第13話 恩師

 トモは、謹慎を解かれたその朝から、学校や友人宅などをまわり、ある女性の行き先を調べていた。

 彼女は事件後、警察の聴取(事聴取)を受けたものの、事件への関与は薄いとされ、すぐ保釈されたという。しかし、事件の責任を取る形ですぐに依願退職し、恐らく実家に戻ったのではないかという話だった。教師になって間もない二十五歳、まだ独身だった。

 翌日、トモは、父、和人と共に、とりあえず、彼女の実家へと向かうことにした。


 関西州和歌山県田辺たなべ市。海に面したその町は台風の上陸が多く、暴風や洪水など災害の多い場所だった。その影響もあってか、市街地化はあまり進んでいなかった。手に入れた情報を元に二人が古びた家を訪ねると、五十代ぐらいの中年の女性が玄関に姿を見せた。

 病弱そうなその女は、最初、突然の訪問者に不安げな表情で応対していたが、トモが大変世話になったから、ぜひ挨拶したい旨を和人が説明すると、一転して表情を緩ませ、自分が彼女の母であることと、彼女の現在の職場の住所を教えた。退職して間がないというのに、もう彼女が仕事に就いていることに二人は少なからず驚いた。

 早速、タクシーを呼び、二人は彼女の仕事先に向かった。幹線道路沿いの小規模な店が建ち並ぶ中にその店はあった。それは、二十一世紀には『コンビニ』と呼ばれた類の店であった。店内に入ると、中年男性の元気な挨拶があった。

「いらっしゃい!」

 午前十時を過ぎたこの時間は、子供を含め、客は七、八人といったところ。この時代になると、娯楽メディアはほとんどデジタル化され、ネットワークで入手できるようになったので、店内は立ち読みをする場所さえもなかったが、宅配などに頼らず、こうやって店を訪れて買い物をする習慣はこの時代も続いていた。その行為自体に娯楽性があるためだろう。駄菓子などの文化も残っていて、小さな箱菓子が並ぶコーナーに子供が数人たむろしている。

 トモが店長らしいその中年の男に声をかけた。

「あの高原さんはこちらにいらっしゃいますか?」

「高原ですか? 今は配達に出かけてますが、もうすぐ戻りますよ。一体どんなご用件で?」

「実は、僕は高原先生の教え子で、お世話になったので、ぜひ挨拶がしたくて……」

 トモの言葉に、店長は少し驚いたようだった。

「もしかして、少女拉致未遂事件が起きた三重県の中学校の生徒かい?」

「事件をご存じなんですか?」と思わず訊ねたのは和人の方だった。

「学校を辞めた理由を訊いた時に、本人から事件の詳細を聞いたんですよ。色々とっつきにくい東救光教の信者ということで、正直言って最初はかなり迷ったんです。でも、誠実そうだし、東の信者にしては、子供の扱いも上手な様子……だから、雇ってみることにしたんですよ」

 人の良さそうな店長だった。

「で、先生は元気ですか?」

「ああ元気ですよ。本当に助かってますわ。子供達の人気も高いし、商品の配置とかも色々考えてくれて。それにしても輝子てるこさんは凄い人だね。さすがは数学の先生だ」

「どう凄いんですか?」とトモは興味深そうに訊ねた。

 店長は、店の陳列棚の方に歩いていき、両手を広げながら話し始めた。

「今、こういう店の商品配置ってのは、本店から渡された計算機を使って最適化されてるんですよ。専門家じゃないもんで詳しくは知らないけど、データマイニングとかいう技術を使ってるそうだ。言って見りゃ方程式みたいなものだね。それのおかげで、素人の私達は配置をあまり弄りようがない。実際、一度私は逆らって変えてみたんだけど、売り上げは見事に下がってしまった。ところが、雇ってから確か三日目だったと思ったけど、輝子さんは、みんなが目をとめる新商品の周辺に、日頃買おうと思いながらもついつい買いそびれるような商品を置くといいんじゃないか、そんなことを提案してきてね」

