第14話 嵐の前

「まさか、また乗ることになるとは・・・」

 一週間なんてのはあっという間に過ぎて、避けられぬ運命がやってきた。

「久しぶりね。この船に乗るのも」

 呆然と立ちすくむ俺の隣で、伊那鷺がまったく懐かしくなさそうに言った。

 俺たちがいるのは、世古濱港。そして、以前と同じように、目の前には豪華客船エデン号が接岸していた。この船は以前の大会で準決勝を行った会場でもある。

「で。どうして君たちもいるのかな?」

 さっきから騒がしい方に首を巡らせる。そこには

「え? いたら何か都合が悪い?」

 海に面さない国出身だからか港と船を珍しがるアイシャと

「おっきいですねぇ。どうしてこんなにおっきいのでしょう?」

 色んな意味が含まれているような含まれて無いような意味深っぽい疑問を呈しているイスカがいた。

「ちなみに私は、お嬢様のお供です」

 分かってるよ。メイドは主従セットで勘定に入れて聞いてんだよ。

「俺たち、今日WWGの予選会で来たんだけど」

「知ってるわよ。だから私たちもいるのよ」

 すまし顔でアイシャが言った、が、え、どゆこと? 理解に苦しむぜ?

「淋しいことを仰らないでくださいな。私もすでに、あの店で働く一員ですよ?」

 たった一週間ですけど、とイスカ。

「参加メンバーは上限十五名まで、サブメンバーにプラス五名まで選ぶことが出来るからな。登録しておいたぞ」

 仕事が早すぎるよ鷹ヶ峰さん。あなたイスカと会ったのつい一時間前じゃないすか・・・。

「じゃあ、アイシャは・・・」

「彼女とサヴァー女史も登録しておいた。参加条件は働く意欲があり、働ける年齢に達していることだ。アイシャ嬢は既に何度も公務をこなしているし、問題なかろう」

 大統領の娘さん勝手にこき使っていいのだろうか?

「アイシャ嬢に関してはラスタチカ大統領閣下から許可、というよりも社会勉強の為、機会があるならば積極的に参加させてくれとお達しがあった」

 まさかの閣下お墨付き。攻めるねヒルンドー政治。いやいやしかし。そもそもこの方々月本出身じゃないんだけど。月本代表を選ぶんじゃないのか?

「その点がオリンピックと違って面白い所だ。働いている国の選抜になるのだ。だから海外支社で働いている人は、本社が月本であっても、その『働いている国の参加者』ということになる」

 ああそうだラグビーと似ているなと言われても、ラグビーの出場ルールを今初めて知ったよ。

 とにかく、ヒルンドー国民だが、月本在住で月本内で働いていれば、月本の参加者として参加する分に何ら支障はないわけだ。

 もう、どうでもいいや・・・・。俺が何を言おうと運命が変わらないのは今に始まったこっちゃないし。言うだけ体力の無駄だ。

「予選会は、このエデン号で行われる」

 後ろの手で差しながら鷹ヶ峰は言った。すでに体力の五割くらいを持って行かれている俺に、当然のことながらお構いなしで話は進む。へっ、この扱いには慣れちまったぜ。

「エデン号には、参加者以外に多くのゲストが乗船する。世界各国、あらゆる業界の著名人、要人たちだ。今回の競技は、彼らの協力によって行われる」

 彼らの協力? どういうことだろうか。

「競技内容はいたってシンプル。いつものような開会式は無い。船に乗り込んだら競技開始だ。今日から明後日にかけて、この船の中であらゆる方法を使い、金を稼げ」

 シンプル過ぎて全く理解が追いつかない。豪華なゲストと内容が紐づかない。

「彼らと取引をして、資産を増やせと言うことですか?」

 吉祥院が問う。「それも有りだ」と鷹ヶ峰は言って

「方法は問わない。彼らを相手に取引、商談をするもよし、船のカジノで儲けるもよし。ただし、商談に関しては明日以降になる。今日は顔合わせも兼ねたパーティだけだ。もし取引をしようとしたらペナルティが課せられるから注意しろ。乗船する際に持ち込む現在の資産と、下船する際に所持している資産を第三者が事前事後で比較査定し、もっとも差額がプラスに傾いた、つまり多く稼いだチーム順に既定のポイントが割り振られる」

 方法は問わないって言うけど、そんな数多くあるわけない。伊那鷺がいるからカジノで儲ける、なんて方法を取れるかもしれないけど、それだと資産、なんて言葉は使わないと思う。やはり、メインはゲストの資産だろう。彼らからいかに金を引き出させるかがポイントだ。しかし、高々本屋の店員が彼らに対して何を提示できるだろう。漫画の大人買いか?

