第6話 エピローグ ~そして次の祭りへ~
祭りはいつか終わるもの。さみしいけれど、仕方ない。
そしていつもの生活に戻る鬼灯君・・・。
はっ、そんなはずないじゃん!
おかしくってヘソで火鍋ができちゃうぜ!
祭りが終わったら次の祭りが始まんだよ!
人生ってそういうもんだろ。次から次へといろいろ来るもんだろうが!
ふざけんなって怒声わめきながら進むしかねえじゃねえか!
偉業を成し遂げた彼に訪れるのは平穏? NO、ノーだよありえないよ鬼灯君。
彼に訪れるのはさらなる試練。でも、もう彼は一人じゃない。
いつもの後輩、名家の令嬢、世紀の天才、最強の敗者。
そろいもそろって美女美少女ばかり!
しかも少なからず意識してるんだって!
・・・は? ふざけんなこのリア充が! ハーレムか!
なら代わるか、だって?
HAHAHA、願い下げだね、命がいくつあっても足りないんだもの。
ま、楽しんでくださいよ。人生は、そう捨てたもんじゃないだろ?
選手権が終わって三日後。俺は久しぶりにバイトに向かっていた。翌日から出ると言ったのに、店長が無理やり休ませたためだ。理由は教えてもらえなかった。
気になる給料の支払いだが、終わった翌日には明細が届き、銀行口座に振り込まれていた。仕事速いなあと感心しながら明細を見た俺はふうっと一瞬意識を失った。
7387500円
これまで通帳内に最大で十数万しか記入されなかったんだ。ビビるなって方がおかしいだろ。根っからの貧乏人である俺にとって、大金ほど心臓に悪いものはなかった。みたこともない桁の金額が銀行に振り込まれている、そう考えるだけで、まず泥棒の心配をする。詐欺の心配をする。強盗の心配をする。あるはずのない借金を取り立てに来る方々の心配をする。国家の陰謀ではないかと心配する。気が休まらない。かくなるうえはユイさん指名でドンペリ開けるしかない。しかし根っからのケチである俺に一日三千円以上の使いこみは拒否反応が現れてどうにもならない。引き下ろす額も一万円が限界だ。
戦々恐々としながらバイト先の大山書店に行くとあら不思議。移転しましたの張り紙。どうして店員の俺に連絡もなく移転してんだよと困惑と怒りを抱えながら移転先に向かったら、えらい立派なビルに移転してらっしゃった。どこから資金が出たんだと不思議に思いながら見上げていると背後から声をかけられる。
「遅かったな」
その声を聞いた途端、直立不動の『気を付け』姿勢を反射的に取ってしまった。この鈴を転がしたような可憐な声色に確固たる意志と存在感を存分に乗せてくる人間を、俺は一人しか知らない。金縛りの状態を力づくで動かしたらこうなるんじゃないのというぎこちなさで振り向く。
鷹ヶ峰十六夜がそこにいた。
「何で?」
ようやく絞り出せたのは純粋な疑問だ。しかしあまりに小声過ぎて、後ろから走ってくる人間の「あ、鷹ヶ峰さんっす~」という気の抜けた声にかき消された。固まる俺を追い越して彼女の前に立ったのはヒナだ。なんと、珍しく五分前の出勤だ。
「おはようございますっすオーナー」
大山が鷹ヶ峰に頭を下げて挨拶した。「うん、おはよう」と鷹ヶ峰も応える。
「お、オーナー?」
「あれ、聞いてないんすか? このビルは鷹ヶ峰さんのものなんすよ」
わなわなと鷹ヶ峰を指差す俺に対して、どうして一+一がわからないの? と言わんばかりにヒナが首を傾げた。
「知るわけねえだろうが。一言も聞いてませんけど?」
「あれ、そうだったっすか? 言ったつもりだったんすけど。ま、サプライズってことで」
この野郎。心臓に悪いサプライズなんぞよこすんじゃねえ。
「ま、とにかくっす。簡単に説明すると、大山書店は鷹ヶ峰グループ傘下の本屋さんになったんす。ちょうど前の店もガタが来てたし、どうしようかなってじいちゃんが考えてた時に、鷹ヶ峰さんから連絡があって。吸収合併されることになったんす」