「ほう」と和人が唸った。

「そんなことをすると、マイニングで行われている陳列の最適化とのバランスが壊れるから、安易な並び替えは駄目だと言ったんだ。そしたら、輝子さんたらさぁ……」

「どうしたんですか?」

とわくわくしながらトモがその先を訊ねた。

「『私は専門の数学パッケージを持ってますから、そのマイニングの方も同時にやるので大丈夫です』って、自分の携帯叩いて、新しい商品配置を即座に決めちゃったんだよ。」

 店長の話に熱が入ってきた。

「その後、店のコンピューターでもその配置で最適かどうか調べたんだけど、これが元のものと値がほとんど変わんないんだ。驚いている私に、『二日間もサンプリングをとればさらに最適化できるでしょう』と来たもんだ。で、その後、売り上げはちゃんと上がったんだよ。約三%もだよ。ほんと、おっどろいたよ」

「高原先生はそういう先生でした。あんな凄い先生、うちの学校には他にいないと思います」

「あ、やっぱ、そうでしょ。いくら中学校の先生だってありゃあ普通じゃないよな。私が出た中学や高校でも、あんな凄い数学の先生見たこと無かったし。ま、もっとも、俺が行ったとこは、アホ高校だったからかもしれないけどよ。ははは」

 店長は陽気に笑った。

「だから、本当に残念で……」トモは淋しげに言った。

「そうかあ、なるほどそんなに慕ってたんだ。今時珍しい子だねえ。その学校に戻るのはさすがに無理だとは思うけど、これはやっぱ、いずれ教職に戻るように私からも言った方がいいねえ。うちにとっては大切な働き手だけどよ。ははは」

 そんな話をしていると、高原輝子が戻ってきた。

「今、戻りました」

 優しい笑顔をたたえていた。良かった、元気そうだ――そう思ったトモが声をかけた。

「先生!」

「えっ、トモ君なの?」

 店の制服姿の高原は、教え子の突然の来店に驚いた様子だった。

「話は聞いたよ。大切な教え子さんなんやろ。十一時までなら暇だから、ちょっと隣の喫茶店にでも行って、話でもしてきなよ」

 高原は顔を曇らせ、「はい……」と力なく返事した。


   ◆


「ごめんなさい!」

 奥に空いた席を見つけ、いざ座ろうという時になって、高原はテーブルに届かんばかりに深く頭を下げた。客のまばらな喫茶店の店内に大きな声が響いた。

「綾子さんのこと、なんてお詫びしたらいいか!」

「とにかく頭を上げてください」堪りかねて和人が言った。

 三人は向かい合わせの四人席に座った。片方にトモと和人、もう片方に高原が座った。

 トモが話し始めた。

「あの……正直言うと、高原先生がそんなことをしたのを聞いた時はとてもショックでした」

 それを聞いて高原は一層悲しい顔をした。

「私に陳弁(弁)の言葉は何もございません。綾子さんには結局、直接お詫びすることもできなかったし、どうか綾子さんにも私の気持ちを伝えてください」

 その言葉に、トモは「綾子は……」と言いかけたところで声が詰まった。そこからは和人が説明した。

「実は、綾子ちゃんは、主争岡の文教特区に引っ越してしまいましてね。あの特区の児童保護条例が適用されて、トモとは当分の間会えないんです。私もどうやら会っていけない相手に含まれているらしい」

 高原は驚いた。

「し、知りませんでした。警察での聴取の時や、学校を辞職する時も、そんな話は一度も……それには、当然、私も……含まれているんでしょうね」

「多分……」

 そう答えた和人の横で、涙を堪えるトモの姿を見て、高原は涙をぽろぽろ流し始めた。

「私のせいで……私のせいで、本当に、本当にごめんなさい!」

 高原がすすり泣く姿を見て、トモも我慢できず涙が溢れたが、声を振り絞って言った。

「あの、あの、確かに僕も悲しいです。でも、今日はそんなことを言いに来たんじゃないんです! 先生には、どうしても感謝の言葉が言いたくて、ここまで来たんです!」

「わ、私は感謝されるようなことは何一つしていません。皮肉で言っているのですか?」

 高原は両手で顔を覆ったまま泣き声でそう答えると、トモは高原の肩を掴んで叫んだ。

「皮肉なんかじゃないです!」

 その言葉に思わず高原は、涙でぐちゃぐちゃになった顔をトモに向けた。目の前に、真剣な表情のトモの顔があった。両頬に涙の筋が光っていた。


   ◆


 結局、その夜は高原宅に泊めてもらうことになった。衣類の洗濯はさっきの店で頼むから必要ないと和人は言ったのだが、高原の母は自分が洗うと言って聞かなかった。

 風呂から上がった二人は、高原の母親と共に、テレビディスプレーのある居間のソファーに、少々遠慮しがちに座っていた。

 ディスプレーの横には、祭壇があった。中には、先端が発光する棒状のものが星状に並べて立ててあった。トモは、以前、このような祭壇を東救光教信者の知人宅で見たことがあった。

