筋肉都市

arm1475

第1話

 のす何とか、と言う古代の預言者が残した物騒な予言が外れてから何年経っただろうか。

 この世界は、世紀末など必要なかったように末法の世を成していた。

 強盗、詐欺、誘拐、殺人、戦争、etc。一向に止む気配もない。

 見える明日は闇ばかり。嫌だねぇ。

 こんな世の中だからこそ、人間てぇ奴は、快楽を求めて止まないのだろう。

 今、俺がぶらぶらしているカブキ町は、昼夜問わず、人の流れが尽きる事を知らない。

 このウンザリするくらいの人混みは。いったいどこから湧いて来るのやら。

 長い事この街に住んでる俺にもさっぱり判らん。

 それが今日の夕方に限って、この街に余りそぐわないものが湧いて出た。

 背中まで掛かる黒髪が良く似合う、スーツ姿の聡明そうな美女だった。

 この街で絶え間なく生まれ消え行く、ディープでダークな快楽とは一生無縁の、佳い女だ。

 そこら辺を見回すと、ソドムとゴモラ型都市迷彩カラーで顔を塗りたくった女ばかりだと嘆いていたが、こんな佳い女がこの街にも残っていたんだねぇ。

 しかし俺が惹きつけられたのは、その美女が息急き切り、人混みを縫って何かから逃げている事のほうに、だった。

 知的さが似合う美人は、澄まし顔で颯爽と歩いているのが最高なのにな。

 おっと。ぼうっ、として居たら、その美女が俺にぶつかって来た。

 美女がバランスを崩して尻餅をつきそうになると、俺は透かさず、そのナイスバディを抱き留めた。


「ご、御免なさい――――!?」


 息荒げに詫びる美女の時間は、抱き留めた俺の顔を見るなり停止した。

 まるで信じられないものを見ているかの様に、思い切り瞠っている。

 見る見る内に、その美貌が紅潮していく。

 またかよ。

 俺自身、そうは思っていないのだが、どうも美形の部類に入るらしい。

 それも、すこぶるの。

 大抵の女は、俺の顔を見るなり、この美女と同じ反応をする。

 だがな、顔が良くったって、いつも得をするとは限らないんだぜ。

 この顔に惚れる奴が必ず――おっと、その理由を話している暇は無さそうだ。

 美女を追っていた連中が、人混みの中から現れて、俺達を取り囲みやがった。

 総勢五名。

 全員揃ったように、漆黒のサングラスと、がっちりとした体格を黒のスーツで包んだ、如何にもその筋の者、って奴ばっかりだ。

 ……この野郎ども、男の癖に、揃いも揃って俺の顔をまじまじと見つめて赤面していやがる。

 言って置くが、俺はノーマルだ。

 俺の顔で赤面するのは佳い女だけにしてくれ、畜生。


「お、おい、貴様、その女を引き渡せ」


 嫌なこった。俺はあかんべえをしてみせる。


「女性を前にポーズを付けるのなら、一度だけは聞き流そう。大人しく、その女を我々に渡して消え去れ。我々は無用な血は流したく無い」


 えらい横暴な言いグサだなぁ。

 ま、今の言い方で、この黒服達がどんな類の人間か、大体見当がついた。これだから、お役人って奴は嫌いだ。

 怯える美女をかばいつつ、黒服達の出方を伺いなががら、俺は自分のGパンに差してある二本のベルトのうち、黄金のバックルが付いた方を一気に引き抜いた。


「ははは、ベルト一本で我々に歯向かえると思っているのか?」


 黒服達は一斉に呑んでいた物を抜き出した。

 ベレッタM92FS。前世紀末に米軍が採用したセミ・オートマチック拳銃だ。米軍の採用トライアルに於てその高性能さが有名になり、新世紀を迎えた今日でも、多くの国の軍隊や警察で使用されている。

 周りで俺達の騒ぎを呑気に観ていたバーやキャバレーの従業員達は、黒服達の銃を見て一斉にどよめいた。

 だがすぐに、俺が騒ぎの中心にいる事を知ると、皆、平静を取り戻し、いまだ騒然としている通行客をよそに、何事も無かったかの様に客引きに専念し始めた。

 この街で糧を得ている連中は、皆んな俺が「どういう人間」か、よぉく判っている。

 しかし、帳面(警察手帳)ちらつかす前にハジキ(拳銃)が出るとは。これで警察の方で無いのが判ったぜ。


「ベルトと拳銃、どちらが強いかな?」


 無論、俺のベルトさ。


「強がるのも――――!?」


 黒服の一人が言い切る前に、俺の打ち放ったベルトの鞭が、黒服達の手からベレッタを全て弾き落とした。

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