何でだ。鷹ヶ峰なら本屋の一つや二つ抱えているだろうに、どうしてわざわざ地域密着型のちいさい本屋にM&Aを持ちかける? 土地開発に邪魔だから立ち退きを迫るとかなら話は分かるんだが。
「そのあたりは私が説明しよう」
いまいち俺が理解してないのを悟ったらしい鷹ヶ峰がこちらに歩み寄る。
「君の考えているような地上げとか土地開発は関係ないから先に言っておく。あと、元の店舗から徒歩で五分、常連のお客様にも迷惑はかからんだろう。ビラ配布や新聞に折り込みチラシを入れるなどして告知もしておいたしな」
客が知ってて、どうして店員の俺が移転知らねえんだよヒナちゃんよ。引きこもってた俺にも責任はあるけどさ。
「・・・まあ、その辺は信用してますが」
道理を踏まえ義理を重んじ、仁義を貫く人だとは思う。しかしただのお人よしでない事もまた事実。合理的で冷徹な経営者なのだ。その彼女が何の理由も無くこんなことをするわけがない。
「我々は、新入社員やさらなるスキルアップを目指す社員、正規雇用を目指すアルバイトや契約社員たちに対して、資格修得プログラムや研修などの講義を開講している。ここは、そういう講義・研修用のビルの一つだ。今も、二階から六階までは講義用フロアで、七、八階は宿泊施設になっている」
ちなみに最上階は大山店長の自宅だ、と鷹ヶ峰が付け足した。
「このビルのオーナーだってことは分かりましたけど、それと書店とのつながりがさっぱりなんですが」
さっさと説明してほしい俺に鷹ヶ峰は「まあ聞け」と優雅に押し留めた。
「ここからは、鬼灯律。君にも関係してくる。君はあの選手権で戦果をあげた。この影響は、君が想像しているよりはるかに大きい。まずその自覚を持ってもらいたい」
そりゃ、三日で七百万稼いだから、なかなかのもんだとは思うが、一日で何億もの金を動かす人間に言われてもねえ。
「そういうわけで、君にはネームバリューが付いた。前回大会優勝者の伊那鷺かがりのようにな。君は、世間から見れば前回優勝者の伊那鷺に勝利し、凰火を破って優勝したという実績が付いたのだ。ゆえに、企業間、特にサービス業関係では君の争奪戦が起こっていた」
「はあ?」
「皆先輩のことが欲しくなったんすよ。あいつ雇ったら俺らの株は急上昇! みたいな」
鷹ヶ峰の説明ではピンとこない俺にヒナが捕捉を入れた。俺一人雇ったくらいで一部上場出来るとは到底思えないけどな、そんなことを考えていると「そうでもないぞ」と鷹ヶ峰が否定した。もはや、心を読まれるのに慣れ過ぎていっそ便利とさえ思えてきた。
「初代優勝者を雇った会社は零細企業から一転、この国を代表する化学工業になったんだが、そんなことも知らないのか?」
「ああ、駄目っすよ鷹ヶ峰さん。先輩電気代の無駄だって言って自分の見たい番組しか見ないんす。たまたま映るニュースだって番組と番組の間の五分のやつだけっす。携帯だってインターネットをほぼ使用しない一番安い料金の奴だからネットニュースもみないっす」
「そういえば、ヒルンドーの大統領の顔も知らなかったな」
はあ、と二人にため息をつかれた。俺は一つも悪くないのに何で呆れられてんのかね。
「とにかくだ。我々は君を迎え入れるために、こちらの大山氏に交渉を持ちかけた」
「賃貸料と住居を無償で貸し出す代わりに、先輩をぜひとも雇いたいから交渉させてほしいらしいっす」
交渉権って、ドラフトかよ。しかもそれだけのために店舗無償で貸し与えるって、やることがでかすぎるだろ。
しかも効果的だ。俺が世話になっている書店にこの粋な計らい。心情的に味方したくなるってものだ。しかも交渉が決裂してもそのままの条件でいいってどんだけだよ。恐るべし鷹ヶ峰家。
「別にタダ、というわけではない。大山書店を、接客業の研修として使わせてもらう契約付きだ。実態はそんなに変わらない。君の肩書が鷹ヶ峰グループ付属大山書店の社員になるだけだ」
