第六話

 翌日の放課後。


コンコン


 お金の掛かった様相のドアを小さくノックします。扉の表面には小さな森と湖が彫ってあり、曇りの無い窓から入り込む柔らかな薄明りに照らされて、とても安らかな雰囲気がします。

 しかし実態はと言えばそんな安らかな物ではなく、折角美しい彫りを刻んであるドアの表面には、安物のセロテープでペタリと貼り付けられた一枚の壁紙がでんと存在感を顕わにしています。おどろおどろしいフォントを用いていますがもう古い手法としか言えず、どこか滑稽さすら感じる文体で「灯清学園を取り巻く噂を」だの「呪われた運命を断ち切る」だの「むしろ呪っちゃおう」だの書いてあります。

 つまるところ、ドア上のプレートに一見上品に収まっている『オカルト研究会』という名称こそがこの優雅な空間を残念な色に染め上げている元凶の名前で、更に言えば私がノックをしたのもそこを尋ねるためでした。

「…………あれ」

 ノックをしてから数刻、全く返答はありません。中で人が動く気配すらなく、仕方なしに私がもう一度扉に拳を当てようとした途端。

かちゃっ、と気配も無く扉だけが2センチほど開きました。

 ……そして沈黙。

「………………あの、どなたかいらっしゃいませんか」

 問い掛けれど、返ってくる物と言えば先程と同じく沈黙だけです。しばし逡巡し、けれどまぁ一先ず入ってみましょうという結論に至りました。誰かがいるのならその人に話をすれば良いし、誰もいないのであれば図々しく待っていれば良いのです。どうせしばらくお世話になるでしょうし。

 ミリューネ様のお考えでオカルト研究会に潜伏することとなった私は、一先ず入部というものをするべく直接訪ねてきた次第でした。入部届けも既に鞄の中に用意はしていますが、しかしまずは挨拶をしてから入部するのが筋というものでしょう。部活に入ったことが無いから分からないですけれども。ちなみにイケメン君には何も告げていません。

 ひんやりと冷たいドアノブを握り、こちら側に引きます。高価なドアなので音もしないかと思ったら、ホラー映画宜しく「きぃぃぃ……」と軋んだ音がしっかり鳴ってくれました。ドアを壁と直角にするとぽっかりと黒い長方形ができ、部屋の暗さが目立ちます。廊下には窓から差し込む光があるのに、遮光カーテンでも備えているのか、或いは始めから窓が無いのではないかと疑いたくなるような暗さでした。

 講堂と違い冷房はしっかり掛かっているようで、ドアノブを冷やした原因であろう冷気がドアから漏れ出、晴れた春の陽気に包まれていた肌を撫でて鳥肌が立ちます。

「あの」

 もう一度だけ、少し大きめの声で呼び掛け、矢張り一切の人の気配を感じられないことを確認してから、私は少しその場で固まりました。

 暗い部屋を見て、果たして中で待つべきかどうか、という思考が再び頭を巡ります。いえ決して怖いなどという訳ではありません。しかしその何というか、少々入り辛くもあり。何よりこんな寒い部屋で待っては風邪を引いてしまうかも知れませんし、こんなに暗い部屋に誰かが訪れるとは思いません。この暗さでは恐らくここ10年は使われていないでしょう。冷房が点いている理由なんて知りません、ともかくもこの部屋は間違いだったようです、出直しましょう。

