第3話 《フリーター》、《勇者》と出会う

「ゆ、《勇者》、だって? 」

「そうよ。て言っても、さっきなったばかりなんだけどね」

 えへへ、と、はにかむ自称 《勇者》の少女。番野はそんな少女を睨みつけて言った。

「お前ー! 《勇者》は俺がなる予定だったんだぞ! 《勇者》になってリアルファンタジーを満喫しようと思ってたんだぞ!! 」

「なんで私に!? 」

 もっともな意見である。しかし、番野は気にせず続ける。

「俺のは《フリーター》だぞ!? なんなんだよこの格差あ!! 」

「お、落ち着いて!! まずは落ち着きましょう。ね? 」

「これが落ち着いていられるかー!! 職業ジョブ俺のと変えろやコラぁぁあああああ!!! 」

「だからなんで私に当たるのぉぉおおおお!!? 」

 直後、ゴン!! という鈍い音が森中に響き渡った。


 ☆ ☆ ☆


「ハッ!! 」

 漫画でありがちな声を上げながら番野は目を覚ました。そして、キョロキョロと辺りを見回す。

「どこだ? ここ。誰かの家か……? 」

 板張りの床。壁も木材で出来ている。部屋の家具は花瓶以外はすべて木製で、それらの要素は都会ではなかなか味わえない木の不思議な温もりを感じさせる。

(でも、なんだって俺はこんなところで寝てたんだ? 確か、異世界に召喚されて森で村人を探してたら女の子と会って……。あ、思い出した! 俺はその女の子に殴られて気絶してたのか! )

 番野は手で優しく自分の頭をさする。後頭部のあたりが小さく腫れている事に気付いた番野は恐る恐るそれを指でつついた。

「痛っ」

「あ、気が付いたのね? 良かったぁ〜」

 番野がこぶをつついたのとほぼ同時に部屋のドアを開けた少女はベッドの上で起きている番野を見て心底安心したように言った。少女はベッドの側の椅子に座ると、手に持っているバスケットからサンドイッチを取り出して番野に渡した。

「はいこれ。朝食」

「あ、ありがとう。て、ちょっと待った。お前、今なんて言った? 」

「はいこれ。朝食」

「朝食って事は、今は、朝? 」

「そうだけど? 朝食は朝に食べるから朝食でしょ? 」

(なんて事だ……。俺は一体何時間眠ってたんだ……?)

 番野はキョトンとしている少女に言った。

「俺は一体、どれくらい眠ってたんだ? 」

「え? うーん……。半日以上は眠ってたかな〜? 」

(半日以上か……。という事は相当な衝撃を頭に受けた事になるな。よく生きてたなぁ、俺。と、それより!! )

 番野は少女の肩を掴むと、思い切り前後に揺すった。

「お前!! ちったあ手加減しろよ!! 死んだらどうすんだよ!? 」

「ちょ、ちょっと! 揺すらないで揺すらないで!! 」

 少女は悲鳴を上げながら番野の後頭部に手を伸ばし、後頭部にあるこぶをつついた。

「痛っ!! 」

「もう。なんでこうすぐに掴み掛かるかなあ。それ、はやく食べなさいよ」

「ああ。分かった」

 番野は後頭部を痛そうにさすりながら、先程少女からもらったサンドイッチを一口食べた。

(パンがとても柔らかい。それに、シャキッとしたみずみずしいキャベツと塩の効いた肉にピリッとしたマスタードがアクセントになっていて、これはもうーー)

「うまい……」

「でしょ? 私が作ったんだから。ほら、まだあるからどんどん食べて」

 自分の作った物が好評を得られて嬉しかったらしく、少女は途端に笑顔になって調子良く番野にサンドイッチを渡していく。

そして、半日以上眠っていた為に食事が満足に取れていなかった番野も次々と渡されるサンドイッチを猛烈なスピードで食べる。

しかし、実のところ番野は食が細い方で普段食べる量は多くないのだが、なぜ今はこれだけの量を次々と食べているのかと言うと、それにはある理由があった。それは、

(こんな美少女が俺の為に手作りの朝食を作ってくれるってこれ何のゲームの話だよ!! 食べずにはいられないよ!! 最高だよ!!! )

 といった、実に男子高校生らしい理由なのだが、サンドイッチを作った本人は夢中でまったく気付いていない。

「あー、食った食った。ごちそうさま。めちゃうまかったぜ」

「ありがとう! まさか20個全部食べてくれるなんて思わなかったからとても嬉しいわ! 」

 と言って、少女は輝くような笑顔を見せた。番野はその笑顔を見て赤くなってしまい、他所を向くが、ふとある事を思い出して少女に言った。

「そういや、まだ自己紹介してなかったよな? 」

「あ、そういえばそうかも。じゃあ、今からしましょうよ」

「ああ。俺は番野護。年は16。職業は《フリーター》だ。よろしくな」

「私は美咲叶みさきかなえ。年は君と同じで、職業は《勇者》よ。こちらこそよろしくね」

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