第7話
「な、何?!」
「策士、策に溺れる。俺はお前の様な男が一番怪しいと踏んでいたのさ。――全員、俺の命令でお前の誘いに乗る様、予め指示を出していたのだよ」
「ば、莫迦――」
蒼白する桜木の腹部に、徒無一佐の大木の様なパンチが叩き込まれた。
そして、腹を押さえてうずくまろうとする桜木の手から、徒無一佐は先程取り出していた小型発信器をもぎり取るように奪い取り、止めと言わんばかりに、回し蹴りをくれる。宙を飛ぶ桜木はスパコンの端末の上に落ちると、気絶した。
「徒無一佐――えっ?!」
安心して徒無一佐の許に歩み寄ろうとする倉橋三佐を、しかし俺は慌てて押し倒した。
俺の予想外の行動に驚く倉橋三佐は、そのまま近寄っていたら食らっていたであろう、徒無一佐の疾風の如き後ろ回し蹴りを、俺の肩越しに見て絶句した。
「良く避けた!しかし、そこまでだ!」
床に倒れている俺達は、特殊部隊全員の銃口の消失点になっている事に気付き、身動き出来なくなっていた。
「徒無一佐!これは!?」
倉橋三佐。予期していた通りになっちまった様だな。
寝そべりながら俺は、目まぐるしい変化を見せる現状に愕然としている倉橋三佐に言ってみせた。
「……えっ?」
俺が抱えていた疑念、これでようやく説明が着く。
あんた、初めから徒無一佐を疑っていたんだろ?
「それは間違いない」
徒無一佐は解毒薬のデータが入ったストレージで顔を煽りながら失笑し、
「解毒薬の存在を黙っていたのが、良い証拠だ。
元々、今回の事件は、わが特殊部隊に兵器マフィアと繋がっている者が居るらしいとの情報を受けて、そいつを燻り出す為の大芝居だったのだがな。
流石は情報部だ、俺がその大芝居を利用しようとしている事に良く気が付いたな?」
「……情報部は前々から、貴方の思想に不審を抱いていたのよ」
やれやれ、二重の罠とは。犯人捜しと同時に、徒無を試していたのか。
倉橋三佐は頷いた。
「御免なさい。解毒薬の存在を貴方にも黙っていたのは、徒無一佐もそれを狙っている節が見られたからなの。
情報部が調査していた資料から推測したのだけど、もし、徒無一佐が秘めている思想が推測通りだとしたら――」
「おしゃべりはそこまでだ」
三佐を遮り、徒無は部下から受け取ったアサルトライフルの銃口をスパコンのメモリーボックスに向ける。
こう言う展開になった以上、徒無が引き金を引いて、奴の持っているストレージを唯一無二の存在にしたのは当然と言えよう。
「お前達二人には、暫くここでじっとしてもらう。俺がヘリで脱出後、各自投降しろ」
「了解!」
敬礼する部下を背に、徒無は退室して行った。野郎、どさくさに紛れて、例のヘリでこの駐屯地からトンズラする気だな!
「貴方達!どうしてそこまで、徒無に従う気なの?」
「我々は、偉大な理想の為に決起したのだ」
「偉大な……理想?」
倉橋三佐は、実に怪訝そうな顔で小首を傾げた。信じられないものを目の前にした時の様な戸惑いにも似ている。
「これ以上の質問は許さん。隊長が無事脱出するまで、じっとしていろ!」
隊員達は皆、強気に出ていやがる。
それでいてどこか虚ろ気な眼差しは、何か強い思想に突き動かされている様に――
そう、例えば一昔前に日本を震撼させた某カルト教団の狂信者みたいな雰囲気を持っていた。
こんな厄介な奴らとは、これ以上拘わっちゃ居られないぜ。
はっきり言って、とっても嫌な手段だが……背に腹は変えられん。俺は、来い来い、と手を叩き始めた。
「貴様、大人しく――!?」
俺の顔面に銃口を突き付けようとした隊員は、突如脇の壁が激しく震動する。壁の裏側に何かがぶつかった様であるが。
程なく、壁の裏側から、奇妙な歌声が聞こえて来た。
「 ひとつ、人より力こぶ~~ぅ♪
ふたつ、奮い立つ上腕筋~~ん♪
華ぁのぉ、カブキ町でぇ~~腕試ぇし~~ぃ♪
みっつ、見事なホディビルぅ~~♪
兄貴はマッチョの人気者ぉ~~♪
天、天、天下のぉ、兄貴ぃだぁぜぇ~~♪」
まるでオペラ歌手の様な、見事なテナーでその奇天烈な歌詞を歌う人物の正体を、俺は嫌と言う程知っている。本当に嫌なんだが。
歌い終わるや、いきなり歌声を透過させていた壁が崩壊する。
今の歌声で壁が腐ったと言いたいが、全く狂いの無い見事なリズム感で歌われては、けなす訳にはいかない。
歌い手が壁の裏側から壁を叩き続けて粉砕させたのである。
隊員達は全員驚愕したまま、その粉塵巻く壁の方へ銃口を向けた。
「わ――っはっはっはっ! 天が呼ぶ、地が呼ぶ、兄貴が呼ぶ!
筋肉特急・婆羅瀧(ばらだき)さぶ、定刻通り、只今剣山!!」
『見参』だろ、『見参』。そんなベタネタ言う為に、剣山で壁をぶち抜いたのか、こいつは。
あ~あ、頼りになるのは間違いないのに、どうしてこう、さぶを呼ぶと後悔しちまうんだろ。
えぇい、まぁ良い。さぶ、こいつら皆、お仕置きだ。
「いぇっさあっ! 兄貴に代わって、お仕置きよぉ!――へっ?」
さぶだけでなく、俺もこの光景を見て呆気に取られた。特殊部隊の連中、全員銃を捨てて、さぶに何故、土下座する?
「ま、まさか、この様な方がいらっしゃったとは……恐れ入りました!」
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