「ああ、そうそう。先にこれを渡しておこう」

 一人一人にカードが手渡された。カードには番号が割り振られている。

「参加者が寝泊まりする部屋のカードキーだ。同時に、身分証代わりでもある。商取引を行った際、取引内容とお互いのカードキーを係員が専門の機器で読み取り、データとして保存する仕組みだ」

 後で査定されるのがそのデータってことか。

「そしてこれが、今回の出場チーム名簿だ」

 鷹ヶ峰から追加で手渡された数枚のA4用紙には、チーム名がずらっと書いてあった。あれ、俺たちのチーム名って何だ? 話し合った記憶がないけど。

「あ、多分これっすよ。大山書店チーム(仮)」

 (仮)・・・、流行ってんのかな?

「他の参加者たちも同じように名簿を持っている。そこから、相手がどう出るかを予測しているかもしれないな」

「ちょおっと待ってください」

 他人事のようにいう鷹ヶ峰を呼び止める。思わず露素市警の警部みたいな口調になったぜ。

「なんだ」

「いや、これ、良いんですか?」

 用紙の一点をポイントして。鷹ヶ峰に突き出す。

「この山田証券チームって、もしかしなくてもあれですよね」

 ここまではっきりと所属する会社の分かるチーム名ならいっそすがすがしいな。

「ああ、そうだな。あの山田証券だな。山田グループの証券会社だ。個人投資家に強い信頼を勝ち得ている良い証券会社だ」

 もちろん、うちの経営する鷹ヶ峰証券も負けてはいないぞ、と鷹ヶ峰は言うが、聞きたいのはそういう事じゃない。

「鷹ヶ峰さん、さっきここに来るゲストは投資家もたくさん来るって言ってましたよね?」

「ああ、言ったな」

「駄目、じゃ、ないんですか?」

 投資家の集まるところに証券会社のチームが来たら、他の人間の入る隙が無いんじゃないのか? 始めから勝負見えてないか?

 しかし鷹ヶ峰は、何故だ? と逆に聞き返してきた。ひどく楽しそうに。この人が楽しそうだと嫌な予感しかしない。

「前にも話したかもしれないが、この大会は働く意思のある人間全てに門戸を開いている。当然彼らの参加も許可される。駄目なわけない。もちろん、会社の資料も資産も好きに使ってもらって構わない。もちろん、後で持ち込むのもOKだ。色々と申請書類を書いてもらうことになるがな」

「マジすか」

 彼らだけじゃない。アナグラムだったりロウマ字などで変えたりしているが、よくよく名前を吟味すれば名だたる企業の戦士たちが勢揃いだ。こんなのただの記念参加じゃない。この日のために一部署を設立してる。こんな所でも雇用の増大につながってるってことかよ。

「勝ち目がない、そう思うか?」

 そりゃ仕方ないんじゃないの? 相手は既に完全武装なのに、こっちは丸腰みたいなもんだぞ。まさか、前みたいに賭けでも横行していて、賭けた相手チームが勝つように、すでに事前情報が流されているってことか?

「どんな方法でも良いんすよね?」

 弱気な俺の代わりに、挑戦的にヒナが言った。もちろん、と鷹ヶ峰は応じる。

「先輩、規模が変わろうと団体戦になろうと、これはアルバイト選手権なんすよ。忘れたんすか? 自分の戦い方を。一体どこの誰が、たかがバイトの先輩に商談を期待すると思うんす?」

 自分の戦い方っつったって。偶然に幸運が重なって奇跡が起きたくらいの認識だ。

「放っておけ」

 吉祥院が俺の横をすっと通り抜けて行った。威風堂々という言葉がしっくりくる背中だ。

「安心しろ。貴様には何一つ期待していない」

 少しだけ振り返った。彼女の右目が俺を射抜く。

「ずっと、そこで震えていろ」

 言い残し、後はもう振り返ることなくタラップを上っていく。か、カッコいい・・・。思わず見惚れてしまうぜその後ろ姿。

 じゃあ、まあ、お言葉に甘えて。おいらはこの辺でドロンさせて

「何あの言い草!」

 いただけないのね・・・。

なぜかアイシャが激昂していた。別に怒るのはいいんだが、どうして俺の腕を強く掴んで離さないの?

