第七話

「それじゃ、そこに座ってくれたまえ」

 自己紹介の後、入部届けは無事に受理され、部室でそれぞれ好き勝手始めた部員たち(あの四人以外にも数人いたようで、自己紹介の後にぽつぽつと部室に現れました)を後目に、私は木下先輩の隣に立ちます。部室の隅なのですが、ぼろっちいパイプの丸椅子に腰掛ける木下先輩の周りには、「あ、これは魔法陣だ」というようなポスターや、神社のお札、ぐにゃぐにゃした模様が壁に張り付いており、そこにある棚にはビンに入った何かや割り箸の刺さった林檎などが転がっていました。オカルト研究会って、こんなに実践的な研究をするのですね、でもごちゃ混ぜで何が何だか分かりません。

 示された木下先輩と同じぼろっちいパイプ椅子に腰掛けると、きぃいと頼りない音がします。

「魔術に興味があると言っていたけれど、どういった知識を持っているんだい?」

 その問いにちょっと焦ります。私もフォエラにいた頃は魔術……魔法? そんな物は息を吸う様に使えました。けれど映画や何かで見るそれとは違ってただ手を上げる、目を瞑る感覚でやっていたので、その知識は全く役に立ちません。ぶっちゃけ何も知らないのと変わらないので、この世界の魔術と聞いて一番初めに思いついたことを言ってみました。

「えっと……あー、箒で空を飛ぶとか」

「……つまり何も知らないと」

 呆れたように目を眇めた木下先輩は、けれどすぐにあの猫の様な垂れ吊り目の笑みを浮かべました。

「それならそれで都合が良いね。余計な知識を持ってる馬鹿な奴等は自分のそれに固執したがる。ただ単に色んな側面を見つめろってだけなのに、矛盾の何がいけないんだろうね?」

 にやにやしながら随分ときついことを言った木下先輩は、「それはさておき」と言って、棚の下の段にぐちゃぐちゃと置かれた分厚い本を幾つか引っ張り出しました。開いたままで置かれていた本もあり、ページは折れ曲がり表紙が剥げていたりと、状態は散々でした。

「ほら、単純に魔術の知識を手に入れたいだけなら、こういう本を読めば十分だよ」

 私の膝にぽんぽんと載せられた数冊の本が凄い重量です。とくに魔術の知識を得たい訳でもない場合は読まなくても良いのでしょうか。一冊一冊の文字の小ささもそうですが、何語か分からない本も有るので勘弁してほしいです。

「まぁ全部嘘だと思ってしっかり読み込めば、それなりの知識は身に付くしそれなりのことは語れるね」

「……嘘だと思うんですか?」

 何を言っているのかよく分からずに尋ね返せば、木下先輩は何故かにんまりと笑い、

「本気にしても良いけど、その本たちは全部違った体系の魔術書だから、矛盾があっちこっちに散らばるし、推奨されることも目標だって相反している場合もあるよ。全部をそうだと受け止められないなら、まぁ嘘だと思って読むしかないじゃないか」

 と言ってまた棚から数冊拾い上げました。

「そして、知識だけじゃなく実際に魔術を使ってみたいなら、自分がどういう魔術を使いたいのか明確にする必要がある。自分の望むことが行えるような世界観の構築も大事だ」

「……よく分かりません」

「つまり、好きな魔術を使えるようになれってことさ」

 まぁ既存の知識だけじゃどうにもならないとは思うけどね、と小馬鹿にした顔で拾い上げ得た本にデコピンをして、それから痛かったのか顔色は変えずに人差し指を押さえていました。何となく可愛いです。

「好きな魔術……違う世界に行く、とかはどうなのでしょうかね」

「…………ああ、有るさ。本当に異世界が好きなんだね」

 行けさえしたらそれで良いんですけどね。とは続けずに、心の中にしまっておきます。嬉しそうな顔をした木下先輩は、今度は棚ではなく地面に落ちていた本を取り上げます。

「これなんかは異世界論を色々まとめて、それを魔術に絡めた本だよ。自費出版だからあまり出回ってはいないけど、まぁ面白いね」

 ごめんなさい、渡して下さるのはありがたいのですが、このミミズがのたくったような字は何語なのでしょうか。読める本をお願いします。

「異世界が好きなら、パラレルワールド論は知ってるだろう? 魔術においては流派によって分かれるけど、パラレルワールドよりは明確な意味合い、関わりの有る世界がメインなんだ。……うん、パラレルワールドは知っているよね?」

