐばれるぞ。そのことで騒ぎ立てないくらいのマナーはわきまえていることを祈ろう。

「ふっふっふ、そして、最後の大トリを飾るのはこの私っす!」

 悪の怪人のように、どこからか声が響く。

「良いから出て来い。いつから隠れてやがった」

 ひょっこりと、柱の陰から、これまでの二人と同じようにドレスアップしたヒナが現れた。

「へへ、どうっすか? ドレスアップしてみたんすけど」

 照れくさそうに俯きながら、上目づかいで聞いてきた。

「うん。似合ってる」

「あっさり! 大根おろしかっつうぐらいあっさりと流したっす! え、ちょっと待ってちょっと待って先輩。それだけ? 感想それだけっすか? 凰火ちゃんにはハイトーンヴォイスの絶叫で、アイシャちゃんとサヴァーさんコンビは絶句して、どうしてメインたるこの私の反応が長年連れ添った熟年夫婦のどうでも良いような感想みたいになってんすか!?」

 無茶言うな。俺がどれほどの気力と演技力を総動員して何気ない風を装っていると思ってんだこの野郎。

 正直、想像の斜め上だ。魔法少女のメタモルフォーゼかっつうくらいの変貌ぶりだ。何という事でしょう、普段は数年前から着続けているフリースとジーンズ姿のラフを極めし彼女が、ラメのちりばめられたワインレッドのストラップレスドレスでミラクルチェンジ。いつも髪ゴムで適当にまとめている髪が、プロの手によるものか軽くウェーブさせてサイドテールでまとめている。

「ほら、心の向くままに褒め称えていいんすよ? 天上から舞い降りた天女と見紛うばかりとか美の女神も裸足でドロンとか、あるじゃないっすか」

 ねえねえと人の腕を振る。止めろ。当たってる、当たってるからナニガとは言わないが。ドレスの生地が薄いんだから。2980円の洗いすぎてごわごわのフリースとは段違いの感触ダイレクトなんだから! 俺のリビドーが風のむくまま気の向くままに臨界点を超えようとするだろ! だけど口には出さない。だって、男の子だから。

 結局根負けして、ヒナの満足度が満たされるまで美辞麗句を吐き出し続けたわけだが。

「そういや、先輩、その着替えは?」

 アイシャにもされた質問だ。

「お、おう。吉祥院さんが着替えろ、って」

「へえ?」

 ヒナもまた、目を細めた。

「何だよ」

「いえ。鷹ヶ峰さんの言っていたことは、あながち間違っていない、と思ったんすよ」

 あれか? 吉祥院は俺と戦うために待っている、というやつか?

「でもなければ、わざわざそれ持ってこないっす。いくら貸衣装を置いてる部屋近くても」

 そう言われれば、そういうもん、か?

「ま、私も先輩はなんだかんだで上がってくるんだろうなと思ってたっすけどね」

 んじゃ、先に行って待ってるっすよ。手をぴらぴらさせながら階段を下りていく。

 何なんだお前ら。さっきから妙に階段下りるの様になってらっしゃって。劇団関係者かっつうの。


「さて、着替えたはいいものの・・・」

 違和感しかねえなこりゃ。

 苦笑する。服に着られるを体現したかのような人間が鏡の中にいた。

 スーツですら片手で数えるほどしか着たことねえのに、タキシードなんて上流階級の洒落乙なダンディか喜劇王しか着ないイメージを持っているから、余計におかしなことになっている。

 だがしかし、ドレスコードならば仕方ない。いざ、と気合を入れて部屋から飛び出る。タキシードでないとは入れないというなら、多少笑われても・・・笑われて・・・も・・・・

「って、いやいやいや、あかんやろ」

 脂汗が噴出したぜ。どこに行っていたマイ・ステータス&プロフィール。対人恐怖症一歩手前の人間がこれから人前に出る? 人前はDEATHの間違いだろ。昔っから他人の受けがあまりよろしくないのだ。そのせいで対人恐怖症になったのだぞ。大山書店ゆかりの人間とヒルンドー国関係者は何故か普通に扱ってくれるが、思い出せよ俺。これまで受けた避難中傷、迫害の日々を。おお、思い出しただけで体が芯から震えるぜ。

「どうしてこんなところで挙動不審になってるの?」

 はっとして振り返ると、伊那鷺がいつもの冷めた目に呆れた成分を加えて俺を見下ろしていた。

「い、いや。その」

「人前に出なければならないことは分かっていたはずだと、思っていたのだけど?」

 看破されとるがな。

「って、何で着替えてないの?」

 伊那鷺の服装は、いつものパーカーだ。ドレスコードがあるから、着替えないといけないのに。

「それは、パーティに参加する人だけ」

「え、しないの?」

「しない。私は部屋で作業をしている。あんな人の多い所に行くだなんて、狂気の沙汰」

 あれ、なんだか彼女から俺と同じ香りがするぞ?