「行くわよリツ! あそこまで言われて黙ってらんないわ!」

「いや、別にアイシャが言われたわけじゃ」

「つべこべ言わないの!」

 どうしてこんな怒られているのだろうか?

「まあまあ先輩。せっかくここまで来たんすし。行きましょうよ。先輩は前乗ったから良いかもしんないすけど、私乗ったことないんす。豪華客船で二泊三日っすよ? それもタダで! レンタルビデオだってもっとかかるんすよ? 食事とか超楽しみじゃないっすか! そういうの出るっすよね? 鷹ヶ峰さん」

「その点は期待してもらって構わない。第一回目だから企画側も気合を入れているからな。参加者全員に客室が与えられているのもそうだし、食事も好きなだけ提供される。商談に食事はつきものだろう? 酒の席で話せることもあるだろうし。そしてこのエデン号では、和食・洋食・中華などなど、世界各国の料理が楽しめるようになっている」

 耳を疑う様な好条件だ。どうしてそんなサービスがただで受けられるんだろうか。

「ただではない。腕を振るうシェフたちは、店舗拡大を目指す有名レストランからの出店の他、独立を目指す若い逸材たちが多数出店する」

 料理番組のように、レストラン内にもカメラが入る。

「なるほど、自分の腕前を投資家たちに披露することが出来るのね。しかも、この大会はテレビでも紹介されるから宣伝にもなる」

 伊那鷺が納得の表情で頷く。

「そうだ。また、参加者、ゲストたちは食事後にアンケートに答えてもらう。味や接客態度など、色々と採点してもらい、最も評価の高かった店のオーナーには、月本の好きな場所に店舗を構える権利が褒賞として与えられる」

 彼らにとっても選手権ということなのか。

「ほうほう、それならばさぞ腕を振るってくれるでしょうっすねえ」

 うっとりとした表情でヒナが涎を垂らす。むう、それを言われるとちょっと楽しみになってきた。

「鬼灯」

 ポンと俺の背中を叩くのは、ハードボイルド代表だ。この人は、どうして俺の心が揺らいでいるときに背中を押しにくるかな。

「なんざんしょ」

「凰火はな、おそらく君を待っている」

 絶対、嘘だ。あり得ない。

「いや、長年あの子のことを見ている私が言うのだ。口では君のことを毛嫌いしているが、何のことはない。この前伊那鷺が言った通り、相手をしてほしいのだ。ようやく、自分が全力で遊べる相手を見つけたのだから」

 全力で? あの化け物と? 想像してみる。

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 プチッ

 終了。

「どう頑張っても怪獣に踏みつぶされる一般市民の図しか思い浮かばないのですが」

「はっはっは、面白い冗談だ」

 冗談では、ないのだが。複数の意味で。

「まあ、気が向いたら相手をしてやってくれ。じゃあ、ここで失礼する。私は今回参加しないからな。ここでお別れだ」

 そう言ってきた道を戻っていく。止めてあった車の後部座席に乗り込んで、そのまま消えた。後には僕らが残される。

「上等じゃない。リツ、あの高慢ちきな女の鼻っ柱、叩き折りに行くわよ」

 アイシャにぐいと腕を引かれる。どうしてこの子はこんなに吉祥院に対して好戦的なのだろうか。そうか、同じような覇王の家系で似たもの同士だからか。同族嫌悪か。

「さあさあ、行きましょうっす。まだ見ぬ御馳走たちが待ってるっすよ」

 ヒナに背を押される。大会そっちのけで、食い倒れに走る気じゃないだろうな。

「うわあ、素敵です。まさか一週間働いただけで、こんな豪華客船に乗れるなんて。良いんでしょうか?」

「良いと思いますよ。イスカ様は記憶のない中、一週間頑張られましたから、ご褒美だと思っていいのではないでしょうか」

 引きずられるように連れて行かれる俺の隣で、イスカが感激に震えているとサヴァーが話している。どうも、サヴァーが彼女のことを調べる過程で話しているうちに、仲良くなっていたらしい。