社員・・・それは社会保障制度というバリューパック付き魅惑の肩書。
「さて、どうだろうか。我々としては、ぜひとも君を雇いたい。やってほしい事が色々とあるんだ。もちろん、それ相応の待遇を保証する」
待遇という言葉に弱いのは仕方ないよね? 俺の心は完全に雇われる方向で進んでいた。
「ちなみに、仕事内容ってどんなんですかね」
何気なく訊いた。鷹ヶ峰も脈ありと受け取ったか満足げな表情で「説明しよう」と頷く。
「が、その前に、紹介したい人間が二人いる。ちょっと待ってろ」
鷹ヶ峰が一旦店内に戻っていく。戻ってきた彼女の後ろには二人の女性。因縁浅からぬ、という言葉が頭に着く奴らだった。
「紹介しよう。今日からここで研修を受ける研修生だ。二人とも、きちんと挨拶しろ」
相変わらずとろんした目で「よ」と手を挙げて挨拶した伊那鷺かがりは、だぶついたパーカーとジーンズの上に大山書店のエプロンをつけていた。愛くるしい容貌に加え、パーカーにくるまれて着られている感は、毛布にくるまれた子ネコみたいで保護欲をくすぐる。
俺の視線は伊那鷺に集中していた。いや、させられていたというか、その隣を見れなかった。だって、怖いんだもの。殺されそうなんだもの。
隣の彼女は無言だった。だが、無言は時に多言よりも良く喋る。かけられる圧力が、放たれる闘気がびりびりと肌を指す。うなじの毛が逆立つ。汗腺から大量の汗が流れ落ちる。まるで活火山の火口付近にいるようです。
「なぜ、こちらに?」
あくまで俺は彼女に視線を向けず、鷹ヶ峰に尋ねた。
「研修、というのは表向きだ。伊那鷺かがりは、彼女に賭けた企業連中から狙われている。負けたことで損失が出た、その報復行為のようだ。逆恨みも良いところだが、理屈が通用する上品な奴らじゃないので我々が保護した。研修も嘘ではないけれどな」
「よろしく、先輩」
そして鷹ヶ峰の体半分が視界から消える。目が、体が、心が、そちらを視界に入れることを、そこにいるであろう人物を認識することを拒んでいる。
「そしてこの子は、どうやら君に気があるようだ」
「吐き気のするようなことを言わないでください。姉様。人の顔もまともに見れない臆病者を、どうして気にすることがありましょう?」
ありましょうの言葉に引きつけられるように、俺の首は強制的にそちらに向けられた。
吉祥院凰火がそこにいた。白いシャツとジーンズに、これまた大山書店のエプロンだ。きゅっと絞られたエプロンの腰ひもが、彼女の均整のとれた体を強調してとってもセクシーなどと問題から目を逸らしてみる。
「この子は本当に研修だ。あの大会の時、私とかわした約束をけなげに守っている」
万能といっていい彼女には最も似つかわしくない言葉だ。彼女の肩にポンと軽く手を置き「こんなところはなかなか可愛いだろう」とおっしゃる鷹ヶ峰さんマジパネェっす。
「そして鬼灯、君の仕事はこの子たちの教育だ」
辞めよう、と即決意した。先ほどまでの心の天秤は一気に逆方向へ傾いた。そんな職場、命がいくつあっても足りません。頭の中で逃走ルートや計画を練っている俺に構わず、鷹ヶ峰は話を続ける。
「わが国がこの選手権で景気回復したのは周知の事実、加えてヒルンドーとの契約など偶然のうまみを証明した結果を受け、世界各国もとうとう自国内で選手権を開催することを決定した。さらに、四年に一度、どの国の人材が世界最高か競うWWG、ワーカーワールドグランプリも開催することになった。当然選手権の先駆けとして、わが月本も参加する。そしてここは、WWGに参加する人間の強化合宿場にもなる。
鬼灯、君は今回の優勝者として、彼女らと協力し、WWGで優勝してもらう」
無理っす。ヒナの相手だけでも体力とか精神とか削れているのに、それ以上のものを抱えきれません。俺の腕は二本しかないっす。ましてや伊那鷺と吉祥院なんだぜ? 死ぬぜ?
