第2話

 余りにも一瞬の事である。黒服達は、掌に広がって行く痛みに気付かないで呆然としている。

 そりゃそうだ、俺が打ち放つ伸縮自在のベルトの先端は、マッハの速度で虚空を疾り抜けるのだ。並の奴には、残像すら目に残らない。

 ようやく神経中枢が掌の痛みを覚えたか、全員、ベレッタを持っていた掌を押さえてうずくまった。

 ベルト一本しか持っていない男相手に、全員で銃を向ける卑劣さの罰が当ったんだぜ。


「き、貴様、一体、今のは!?」


 歌舞伎町に事務所を開き、いつもよれよれの春物コートを着た、ベルト使いのスイーパー(問題解決屋)、ってデータを六本木に持って帰って調べりゃ、直ぐ判るさ。


「なに、まさか……?!」

「お前は、あの、カブキ町の同性愛者たちの王、『ヤオイ』の隼人かっ!」


 確かに『矢追隼人』であるが、どうしてそんな世間様に顔向け出来ない風評が立ってるのか小一時間説明して欲しいんですが。

 ていうか、お前ら俺の名前知ってるんじゃん。


「そうゆう事」


 妙に甘ったるい猫撫で声で、俺の顎にグロック17の銃口を突き付けたのは、何と、この男達に追われていたハズの美女ではないか。


「安心して、撃つ気はないから」


 にっこりそう言われても、安心出来るハズが無い。

 走り方が少しぎこちないとは思っていたが、スカートの下に隠していたのね、しくしく。女には甘い主義がアダとなったか。バカバカ、隼人くんのバカ。


「今までのは、貴方の力試しみたいなもの。

 ――失礼。私は防衛庁幕僚情報部の倉橋三佐と申します。

 関東一の問題解決屋、矢追隼人。貴方に一仕事お願いしたいの」


 にっこり微笑み、繁華街のド真ん中で銃口を突き付けて仕事を依頼する美しき国家公務員。

 最高じゃないか、気に入った。……だから、早くそのグロックしまって、ね?


「結構、度胸あるのね。なら、どさくさに紛れて、あたしのお尻に回している貴方の手を外すのが、先じゃない?」


 はっはっは、ごもっともです、お姉様。

 魅惑的な微笑を浮かべる倉橋三佐の左米噛みに、怒りの四つ角が浮かんでいるのは承知だった。

 初対面の女性相手に、いきなりこんな事をして、引き金を引かれていなかっただけでも儲けもんだ。

 俺は倉橋嬢の未練が残る柔らかい温もりから手を離し、両手を上げて降参の意思表示をした。


「今更、両手は上げなくてもいいわよ」


 倉橋三佐はくすくす笑いながらグロックを太股のホルスターに収め、


「あたし、積極的な男って嫌いじゃないから」


 おう、言うね、このレディ。

 気に入った、お役人の仕事は受け付けない主義を、今回ばかりは撤回させてもらうよ。

 こんな所で立ち話もなんだ、仕事の件、俺の事務所で聞こう。

 出来れば、他の黒服達は抜きで一対一で――ベットの中で、ってのは?


「残念だけど、希望は却下させてもらうわ。それじゃあ、貴方の事務所へ……痛っ!」


 おや、さっき、ぶつかった時に挫いた様だな。これは演技じゃなさそうだ。

 なら、と俺は人混みの方へ向き、来い来い、と手を叩いた。


「何をして居るの?」


 言うまでもないが、別に鯉を呼んでいるワケじゃねぇ。

 ……否、鯉の方が良いのかもしれん。君の足代わりの奴を呼んでいるのさ。


「あら、急に蒸し暑くなったわ?」


 それはあいつが来ると、気温が必然的に10度上がるからで――おっと、この地響き。来たらしいな。


「んぁあああにににきききぃぃぃ――――!!!!!」


 人混みの中から、自らの体温放射で周囲の気温を一気に10度上げ、

 罪無き通行人を次々と撥ね飛ばし、

 訳の判らない事を口走りながらイっちゃった眼をぎょろりとひん向いて、

 土煙を上げてまっすぐ俺達の方に突進して来る、


 海パン姿の褐色の巨影。


 それを視界に捉えた倉橋三佐は、余りの事に愕然となる。

 他の自衛隊隊員達も、さっき拾い上げて懐に仕舞い込んだベレッタのグリップを握り締めたまま、呆気と恐怖が入り交じった奇妙な貌をして凍り付いている。

 まあ、無理も無い。

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