 私はミリューネ様の暗闇とは全然ベクトルの違う拒絶を纏った暗い部屋から目を反らし、静かにドアを戻


「ぎゃああああああああああああああああああああああっ」


 突然に暗闇から沸いて出た手が私の手首をむんずと掴んだのです。

 恐ろしい程可愛げの無い悲鳴を上げて暗闇を殴りつけ、私は一目散に駆け出そうと


「ぎゃああああああああああああああああああああああっ」


 目の前に首無しの亡霊が現れたのです。

 恐ろしい程可愛げの無い悲鳴を上げて亡霊を蹴り飛ばし、私は体を勢いよく反転させ


「ぎゃああああああああああああああああああああああっ」

「いや俺は普通に普通だろ!?」


 ……目の前にいたのは某イケメン君でした。

 しかしこんな奴に構っている暇はありません、恐ろしい物が出てきたのです。

 私がイケメン君の横を駆け抜けようとすると、「待った待った」と手を掴まれました。


「いやですっ、お化けが、幽霊が、痴漢がっ」

「手を掴んだだけで痴漢じゃない!! 後お化けも幽霊も違うから!!」

「…………え?」


 イケメン君の言葉に振り返ると、暗闇から片頬を抑えて呻きながら出てきた眼鏡の推定37歳男とそれからお腹を抱えて蹲る首無し……驚かそうとでもしていたのでしょうか、襟の中の首の切れ目があるはずの部分には大量の髪が植わっており、なるほどどうやら騙されたようです。

「い、活きの良い新入生だね」

 思っていたよりも若い声で眼鏡37歳が呻きました。

「あはは、でもこんなに驚いてちゃ入部はきつくないですか?」

「なっ……驚きもします!」

 イケメン君の言葉にイラッと来て、咬み付くように言葉を返しました。ふざけるなです、私は別にオカルトや幽霊が怖い訳じゃなく、いえ少しも怖くないと言えば嘘になるかも知れませんが、しかしお化け屋敷の様な「わっ」に耐性が無いだけで、別に怖がりというわけでもなんでもないです!

 その様な弁を捲し立てると、イケメン君は目を白黒させながら「そ、そうなんだ」と曖昧に頷き、眼鏡37歳は「お化け屋敷の人には暴力を振るっちゃ駄目だよ」と弱々しい声で忠告してきました。ごめんなさい、もう前科はあります。

「っ……あー、昼間食べ過ぎなくて良かった」

 ボタンを外して顔を出した元首無しは、何と驚くべきことにカッコイイ先輩系女子でした。痛そうにお腹をさすっているのを見て、私が何をしたか思い出します。

「あ、あの、ごめんなさい! 大丈夫ですかっ!?」

「えっ……あ、あぁうん、平気だよ」

 結構効いたけど、と笑顔で付け加えてくるので心が痛くて堪りません。「あれ何か対応が違くないか?」と眼鏡37歳の声が聞こえた気がしましたが、きっと気のせいです。ともかくもカッコイイ先輩系女子様の名前を聞き出すのが優先です。

「本当にごめんなさい……えっと、あー……私は一年の黒羽怜那です、あの、お名前は」

「私は田谷たやあき。今2年で、まぁ見ての通りのオカ研部員だよ。仕掛けたのはこっちなんだし、蹴られてもしょうがないから気にしないでよ」

 どこを見てもオカ研部員の要素が無いようなからりと晴れやかな笑顔で、秋先輩は私の罪悪感を上乗せしてきました。気にしないでと言われると余計に申し訳なくなるのは何故でしょうかね。

「怜那さん、ね。入部希望かな?」

「はい」

 眼鏡37歳に聞かれたので、分かり切ったことをと思いながら背中を向けたまま即答してやります。「やっぱり対応が違う」との声が聞こえてきた気がしましたが、しかし微風程にも私の心にそよぎませんでした。

「あの、黒羽さん、妙な歓迎になっちゃったけど、取り合えず中入ろうよ。ホラ部長、それと田谷先輩も入って電気点けてください」

 その言葉も勿論私の心でそよぐことは無かったですが、しかし秋先輩にはほんの少し伝わってしまったようで、部室に引っ込んだ部長の後を追って暗い空間に入っていき……すぐに明るくなりました。次いでぴっ、と冷房を止める音が聞こえ、私も嫌々ながら部室に向かいます。というか目の前で長机にふらふらと座ったこの眼鏡37歳、部長だったのですか。ということはまさかとは思いますが、この学園の生徒なのでしょうか。

