第4話 旅立ち

 美咲みさきが持って来たサンドイッチを完食した番野つがのは、一度大きく伸びをするとベッドから立ち上がった。服は異世界に召喚されてから変わらずである。番野はその事に気付くと、美咲には分からないように自分の体臭を確認した。

(成長期真っ只中の男子にとって、たとえ一日でも風呂を抜くのは致命的! 大して臭いは出てないけど、できるならば風呂に入って着替えたい!! )

 そんな事を考える番野だったが、彼の頭には続いてこんな疑問が浮上した。

(そういえば、ここって結局なんなんだ? 民家なのか? )

 そうして、番野は10秒ほどそれについて考えた。

 もっとも、つい先程ここで目を覚ました番野にはこの場所が民家なのか宿なのか分かる筈もなく、結局、正解を美咲に聞くこととなった。

「なあ、美咲。ここって誰かの家なのか? 」

「そうよ。君が意識を失った後、君を背負ったり引きずったりしながら近くの民家を探してたら、ってちょっと待って、拳を構えないで。ここから良い話になるんだから。そしたらね? おじいさんが藪の中から出てきて、君の移動を手伝ってる私を見て、この家に案内してくれたの! ほんと、世の中捨てたものじゃないわね〜」

「そうだな。じゃあ、そのじいさんにも礼をしないとだな」

(居間にでもいるだろ)

 美咲の話に適当に返事をした番野は、ここの家主である老人に挨拶するため部屋を出た。

 部屋を出た番野は、短い廊下を隔てた先の居間に入っていく。そこには番野の予想した通り、家主と思しき一人の老人が木のテーブルで朝食を食べていた。

「お、おはようございます」

 番野が言うと、老人は食事の手を止めて番野の顔をまじまじと見た。老人は少しの間番野の顔を見た後、得心したように手を打った。

「ああお前さん、昨日の男ん子かい。もう体はええのか? 」

「はい。おかげさまで。寝る場所から朝食まで、ありがとうございました」

「いやいやええってことよ。長いこと孫がおらんのでのぅ。お前さんらのような若いもんが家に来てくれるだけでワシにも孫ができた気分になるんじゃよ。じゃから、ワシはそれだけで嬉しい」

「そうですか。それなら良かったです」

 老人は番野の言葉にうんうんと頷くと、しわが目立ち始めた顔でニヤニヤと笑いながら言った。

「そういえばお前さん。風呂を浴びておらんかったじゃろ? 」

「ええ。まあ」

「あんな良い娘を連れておるんじゃ。しっかりと身を清めておかんと、逃げられるぞ? 」

「あはは……。それじゃ、遠慮なく」

 まるで番野と美咲が付き合っている事を前提としたような老人の言い方に番野は苦笑して答えると、廊下の途中の『浴室』と書かれているタグが下がっているドアを開けて中に入った。

「けっこう広いな」

 番野はそう呟くと、おもむろに服を脱ぎ、脱衣カゴらしき箱に衣服を投げ込む。

「あのじいさん、絶対何か勘違いしてるな。俺と美咲みたいな超美少女が付き合うなんて、夢のまた夢の話だってのに」

 番野はぶつぶつと言いながら浴室の扉を開けた。

 浴室の壁や床はさすがに石材でできているが、浴槽は綺麗な木目が目立つ立派な木で作られていた。

「おお……」

 番野はそれを見て思わず感嘆の声を上げると、桶に湯をすくい体を流した。


 ☆ ☆ ☆


「ふぅ〜。良い湯だったな〜。と、ん? あの服は……」

 風呂から上がった番野は、先程自分が衣服を投げ込んだ箱に見た事のない衣服が掛けてあるのを見つけた。番野はタオルで体を拭くと、降り積もった新雪のように白いそれを手に取って広げた。

 その生地の厚さは薄めで、一見ただのシャツに見えるが、実は刃物で切ろうとしてもちょっとやそっとでは切れない程丈夫である。さらに、そんな丈夫さを持ちながらも肌触りはごわごわとしておらず普通のシャツとなんら変わらないという不思議な衣服だ。

 番野はそれを着ると、おお、と、また感嘆の声を上げた。

「なかなか良い感じの服だな」

「ほお。お前さんにぴったりじゃないか」

「おわっ!? いつの間に! 」

「ワシが若い頃に着ておった服じゃ。お前さんが持っておるそのズボンもな。昔はよう着ておったわい」

 と、老人はとても懐かしそうに言うと番野の背中を威勢よく叩く。

(いてっ。このじいさん年取ってる割に力強いな)

 番野は老人の腕力に少々驚くも、それに負けないように踏ん張った。

 すると、コンコンとドアをノックする音が響き、ドアの向こうから美咲が番野へ声をかける。

「番野くーん。もうそろそろ行かなーい? 」

(行くって……あ! そういえば! )

 その声を聞いて、番野は自分が街を目指していた事を思い出した。番野は未だに昔話をしている老人に申し訳なさそうに話しかける。

「あのー、すみません」

「ん? どうかしたかの? 」

「いえ。それが俺達、街に行く途中だったんですよ。そしたら昨日みたいな事になって……」

(あのバカのせいだけどな!!)

「ふむ。街とな。街はこの近くには無いが、王都がここから少し離れた所にあった気がするの〜」

「王都? 」

「お前さん知らんのか? ここら一帯はこの森も含めて、すべてアウセッツ王国の領土じゃよ。ちょっと待っておれ。地図を用意しよう」

 老人はそう言うとドアを開けて居間へと向かった。

(アウセッツ王国、ねえ。いよいよ異世界に来たって実感が湧いて来たぜ! )

 番野は心の中でガッツポーズをとり、廊下へ出た。

「もう! 遅いじゃない! 」

「うおっ。ご、ごめん……」

 すると、待ち構えていた美咲に廊下へ出るなり怒鳴られた番野は驚くのと共に謝罪した。美咲は、まあ良いけど、と言って居間へ向かった。番野もそれについて行くように居間に入った。そして、番野が居間に入ったのを見計らって、老人が手書きの地図を番野に渡した。

「ほれ。簡単な物ですまんが、こいつが王都への地図じゃ」

「ありがとうございます。何から何まで」

「気にするでないわい」

 老人の画力が余程高いのか、その地図は手書きとは思えない程精巧に描かれていた。それも、おおまかな方位まで記してあるという、老人の優しさがとても感じられる地図である。

(こんな綺麗な地図を適当に折っちゃまずいよなぁ)

 そう思い、番野はそれを丁寧に折り畳んでポケットにしまった。

「おお、そうじゃ。ついでにこれらも持っていけ」

「わ、私にも? 」

「これは? 」

 番野が、手渡された麻袋を示して言った。すると、老人は袋の口を開けて見せた。中には、竹の水筒、干し肉などの非常食、タオル、きちんと鞘に収めてある小刀が入っていた。

「旅に必要な物を入れておいた。ここから少し離れているとは言ったが、それでも20kmはゆうにあるからのぉ。休み休み行けばいいわい」

(く、車はないのかな? )

(想像より遠いわね……)

 20kmという距離を歩いた事の無い現代っ子2人は、老人には分からないように心の中で呟いた。


「「本当に、ありがとうございました! 」」

「良いんじゃよ。また、暇があればいつでも寄ってくれ」

 番野と美咲の2人は、家を出る際にもう1度礼を言うと、地図を見ながら森へ向かった。

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