 私が困った笑いを浮かべていると、言葉を中断して静かに問い掛けてきました。申し訳なく、そして少々の焦りを抱えながら首を振ると、呆れた様な溜め息をつかれます。もう小馬鹿ではなく疲れたような顔で、木下先輩は口を開きました。

「……うん、まぁ良いさ。パラレルワールドにおいては諸説あるけど、一番ポピュラーで分かりやすい概念としては、この世界以外にも無限に世界が並行して存在してるって奴だね。……ちょっと待ってて」

 物分かりの悪い私のために、木下先輩は紙と鉛筆を引っ張り出してきました。そう言えば自己紹介の時に部長が私の言葉を書き写していましたが、あれは部員全員分あるのでしょうか。気になりますね。

 私がぼんやりとそんなことを考えていると、木下先輩が紙の中心に丸を書き、その隣にまた丸を、その隣に丸を……と続けて、沢山の丸を紙に溢れさせました。

「こんな感じで……まぁ物理的、或いは意義的にこんな形状かどうかはさておいて、ともかくも世界が並行している。…………そしてそれぞれの世界は少しずつ異なっていて、それが無限に広がっている。それがパラレルワールドの考え方だよ」

「少しずつ異なる?」

「そう。本当に少ししか違わなくたってそれはもう別の世界さ。無限というからには、どんなに小さな違いだって存在していなくてはおかしい。例えば今日の私はお気に入りの靴下を履いてきたが」

 と言って、可愛らしいベージュの猫の靴下を見せてきました。ますます木下先輩が可愛く見えてきます。

「今日この日だけの違いで、私が別の靴下を履いてきた、たったそれだけの世界だって存在する可能性がある。それはもっと大きな違いでも言えることさ。私の苗字が違ったり、日本が戦争真っ只中だったり、世界の地図が違っていたり、或いは元素構造が違っていたり」

 その言葉に、何だかぞっとしない気分になりました。沢山の世界が隣り合って存在している。それは一体どういうことなのか。今木下先輩は目に見える範囲の違いを指摘しましたが、例えば辺りを漂う微生物の一匹が左に飛ぶか右に飛ぶかだけが違う世界も存在するかも知れないのです。その極僅かな違いを抱えた世界は、その瞬間が過ぎた途端にもう見分けがつかなくなるはずです。それは果たして違う世界と言えるのか。……けれど木下先輩の言う通り、無限というからには、本当に無限なのでしょう。

「まぁ物理的な観念になってくると、パラレルワールドが同一の宇宙に存在してると盲信している輩に……悪いとは言わないが、一つの観念に固執するのは視野を狭めるからね。ともかくもそういう者達に怒られるから、元素構造についても物理現象においても特に言及はしないけれど。さて、面白いのはこれからだ」

 木下先輩は笑うと、紙に描いた一つの丸と丸を、線で繋ぎます。

「パラレルワールド同士は本来、関わることが出来ないとする考えもある。けれどそれらが関わり合うなら、関わった瞬間にこの世界同士が分かれている意味は無くなる……或いは、一つの世界と見做されることになってしまうんだ。……分かるかい?」

「分かりません」

 きっぱりと告げると、疲れたのも通り越したのか、反対に笑みを深めながらもう一組の丸同士を線で繋ぎました。

「二つの世界が関わりを持ったとしよう。関わりはほんの小さな物かもしれない。例えば、鏡越しに偶然向こうの世界が見えたとか、そんな小さな……実際には非常に大きな関わりだけども、ともかくそういう類のね。それが世界で一度きりしか起こらなかったとして、今日起こったのか、明日起こったのか、もう終わったのか、ここか、世界の反対側か、誰も見ていない古道具屋の中か、寒冷地帯の水溜りか……分かっただろう?」