「加えて、もう一つ」
まだあるんすか! 人間の許容量をはるかに超えてます。そんな俺の苦悩など知ったことではないと、研修生二人を仕事に戻した鷹ヶ峰は新たな人物を呼び寄せた。去り際の吉祥院さんの舌打ちがとても怖い。そしてなぜ残るヒナ。お前は開店準備をしろ。
「お久しぶりです」
現れたのは、アイシャ・ラスタチカ嬢専属、様々な経歴を持つ麗しきメイドさん。
「何で、こんなところにサヴァーさんがいるんですか。アイシャのお世話とか、護衛は?」
「それは他の者が引き継いでいます。ラスタチカ家、ひいてはヒルンドー国にとって大切な仕事がありまして、今の私はそちらを優先しております」
彼女にとって、アイシャの世話以上に大切な仕事ってなんだろう。
「この度、お嬢様の海外留学がここ月本に決定したのです。私はその準備で参りました」
留学が決定、なるほどあのお嬢さん、交渉の末に権利を勝ち取ったのか。弟子の成長を見守る師匠のような嬉しい気持ちが沸き起こる。
「編入する学び舎も滞在する宿泊施設も、鷹ヶ峰様のご協力によりすぐに見つかりました。本当にありがとうございます」
深々と鷹ヶ峰に頭を下げるサヴァーさん。いえいえ、と鷹ヶ峰が応じる。
「とまあ、こんなわけで、来月からアイシャ・ラスタチカ嬢が留学してくるので、彼女のサポートも君に頼みたい」
なんでやの。なんで俺が大統領の娘をエスコートせなあかんの。ほっこりした気持ちは一瞬でどこかへ吹っ飛んだよ。つかなんでも俺に頼めると思ってない? いくら優勝したからって、俺の基本スペックは常人以下よ?
「それについての理由を、私から少し説明させていただきます」
すいっとサヴァーさんが進み出た。
「鬼灯様。あなたは以前、うちのお嬢様の唇を奪いましたね?」
話が突然、選手権二回戦で起こった一幕へと飛んだ。
「あ、えっと、それは、ですね、誤解、というか、あれは俺は劇だと思ってたし、むしろ俺は奪われちゃった方なんですが・・・」
「そんな裏事情は関係ありません。人が信じるのは自分の目で見た結果です」
しどろもどろに言い訳する俺をサヴァーは一刀両断する。
「あなたはキスをした。ヒルンドー国の大統領の娘であり、次期指導者となられるお方の唇を奪った。しかもあの時お嬢様が何と口走ったかご存知ですか?」
静かな口調に妙な迫力を感じて、後ろに身を逸らす。
「い、いいえ、知らないっす」
「『私は国には戻らない! この人と一生添い遂げると決めたのです!』です。ちなみに、これ、ヒルンドーの国営放送で流れました」
流すなそんなもん。国営放送には有意義な情報を流してちょうだい!
