s/第31話/030/g;
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谷中が飛び出して数分経った。
コンピュータルームに残された水面は、谷中に言われた通り、大学のイントラネットにアクセスして、工学部棟の内線番号を幾つか調べた。だが、室内据え付けの内線から電話しても誰も出ない。
講義がある先生が多いのか、単純に不在なのか。
棟ごとに守衛室はなく、必ず居ると期待できる内線の掛け先がないのだ。
じれた水面は、谷中の後を追うべきかどうか、少しだけ悩む。
いや、正しいのは谷中だ……。
いまさら走っていったとしても、意味はないだろう。例えば、校舎から飛び降りる気だったら、もう遅い可能性すらある。
ぎゅっと手を握りしめた。
軽率だった。こんなことになるとは予想もしていなかった。
直接、あの研究室に行って、その場で話せばよかった。
——その閃きは、雷光のように脳を駆け抜けた。
研究室で見せて貰った、ウェブカメラを接続しているマシンがある。あれに侵入できれば、現場の様子だけでも見ることができる。
近くのパソコンに接続されているLANケーブルを外し、愛用のモバイルパソコンに接続する。IPアドレスを変更して、ホスト名も近くのパソコンとまったく同じにする。パソコンは買い換えがあるせいか、ハードウェアごとに固有のIDが割り振られるMACアドレスで接続制限を掛けてはいないようだ。
……この辺は、工学部と同じだねー。
複数の作業を同時に進められるように、作業用のターミナル画面をいくつも開いた。
準備が整うと、水面はまず、研究室にあった、今はもう販売されていない古めのUNIXサーバに狙いを定めた。青と紫のツートンカラーのやつだ。
ゲストアカウントでログイン試行。
あっけないぐらいに成功する。よく分かっていないのか、別にどうでもいいマシンなのか、管理はザルだ。権限は何もないが、あっさり入れるなんて酷すぎる。
古いUNIXのOSにほぼ共通して存在する、デーモンプロセスの脆弱性を突いて、特権のあるユーザに昇格する。ここまで二分もかかっていない。幸先いーね、と水面は笑った。
ユーザリストを調べる。
一方で、同じ
さらに、もう一つのウィンドウで、ログインを試行する。
ユーザリストにはみちるも登録されていたが、ありがちなパスワードではないらしい。そんなずぼらな性格ではないのは、会話で分かっている。それでも、と試みた幾つかのパスワードがあえなく拒絶されていく。手で繰り返して試すのは時間がもったいない。
スクリプトで、
けど、これだけじゃ時間がかかっちゃうんだよなー……。
いくつめになるのか、自分でも把握できないウィンドウを使って、ユーザリストに掲載されているユーザのパスワードを思いつくまま、手当たり次第に試していく。
ありがちなパスワードにはパターンがある。だが、そのパターンも結構数が多いので、次から次へと入力、はねられては入れ直すという作業になってしまう。
生年月日のような情報が分からないのがきつい。コンピュータ名とかIDの一部だとか、その程度を使っている人が一人はいるはずだと思うのだが……。
キーボードが立てる音が、まるで機関銃のそれのように騒々しくなったが、気にしてはいられない。
苛立ちと共に、さらに作業を増やす。コンピュータのリストに対して、既知の攻撃を試行。当たるも八卦当たらぬも八卦というような状態。
こっちは、穴を見つけたからといって、本丸のウェブカメラ付きのマシンに到達できなければ、まるで意味がない。だが、穴が見つかれば試せる攻撃も増えるのだ。
間に
その時は、このコンピュータルームにあるパソコンを、十数台踏み台にして攻撃するだけのことだけれどねー……。
水面は、自分の頬にニヤニヤ笑いが浮かんでいることに気づかなかった。
侵入を試行して、六分目。
「——ビンゴ」
間抜けな
それぞれのコンピュータ名とパスワードを同じにしてある。
覚えるのが面倒だからと、貼ってあるラベルを見ながら入力しているに違いない。
コンピュータを管理する側からしたら困った利用者だが、今の水面にとってみれば、ありがたい利用者でもある。
管理者が愚かなシステムも危険だが、利用者が愚かなシステムも同じくらいに危険なのだ。
