s/第7話/006/g;
数日後。夜近く。
大学近郊の居酒屋の、こないだ谷中と水面が入った店とは違う店で、二人は待ち合わせをしていた。前回の店よりもさらに薄暗く、テーブル席ではなくて座敷が中心になっている。詰めて四人がけぐらいの席が多く、テーブル同士の間は、逆に広めに区切られている。
ムードに配慮した、少し高級感のある店だった。
水面の名前を出し、店員に案内された座敷に上がると、もう見慣れたスーツ姿の水面が、笑って迎えてくれた。
「やあやあ、谷中くん、良く来てくれましたー」
「ども、悪いっすね、また奢ってもらうなんて」
水面の前で、掘り炬燵式に、床の真ん中が掘り下げてある座敷へ腰を下ろすと、谷中は早速そう切り出した。
「いやー、流石にこないだのあれは、お詫びがいるかなって」
「偶然だから仕方ないだろ。分かっていて案内したなら別だけど……案内したのは俺だし」
「しかし驚きの展開だったねー」
「だな……」
谷中が頷く。
「あれから、何か話聞かれたー?」
「ああ……うん、一度だけ」
大学が終わって帰ると、刑事の尾張が、部屋の前で待ち構えていた。
体調はどうだとか、大学には行けてるかなど、幾つか質問をされたが、その辺りは建前の質問だったようだった。
本題は、五日前——つまり、谷中が段田の遺体を発見した前々日の夜、何をしていたか、という質問だった。いわゆる
「やっぱり、あるんだねー、アリバイ確認って」
話をすると、好奇心の輝きを大きな瞳に宿らせて、水面がこくこくと縦に首を振った。
「ボクも聞かれたよ……ふふ、アリバイないんだけどね、一人暮らしだし」
「俺もなかったけど、そこ笑うところか?」
「ボクよりはキミのほうが疑われていると思うなー」
「え?」
水面が事前に注文しておいたのか、料理が次から次へとテーブルに並べられていく。その間に、思っても見なかったことを言われた谷中は、摘もうとした鶏の軟骨揚げを取り落とした。
「『え?』って。普通に考えたらそーなると思うよ? アリバイなし、被害者の隣に住んでいる、合い鍵のありかを知っている、第一発見者……怪しいよね」
「いやいや……そんな。っていうか、自殺の線もあるんだろ? そう言ってたぜ、あの尾張とかいう刑事さんが」
今度は、うまく摘み上げることが出来た。
コリコリとした食感と、レモンの酸味がうまい。
「自殺の線はないんじゃないかなー。聞いてみたんだけど、遺書とかなかったみたいだし」
飲み下そうとして、喉に引っかかった。
「けほっ……け、けどさ、遺書なんて必ず書くもんじゃないだろ? 書かずに死ぬやつだって普通にいると思うけど」
「まあ、それはそうかも」
「だろ」
「ただねー……色々訊かれたんだよねー、谷中くんのこと」
もう並んだ料理は目に入らなくなってしまった。
「誰から? っていうかこの流れだと」
「尾張さんから」
マジかよ。
「まあ型通りの捜査ですよ、とか本人は言ってたけど……」
「……参ったなぁ」
「さて、ここで質問です」
ため息を吐く谷中に、声のトーンを上げた水面が聞いた。
「何だ?」
「殺しましたか?」
「いやいやいや、やってないから! なんで疑われなきゃいけないんだよ!」
「自首すれば罪は軽くなるよー?」
半笑いのまま、煙草に火を点けた水面を、軽く睨む。煙草の先から立ち上る紫煙が、二人の顔の間を登っていくとともに、バニラの香りが谷中の鼻に届いた。
「……勘弁してくれよ。まったく」
もう一度、ため息を吐いた。
「まー、ボクは、キミが殺したとは全然思わないんだけどねー」
「はあ?」
「あれ、思ってたほうがよかったの?」
「そんなことはないけどさ……だったら何だったんだ、さっきまでのは」
「からかってただけー」
そうですか。
今、間違いなく、ぶすっとした表情を浮かべているだろう、と谷中は思った。
「と、状況把握をして欲しくてねー」
「状況把握だって?」
「うん。実はボク、今回の事件に興味があってさー。自分で調べてみようかと思ってるんだけど、このままだと容疑者の疑いが濃厚な谷中くんも手伝ってくれないかなー、なんて」
谷中は、水面の顔を見つめた。
注目されても気にならないのか、水面はゆったりした動作で煙草を吸って、ゆっくりと煙を吐き出していく。
「どう?」
「どう、って言われてもなあ……容疑者の疑いが濃厚だと言っても、まさか間違って逮捕されたりするとは思えないし」
面白半分で首を突っ込んでいいものだとも思えない。
「だいたい、調べてみるって、具体的にどうするつもりなんだ?」
「そこはねー。今回の借金回収を頼んだ人……
水面は、良いことを聞いてくれました、とばかりに頷いている。
「その機さんって何者?」
情報を仕入れるってどういうことだ?
「——うーん。学年は同じなんだけど、一言で言えば……変わった人だね」
水面より変わった人、というのがどうにも想像できない。
「なんだか失礼なことを考えてない?」
「いや、そんなつもりは……それじゃどんな人か分かんないな、と思っただけで」
鋭い指摘を躱す。
「説明が難しいんだけど、そうだねー、情報屋、的な?」
「なにそれ」
現実世界にそんな職業あるのか。っていうか、一応、その機って人、学生……なんだよな?
「まあ、会ってみれば分かるよー」
「それはそうだろうけどさ……本当に、真面目に調べてみるつもりなのか?」
「うん」
強く頷いた水面の顔は、真剣だった。
「……ちょっと、考えさせてくれ」
「いいよー。谷中くん、全然食べてないしさ。この話題はちょっと休憩しとく?」
言われて、軟骨揚げ一つしか口にしていないことに気がついた。
……せっかく奢ってくれるんだから、ここはありがたく栄養補給をさせてもらおう。
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