「お嬢様は、プライベートショットを集めた写真集が国内で百三十万部売れるほど国民に人気があります。ある意味旦那様以上です」
写真集が百三十万部って、大ベストセラーじゃん・・・。
「全国民が、お嬢様は婚約したと思っています。祝福ムードです。お嬢様も『あれはその場の勢いだし、べっべべべ、別にあんな奴なんとも思ってないわよ! で、ででででもそうね、リツがどうしてもと泣いて頼むのであれば考えてあげないことも無いわね!』と典型的なツンデレゼリフを吐く程度にはあなたに関心があるようです」
ツンデレは本来、皆の前ではツンツン、二人きりになると途端にデレちゃう子のことだったんだよ、それが今は意味が変わっちゃったんだ。心理学用語アダルト・チルドレンという言葉と同じだねと訳の分らんことを考えて本当に突っ込むべきところから目を背ける。目を背けてばかりだ。見たいものを見て、見たくないものから目を逸らす、いずれ俺は霧に覆われるかもしれん。
「あ、そうそう。あの競技模様をネットの完全版で視聴した旦那様が静かに立ち上がり、お忙しいスケジュールを強引にこじ開けてトレーニングを毎日三時間ねじ込みました。『地獄に送ってやる』と一心不乱にサンドバックを殴り続けています」
話し合いでケリつけませんか閣下。マジで徒卯卿ドームリベンジマッチ開催ですか。
「そんなわけで、あなたにはお嬢様が早くこの国に慣れるため、相談や案内をお願いしたいのです。幸い、あなたは週五で、ここで働いているようですし」
サヴァーが後ろの立派になった大山書店を手のひらで示す。
「な、なんで俺がここで働いているのが幸いなんすか」
嫌な予感が、警戒警報が脳内で鳴り響く。さも当然、といった感じでサヴァーは言う。
「こちら大山様のお宅が、アイシャ様のホームステイ先です。荷運びはばっちりです」
「なんでですか! もっとあるでしょ上流階級しか入学できないお嬢様校の寮生活とかあったでしょ!」
「お嬢様の希望です。市井の方々とふれあい、その声を国営に反映させるのが政治家の仕事、私もそれを学び、父を超える! だそうです。それを聞いたとき、不覚にも私、涙が止まりませんでした」
涙をふく真似をしてサヴァーは「他にも理由はあるでしょうけど」と付け加えた。
「なんです他の理由って」
「おや、お気づきにならないわけないでしょう。未来の御当主様。お嬢様が婚約者であるあなたの近くにいたいと考えるのは、自然な考えでは?」
回収しちゃった! ここで伏線回収しちゃった! だよね。国営放送で放送されちゃってるものね!
ご返答は慎重にお願いします、とサヴァーさんは付け加えた。
「無計画に、適当に、何の考えもなくこの話を断ろうものなら、私はあなたを殺します。大統領の娘をないがしろにするということは、我が国を侮辱しているということにほかなりません。国のメンツは人の命より重いのです」
・・・冗談だろと騒ぎ立てることすら不可能になってしまった。何この退路の断たれ方。
「婚約云々は置いておくとして、この国で唯一の知り合いなんだから助けるのが人情というものだろう。これによりヒルンドーとの確かなパイプも出来上がることだしな」
政治的思惑が見え隠れしてるよ鷹ヶ峰さん。
「モテモテっすね先輩。鷹ヶ峰さんに伊那鷺さんに吉祥院ちゃんにアイシャちゃんにサヴァーさんに私と、美女美少女に囲まれてハーレムじゃないすか」
二ヒヒと笑うヒナ。いくら美女美少女に囲まれようが、付属するのが国家のメンツとか人体実験とか純粋な殺意とかの囲まれ方をハーレムとは言わない。人それを四面楚歌と言ふ。
しかしおかしい。どうしてこうなった。こう言っちゃなんだが俺は嫌われ者だったはずだ。どこへ行ってもハブられ爪弾きにされるのがスタンダードだったはずだ。どこをどう間違って命狙われるくらいの人気者になったんだよ誰か教えてくれ。それとも神様の新しい嫌がらせか? 趣向を変えられたのか? さすが神、効果てきめんだよ。円形脱毛症になりそうなくらい精神に大ダメージだよ。四つん這いで項垂れる俺に、鷹ヶ峰が告げる。
「わかってないな。これは、全て君が呼び込んだのだ」
「こんな厄介ごと呼び込んだ覚えないんすけどねえ!」
「いいや、君だ。君の才能だ」
災厄を呼ぶのを才能って言わねえ!