 ずるずるとタラップ前まで連れてこられた。もう、ここまで来たら諦めよう。それに、ヒナが言うとおり、普段口に出来ないような食べ物と、この前はゆっくりできなかったが、客室にも泊まれるという。

「悪くない、よな・・・・」


 そう思ってタラップに足をかけた瞬間、言いようのない悪寒が走った。全身が総毛立つ。


「どうしたっすか?」

「リツ?」

 飛び退った俺を不審に思ったヒナとアイシャに、なんでもないと言って、先に上がらせる。首を捻りながらも、二人と、アイシャに付き従うサヴァーはタラップを昇りきった。

「大丈夫ですか?」

 心配そうな顔で、イスカが俺の顔を覗き込んできた。

 関係ないはずだ。俺の夢に出てきたノアと彼女は。

「大丈夫だ。なんでもない。少し・・・立ちくらみを起こしただけだ」

「そう、なのですか? その割には、顔が真っ青ですよ?」

「立ちくらみだからね。貧血だから真っ青なんだよ」

「汗も酷いですが」

「立ちくらみだからね。むしろ汗をかいたからくらっと来たんだよ。今日も暑いからね」

「では、息が荒いのも、フラフラしているのも、突然タラップから足を降ろしたのも、全て立ちくらみのせいなのですね?」

 オオカミと赤ずきんみたいなやり取りだな。

「そう、全部立ちくらみのせい。心配かけて悪いな」

「いえ、安心しました」

 ほっと胸をなでおろすイスカ。そして笑顔で


「てっきり、悪い夢でも見たのかと」


 今度こそ、俺は完全に固まった。彼女には言っていないはずだ。偶然なのか? いやしかし、夢と今の俺の症状が偶然で結びつくわけがない。

「イスカさん、あんた・・・」

 どこでそれを? 問いかけようと手を伸ばすが、届かない。彼女は振り返ることもなく、鼻歌交じりにタラップを昇っていった。

「夢、というのは」

 最後に残った伊那鷺が、言う。

「いつだったか、ヒナが言っていた都市伝説の件?」

「そう、だけど・・・。どうして?」

 てっきり、彼女のような理系女子の興味は引かないと思っていた。

「そんなことはない。むしろ興味がある。夢は現実の続き。記憶の整理然り、現実での本人の不安や焦りが何かの形で夢に現れるのも良く聞く話。昔から多く研究されている。それに」

 伊那鷺がすっと、自分を指差した。

「私も見た。おそらく、あなた達が見た日と、全く同じ日に。同じものを」

 HAHAHA! いつから伊那鷺嬢はそんな小粋なジョークを飛ばせるようになったんだイ!? こいつは一本取られたゼ!

「それとなくさりげなく、アイシャとサヴァー、そして凰火にも確認した。全員、同じ夢を見ている」

 WOW! そいつは驚きだNA! みんな同じ夢見てるなんて運命感じちゃう! この夢見る少女たちめ!

「一週間前、あなたとヒナが話していることが少し聞こえた。偶然にも、同じ夢を見ていたとは面白い、そう思って色々調べてみた」

 ・・・Oh。わかっちゃいたけど一ミリも乗ってこないのね。超クールだぜぃ・・・。

「集合的無意識、という言葉を?」

 聞いたことがあるようなないような話だったので、首を横に振る。

「わかりやすい例だと、人の噂をしていたら当人が現れた、夢で見たことが現実で起こった、虫の知らせ等。身に覚えはある?」

「まあ、稀に、だけど」

 嫌な予感なら大抵大当たりだったが。外れたのは、斜め上を行くよろしくない結果が舞い込んできたときくらいだ。

「昔の心理学者が言っていたのだけれど、簡単に言ってしまえば、人は無意識の奥底で繋がっている、ということ。インターネットのように、人というサーバーは無線LANで繋がっている、もしくは、集合的無意識という共有サーバーがどこかにあり、そこに接続することが出来る」

 だから、ふと誰かのことを考えたら、その人がそこに現れる。夢でその人に合う夢を見たら、相手もそれを見ているから本当に出会う、など。

 思い出すのは、あの昏い空間にちりばめられた無数のドアだ。

「何か、心当たりがあるの?」

 ここまできて、俺一人で抱えきらなくてもいいだろう。彼女なら、どんな荒唐無稽な話でも疑ったりせず聞いてくれる。自分でも信じられない話を、ある意味もっとも話しやすい人物だ。

