s/第19話/018/g;

 大学近くのバス停留所から、十五分。

 郊外を拓いて作った、大きなショッピングモールがそこにある。

 谷中は、午前と午後の講義の間に、食事と買い物をまとめて済ませるつもりで、そこに来ていた。


「あれ、谷中さんじゃないです?」


 衣料の量販店から、服の入った袋を下げて出てきた彼を呼び止める声があった。振り返ると、背丈と胸囲のアンバランスがそこにいた。


「笹目さん……買い物すか」

「ですよう。水面さんはどこですか」


 辺りを見回す彼女は、ベージュのプリントTシャツの上に、ピンクのカーディガンを羽織っていた。ボトムはデニムで、活動的な装いだ。


「水面は今日はいないっすよ」

「あれ、そうなんですか。それは残念ですねえ」

「いやいやいや、いつも一緒ってわけじゃないんで」


 否定する谷中に、笹目は苦笑いを見せた。


「そういう意味じゃないんですけどね。……そうだ。今、時間ありますか」

「え、ある……けど」

「じゃあ、ちょっと付き合ってくれます?」


 上目遣いで見上げられる。


「午後の講義まで、あ、いや、昼食べるから、それまでなら構わないけど」

「ああ、じゃあ、お昼も一緒にしましょう。うんうん、それがいいです」

「はあ……」


 今朝の件といい、最近はなんだかおかしい。


「あれ、駄目ですか?」

「いや、そんなことないっすけど」


 ……違うな、水面と話し始めてからだ。

 とにかく、女の子との接点が増えた。人生には三度モテ期があるとかいうけれど、今がひょっとしてそれなんだろうか。


「オッケーなら、とりあえず買い物に付き合って貰えます? で……悪いんですけど、荷物増えたら、持ってくれます?」


 頷いた。


「ふふ、助かります」


 谷中と笹目が並んで歩き始める。

 笹目が話題に選んだのは水面の話で、谷中が答えられないたびに、彼女は上機嫌になっていくようだった。


「まだ、あまり親しくないんですねえ」


 なんて、ニコニコしながら言う。


「まあ……そうっすね。水面と知り合ったのはついこの間ですから」

「名前で呼び合っている仲だから、もっと古くからの付き合いだと思ってましたけど」

「んー。いや、それは水面の性格みたいで」


 なるほどね、と笹目が首肯した。

 買い物に付き合ってくれと言われたものの、笹目は通路側に並べてある商品をちょっと眺める程度で、あまりショッピングを楽しんでいる風ではない。


「先に食事にする?」

「あれ、誘ってくれてるんですか」

「いや……」


 言葉に詰まった谷中に、けらけらと笑う笹目。


「冗談ですよ。そうですね……それがいいかも知れません」


 うん、と頷き、笹目は足の向く先を変えた。

 ここに何度か来ている谷中には、それだけで察しがついた。モールのフードコートに向かおうとしている。


「そういえば、水面さんがどんな食べ物が好きなのか、知ってますか?」

「んー……?」


 脳裏に蘇るのは、喫煙中の姿と酒を飲んでいる姿。


「お酒と煙草かなぁ……」

「それ、食べ物じゃないですよ」

「そうだけど。なんかそれ以外のシーンが思い出せないなあ」


 少し先行していた笹目が振り返る。


「妬けちゃいますね」

「……え?」


 問い返す谷中を置いて、笹目が前を向いた。


「別になんでもありません」


 本当に……今日はいったいどうしたって言うんだろう。朝は水面のあんな姿を見るし。寝起きの彼女はとても魅力的だった。タオルケットを退けたら隣には女の子が居たなんて……この二十年近くでも初めての経験だ。

 あれ?

 もしかして……あれって、同じ寝具で一緒に寝てたってことになるのか?


「どうしました?」

「あ……いや、ちょっと考えごと」


 前を向いていた笹目が、いつの間にか、またこちらを振り向いていた。


「なんか嬉しそうな顔してましたけど」

「え、そうっすか?」


 手を顔に持ってきてしまってから、それがからかいだと気づく。


「ひどいっすよ」

「もうちょっと、気楽に喋ってもらっていいんですけど」

「は?」


 急な話題の変化について行けない。


「なんか無理矢理っぽい敬語が気になるんですよね、無理してるみたいで」

「ん、そうすか」


 ほらまた、と笹目が指摘するが、谷中は首を捻った。昔から使っている口調なので、自分ではそんなに違和感は覚えないのだが。


「なんていうか、女の人に慣れてない感じがしますよ」


 う、と詰まる。


「あれ……図星でした?」

「勘弁してください」


 谷中の懇願に、笹目は腕を組んで唇をつり上げた。


「ふうーん……」


 考え深げな彼女の胸が、腕に持ち上げられてその大きさを強調している。谷中は、また胸に目を止めている自分に気づいて、慌てて視線を逸らした。


「ふむ……。まあ、それでも、私はかまいませんけどねー」


 などといって、ふわりと微笑む。どういう意味かと思う間もなく、笹目が身を翻した。


「な、なんすか?」

「静かに。あれ、見てください」


 取られた手を経由して、笹目の顔を見ると、唇の前に一本指が立てられていた。彼女の視線の指し示す先に目を遣ると、そこには……。

 店の前で立ち止まっている、御堂みちるの立ち姿があった。

 覗き込むように、店頭のウィンドウの中を見ている。そのウィンドウの中には、大小とりどりのピンクの熊がいた。実物でない、ぬいぐるみの熊、だ。

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