第9話

「何で?」

 スタジオの控え室で、険しい顔で伸二が自分を見ていた。周囲には誰もいない。

「何でお前と翔平の二人だけ?」

 自分はひどく困惑した表情で伸二を見ていて、二人は何か言い争っているようだった。そしてそれを俯瞰で見ていることに気づき、ああこれは夢なのだ、と潤は思う。

「だからそれは番組の企画で──だからしょうがないだろ」

 そうそのとき、ラジオ番組の企画で翔平と二人潤は沖縄へ行くことになっていた。何がどうなり、どういう経緯でそうなったかまでは潤もよくわかってはいなかったが、気づくとすべて手配済みで後は行くだけとなっていた。

「しょうがなくない。てかわざわざ沖縄なんて行く必要ないじゃん」

「だーかーらー、もう行かざるを得ない状況になってんの」

「何で」

 確か出発を明日に控えた日のことで、いきなり伸二に捕まり「なぜ二人だけで行くのか」と問われたのだ。

「あのなー、これは仕事で、何でとか、そういう問題じゃないだろ」

「だったら今度から俺になるんだから俺も一緒に行ったっていいじゃん」

 そのラジオ番組はこれまで翔平と潤でやっていた。だが来月から翔平から伸二へと交代する。翔平が出演する最終回ということで沖縄へ行く企画が立ち上がったのだが、それに伸二が同行するのはどうなのだろう。

「……お前さ、そんなに沖縄に行きたいの?」

「そうじゃねえよ」

 先ほどからくり返される伸二の問いに潤はどうにも要領を得ない。

「じゃあ、俺と翔平が二人で出かけるってのが嫌なの?」

「……」

 押し黙る伸二に潤は増々訳がわからない。否定しないということはそう思っている、ということなのだろうか。──だが、

「何で嫌?」

 そこがわからない。伸二が翔平、もしくは自分に特別な感情を抱いているというのなら納得もできるが、潤の見る限りそんなことはない。いや、もしかすると自分が気づいてないだけで伸二の内にそういったものがあるのかもしれないが、翔平に対しては至ってふつうに接しているし、自分にそんなものが向けられるとは潤はまったく思っていない。

「お前等仲良過ぎっていうか──」

 潤が見つめているとしばしためらうような表情をし、だが意を決したように口を開く。

「なんでお前っていつも翔平の側にいるわけ?」

 責めるような、それでいて悲しげにも見えるその顔に、潤は何と返答していいのか迷う。これは一体どういう意味だろう。

 これまで潤の目には伸二が翔平を思っているようには見えなかった。だがそういうことなんだろうか。だから自分が翔平の側にいるのを伸二は快く思わない、そういうことなんだろうか。

 自分はずっと伸二を見て来た。何でも知っている、とまではいかないが、だから、ある程度のことは知っているつもりだった。そのときどき、誰を気にしているか、誰を追っているか、誰を思っているのか──

 だが伸二が特別誰かに強く執着することはなかったから、自分に視線が向けられることはないのだと失望しながらも、常に側にいられる今の距離に満足しようとし、そしてまた安心していられたのだ。

 しかし自分が気づいていなかっただけで伸二は──

「……翔平が好きなの?」

 ふいにそんな言葉が潤の口をついて出た。言った途端、自分は何を言っているのだと思った。見れば伸二は顔を強ばらせ自分を凝視している。

「何で……そうなるの?」

 絞り出すような声が伸二の唇から漏れた。

「だってそうだろ? 俺が翔平の側にいるのが気に入らないんならそれって──」

 何も考えず潤は反射的に言葉を返した。伸二は顔をしかめて何か言いたげな表情を浮かべ──しかし黙ったまま「なぜわからないのか」というように潤を見つめた。切羽詰まったその表情は潤の心をざわつかせ、落ち着かなくさせる。なぜそんな顔で自分を見るのか、そう思っても声にならない。

 不満、不安、悲しみ、怒り──そんな感情が入り交じった顔で伸二はただ潤を見つめ、だがしばらくすると何も言わずに部屋を出て行こうとした。

「伸二!」

 呼ぶが振り返らず扉が閉じられる。

(何で──?)

 それなら一体何だというのだろう。翔平と自分が行動を共にするのが気に入らないというのなら、それしか理由は考えられないではないか。そうじゃないというのなら──

(まさか……)

 潤の脳裏にふとあることが思い浮かぶ。だが潤は頭を振った。そんなはずはない。伸二はいつだって自分をただ仲の良い友達、あるいは目的を共にする仲間としてしか扱わなかった。

 それに自分に対する伸二の態度はいつもぞんざいで、寂しがり屋の彼がかまって欲しがるのは否と言わない自分を都合良く思っていただけに過ぎない。

「……」

 潤は伸二の後を追おうとし、だが足を踏み出そうとして止めた。後を追ってどうしようというのだろう。確かめてみるか? 伸二の気持ちを? そして、もしそれが想像通りなら自分は一体どうする?

 考えたこともなかったのだ、そんなことは。手に入るものだと思ったこともなかった。いやそれ以前、こんなものが知れたら潔癖な伸二との関係は決定的になるのだと思った。だから自分は引き裂いたのだ、その感情を。

(結局──)

 潤は伸二を追わなかった。その日はそのまま顔を合わせることなく、翌日翔平と二人沖縄へ発った。そしてラジオの収録でジェットスキーをやることになり、だがその途中高波を受けて転覆し、そして──

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