「あなたと一緒にしないでほしい。作業中に声をかけられたりしたら気が散るだけ。それに、私に彼女たちのようなドレスは似合わない」

 そんなこと全然ないと思うんだけどな。クール路線で白とか超似合そう。

なんだろう、こんなドレスの似合う連中ばかりなのだから、大山書店から彼女ら五人でアイドルユニットを組んだらどうだろうか。今度店長と鷹ヶ峰さんに相談してみようか。自分の命を天秤にかけることになりそうだが。

 ヒナ・吉祥院とは別路線の美人さんは近寄ってきて、ちょっと縁の太い黒メガネと蝶ネクタイを渡してきた。

「これをつけて」

「何これ」

「情報収集用の道具。メガネはカメラ機能を搭載しており、私のパソコンに映像を送ることが出来る。また同時にパソコンと連動して、データの中から特定の人物を捜索し、目眼装着者にマーキングして伝えることが可能。蝶ネクタイには、集音マイクとボイスチェンジャー機能をつけてある」

 名探偵かエージェントに転職できそうだ。おあつらえ向きに不可能そうなミッションもあるし。あ、やばい。なんかわくわくしている。こういう秘密道具って男の憧れだよね。

「他のメンバーにも、それぞれ不自然のない装飾品を渡しておいた。全員の声と映像を私の方で監視することが出来る」

「どうしてまた、そんなことを?」

「勝つため」

 非常にシンプルだった。

「私たちは、他のチームに比べて手持ちの札が少ない。真正面から勝負を挑んでも勝ちは薄い。だから、相手の札を利用する」

 相手の札って何だ?

「・・・もしかして、相手の取引のこと?」

 そう、と伊那鷺は頷いた。

「資産といえば、現金以外に土地であったり家であったりさまざま。けれど、この場で一番動くのは、おそらく株」

 なるほど、方針がわかってきた。

「当然、この場でのやり取りでも株価は変動する。あなた達にお願いしたいのは、どこの誰が誰と何を取引するのかを調べて欲しい」

 そのためのメガネか。彼女のパソコンはおそらく世界中の投資家やら起業家やらの顔写真含めたプロフィールが引っ張り出せるに違いない。あれ? よくよく考えたらそれって、良いの? この情報化社会でそいつは

「・・・追及する気なら、私にも考えがあるが」

 彼女の表情がクールから無表情に変わり始めたので、それ以上は止めた。覚悟を決めた時、意外にも人間はどこまでもフラットになるようだ。わかっていたはずだ。この女は目的のために手段を選ばない。

「調べるのは、参加者とゲストとの取引だけに留まらない。ゲスト同士の取引、世間話にも何らかのニュアンスが含まれている可能性がある。そのあたりはこちらで声質などを分析するので、出来るだけ多くの会話を拾ってきて。これなら今から実行してもペナルティには当てはまらない」

「後は、電話持って外に出ようとするやつらに注意を向けろってことか」

 伊那鷺が頷く。

 ゲスト同士なら、今からでも取引を開始できる。社長さん同士で会食している中、秘書なり部下なりその様子を見ていた投資家たちなりが売り買いに走るだろう。それを狙い撃ちする気なのだ。インサイダー取引ギリギリ、いや、結構アウトか?

「大丈夫。インサイダー取引は株価を変動させるような会社の重要事実が明らかにされる前に、該当する会社の株を売り買いすること。ここで行われているのは、ただのパーティで、知り合って仲良くなった人たちが【たまたま】どこかの会社の重役だったり投資家だったり政治家だったり、社会に影響を与えるような連中だっただけの事。また、実際に株の売買をするのは部屋に引きこもっている私。そんな重要な情報を知ることはできない。全て、たまたま」

 押し通す気なのね。そういう気なら、俺の方も何も知らぬ存ぜぬで押し通すまでだ。相手の目を見ないようにするために伊達メガネをして、ドレスコードでタキシードを着た時に蝶ネクタイをつけていたら、たまたまそれが伊那鷺の秘密道具だったというだけだ。

「ご理解頂けて何より。・・・他には何かある?」

 そう言われたので、少し考えて

「一つだけ」

「何?」

「ドレスは似合わないって言ってたけど、そんなことないよ」

 断言しておく。珍しく、伊那鷺は驚いたように目を真ん丸にした。

「今度、試してみてくれ」

 彼女は少し思案顔になってから

「検討しておく」

 難題を前にしたように顎に手を当てて、真面目くさった顔をして言った。

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