そのユーザ名とパスワードを使って、ウェブカメラが接続されていたマシンに、ログインを試みる。登録されてなかったら……やり直しだ。
「来た来た」
ログイン画面を潜り抜けて、目的の端末の操作が可能になる。
こちらは水面が使っているパソコンと同じメーカーのマシンで、サーバではないせいか、一般ユーザーにも十分すぎる権限が与えられていた。
そのまま使ってもいいのだが、念のため、別にユーザーを作成する。
——与えられる限りの権限を与えて。
水面は、自分のパソコン上に表示されている余計なウィンドウを閉じて整理した。次の段階に移る前の、ちょっとした準備というところだ。
ここまではずっと文字ベースのやりとりを続けていたが、ウェブカメラを操るには、GUIベースの操作に移行するべきだ。
自分のパソコン上で、画面を受信する側のソフトを立ち上げる。
設定項目は両方を合わせても大した量ではない。
一分もかからず、準備作業は完了する。
「さて……仕上げはご覧じろ、ってねー」
呟き、水面は、勢いよくエンターキーを叩いた。
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ほんの少しだけ、時間を遡って……。
階段を駆け下りる谷中には、一つの考えがあった。
経済学部棟の前に設置されている自販機の前を過ぎて、テーブルを囲んでいる一団がまだ居ることを確認した。
「——頼みがある」
「おお、どうした?」
いきなり切り出すと、かつての同級生——今は浅黒い肌をした、同学年の友人が驚いたように目を見開いた。
「俺を工学部棟まで連れていって欲しいんだ」
「は?」
そこに居た、他の連中も、顔に疑問符を浮かべていた。
「できる限り早く着きたい。一分でも短く」
「——へえ?」
谷中が補足すると、友人は獰猛に笑った。
「いいぜ、着いてきな」
革のライダーズジャケットをひるがえし、友人は立ち上がると歩き出した。谷中はすぐに後へと続く。
経済学部棟の裏には、駐輪場がある。
原付やバイク、自転車の並ぶ中を進んで、男は不意に立ち止まった。赤と黒に塗り分けられた派手なカラーリングのバイクだ。見た目はかなり大型だが、実際の排気量は四百㏄クラスだと以前に聞いたことがある。胴体の下から伸びた四本の管が一つにまとまる形状の排気管には、バイクに興味のない谷中が見ても、惹かれるものがあった。
「ほら」
手渡されたヘルメットを被る。
「で、どれぐらい急げばいいんだ? 死んでも後悔しないか?」
「する」
谷中が短く答えると、友人は笑いながらバイクにまたがった。促されて、その後ろに乗る。
「じゃあ、ほどほどにしとくか……なっ」
イグニッションキーが回され、エンジンが点火する。ごろごろと低音で唸り始めるそれに、後ろに乗せて貰うのは初めてではないにも関わらず、どこかドキドキさせられる。
谷中が、友人の腰に手を回すと、彼はエンジンの声に負けじと大声で言った。
「出すぞ」
尻の下で後輪が揺れたと思うと、バイクが動き出した。エンジンが回転数を上げていくのに連れて、音が少し変わってくる。
直後。
音の領域が、一気に高音にシフトした。一瞬だけ、地中を滑るような感触を感じてから、速度が改めて上昇を続けていく。
風を受けて、服がはためいている。
さらに加速。
視界の端に移るものが、徐々に形を失い、止まらず流れる水のようになっていく。
カーブに差し掛かって、車体が傾く。
前に言われたとおり、身を起こさないように、友人の身体にぴったりくっついて動くように、身体ごと重心を預けている。
地面が近づいてくる感覚にヒヤリとする。
カーブを抜けて、上体が元の位置に戻ったと思う前に、また加速が始まっていた。
フルフェイスのヘルメットを被っているせいか、風切り音は聞こえない。
だが、それでも、身体で感じているスピード感は車以上だ。本能が危険信号を発している。なのに、どこかで爽快だとも感じている……。
水面の期待を裏切らないためにも。
早く到着しなくては。
事件の真相を見抜かれた御堂が、どんな行動に出るのか、それは分からない。
だが。
そのときに、その場に辿り着いていなければ、水面が悲しむだろう。
それだけで十分だった。
谷中と水面の想いを乗せた
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