第9話
俺達が徒無のヘリをどうしようかと考えていた頃、市ヶ谷の研究所の分析室にある、スパコンの端末の上で伸びていた桜木が、呻きながら目を覚ましていた。
「……おのれ、徒無……!」
悪鬼を思わせるくらい、怒り満面の表情になった桜木は、自分の胸ポケットから、徒無に奪われたハズの小型起爆装置を取り出した。
「予備までは思い付かなかったか、あの肉だるま野郎。――くたばれっ!!」
俺達の耳には決して届かない遠い所で、カチリ、とスイッチが入る音がした。
同時に、徒無が乗っている戦闘ヘリが、新型B兵器もろとも大爆発した。
唖然とする俺達の目前で、爆炎と機体の破片が、容赦無くカブキ町に降り注ぐ。
俺達は破片と混乱を避けつつ、近くの雑居ビルの玄関に飛び込んだが、紅みを帯びた漆黒の上空に、乳白色の煙が広がりつつある事に気付いた倉橋三佐は、見る見るうちに蒼白する。
「大変よ! 新型B兵器も一緒に散らばっているわ!!」
何だって!?
「ここままじゃ、この辺りは新型B兵器に汚染されて、皆んな獣みたいになってしまうわ!」
そんな事はさせン!さぶ、ついて来い、お前の『チャクラ砲』で、全部吹き飛ばす!!
「合点承知の助だぁ、兄貴ぃぃぃっ!!」
俺とさぶは玄関を飛び出し、乳白色に染め代えられつつある上空を見上げた。
俺の傍らで、さぶは、奇声を発しながら全身の筋肉を一斉に隆起させる。
膨張するさぶの筋肉が周囲の気温を更に十度上げ、カブキ町一帯は一時、熱帯気候に変わった。
「尾てい骨の第1チャクラ全開!
いちもつの第2チャクラ全開!
へその第3チャクラ全開!
心臓の第4チャクラ全開!
喉の第5チャクラ全開!
――眉間の第6チャクラまで、エネルギー充填120パーセント、フル稼働っス!!」
さぶの筋肉膨張は限界に達し、元の身体のほぼ2倍の大きさになった。『チャクラ砲』発射準備が整ったのだ。
『チャクラ砲』とは、ヨーガの行法に於いて、生命エネルギーが通り抜けるパワーライン上にある、『チャクラ』と呼ばれるエネルギー集結ポイントをフル稼働させ、自然界のエネルギーを吸収し融合する事で、パワーラインを流れる生命エネルギーを、想像を絶する破壊エネルギーに変える大技である。
さぶが昔、インドの山奥で、絶倫の体力を得る為に修業した際、開眼した必殺技だ。
今、さぶの全身には、へその下にある、丹田(たんでん)と呼ばれる『気』の取り入れ口から吸収した自然界のエネルギーが生命エネルギーと融合し、第1から第6チャクラを通り抜ける間に変換された、凄まじい破壊エネルギーが全身に蓄積されているのだ。
「……あ、兄貴ぃ…も、もう、駄目だ!!」
さぶの野郎、俺に尻を突き付けてウンチング・スタイルで苦しそうに悶えていやがる。
この技は最終的に、頭頂にある第7のチャクラに到達した破壊エネルギーを目標目掛けて発射するのだが、如何せん、自分の意志で発射する事が出来ない。
射手(トリガー)が必要なのだ。
不幸にも、俺がその射手を勤めている。
俺はさぶの頭を上空に向け、打ち震えているさぶの尻を背後から勢いよく蹴り上げた。
「ぬふぅっっ!!」
俺の靴の爪先がさぶの肛門を蹴った(あ~あ、靴が腐る!)のと同時に、さぶの第1チャクラが一気に全開する。
すると、さぶの全身に蓄積された破壊エネルギーは凄まじい閃光となり、その頭頂の第7チャクラから放出された!