「……でも、それじゃあ本当に無限が続いてしまうじゃないですか」

 それだと、無限が無限に存在し、無限の数だけ無限の組み合わせがあり。とてもじゃないですが頭では処理し切れません。

「そう、それがパラレルワールド理論の面白いところで、語れば長くなるから割愛するけど、まぁ誰かのうんちくを聞くよりも自分で思考実験をした方が良い結果が得られると思うよ。ともかくも、魔術好きの人間にとってはあまり関係の無い理論がパラレルワールドというわけさ」

「パラレルワールド以外の異世界というのは?」

 私が問い掛けると、木下先輩の顔に再び小馬鹿にした色が浮かびます。

「色々さ。宗教に依ったり、魔術観に依ったり、個人に依ったり、或いは妄想に酔ったりね。それらの世界を一つでも信じるのなら全ての異世界をそれとなく信じるべきだし、或いは一つでも認められないのなら嘘だと決め込むことをおすすめするよ。……あれ程人間に都合の良い世界解釈は無いと思うからね」

 またもきついことを言った木下先輩は、一つ首を傾げました。

「そう言えば、自己紹介の時にどこかの世界の話をしていたね。夢にでも見たのかい?」

「あー………………」

 どうしましょうか。私はフォエラという世界にいましたが、しかしそれを語ってしまって良いのでしょうか。ぶっちゃけ今更過ぎる気もしますし、別に問題は無さそうですが、しかし木下先輩が本気にしてくれるかどうかは微妙なところです。

「良いよ、話して御覧。私は魔術に於いても現実に於いても宗教に於いても世界観に於いても、ありとあらゆることを信じると決め込んだフリーの魔女だからね、どんな話だって頭から鵜呑みにして見せるさ」

 そう言う割には口調は軽く、何だか話をしても何一つ信じてくれなさそうですが……ともかくとして、私は話す事を決意しました。でもどこから話せば良いのでしょう。

「えっと……前世、というか、ああでも前世とは少し違う…………けれど私は一から人生を始めたのだし」

 あれ? ファレイナとしてはまだ死んでいない筈です。世界を渡る感覚は間違い様もなく有ったので、その後に私が知らない内に死んでしまったのでなければですが。けれど私が人としての人生を一から始めたのもまた事実で、果たして前世と称して良いのでしょうか。

「……えっと、私は昔、フォエラという世界にいたんです。そこで私はファレイナという名で、蛾だったんですけど、新月の精の……私の主に魅かれ、お仕えしておりました」

「ほう、フォエラの蛾は光を求めないのかい?」

「いえ。だから私も周囲に色々言われましたが、あの方に仕えられる幸福を考えればむしろ足りないくらいです」

 木下先輩は目元を優しく緩めたまま、私の話を静かに聞いてくれるようでした。信じる、というのは分かりませんが、少なくとも頭から馬鹿にされることは無いようです。

「新月の精だったのですけれど、その闇と夜に昇らないことを揶揄されて満月や三日月の精から馬鹿にされたりもしました。けれどミ……あのお方が彼等に怒ったのは、お仕えする立場の私達を馬鹿にされた時だったんです」

 あの時の嬉しさと、ついでに怖さは忘れません。ミリューネ様が怒った姿なんて初めて見ましたが、あそこまでに恐ろしい物だとは思いませんでした。私もミリューネ様の不興を買わないように気を付けなくては。

「良い主人じゃないか。この世界へは観光に訪れたのかい?」

「まさか! 満月の野郎に嵌められたんですよ! 私達を馬鹿にされて怒ったミリューネ様が満月の精を罵ったのですが、いつも何も言い返さないミリューネ様が怒ったからって逆ギレしたあの野郎、私達を罠に嵌めてこんな世界に送りつけたんです!!」

「あ、あはは、そうなんだ。……ミリューネ様、っていうのが愛しの方の名で合ってるかな?」

 あ、と口に手を当てます。思わず言ってしまっていました。ぶっちゃけばれてしまって何がどうとは言いませんが、けれど悔しいです。後広まると困ります。

「……そうですけど、あまり言いふらさないで下さいね。私が怒られてしまいます」

「その辺は勿論心得てるさ。……それじゃ、ミリューネという新月の精とその忠臣ファレイナは、この世界にきて人間の体を乗っ取ったのかい? 少なくとも、君の体は人間だよね」

