第6話
分析室の自動扉の鍵は、IDカードとテンキーによる暗号入力で開くようになっている。
倉橋三佐は早速、三羽の鳩の絵が描かれたIDカードを読取器(リーダー)に通し、暗号である4・1・2・6のキーを順に叩いた。何故か熱海に行きたくなる番号だ。
分析室の自動扉が開かれた。アサルトライフルを腰溜めにした倉橋三佐と徒無一佐が先行して、室内に突入した。室内の動きは実に静か、無人なのか、或いは誰も気付いていないらしい。奇襲は完璧だ。
だがまさか、そこに特殊部隊の隊員四名が銃口をこちらに向けて待ち構えていたとは。
「いらっさぁい」
写真で既に顔は知っていた、特殊部隊の副長、桜木がにっと笑って挨拶した。
細面の、他の隊員より小柄な体つきの持ち主で、徒無一佐と対極にある様な男である。
何となくそれと雰囲気が似ている処から、俺は、お前は一昔前の関西の大物芸人か、と突っ込みたかったが、流石に銃口を一杯向けられていては、他の二人同様マスクを脱ぎ、黙って両手を上げて降参するしかなかった。
「お待ちしておりましたよ、徒無隊長」
え?と、俺は徒無一佐を見る。
徒無一佐は唇を噛み締め、じっと桜木を睨み付けていた。
「……桜木。よくも謀ってくれたな」
「作戦遂行の為には、手段を選ぶな、と教えてくれたのは隊長ですよ」
徒無一佐は自分に銃口を向けている部下をさっと見回し、
「どいつもこいつも、ナメた真似をしてくれる。――桜木、新型B兵器はどうした?」
「未だ外へは持ち出したはいませんよ。だって、ここのサーバーにある解毒薬の完成品データを残しておく訳にはいけませんからね」
完成品?俺は思わず素っ頓狂な声を上げて、倉橋三佐を見た。
「やはり、完成品の存在に気付いていたのね」
一寸待て。倉橋三佐、解毒薬は未だ未完成だって……?
「何、ごちゃごちゃ言ってんの、そこの色男――お前、本当に男?」
桜木は、俺の顔をじっと見つめた揚げ句、ぽっ、と赤面する。
無理も無いと言っても、どうしても俺には納得できない。新世紀を迎えても、人の心はもう世紀末を迎えているのか。おお、ジーザス。
「部外者がどうして隊長と一緒に?」
「気にするな。そこの倉橋三佐が連れて来た只のチンピラだ。――しかし、解毒剤の完成品があったとはな」
徒無三佐は、ニタリと微笑む。野郎、変に満足げに含み笑いしやがる。
……俺の勘が、何かヤバイと騒ぎ始め出した。
桜木も徒無一佐の様子に気付いたらしく、眉を潜めるが、直ぐに、フンと鼻で笑い返し、
「この分析室にあるサーバーに、新型B兵器の解毒薬の完成品が記録されていると、クライアント……兵器マフィアから情報が入りましてね。
奪取すれば、南米辺りで遊んで暮らせるくらいの報酬が貰えるので、他の隊員にも声を掛けて強襲したら、三日前に、前もって調査していたパスワードとプロテクトがすっかり変えられていたではないですか」
そう言って桜木は倉橋三佐を睨んだ。
倉橋三佐は不敵にほくそ笑んだ。
「運が悪かった様ね。実は、スパコンのシステムにバグがあってね。
ハッカー対策用ハードチップが、OSのバグをウイルスと勘違いしてシステムを起動させて、パスワードとプロテクトを初期化してしまったのよ。
バグの所為であたし達も面倒掛けられたけど、正に災い転じて福となす、かしら」
「お陰で、君達がデータの回収に来るのを待たなければならなくなったよ」
桜木は忌々しげに言うと、自分の持つアサルトライフルの銃口を倉橋三佐に向けた。
「さあ、――確か、倉橋三佐でしたね、早く解毒薬のデータをダウンロードして、私に下さい」
「倉橋三佐。仕方ない、データのダウンロードを」
やけにあっさりと徒無一佐は折れて、倉橋三佐を促した。
「え?――しかし」
倉橋三佐は驚いた顔で徒無一佐を見る。
だが、無言で頭を振る一佐に、三佐は渋々スパコンの端末に向かう。
三佐は腰に付けているケースから、本来なら秘密裏にダウンロードする為に用意した、新品のフォーマット済みストレージを取り出して端末のドライブにセットし、操作し始めた。
「……桜木。見た処、隊員達は外で伸びている三人と、恐らく陽動の迎撃に向かっているらしい三名を除いて、ここに残り全員が揃っている様だが、新型B兵器は未だここにあるのか?」
ストレージに解毒薬のデータが記録され始めた時、徒無三佐は桜木に訊いてみた。
「……否。実は、この研究所の直ぐ向かいにあるヘリポートのAH―1Sに隠してあるんですよ」
何だと?
「大胆だとお思いでしょう、他愛の無い偽装です。
でも、効果は単純な方が意外に高い。脱出の際に妨害があった時を想定し、事前に戦略分析用に使用すると書類を偽造して用意した、非武装の戦闘ヘリに隠したんですよ。
何せ、新型B兵器を収納しているタンクが一個20キログラムもある。それが一ダース。
そんなものを持っていてうろうろ出来ません。だから、襲撃の際、注意を引き付けている間に、ヘリの空の有線ミサイルポッドの中に仕舞って置いたんですよ」
「何と大胆な……ヘリポートのAH―1Sは既に押さえてあるんだぞ」
「その様子だと未だ発見していなかったみたいですね。――まあ、別に発見されても構いませんが」
にっ、と笑う桜木は胸ポケットから小型発信器を取り出し、
「その時はこれで、ヘリに仕掛けた爆弾を爆破させるまで。触感警報器が付いていましてね、取り外そうものなら、直ぐ、BOMB!――だから未だ、新型B兵器は私の手中にあるんですよ」
「……流石だな」
何、感心してるんだよ、あんた!
俺は呆れて怒鳴るが、何故か徒無一佐は満足げに微笑んでいる。――何て不気味な。ここまで笑顔が似合わねぇ野郎も珍しい。
間もなく、ストレージに解毒薬のデータをセーブし終わると、倉橋三佐はストレージを取り出した。
その取り出したストレージを、徒無三佐がひょいと取り上げた時、俺の勘が、現状を赤信号(デンジャラス)である事を告げた。
過日の、人間核爆弾となったチーマーの餓鬼を発見して、外部からは確認出来ない仕組みになっていた時限起爆装置のタイマーがタイムアップ寸前であった時にも、俺の勘は同様に騒いでいた。
もしあの時、自分で起爆装置を解除せずに、警察の爆破処理犯が来るまで待っていたら、今の俺は、否、東京は無かったハズだ。
「さあ、隊長、そのストレージを――」
桜木が手を差し出した途端、一斉に他の隊員達が桜木に銃口を向け直した。
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