s/第33話/032/g;

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『——で、なんとか止めれたんだ?』


 電話の向こうから聞こえてきたのは、水面の声だ。

 谷中は、ああ、と短く返事をする。


『じゃ、ボクもそっちにいくねー。って、そうそう。谷中くん、グッドタイミングだったよ、本当に。じゃあまた、すぐ後で』


 ぷつり、と。

 言うだけ言って電話は沈黙した。


「なあ、谷中」


 今度は室内からの声。谷中は、視線を発信元に移した。

 革のライダーズジャケットに浅黒い肌の、谷中の友人が御堂を取り押さえている。いや、取り押さえているは言い過ぎで、様子を見ているが適切だろう。

 御堂は、疲れきったといわんばかりに椅子に身体を投げ出し、顔を伏せていた。


「なあって」

「なんだ」

「妙な罪悪感があるんだが……」

「理由は後で説明するって言ったろ」


 空気を読まずに、話しかけてくる友人には閉口する。確かに、気持ちは分からなくもなかったが……。

 室内の空気はどんよりと重い。

 御堂が首を吊る直前、ドアを壊して踏み込んだ谷中は、彼女の自殺を阻止することまではできたが、なんと声を掛けていいかで迷う。谷中の友達に至っては、状況すら把握していない。

 早く水面に来て欲しいと、切に願う。

 手持ちぶさたを解消するために、梁に吊られたケーブルを解消しようと近づく。だが、ケーブルに触れたところで、これはこのまま残した方がいいのかも知れないと思った。

 壊れたドアの残骸でも片付けようと、戸口に近づいたところで。


「あー……。きみ」


 ひょいっと顔を出した、一人の初老の男性が谷中に声を掛けた。


「あ、えっと」

「……絵崎えざき先生」


 谷中の背後から、御堂の声が聞こえる。

 振り返ると、彼女はいつの間にか顔を上げていた。


「ああ、御堂くんか。何事だね、これは……。うん、あまりに騒々しいから、爆発でもしたのかと思って来てみたんだがね」


 白髪交じりで、小柄なその男は、よれよれの白衣をまとっていた。

 目を丸くしているが、眼鏡の奥の瞳は、驚いたというよりも、なんだか面白そうなことが起きているぞ、という子供っぽい好奇心と喜びにきらめいていた。


「ただの不法侵入者ですよ」


 御堂の声は皮肉っぽい。

 谷中は、道を譲って脇に下がりつつ言った。


「いやいやいや、そん——」

「ほほう! そりゃあ面白いな。君達はこんなところに、一体全体何を求めてやってきたのかね? 盗難目的なら、まったくもって実際的ではない選択だと言わざるを得ないな」


 にこにこと笑いながら、彼は谷中の台詞を遮った。


「……冗談です」


 毒気を抜かれたのか、御堂が頭を振るのが谷中から見えた。


冗句ジョークかね。それは残念だな……うん、非常に残念だ」


 なんだ、この爺さんは……。

 谷中は友人に視線を投げたが、彼は小さく肩をすくめただけだった。


「ところで、最初の質問に戻るが……君と……君はあまり見ない顔だが……うん、少なくとも僕の講義を選択してはいないはずだ。まだ出席していないのなら別だけれども。うちの学生なのかね?」


 そういえば、御堂が先生と言っていたな、と谷中は思い出した。


「はい。僕たちは経済学部の学生ですが……」


 妙なことになったと思いつつも答える。

 問われるままに、学年と名前まで明らかにする。


「ははあ。それなら僕が知らないのも無理はないな。それで、どうしてここにいるのかな?」

「ええと……」

「語りにくいのなら、まあ、無理に聞きだそうとは思わないのだけれども……見つけてしまったからには仕方ない。君たちが壊したんだろう? だったら、事実はありのままに報告しないといけないね」


 経済学部負担で直して貰わなくちゃ、と呟く。


「おい、谷中」

「……御堂さん」


 友人の声に促されて、黙り続けることの難しさを悟った谷中は、しかし御堂の顔を目で確認した。プライベートなことだと思うからだ。


「……私は、かまいません」


 沈黙の後。押し出された言葉を皮切りに、口を開いた谷中はゆっくりと言葉を重ねた。

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