「見たい番組とか言ってくださいね。中学生だとアニメがいいかねえ」

 母親の言葉にトモは「いえ、別に……」と恐縮ぎみに答えた。

「うちの輝子、学校ではどうでした? 東の信者なんで、元々うまくいくか心配だったんですけど、なんだかやっぱりダメだったようで……」

 詳しい話は何も聞かされていないようだった。この病弱そうなな親には、事件のことは、何も話さない方がいいと二人は思った。

「いえ、本当にいい先生でした。おかげで僕は数学が大好きになったんです」

「へー、そうかい。それは嬉しいねえ」

 トモの言葉に母親は本当に嬉しそうな顔をした。

「――実はね。私は東救光教の信者じゃなくて、お父さんが信者だったんですよ。私の両親は、東の信者と結婚することには強く反対しましたね。でもあの人は『別に結婚しても信者になる必要はないから』と、根気強く説得してくれたんですよ。で、やっぱり私は今も信者じゃないんだけど、娘の輝子は、お父さんの誠実な生き方に惹かれたのか、自ら進んで入信したんですわ。――私にとっても、いい夫でした。病気で亡くなってしまったけど……」

 そこでトモ達の顔を見て、笑顔で言った。

「――ごめんなさいね。つまらない、辛気くさい話をしてしまって」

「いえいえ全然……」

 和人が返事をしたが、母親の話を興味深く聞いていたのは、むしろトモの方だった。

「ま、そのお父さんの遺した祭壇だから、こうやって私が毎日発光体に灯火を入れてますけどね。でも、祭壇には遺影どころか、花すらも飾れないのは正直物足りないのよね」

 その時、薄緑のホットパンツとTシャツ姿の輝子が、バスタオルで頭を拭きながら部屋に入ってきた。

「母さん、次入って」

「ああ。じゃ、ご無礼して……」

と母は立ち上がって、居間を出ていった。

 トモは、高原先生のその姿に少しドキっとしていた。いつも学校では、白を基調としたあまり肌を露わにしない格好ばかりだった。髪も普段は後で纏めているので、こんなに長いとトモは知らなかった。先生の太腿を見るのも初めてだった。

 輝子の母が出ていったので、トモは話を切りだした。どうしても訊きたいことがあった。

「あの、こんなことを訊いて良いか迷うんですけど……」

「いえ、トモ君のためなら、何でも答えますよ」

と輝子は優しく言った。

「単刀直入に訊きます。今、先生は東救光教のことをどう思ってますか。僕も色々調べたんだけど、やっぱり、恐いという状報が多くて……」

 輝子はしばらく考えた後、話し始めた。

「ところで、その『状報』という言葉は、私達が信じる『光法の教え』によれば、『報知』って言い換えるんですよ。知らないでしょ」

 トモは知らなかった。用、済、などの言葉がダメなことは知っていたが……。

「知りませんでした。す……ごめんなさい」

 輝子はトモのさっそくの配慮に気づいたようだった。優しい笑みを浮かべた。

「別にトモ君は謝る必要などないんです。――光法の教えには、道徳的教えはあまりなくて、とにかく言葉なんです。何故そうなのか、歴史的なことは私も知らないのですが、不快な言葉が何かを定かにさせておきたい……。そしてその気持ちを後世に伝えていきたい……。そんな想いが、教えの中に宿っていると私は考えるんです。だから今もこの教えに従いたい……」

「そうですか……」

「綾子さんを酷い目に遭わせてしまったのに、ごめんなさい」

「いえ、なんとなくわか……いや、納得できます」

「嬉しい。でも、今回の事件を主導した支部長の若葉さん達とはきっぱり手を切りました。そもそも、若葉さんは、導師様から破門されたそうです。私も実は教団から、二年間の謹慎処分を受けました」