「それは……良く分からないのですが、ミリューネ様も私も、一から人生を歩んでいました」

 首を捻りながらの私の返答に、木下先輩は一つ頷くと、にこやかな笑顔を向けてきました。

「凄く分かりやすいね。つまり異世界に行きたいってのは、フォエラに戻りたいってことなんだろう? 恐らく主の方はただ踏ん反りかえっているわけじゃなくて、何か別の方法で戻る方法を探しているんじゃないのかい? 君は手段の一つとして、オカルト研究会を選んだわけだ。……いや、それも主の意志だったか、さっきそう言っていたね」

 ともかくも大正解、と嬉しそうに笑った木下先輩は、先程から微妙な表情でこちらをちらちらと眺めていた加賀崎先輩を振り返りました。

「なぁ、この子は間違い無いし、話しても構わないだろう?」

「……一応一日様子を見たい」

「ふむ。別に変る物も無いと思うけれど」

 私の勝ちが決定したようです。木下先輩に対する私の印象は始めはかなり低評価でしたが、今では随分上に飛んでいました。妙な方というのは間違いないですが、悪い人でも無さそうです。

「加賀崎はどうやら慎重に事を見たいそうだから、大事な話が明日にあるとだけ伝えておくよ。……それじゃ、蛇足かも知れないけれど魔術についても語らおうか?」

「えっと……それでは、お願いします」

「よし来た」

 嬉しそうな顔で微笑んだ木下先輩が恐ろしい程に理解し難い言葉と理論と実践で私を追い詰め、あぁこれは辞めてしまうな、と思ってしまったのは内緒です。



――――――



「黒羽さん、オカルト研究会はどう? 楽しそうかな」

 時計の針は7時を回っていて、そろそろ引き上げないと夕食の時間に響きますし、そうでなくとも部活動の終了時間なので、皆さんも片付けを始めていました。私はめいめいに帰っていく部員の皆さんを見送りながら、何となく木下先輩が荷物をまとめるのを待っています。そんな折に、水野が話しかけて来たというわけです。

「はい、何と言いますか……私、部活動に入ったことが無かったのですが、何だか楽しかったです」

 とは言っても、木下先輩にべったりだったわけですが。オカルトを幅広く扱うので、色んな人と関わるには色んなことに……UFOもUMAも、また秋先輩のように妖怪にも、そして水野のように幽霊にも興味を持たなくてはいけないようですね。ともかくも、木下先輩とは仲良くなれた気がします。魔術の講義についてはさっぱりでしたが。

「そっか。それなら良かった。もし怪談話とかに興味を持ったら、俺に声を掛けてね。黒羽さんと話したいし」

「怪談……は遠慮しておきます」

 申し訳ないですが、と付け足すと、水野は驚いたような顔で私を見つめました。言いたいことが何となく察せるのでムカつきます。

「……もしかして苦手?」

「…………好きじゃないです」

「へえ、意外」

 声に左を向けば、何だか古い紙の束を鞄にそっと差し入れる秋先輩がいました。一番上の紙には何か良く分からない髪の毛の塊みたいなのが書かれていて、どうにも妖怪の資料のようです。既にぼろぼろの資料を、それ以上傷付けないようにそっと差し入れた秋先輩は、ぱんぱん、と手に付いた紙のクズを払って私の顔を見ました。

「黒羽ちゃん、怖い物とか無さそうに見えるから」

「……私、秋先輩の前で悲鳴上げましたよね」

「お化け屋敷は私も苦手だから」

 そうからりと微笑む秋先輩は、お化け屋敷でもしがみ付かれる役っぽくて今の言葉は中々信用できません。……いえ、秋先輩が悲鳴を上げている姿というのも、それはそれでまた非常に来るものが有ると言いますか、あー…………私にはミリューネ様がいます、落ち着け私。

 一先ず、怪談話を断ってしまった水野に、フォローの言葉を掛けておきます。

「怪談以外の話でしたら、別にオカルトな事じゃなくても付き合いますので、その時は宜しくお願いします」

「うん、こちらこそ」

 爽やかに笑った水野。自己紹介の時こそ余計な気を回して満月がどうのこうのと言っていましたが、やっぱり普通の好印象です。私も男を毛嫌いしているという訳でもないので、仲良くさせて頂きましょう。