「違うよ。災厄の反対だ。災厄を防ぐ、救助の才能だ」
「い、医者にでもなれってことすか?」
「それとはまた違った救助だ。君は、この大会で二人以上の人間を救助している。一人はアイシャ・ラスタチカ嬢、一人は凰火だ」
救った、と言われてもピンとこない。彼女たちは別段命の危機に瀕したわけではないのに。むしろ一人には一生残る傷を負わせた様な気もするが。
「そんなことはない。君に出会わない未来では、おそらくアイシャ嬢は潰れていただろうし、凰火も鷹ヶ峰の一部として使い捨てられていただろう。君と会ったことで彼女らの意識が変わり、未来が変わった。これはひいては、彼女らが関わる世界の全てが変わるということだ」
バタフライ・エフェクトもびっくりだなもう!
「君は誤った道へ行こうとする人間を助ける才能がある。だから、これまであらゆる妨害を受けても君は社会的、物理的に死ななかった。それは間違っているからだ」
それはどうだろうか。俺を迫害してきた人間が救われたなんてことはないはずだ。井波がそうだ。あの後、井波とその一族は大いに叩かれた。鷹ヶ峰が行った調査で引っ掛かり、しょっ引かれたのだ。井波本人も罪を暴かれ、病院からの退院後逮捕されていた。
「そこは、君の感情で左右されるんじゃないか? 助けたい、と思うとか」
思い当たるおかん気質がいくつかある。残念なことに。
「理解したようだな。また面白いことに、君に救われたものは、皆一様に君に懐く」
懐く?! 吉祥院のあれを懐くと言うなら、ライオンにかじられるのはただのスキンシップになるぞ! ふざけんな!
「そう邪険にするな。あの子は感情の伝え方を知らないだけだ。慣れれば、きっと最高のパートナーになると思うぞ? 身内の私が言うのもなんだが、可愛いし、賢い。君だって、救いたいと思うからには、少なからずあの子を思っているのだろう?」
びっくりしすぎて噴いた。可愛いのは否定しないし、賢いのは疑いようがないだろう。けど慣れる前に死ぬと思う。
「聞き捨てなりませんね。確かに吉祥院様は素晴らしい方ですが、お嬢様だって負けてません。むしろこれからの成長を考えれば将来性は上かと」
何を張り合ってんだこのメイドさんは!
「いやいやいやいや、そこは近くでずっと見守ってきた後輩に勝るものなしでしょうっす。先輩は私に尽くすことを至上の喜びとする弩Mな方っすから」
面白そうだからって話をややこしくすんじゃねえ引っ込んでろ後輩! 後変な性癖追加設定すんな! ああもうなんだこれは。
そこでピンピロリンと着信音が鳴る。ポケットからスマートフォンを取り出す。
『その場の問題を一発で解決する方法がある』
なぜか伊那鷺からのメールだった。馬鹿な、連絡先を交換した覚えもないとかそれ以前にどうしてここでのやり取りを!
『この程度の盗聴、造作もない』
こいつ逆恨みじゃなくて情報漏えいの産業スパイとして狙われてんじゃねの!? ただその問題にさえ目を瞑ればお釈迦様がたらした蜘蛛の糸に思えた。ぜひとも拝聴しようじゃないの。
『とっても簡単。私の《物》になったと言えばいい』
蜘蛛の糸はあっさり切れた。カンダタもそら地獄に落ちるわ。者ではなくモノでもなく《物》と書いたのはきっと誤字じゃない。そこに言い知れぬ恐怖を感じる。
「鬼灯」「鬼灯様」「先輩」『どうする?』
逃げ場のない一方通行の一本道で、俺は、正解のない問題に出会った。
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