寛容

 工場の裏道をひとり歩く。薄暗く、外灯が点いたり消えたりしていた。この薄暗い、微かにオイルの匂いが漂う道を青白い月の明かりが照らしている。その月を眺める。悲しくもないのに涙がにじんだ。

 足取りは重かった。誰もいないので、わざとゆっくりと歩いた。家に着けば繰り返される日常のルーティーン。ささやかな抵抗。

 見ず知らずの少年に裾をひっぱられる。にっこりと微笑む少年。

「私は死にたいのです。出来れば、綺麗に死にたいのです。海に落ちて、波の泡に紛れながら、海底に眠るように死にたいのです」

 深海に沈む自分自身。何も見えない暗闇の水の中、骸となった自分が海底に沈んでゆく。誰にも見られず、ただ静寂のみが支配する世界・・・

「もう帰ります」

 少年は突然こう言い放ち、薄暗い道路に溶け込むように消えた。

 この工場の壁も、煙を吐かない煙突も、今では心の中に何事をも受け入れられるような気がしていた。

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