12(人間の末路編)

「目的は何だ。何が欲しいんだ」

スナップショットは侵入者と対峙していた。研究所内は荒らされ、サンプルの入ったシリンダーは床に落ちて割れている。デジタル二眼レフによって手足を縛られたそいつは、床を見たまま望みをつげた。

「永遠? 人間は永遠を生きる術を手に入れれたはずだ、それ以上に何を望む? いったい僕に何を期待している」

小さな声で、目の前の人間は何事かを呟いた。スナップショットの鼓膜を揺らすそれは悲しみに満ち溢れ、対象を取らない呪詛のようにも聞こえた。死んだ人間の復活。それが彼の望みであるという。

「僕はネクロマンサーじゃない。生きているものを形を変え、その本質を曲げてまで長らえさせる、クローン技師だ。壊れたものはどうやったって元のようには戻せない」

スナップショットは割れたガラスを踏みつけた。靴がガラスを砕く。

「女神の加護だって僕らには効かない。死んだ人間は有機物として分解される。死んだら終わりだ。もうどうしようもないんだって本当はわかってるんだろ」

手を出そうとするデジタル二眼レフを制し、スナップショットは注射器を取り出した。負の感情に歪んだ顔を覗き込み、瞬きもせず注視する。

「大丈夫、忘れないさ」

スナップショットは静脈に針を入れた。注入された液体は、彼を死の向こうへ追いやった。


◆◆


「ねえ二眼くん、君はどこから来てどこへ行くんだい。孵卵機から取り出されて、プランテーションの土になる僕らとは違うんだろ。違っても違わなくても、そんな答えは望んでいないけど」

意味のない音だけの返事をして、デジタル二眼レフは不可解そうな顔をした。どういうことだと問おうとしてやめたのは、スナップショットのそれが取り立てた主張もなしに発されたものであるのが明白だったからだ。

「……私ですか、私には親がいますので母親の胎内から生まれ出でて、いえ、その前の話は知りませんよ、そうして、自分より歳若い者にすべてを託しつつ、逃れえぬ死に向かって進んでいくのでしょう。そのあとのことも知りませんね、自分で見るしかないのでしょうか」

「死なないクローン達はループの果てにどこへ行くんだろう。思い出されなくなった奴らはどうなるんだろう、どこかへ消えてしまうのかな。思い出す人間を失ったら最初から無かったことになってしまうのかな」

話を聞いているのかいないのか。スナップショットは椅子の背に頬を預けたまま壁のほうを見ていた。

「いやに感傷的ですね。だから、狭義の人間として子を作ろうとしたのではありませんか? クローニングによる体の置換と違って、血縁は広がっていくものでしょう。しかしわかりませんね。生き残った者がずっとループの中で暮らしているならば、死んだ者だけが至ることのできる場所もあるのでしょうが……」

デジタル二眼レフはアタッチメントをいじりまわしながら、これ、どこまで持っていけるんでしょうね、と呟く。

「……そういえば二眼くんて今いくつなの?」

「内緒です。ふふ、今のあなたよりは上ですよ」

「累計年齢だとどうだった?」

「先代のあなたは寿命で死んだんですよ。私があなたより年嵩なわけはないでしょう」

「そっか、うん、知ってた。うーん、結構開きがあるなあ……」

「ところで、私の歳を知ってどうするんです?」

「ううん、どうしようね。誕生日祝い……は年齢関係ないんだっけ。還暦祝いでもする? 僕自身は誰かに祝われた覚えがないからどんなのかよく知らないんだけどさ。人望がなかったのかな、そう思うとなんだか悲しくなっちゃうよね」

「スナップショット、あなた……」

デジタル二眼レフは額に手をあて頭を振った。まだそんな年じゃない、いつまで一緒にいる気だ、とか、還暦を迎える前に死んだでしょう、とか、言いたいことが次々浮かんでは消える。

「あれっ、なんか変なこと言ったかな。ああ、えっと、二眼くんって年嵩にみられるの嫌なタイプだった? 成人祝いとかの方がよかったかな」

デジタル二眼レフは盛大にため息を吐いた。

「もうとっくに過ぎましたよ……成人祝いが必要なのはあなたのほうじゃないんですか」

「僕だってもう未成年じゃないぞ」

はあ、そうですか、と言ってから、デジタル二眼レフはスナップショットの正確な年齢を知らないことに気が付いた。デジタル二眼レフは親子ほど年の離れた彼を見る。随分と年下になってしまった彼は、自分より長生きするのだろうか。順当にいけばそうなのだろうが、どうにもまた自分が見送るのではないかと思ってしまう。スナップショットを置いていくのだという実感がわかなくてデジタル二眼レフは口を噤んだ。

「なんだよその顔。二眼くんってば僕のこと子供だと思ってるんじゃないだろうな。ちょっと記憶喪失気味なだけで生きてきた年数は君より多いはずなんだぞ。それに僕の方が階級が上だ。出世っていえるようなことはぜんぜんしてないけど。むしろ閉じこもってたからわりとなんにもできない。うーん、困ったな」

「年嵩にみられたいのならもう少しそれらしく振舞ってくださいよ。肩書の自慢なんか退屈しのぎにもなりませんよ」

「知ってるさ」


◆◆


二人は、例の侵入者の亡骸をプランテーションへ送りつける手筈を整えた。通常よりも少しだけ大きな箱を棺にして、彼は火葬され土に返るのだろう。魂の乗らなくなった箱舟はこうも小さく、そっけない。

スナップショットはペンを握り、送り主の欄をじっと見た。

「水質研究所……」

「どうかされましたか、スナップショット。字が間違っています? 大丈夫ですよ、プランテーションに用がある水質研究所なんてここ以外にないんですから」

「ねえ、二眼くん。僕はクローン技師なんだ。どうして水質研究所に配属されたんだ? ああ、いや、僕が水質改善とエネルギー確保のための触媒にされてることはわかってる。いや、まて、配属されたのはいつだ? 僕らはいつからこんな生活をしている?」

デジタル二眼レフは、何を今更、と言った体で肩をすくめてみせた。

「月から火星に移る際に人員が足りないからと抜擢されたのでしょう。その時には既にあなたを核としたシステムが組みあがっていたのではありませんか? この規模の施設をつくるのは流石に短期間では難しいでしょう。ただ、あなたがどのタイミングでスナップショットになったのかを私は知らないのでこれは憶測にすぎません。火星に連れてきたあなたに女神を作らせて、動いた女神を使用する算段だったのかもしれませんし」

「そっか。検査を続ける毎日でわからなくなっていたんだ。僕らがやっているのは水質の研究じゃないって、気付ければよかったんだけど」

「結果的に気付けたのでいいんじゃないでしょうか。まだ死んでないのでしょう、スナップショット」

スナップショットは目を瞬かせた。

「ああ、うん、確かにそうだね。ええと、これからどうしよう」

「システムの歯車として生きていきます? 構いませんよ、あなたがそうすると言うのなら私はシステムを守るセキュリティとして生涯を終えることにしましょう」

デジタル二眼レフは窓にかかっていたブラインドを指で押し広げ、外を覗いた。

「ここには汚水処理施設が併設されています。あなたの力を利用して、浄化槽の働きを底上げしていたのかと思いますが……まあ、放っておいても平気ですよ。あなた一人がいなくなったくらいで立ち行かなくなるシステムを顧みる必要なんてないでしょう」

デジタル二眼レフは立ち上がって笑った。

「好きに生きればいいんですよ、スナップショット。長い時間を生きるあなたはいつか真理にたどり着くことができるのでしょう。何もかも捨ておいて、あなたの思うようにすればいいんですよ」

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