「……何か?」

「……いえ」

 じろじろ見ていたのを気付かれたようなので、ふっと視線を逸らしました。

「…………ごめん水野、この子の相手はお前に任せたよ」

 心が折れた、と言って机の端っこに移動する眼鏡37歳。……少々対応が悪かったようです。

「あの、不躾な目を向けてしまいすみません。じろじろ見てたのは、何年留年したんだろう、と思ったからです」

「その発言の方がよっぽど失礼じゃあないかな君!?」

 勢いよく振り返った部長は、驚いた事に「一回も留年してない三年だ! まだ17だ!!」と叫びました。

 何と。見た目年齢+20歳とは、とても驚きです。

「全く、失礼な発言をする前に自己紹介を済ませてくれ!」

 そう憤慨したように言った部長ですが、突然私の瞳を真っ直ぐ覗いて口の端を上げます。

 酷く楽しそうな顔をしていた部長は、瞬き一つしたかと思うと一転何も気にしていないようなのんきな顔で一枚の紙を壁の棚から、シャープペンシルを胸ポケットから出しました。それに伴ってイケメン君……水野でしたかね、まぁ覚えておきましょうか……と、秋先輩が私を挟む様に長机に座ります。

 ががっ、と耳に障る音を立てて丸椅子を床に擦りながら、部長が私の目の前……すなわち長机の向こう側の中心に移動しました。

「さて」

 草臥れたような顔付きですが、しかしこちらを見透かす様な目付きはどこか挑戦的で、先程抱いた37歳の印象を遠ざけます。真正面から見ると、思ったよりも悪くない顔のようでした。

 私を見定めるような目付きはどこか冷静な色を帯び、自然背筋が伸びます。

 唐突に変わった部室と部長の雰囲気に、昨晩のミリューネ様の言葉が呼び起こされました。

――『その手の噂の殆どが実際にこの学校で起こっていることで、それを解決しているのがオカルト研究会だそうよ』――

 一体どんな言葉が来るのでしょうか。或いは、今から始まるやり取りで私が入部できるかどうかが決まるのかも知れません。私が身構えていると、部長が遂に口を開きました。

「学年と名前、好きなオカルトのジャンルを述べて。その他言いたいことでも」

「……え?」

 あまりに当たり前なその指示に、思わずといった感じの声が漏れてしまいました。これはどっちなのでしょう、普通に自己紹介をするべきなのか、それとも勝負はもう始まっているのか。部長の目は相変わらず私を見透かす様で、どちらとも言えない状況です。

 逡巡した私の沈黙を間違った解釈で受け取ったようで、部長が見当違いの言葉を継ぎ足します。

「ほら、幽霊の話が好きとか、UFO系列とか、スプラッター映画の研究とかさ。幾つかあるなら全部教えて」

「オカルティックな事なら何でも良いよ。私は民間伝承の妖怪とか怪物とか、そんなのが好きかな」

 秋先輩はそう言って何だかよく分からない一つ目一本足のストラップを見せてきました。これは何かの妖怪でしょうか、ゆるキャラと言っても通せる気がします。

 というか、どうにも普通に答えてしまった方が良いようなので、私は恐る恐る口を開きました。物凄く真剣なのは間違いないので、ああこれがオカルト研究会なんだな、とも納得しましたが。

「あ、じゃあ。1年、黒羽怜那です。その、好きなオカルトのジャンルと言いますと……」

 好きなオカルトのジャンル? 私は怪談話は苦手ですし、UFOもいても良いとは思いますが別に追い求めはしません。UMAは可愛いのなら見てみたいですが、グロいのばっかりだった気がします。秋先輩に倣って妖怪と言っても良いですが、残念なことに知識が一つ目小僧レベルです。好きと言うのにそれではちょっと不味いと思うので、すると私が好きなのって……あれ?

 これは困りました、一般的にオカルト研究会に入部する為に必要な資格っぽい「好きなオカルトジャンル」すらありません。ミリューネ様についてならいくらでも語れる気はしますが、しかしこんな凡俗に高尚なミリューネ様の存在を語ったことで通じやしないでしょう。……仕方ないですね、元の世界に戻れる可能性が少しでもあるものを言っておきますか。

「……えっと、好きというか、黒魔術を使えるようになりたいです」

 我ながら物凄いオカ研っぽいです。これは大歓迎間違い無しでしょう。ひょっとすると空間移動とか世界を繋ぐ扉云々とかもあるかも知れませんし、素晴らしい返答に違いありません。

 そう自画自賛した私の自己評価は現実とは少々違っていたようで、部長は非常に微妙な表情で目を反らしました。

「あは、カルティックなことだったね……」

 乾いた笑いの秋先輩。あれ?黒魔術を使えるようになりたいって、普通ではないのですか?

