s/第21話/020/g;

「慣れてきたの? ずいぶん手つきが自信に溢れてるよねー」

「水面の好みも大分把握してきたしな」

「最初は、おっかなびっくりだったくせにー」

「初めて触るときって、たいていそんなもんだろ」


 谷中は、一通り入力を終えると、料理の注文に使う端末を置いた。ここは、最初に連れてこられた居酒屋だった。

 これで何度目になるのか。電話で唐突に呼び出されて、水面と食事——谷中が飲まないので、酒盛りとは言えないだろう——をするのは。


「しかし、今日は妙に大荷物だな」


 店員の運んで来たジョッキとグラスを受け取りながら、谷中は水面の席の傍らに置かれた、紙袋に視線を投げる。


「まあねー。……そーだね、早速見てもらおうかな」


 カラフルに塗り分けられた大きな袋をごそごそと漁って、テーブルの上に取り出したものを並べる。

 情報電子機器の類が多かった。USBメモリやポータブルなブルーレイドライブのような明らかにパソコン関係と分かるものから、低騒音と書かれている小さなファン、ビニールの包装で中身が透けてみえる緑の基盤——ジャンクと書かれているが、つまりはゴミなのだろうか。しかし価格シールが貼っている。意味不明だ——のような、よく分からないものまである。


「どこにあるんだろ……一番奥かな」


 先に取り出されたそれらは、本題には関係ないらしく、無造作に積み上げられていく。


「しかし、すごい量の買い物だな」

「もっと色々欲しかったんだけど、重くて持てないからねー……おっと」


 水面が取り落としそうになったのは、一抱えサイズの、紙の化粧箱だった。きゃるんっとした女の子の絵があり、「八百ワット、ATX電源ユニット」とレタリングされている。


「こりゃあ……なんだ?」


 日本の戦略輸出物資オタクコンテンツのようにも見えたが、何かが違うようだ。


「パソコンの電源装置だよ」

「電源装置? 大きさからして、ノートパソコンじゃないよな」


 くすり、と水面は笑った。


「そーだね。自作パソコン用の規格品だよ」

「自作ね……まあ、それなら当然、電源部分も必要ってことか。しっかし、こんなパッケージのしかなかったのか?」

「ん? ううん、選んでこれを買ったの」


 どれぐらいの重さか持ち上げてみようとしていた谷中は、箱を取り落としそうになる。


「ああ、気をつけてよー」

「いやすまん。しかし、なんでまた……」


 こういうのが趣味なのか?

 疑念に思った谷中に感づいたのか、水面は人差し指を立てて左右に振った。


「分かってないなー。電源ユニットはとても重要なパーツなんだよ?」

「……そうなのか?」

「パソコンは電気で動く精密機器なんだし、内部では十二、五、三ボルトとそれぞれ違う電圧が使われてるんだから」


 安物の電源を使ったりしたら、原因不明のトラブルに悩まされることもよくあるんだからねー、と薄い胸を張られる。


「そんなものか……」


 うーんと唸る。家電店でメーカー製のパソコンしか買ったことのない谷中は、性能ぐらいは気にするものの、そこまでのこだわりも知識も持っていない。


「なかなか面白いもんだな」

「そーなの」


 分かって貰えたことが嬉しいのか、にっこりと笑う水面の前には、さらに色んなものが積み重ねられていた。


「あったあった」


 その山の上を、水面の手が谷中に向かって伸びる。


「これは……イヤホンなのか?」


 厚紙を台紙に、凸型のプラスチック容器を被せて成型されている、いわゆるブリスターパックを手渡された。

 中央に透けて見えるのは、耳の穴に押し込むタイプの小さなイヤホンのようだ。色は黒で、先端が角のように曲がった形状をしている。


「骨伝導イヤホンマイクだよ」

「普通のと形が違うな……え? マイク?」


 マイクらしきものは見当たらない……が、手元で操作するための、リモコンのようなものがついているのを見つけた。


「ああ、ここか」

「違う違う……その、イヤホンみたいなところに、骨伝導のマイクとイヤホンが一つになってるの。ってゆーか、骨伝導って、もしかして知らない?」

「聞いた覚えがあるような気もするけど、知らないな」


 正直に言うと、水面は、じゃあ仕方ないね、と頷いた。


「骨伝導ってゆーのは、音波が骨を伝って直接内耳を振動させることをいうんだよ。骨伝導のマイクやイヤホンは、体に機器を触れさせることで音の振動を伝えていく仕組みのものだね」

「……えーと」

「うーん……。使ってみるのが手っ取り早いんだけどなあ……」


 理解してない様子の谷中を表情から見て取ったのか、水面はうめいた。


「えっと、つまりね。これを使えば、喉の振動を拾うから、外界の他の音がマイクに入らないってことなのー。みちるさんがこれで会話をしてアリバイを作りながら、大悟さんを殺害したんじゃないかと思って」

「それは……そんなことができるのか?」


 水面は、多分ね、と頷いた。


「理屈的には、このマイクを使って話しながら、大悟さんを刺すことで、あのアリバイは作れるはずだよ」

「それで、相手は気づかないってわけか?」

「うん、そこなんだけどね……」


 言って、水面はポケットからスマートフォンを取り出した。操作しながら、話し続ける。


「こないだみちるさんから聞いた、当日電話で話していた相手に聞いてみたんだけどー……。彼女が言うには、あの日のみちるさんは『珍しく酔ってて』『受け答えがいいかげんだった』らしいんだな、これがー」


 水面の言わんとすることを察する。


「つまり、酔っ払いの戯言を装って、他のことに忙しくて辻褄が合わなくなったところを誤魔化していたと、水面はそう思うわけだ?」

「そー。ご名答だよ、唐揚げ一個あげる」


 谷中の側にある取り皿に、水面の箸で唐揚げが一つ放り込まれた。


「サンキュ」


 別に自分で取ればいくらでも取れるので、意味はないのだが、ノリよくあろうと谷中はそれを口にした。


「恥ずかしい……間接キス、だね」

「ぐほっ——」


 大きなかけらがダイレクトに気管にダイブした。咳が止められない。

 水面が差し出したグラスを受け取って、ごくごくと飲み干す。


「ああ、ボクの出しとけば、もう一回間接キスだったのに……残念」

「——っ」


 危ない。

 吹きそうになったが、すんでのところで堪える。


「からかいすぎだっつーの」

「ごめんごめん」


 伸ばした手の、曲げた人差し指の関節で、水面の額をこつんと突いた。

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