第3話
「――き、きゃあ!何、このケダモノは!?」
「誰がケダモノじゃい!!」
極限まで鍛え上げなければ得られないだろう、
ギリシア彫刻がそのまま動き出した様な生気溢れる逞しい筋肉の塊は、
眉毛さえ無いいかついツルッパゲ頭に滴る汗を艶に変え、
両腕を上に曲げて二頭筋隆起させる『ダブル・バイセップス』や、
両手をそれぞれの脇腹に宛がって肘を少し前に出す『フロント・ラット・スプレッド』、
両手を後頭部に回して指を組んで腹筋や脚部のカットを強調する『アブドミナル・アンド・サイ』等、
俺が名前を知っているものや知らないものを引っくるめて、様々なポーズをとりながら美女を威嚇する。
「この!極限まで鍛え抜かれた筋肉美を!よりによって!ケ・ダ・モ・ノ・呼ばわりするとは!」
こら、さぶ、と、俺は近くにあった捨て看板の角で、そのマッチョの延髄を狙って容赦なく叩いた。捨て看板は粉々に砕ける。
お前を初めて見た人間は、皆んなお前を人間とは思わない事が、未だ判らないのか。
「酷いっすよ、兄貴ぃ~!この鍛え上げ抜いた肉体は、全て美しい兄貴のものなんですよ~!何もそんなにムゲに言わんでも~~!」
ああ、そうだったな。さぶの身体は、俺にこき使われる為にあるんだったよな。
全く、こんな訳の判らない野郎と知り合いになって付き纏われるとは、世界で一番不幸なのかも知れない。
糞ったれ。とっとと、その美女を俺の事務所まで運べ!
「だって兄貴~!このアマ、わしの事を~!」
あん?……さぶ、手前ぇ、お前の愛しい(S、Shit!)兄貴の言う事が聞けないのか?
「め、滅相も無い! わしは兄貴の為だったら! 命だって! 括約筋だって! 悦んで差し出しますぜぇ!!」
……ああ、そうかい。俺はどっちも要らねぇよ。
今は、その美女を俺の事務所に運んでくれるだけで良い。……だから…腰を振ってンじゃねぇ!
「いぇっさぁっ!!兄貴、愛しているよぉ!!」
役に立つのがそんなに嬉しいのか、さぶの野郎、飽気にとられている倉橋三佐を引ったくる様に抱え、涙流しながら一直線の俺の事務所のあるカブキ町二丁目に向かって駆け出して行った。
あ、今度は路地から出て来たファーストフード店のトラックを弾き飛ばしやがった。
相手は五トン車なんだぜ。あんな物にぶつかって、当の本人は全く無傷、ぶつかった事も気付かずにつっ走っている。
やっぱりあいつ、人間じゃ無い。
俺が、呆気に取られていた他の自衛隊隊員達を連れて駆け足で自分の事務所に戻ると、さぶに抱えられて行った倉橋三佐は居間のソファに凭れてかけていた。
倉橋三佐の美貌はすっかりやつれていた。
さぶに抱えられてここまで来た途中に遭遇した、余りにも非常識な事に原因があるのは明白だ。
心なしか、事務所が入っている建物が揺れている。
あの野郎、屋上でヒンズースクワットでもしているな。えぇい、放っておこう。
倉橋三佐は俺と仲間達がようやく現れたので、ほっ、と安堵の息をついた。俺は挫いた倉橋嬢の足首に消炎沈痛薬入りの無針浸透圧注射を打ち、腫れが引いた処で商談に入った。
「貴方を超一流の問題処理屋と見込んで、仕事をお願いしたいの。それも、火急の」
火急、ねぇ。……普通、そういうのは民間へ外注しないもんじゃないの?
ましてや、おたくらの様なヤバい仕事は、機密が第一のハズ。
「色々と事情があって、ね。
矢追さん、貴方の仕事振りには、防衛庁も一目を置いています。
『新都庁舎クリスマス・イブの大虐殺事件』、『横浜ベイ・ブリッジ爆破事件』、
最近では一か月前、渋谷一帯を震撼させた『渋谷人間核爆弾事件』では、
小型核爆弾が仕掛けられた若者の起爆装置を解体したって言うじゃない。しかも、爆発三秒前で」
そんなの、度胸と知識があれば誰だって出来る。
「謙遜、謙遜。優れた技量はそう簡単に身に付くものでは無いわ。
仕事の大小を問わず、全て完璧に解決している貴方の超一流の腕を見込んで、
――私達と一緒に、市ヶ谷の自衛隊駐屯地の研究所に潜入して欲しいの」
…………市ヶ谷の駐屯地に? 何でまた?
すると、倉橋三佐の顔が険しくなった。
「……実は一昨日の夜、市ヶ谷の防衛省内にある生化学研究所に、武装した集団が突入して、今なお占拠しているのです」
俺は少し目眩がした。自衛隊の施設がジャックされたとは、末法の世も行くところまで行ったな。
で、そいつらの目的は?
「これです」
と、倉橋三佐が懐から取り出したのは、珍しく何とも無い普通の一枚のマイクロストレージだった。
今時こんな物、百均でも売られているくらい珍しい品では無い。
当然、価値があるのはソレでは無いのは俺にも判る。
「正確に言えば、このストレージの中に成分データが記録されている、新型のB兵器を奪おうとしているのです」
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