 最後に水野の方を向けば、

「良いと思うよ。ちなみに西洋では黒魔術を使うためには悪魔と契約しなくちゃいけないから、気を付けてね」

 とか言われました。では西洋でなければ一体どうなのでしょうか。黒魔術……自分で言ってなんですが別に黒付ける必要は無かったかも知れません。と、私が早くも頭を抱えそうになっていると、後ろから猫の鳴く様な声が……いえ人の声ですが、ともかくも人を小馬鹿にしたような、どこか気ままな声がしました。

「おや、別に悪魔なんかと契約しなくとも、白魔術も黒魔術も元を辿れば同じじゃないか。魔術の概念をきちんと理解出来さえすれば、誰の手を借りずとも自分で使えるさ」

 振り返れば、声色と同じく水野にどこか見下す笑みを送る一人の少女がいました。身長は小さく、ぱっと見た限りでは小学生とは言わずとも中学生にしか見られなさそうです。ただしその表情は若さとは正反対で、尖った目端は若干垂れ気味、なるほどこれはこれで抱かれてみたい逸材でした。……ってだから、私はそんな目で見ているわけでなく、その、人物評価を正しく伝えたかっただけです。

「お前に魔術の使い方を教えてもらうとの悪魔と契約するのどっちか選べと言われたら、俺は間違いなく後者を取るよ」

「これは心外」

 部長の言葉に僅かにも笑みを潜めずにやにやしながら机を回り込むと、部長の隣に座って私にその目線を向けてきました。

「3年、フリー魔女の木下だ。木下きのした雨宿あまやどり。冗談みたいな名前だろう? 実際冗談だからね、下は偽名だから気にしなくて良い」

「え……え、あ、あはは…………1年の黒羽怜那です」

 物凄く濃いキャラクターを持っていますね。この方はクラスで浮いてしまっていないでしょうか。……いえその、クラスでも比較的浮きやすい筈のオカルト研究会ですら浮いているようなので、まあ十中八九そうでしょう。ともかくもそっと目を反らそうとすると、部長が溜め息をつくのが聞こえてきました。

めぐみ、頼むから新入部員に悪印象を与えないでくれ」

「これは心外」

 またもにやにや笑ったままそう言った、ええと……木下先輩は、けれど大人しく口を噤みました。

「えっと……魔術以外に興味のあることは? 勿論魔術も立派なオカルトというか、王道なんだけど、うちにはコレがいるからな」

 部長が嫌そうな顔で左隣の彼女を示しました。「魔術好きならあれくらい問題無いと思うけれどねぇ?」と肩を竦めた(相変わらずにやついてます)木下先輩に、秋先輩が小さな声で抗議します。

「4人も辞めるのはおかしいです」

「まぁまぁ、あの4人は元から無理だったじゃないか」

「っちょ、木下先輩!」

 水野が私を窺うようにしながら木下先輩の言葉に声を上げました。勿論のこと、聞き逃す筈もなくばっちりと脳内録音しました。

 元から無理だった。……ううむ、オカ研討伐体の噂を知りその中に入ろうとしている身としては非常に気になるところです。けれどあまり疑問に思い過ぎたりしてもアレかもしれないので、私は気付かないフリをすることにし、部長の質問に答えることにしました。魔術以外に興味のあること。ともかくも、フォエラに戻れそうな、手掛かりになりそうなことを全部言っておけば良いのです。

「えっと、魔術以外ですと………………その、ええと…………い、異世界とか」

 何か無いかと探しましたが、まさにそのまんまな言葉しか出てきませんでした。私の言葉を受けて部長は目を丸くし、木下先輩は「あはは、ぴったりだね」と笑います。水野は何故かうんうんと頷いていて、秋先輩は興味があまり無いのかストラップをぐにぐにして遊んでいました。

「異世界って、異世界?」

「はい、此処じゃない世界です」

 部長の質問に頷き、私は「空気は地球よりも少し軽いです」とか「色んなところに精霊がいます」とかフォエラの様子を言葉で伝えようとしましたが、言葉を重ねれば重ねるほどに何故か残念な物を見る目で見られただけでした。「そ、そっか。……ともかく、」と部長が咳払いをし、軽い雰囲気を潜めさせました。