「でも……そっか、苦手かぁ」

 どこか考え込む表情で手を当てた水野が、更に右にいる部長にちらりと目を向けました。察した表情になった部長が、しばしの逡巡の後、私と目を合わせてきます。

「怜那さん、その、あー……現実に首無しの幽霊とかがいたら耐えられないかい?」

「……耐える耐えないの問題なのですか?」

 何を聞きたいのかが良く分かりません。

「いや、えっと…………そうだな、例えば首無しの幽霊が生徒に悪さをしているとして、それを退治するのは恐ろしいと思うかい?」

「……い、いえ」

 何とか首を横に振りました。というか、そのまんまな内容でしたね、噂を知っているこっちの身としては、「いつでも出撃出来るか?」と問い掛けられたのとあまり変わりません。ぶっちゃけ首無しの幽霊とか近付きたくもないですが、それでもここで平気だと示さなくては、明日の大事な話も無くなってしまうでしょうから。

「安心したまえよ。黒羽怜那、君は首無しの幽霊に怯える存在では無いだろう」

「……あの、木下先輩」

 秋先輩が困った表情で木下先輩の注意を促しましたが、木下先輩は一つ肩を竦めただけでした。

「別段隠すことでも無いだろう。……まぁ、明日になれば分かる事だから良いのだけれど」

 ほら、と私を促した木下先輩は、小さなカバンを一つ、手に持っているだけでした。……先程持ち帰ろうとしていたのは沢山の本と数本のビンだった気がするのですが、まさかこの中に納まる筈も有りません。諦めたのか、それとも何でしょうか、本当に魔法でも使っているのでしょうか。

「えっと……それでは、本日はどうもありがとうございました。これから宜しくお願いいたします」

「うん、オカ研にようこそ! こちらこそ宜しくね」

 頷いた秋先輩に、胸がほんわかと温かくなりました。部活動ってこんなにも心温まるものだったのですね。オカルト研究会で安らかな心地になるとは夢にも思いませんでしたが、何だかふわふわと空でも飛べそうです。ミリューネ様に感謝をしなくては。

 皆さんにもう一度会釈して、木下先輩の後を追います。

 私が後ろに控えると、先輩はちらりとこちらに目を遣り、それからその垂れ吊り目を少しだけ持ち上げて疑問を示しました。

「……私は別に君の主人では無いぞ? 隣を歩いて良い」

「あ……そうでした」

 他ならぬミリューネ様に許可を頂いているというのに、これは双方に失礼な行為ですね。私は「すみません」と謝罪しながら、木下先輩の左隣に移動します。

「寮に真っ直ぐ帰るかい? それともミリューネに会いに行くのかい?」

「えっ……う、あ、あの、誰かに聞かれるかも知れませんので、なるべくその名前は…………」

「おっと済まないね、気を付けよう」

 ですから、そんなに軽い口調で言われても中々信じられないのですが。

 そして一体どうしたら良いのでしょうか、ミリューネ様は生徒会室に行っているとは思いますが、少し覗いてみましょうか。……実さんの時の様に怒られそうで怖いですが、けれど木下先輩はもう私の正体も知っていますし、いずれ新月美利という少女が私の主人だと露見するでしょうから、それならば私から紹介してしまえばミリューネ様を煩わせずに済むのではないでしょうか。

「えっと……それでは、迎えに行っても良いでしょうか」

「うん、私はどうしようか?」

「ご紹介させて頂きます。生徒会室にいらっしゃると思いますけど……少し失礼します」

 鞄を開けて携帯を取り出し、ミリューネ様から何か連絡が無いかチェックします。

「……新月の精との御紹介を与るのはそれはとてもありがたいけれど、大丈夫なのかい?」

「…………怒られるかも知れませんが、いずれ分かってしまうでしょうし」

「あはは、自首しようという訳だね」

 可笑しそうに笑った木下先輩は、「良いよ、なら生徒会室に向かおうか」と言いました。

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