「そうなんですか……」

 トモが素直に輝子の話を聞いている間、和人の方は、それはもしかしてトカゲの尻尾切りのようなものかもしれない――そんなことを考えていた。

「今回のことはもちろん深く反省しています。校内に信者を招き入れたのは大きな誤りです。でも信仰はやめません。若葉さんも過激な行動をしてしまいましたが、信仰の気持ちが強すぎたせいだと思います。だからと言って許される行為ではないですが……」

 トモは彼女の純粋で強い信仰心がむしろ嬉しかった。

「ところで、私も他の信者のように言葉の修行を受けたんですけど、俗にいう言葉アレルギーは他の信者ほどはないんです。どうしてだか分かります?」

 笑顔で話した言葉に、トモは少し驚いた。

「『わかる』って東の信者も使うんですね。使わないと思ってました」

 そういえば、先生がその言葉を使ったのは、今が初めてだとトモは気づいた。いつも授業では『頭に入りましたか?』とか『納得できましたか?』とか、言い換えていた。理という言葉も使ったことはなかった。

「はい、実は信者は使いません。ちょっと待っててくださいね」

 そう言って、輝子はしゃがんで、ディスプレーの横のラックからメディアカードを取り出し、プレーヤーに差しこんだ。手をついた状態で、輝子がそのまま振り向いた時、トモの視線は思わず胸の谷間に向かってしまった。ちなみに、和人も思わず横目でちらりとそれを覗き込んでしまったことは絶対に内緒だ。

「私は高校時代に、これを見て数学が好きになったんです」

 画面に映し出されたのは、高校生向けの数学と状報技術の教材ソフトだった。

 CGで作られた動物のキャラクターが登場して、コミカルに問題の解き方を説明していく。

「このソフトって、冒頭でいつもこのコミカルなライオンのキャラクターがね……」

 その時、画面のキャラクターが叫んだ。

「貴様等、るまで繰り返し見るんだぞー! がおー」

 その臭い演出は、とても高校生向けビデオのセンスとは思えなかった。

「こういうセリフで始まるんです。他にもたくさん私達信者が使わない言葉が何度も出てくるもんだから、観ているうちに、言葉への抵抗がかなり減ってしまって……」

 輝子は苦笑いをした。

 その番組は、『三体問題』を解説したものだった。質量を持つ三つの球体が、三次元空間上で動く様子がCGで表示されている。位置や速度、質量などの条件を変えると、三つの物体はニュートンの万有引力の法則に従い、全く予想もしないようなユニークな動きをした。表示されている画面は、リアルタイムに見る角度を変えることができた。

 トモはたちまちその面白さに一気に引きこまれた。計算方法にも言及し、それは時には高校のレベルさえ越える高度な内容だったが、トモには十分理解できる内容だった。

 番組が一通り終了し、続いて、内容のおさらいの映像が流れ始めた。

 そこで、輝子が「面白かった?」と訊ねると、大きな声で「はい!」というトモの返事が返ってきた。目が輝いていた。

「私は、この番組が一番好きなんです。これには、付録として、簡単な多体問題のシミュレーションソフトが付いているんですけど、自分でパラメーターが設定できるので、それで試行錯誤しながら、ああ、こう動くのねとか、何度も遊びました。なんか、小さな宇宙で惑星を使っておはじきでもしているような気持ちになれるんです。そういえば、七王君にも、惑星軌道計算については、色々教えましたね」

「実は、高原先生にその方法を聞いて、僕は宇宙が更に大好きになったんです。だから、苦手だった数学も積極的に勉強するようになりました。異星科学言語研究所を受験しようと思ったのも、先生のおかげなんです。そんなきっかけを与えてくれたことを感謝したい気持ちをどうしても伝えたくて……」