「・・・なるほど、面白い」

 全てを聞き終えた彼女は、顎に指を当てながら言った。

「ならば、あなたが見たその無数の扉は、他の人間の意識につながるための入口、Portの様なもの。そして、ノアなる人物は、そこを自由に行き来できる、つまり、他人の記憶や意識に干渉できる能力を持っている」

 疑うでもなく、俺の話をまとめる。伊那鷺が天才なのは、豊富な知識量でもそれに胡坐をかかずひたすら検証を行う姿勢でもなく、こういうところなのではないだろうか。どんな荒唐無稽な話にも対応する柔軟性というか。それでいて自分の仮説などを疑うこともする。まるで頭の中に複数の彼女がいて、多角的に思考を巡らせているかのようだ。

「都市伝説の夢を見た一週間後に死ぬ。そしてその夢を見た複数人が、一週間後に同じ場所に集う。偶然で片付けるには惜しい現象ね」

 伊那鷺と一緒にエデン号を見上げた。

「面白い、面白いわ」

「何が面白いんだよ。信じたくないけど、いまだ信じられないけど、最悪・・・」

 誰かが死ぬかもしれないのだ。

「だから面白いの」

 伊那鷺は俺の顔を見て笑っていた。喜悦に歪む、というのは、こういうことだろうか。

「都市伝説を真とするなら、夢を見た人間が乗り込んでいるこの船で『何か』が起こり、多数の死者が出る。おそらくこのままでは、船に乗った彼女たちも死ぬだろう」

 すっと、鼻先に彼女の細い指が突きつけられた。

「でもあなたは、その運命を退けた。船に乗る前に気付いた。なぜ?」

「なぜ、だと?」

 何がそんなに面白いんだ。

「あの時もそうだった。あなたはここで、どう考えても負けるしかなかった。けど、結果は全くの逆。あなたは勝った。同じ質問をする。どうして?」

 知らんがな。

そう、と伊那鷺はすぐに諦め、次に移った。この辺の切り替えの早さはさすがだ。

「あなたのあなたに対する検証は後にしよう。では、これからどうする?」

 彼女はまたエデン号を見上げて

「これに乗れば、あなたが良く嘆くように、ロクなことにならない。そして、ロクなことにならないであろうその船に、彼女たちは既に乗っている。おそらく、降りろと言っても聞かない。あなたが弱腰なのを誰もが知っているから」

 回りまわってこんなところで裏目に出るとはね。ああ、クソ。何度目だよ天を見上げるのは。そろそろギネスに申請してやろうか。

「そして、あなたが彼女たちを放っておけない、ということも、短い付き合いで判明している」

 さあ、どうするの?

「・・・聞くまでもねえよチクショウ」

 歯が砕けんばかりに食いしばり、俺はタラップ一段目に震える足をかけた。十三階段を上る様な気分だ。

「たかが夢だ。気にし過ぎだ。そんなもん起こらない確率の方が何倍も高いだろ? そこんとこどうよ」

「そうね。今回は鷹ヶ峰家主導のものではないけれど、それなりのVIPが集まるのだから、それなりの警備体制は敷かれているはず。検査だって厳重。何かが起こる確率なんてほとんどない」

 でも、と伊那鷺は妖しく微笑む。

「現実は、小説より奇なり、だそうよ」

 本屋の店員になんつうエッジの効いた言葉を送ってきやがるんだ。

「小説より奇であってたまるか。これ以上、俺の人生にスパイスは必要ねえ」

 進化する刺激的要素がないなんて言ったからか? 悪かったよ神様。二度とそんなこと言わないから、なにとぞこれ以上のハバネロ投入は勘弁してください。もうすぐ過剰摂取で進化しすぎて意識だけが宇宙に飛び出しそうだ。

「そう、それでいい」

後ろから伊那鷺の声が聞こえる。危険と分かっていて、彼女も乗船する気なのか。

「都市伝説が真ならば、全員死ぬ運命は変えられない」

 しかし、と彼女は続ける。

「あなたは現在唯一ノア本人に接触し、他のメンバーと違う夢を見たマイノリティ。もし違う結果を導けるとすれば、例外たるあなたのみ。わかってやっているのかいないのか、実に興味深い」

 解剖したら、何かわかるかしら。

 そんなことをさらっという彼女こそが、俺にとっての死の運命ではないだろうか。ぜひとも冗談であってくれ。

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