「……怜那さん、君がオカ研に来た本当の理由は?」

 部長が真剣な目付きになって問い掛けてきました。これです、間違いありません。何がキーワードになったのかは分かりませんが、ともかくもここが正念場でしょう。私は自然伸びる背筋を意識しながら、精一杯の真面目な顔で答えます。

「私が身も心も捧げたお方の意志です」

「……うん?」

「私が愛してやまない方のご命令です」

「…………あー」

 部長が目を反らしました。あれ、どこか間違えたのでしょうか。水野が楽しそうにしながら、軽い口調で尋ねてきました。

「ちなみに誰?」

「言ったら怒られます」

 愛してやまないとか言ってしまったので、ミリューネ様と私の間に好からぬ噂が立たぬようにしなくては。私は純粋にミリューネ様に仕えているだけですが、そういう関係だと生徒同士で公言していると色々誤解を招きそうですからね。

「その人がオカ研に入れって?」

「はい」

 秋先輩の質問に答えると、何故か彼女の視線は木下先輩の方を向きました。つられるように部長の目線も左隣を向き、「木下先輩、まさか……」との水野の呟きが聞こえてきます。

 ……あれ?何か、盛大な誤解をなさっているのでは?

「ちょ、ちょっと待って、本当に心外だぞその結論は。3人が3人そう考えてるのかい?」

 木下先輩が焦った様にそう尋ねますが、3人は変わらず疑いの目を向けたままです。部長が「恵、お前確か、人の心を操るのは簡単とか言ってたよな……」と物騒な言葉を洩らしました。簡単ってなんですか簡単って。そもそも出来るかどうかはどこ行ったんですかね。そして同時に得心がいきます。どうにも、木下先輩が私を無理矢理オカルト研究会に誘おうとしていると考えたようですね。

「おいおい加賀崎かかさき、出来ることとやることは別問題だ。Canとdoでは意味は全然違うだろう?」

「実際に試したことが無いのに簡単と言ったのか?」

「いや有るさ! ……あ、いやだから、それはまた過去の話で」

 加賀崎、とよばれた部長が眼鏡の中で鋭い目付きになりました。かかさき、ですか。かが、じゃないんですね。あ、ちなみに面白いのでもう少し見送ることにします。

「木下先輩、大人しく白状して下さい」

 秋先輩の言葉に、木下先輩の目付きが変わりました。何か凄く怒った表情になっています。

「ああそう、3人とも私を疑ってるんだね? それなら彼女に問えば良いだろう、私がそうかどうか!」

 先程までの裏も読めなければ表すら読めない小馬鹿にした表情の彼女とはイメージが全然違います。意外と短気なんですね。木下先輩は私に恐ろしい目を向けて、答えをはぐらかしたり嘘を吐いたりしたらただでは済まなさそうです。

「もしも私が彼女に身も心も捧げられた者であれば、その者として黒羽怜那、お前に命じよう、真実を言え、私はお前の言う愛しい人物か?」

「まさか。あのお方に比べたら木下先輩は道端の小石です」

「…………………………うん」

 私が愛おしいミリューネ様を思いながら、そして同時に木下先輩の身の潔白を証明する為になるべくミリューネ様に対する私の思いが伝わる言い方をすると、しばしの気まずい沈黙の後に、木下先輩はどこか悟った表情で頷きました。

 加賀崎部長は唖然と口を開けていて、秋先輩はどうしたら良いか分からないという表情で木下先輩を窺っています。水野は流石で、その場の空気を軽く笑い飛ばしました。

「あっはは、流石に木下先輩が心を奪ったなんて本気じゃなかったですけどね、でも……相当ご執心みたいだね、黒羽さん」

「ええ。あのお方が私の全てです」

 私が頷くと、頭を抱えた加賀崎部長が、「また濃いキャラクターが入りやがった……」と呻いていました。

 オカルト研究会の謎に迫るという目標は達成出来ていませんが、しかし自己紹介でそれが叶うとも思えないので、これはこれで良しとしましょう。これからどんどん関わって、学園の不思議とやらを解決してしまえば良いのです。

 だなんて前向きな考えが浮かぶほどには、オカルト研究会に入ることを嫌がっていないようでした。

 どうにも、オカルト研究会も悪くはなさそうです。

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