「そうだったんですか。教師冥利に尽きます」

 そう言って輝子は小さく笑みを浮かべていたが、画面を見る和人とトモの表情が変わっているのに気がついた。

 おさらいの映像も終わり、最後に、制作者名等が表示されたのだが、そこには、

《構成――畠山実、生駒いこまあずさ》

という二人の名前があった。あずさ――は紛れもなく、トモの母の名だった。

「お母さんだ!」

「え?」

「これ作ったの、僕のお母さんです!」

「知らなかった……。あずさが昔こんな仕事もしてたなんて……」

 和人も驚いた様子だった。

「トモ君のお母さんは確か行方知れずになったと……」

 その言葉に和人が頷いた。

「そうだったんですか。そんな縁で結ばれていたとは……実は、このソフト、亡くなった父が買ってくれたんです。不快な言葉を何度も使ってるけど、面白いからぜひ観なさいと……」

 そう言って輝子は涙を流した。トモもつられて涙が出た。

「今日、僕、泣いてばかりだ」

 トモの言葉に、和人も今回ばかりは涙をこらえることができなかった。風呂から出てバスローブを羽織った輝子の母は、三人の様子に気づき、居間に入るタイミングを計りかねていた。


   ◆


 その後、トモと輝子の二人は外へ出た。気持ちよい風が吹き、潮の匂いがした。空には一面美しい星空が広がっていた。

「――綺麗ね」

「――はい」

 しばらく二人だけの静かな時間を過ごした後、トモが話し始めた。

「先生、質問がもう一つ、あの星のことなんですけど……」

 トモは強く光る一つの星を指差した。やや青みを帯びた星だ。

「周星――ですか。七王君も、地球と周星とのことに気づいたんですね」

 その言葉にトモは「やっぱり!」と声をあげた。

「何年先かは計算しましたか?」

「はい、約二十七年後です」

「ご名算……こういうことは、普通はずっと何年も先の話ってことが多いんだけど、これは私達が生きているうちに起きることなんですね。わずか三百年昔に、太陽系が大きく変わったばかりだから、こんなことにも人類は遭遇できるのかしら……」

 輝子はずいぶんあっさりとそんなことを言った。そして、トモの方を向いた。

「きっと、今回の研究生募集もこのことと関係してるのでしょう」

「先生もそう思いますか?」

「はい。こっちに戻ってきてから気づきました。でも、言葉を覚えた後、あの星の人達とちゃんと話し合うことができると思いますか?」

「それにはまず、この地球という星の人達が分か……お互いをもっと知り合わないと……」

「……ほんとね」

 トモがまた「分かり合う」と言いそうになったことに気づき、輝子は自分自身のことを考えた。分かり合う――そんな言葉すらも拒む宗教の信者だという皮肉……。

「――もしも、今度行く研究所に、東や西の信者の生徒が来るとしたら、真っ先に話しかけて、絶対に友達になってみせます」

 難しい約束であることはトモも分かっていた。

「私もそうなるように願っているわ。君にならできると思う」

 そう輝子が言った時、「あっ――」とトモが声をあげた。それは、一筋の流れ星だった。

 二人はその流れ星が消えるのを静かに見続けた。


  ◆


 翌朝、トモと和人が家の外でタクシーの来るのを待っていると、輝子はトモにメディアカードを渡そうとした。

 しかし、トモは「要りません」とカードを輝子に返した。驚いた彼女に、トモは言った。

「実は昨日言いそびれてたけど、映像にもう一人名称が出ていた畠山さんという人、僕、知ってます」

 今度は和人が驚いてトモの方を見た。

「この人は、今、異星言語科学研究所で働いているはずです。同じ受験志願者の渉君から届いたメールに、研究所にいた畠山さんの話が出てたんです。下の名も同じ実だから、きっと間違いないと思います。だから、僕はその人から直接学ぼうと思います」

「そうなんですか。素敵ですね。その人に私のこともぜひ伝えてください」

「はい、必ず! それと先生……」

「はい?」

「またいつか、再び学校に戻って、数学や科学の面白さを、そして夢を与えてください!」

 輝子は少し間を置いてから、力強く言った。

「ええ、難しいことかもしれないけれど――約束します」

「あのどうも、長々とお邪魔してしまいみませんでした」

「いえいえ、娘の素敵な生徒さんに会えて本当に嬉しかったわよ」

 輝子のそばで父が『みません』と言ったのはまずかったのでは? などとトモがあれこれ考えているうちに、自動運転タクシーが到着した。

 二人はタクシーに乗り込み、次の目的地に向かった。高原親子は、走り出した車を見えなくなるまでずっと見送り続けた。

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