さぶの禿頭から発射された破壊エネルギーは、瞬く間に乳白色の空を貫き、同時に生じた、風速八百メートルの超絶級竜巻を伴った上昇気流によって、新型B兵器の煙を全て大気圏外に飛ばしたのであった。
しかし、こちらもこれで打ち止めだ。
さぶは地面につっ伏し、紅潮した顔でよだれを垂らしながら痙攣している。
『チャクラ砲』のデメリットとして、発射と同時に、砲手の全身の性感帯が最高潮まで刺激されるので、こんなふうに一時的に廃人になってしまうのだ。
発射後のこいつの身体は非常にイカ臭いので、俺はよほど頭に来た時以外は、この必殺技をさぶに要求しないでいる。
さぶは毎日発射したいとねだるが、絶対お断りだ。サルか貴様。
これで解決したな、と俺が大きく背伸びした途端、背後に奇妙な息遣いを感じ、慌てて振り返った。
――な! 何ぃ! 何だ、この奇声を発する、ぼろぼろの服を着たマッチョマンの群れは!?
「こ、これは――まさか、新型B兵器に汚染された人間?!」
……はい?
……だって三佐、新型B兵器はたった今、全部吹き飛ばしてやったハズだぜ!
愕然とする俺達をよそに、マッチョマン達は、各々ポージングをしながら奇声を上げ、その暑苦しさを一層盛り上げている。
まるで動物園の猿山の猿みたいだ。げ~、まるでさぶが一杯いる様で、心底気持ち悪い……。
倉橋三佐、話が違う。これじゃ猛獣じゃなくって、ケダモノだぜ。
「私だって、実際に見た訳じゃないわよ!」
倉橋三佐は嫌悪感を露にしてヒステリックに言い返す。
さぶの所為で散々な目に遭ったから、こんな光景を見るのも嫌なんだろう。うんうん、そーだろ、そーだろ、可哀想に。
「しかし、これほどとは……大体、どうして新型B兵器が……あっ!!」
突然、倉橋三佐は仰天して新宿コマ劇場のある方向を指差した。
「URRRYYYYYYYYY!!」
な! 何? 徒無が生きていたなんて!
「ぬぅわぁっはぁっはぁっはぁっ!!あれしきのことでくたばる様な俺ではないわ!」
……あれしきって、常人は充分死ねますぜ、旦那。
大体、自爆したンじゃねぇのか、お前?
「阿呆。誰がそんな自爆なんかするか。多分、桜木の奴が、予備の起爆装置を持っていたのだろうな」
「矢追さん!う、上!」
これ以上無いくらいに瞠る倉橋三佐が指差していたものは、爆発でボロボロになった夜間戦闘服を着た徒無が頭上に抱えている、戦闘ヘリのミサイルポットであった。
何と、そのミサイルポットからあの新型B兵器の酵素入りの煙が吹き出ているじゃないか!
徒無、いつの間にヘリのミサイルポットを?
「別に大した事じゃない。ヘリが爆発して宙に飛ばされた時、一緒に飛んでいたのを掴んで着地しただけだ」
ふふん、と徒無は鼻で笑ってみせる。俺と倉橋三佐は、開いた口が塞がらなかった。
……し、しかし、あの大爆発の中、よく生きてたな。
「ぬぅわっはっはっ!毎日何でも良く噛んで食べて、欠かさず身体を鍛えておるから、あれしきの事で参りはせン!」
……化け物め。さぶのクローンか、こいつ。
その立派な日々の心構えは褒めてやるが、大体、間近に居ながら新型B兵器の影響を全く受けていないとは、どういう事だ。
あるいは、既にケダモノの様な筋肉漢には影響を及さないのか。俺は後者であると信じて疑わない。
「見ろ、このわしの聖(セイント)マッスルを!
桜木や貴様らの様に、弛んだ筋肉しか持たぬ貧弱極まりない連中を粛正する為、俺は立ち上がったのだ!
この日本を、この新型B兵器を使って、『美しき筋肉が全ての国家』にするという我が理想を邪魔するというのなら、鉄拳制裁を食らわしたる!
力こそ真実!力こぶ筋肉!URRYYY!!!!」
……誰だよ、こんなの自衛官にしたのは。
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