第8話  新製SLに隠されてた秘密

 老舗しにせ出版社の書庫という所は、一応整理保管されている事にはなっているが、町の図書館などと違って何がどこにあるのか今一つ良くわからない。それに、どうも空気がよどんでいると言うべきか、古ビルの窓が無い地下という立地もあり、廃刊や絶版のうらみつらみが立ち込めている霊気れいきただよっている。ただ、こういった場所には必ず「主」がいて、縦横と無造作に置かれている本の山から、こちらのお目当ての本を確実に探し出して来てくれるのはありがたい。


「この五冊が多分そうですかね。比較的最近の雑誌ばかりだから、みんな手元にあって良かった」


 勤続が長そうながらも見た目年齢不詳のおじさんから、私はまだ新しい鉄道雑誌をお礼を言って受け取る。


 どれもこの出版社が発行している本ではない。ただ、田口さんは間違いなく仕入伝票を見たと言っており、その雑誌になら三陸夢絆さんりくゆめきずな観光鉄道の特集記事が載っていると言っていた。主要な記事タイトルまでもきちんと帳簿の仕訳備忘欄しわけびぼうらんに記録しておくのが、融通の利かない万年ヒラ経理社員の仕事ぶりを思わせる。


 私は旅ライターとして鉄道には良く乗っているが、いわゆる鉄道雑誌類はほとんど読まない。鉄道車両そのものにあまり興味が無く、その代わり時刻表ならボロボロになるまで使い込む。探してもらった雑誌を抱えて、書庫につながる廊下に並ぶ机から空きを探す。意外とここで資料探しをしている編集者が多いのか、ほとんどの席には誰かが座っているか、恐らく予約と思われる私物が置いてあった。


 一番奥の机が空いていた。薄暗い。歳を取って来ると、暗いところで本を読むのが辛いのだ。なるほど、この席が空いているにも理由があるわけか。あきらめてページをパラパラめくると、先日乗ったSL観光列車がすぐに目に止まる。どの鉄道雑誌もSL観光列車への試乗自体の記事よりも、圧倒的に車両解説やら車両製造に関した内容が多い。そう、SLなのに車両製造の記事があるということ、すなわち、三陸夢絆観光鉄道のSLは「21世紀に作られた新しい蒸気機関車」なのである。


 工藤弁護士からの宿題である「上下分離方式」と「特定目的鉄道」のうち、上下分離方式についてはそれなりにわかった。後は特定目的鉄道であるが、もう一つ大事な調べごとがあり、それが三陸夢絆観光鉄道の新製SLの特徴を調べておくことだった。


 今回の取材目的は、単純な紀行文に留まらず、三陸の被災地にSL観光鉄道が生まれた経緯をレポートすることである。どちらかというとビジネス雑誌に近い切り口でという要望であったが、そもそも依頼主である老舗出版社はビジネス分野とは無関係の出版社なので、異分野へのハードランディングは避けたい。一方、比較的堅調なビジネス本の世界に進出するには、それなりのヒット作が欲しいと。


 恐らくは、話題となっている三陸夢絆観光鉄道でもやってみるかという、いかにも分野専門の担当者がいないにふさわしく、あっさりと企画は決まったのだろう。それが証拠に、担当編集者もビジネス分野はおろか、鉄道の事さえも良く知らないときている。


 「何でも協力しますから、要望は遠慮えんりょなく伝えて下さい」と言われても、こちらの質問メールには「がんばってください」だけ、せめて遠いんだから取材予算を増やしてとメールすれば「上と相談します」と素早い返答。これでは、全て自分で調べ自分で動くしかない。「完成原稿を納品しないと支払いにはカウントされない」と、田口さんはそう言ってた。あきらめの速さと決断こそ、フリーライターで生き残る必須条件なのだが・・・・・・。


『21世紀の新規製造蒸気機関車』


 ケンジ君も工藤弁護士も共に、三陸夢絆観光鉄道が実現したのは、「事業計画」と「新製蒸気機関車」のおかげだと言っていた。事業計画の理解については、私自身が数字方面にうといので、また、田口さんの手を借りることになるだろう。一方、SLに関しては、すでに国内外の保存SLを探し回ったが断念した話まで聞いている。小型SLには牽引力けんいんりょくの問題があることも聞いた。


 ところが、現実に三陸夢絆観光鉄道を走っているSLは、重量わずか八トン足らずの超小型SLが主流なのである。実際、目の前で見たが想像以上に小さかった! これでは「小型SLは物理的にボイラーが小さいので出力が弱い」という話と、かなり矛盾しているではないか! 小型SLは牽引力が無いので採用できない、という結論の話はどこに行ってしまったのか?


 そこで私はハッとした。「21世紀の新規製造蒸気機関車」という事は、製造が数十年前の保存SLなどと違い、きっと超高出力の最新ボイラーを採用しているのではないか? 自動車だってエンジン排気量をダウンサイジングさせているが、性能はむしろ以前より高い。そうだ、そういう事なのだろう。


 そんな私なりの疑問を解くべく、該当する鉄道雑誌のページを繰る。やがて五冊全てをチェックし終わった時、その正しい答えがわかった。私は全く間違っていた。21世紀に製造されたSLのボイラーとは、ものすごく平凡な石炭焚きのボイラーでしかない。ただし、ボイラー以外に今の時代ならではの仕掛けがあった。何と三陸夢絆観光鉄道のSLは「蒸気と電気のハイブリッド仕様」だったのだ!


 ちょっと話が脱線するが、鉄道模型の世界にも当然SLはある。しかもSL模型の人気は高い。大きな動輪とロッド(車輪の連結棒)がくるくると回りながら走る様は、いつでも模型レイアウトの主役だ。また、その細密さを見ると、これが子供のオモチャだとはとても信じられない。触るのにも手が震えてしまいそうな、ちょっとした工芸品にまで見えてくる。事実、ハンドメイドの高級鉄道模型は相当な高額となり、その最高峰とされる模型メーカーの本業は「宝飾店」だと言う。ここまでくると、もはや子供のオモチャなどではない。


 どこから見ても本物そっくりで、細部まで手を抜かずに作られた鉄道車両、とりわけSLも、これが模型となると石炭をいて走るのではなく電気モーターで走るのである。という事は、これは電車ではないのか? いや、模型だから動力など関係無いのだろうか? 実際、石炭は焚かず電気モーターで走るので、模型からはSLの走行音もしないし、煙突からは黒煙も出てこない。


 そんな不満に応えるように、SLの走行音が出るサウンド装置や、煙まで出る仕掛けもあるらしいが、そんなに本物のSLと同じ機構の模型で欲しければ「ライブスチーム」という、まさにボイラーに火を焚く本物と同じ仕組みのSL模型もあるそうだ。ただし、これは相当大きい上に危険なので室内では遊べない。もしバレれば消防法にも引っかかる。熱源に火を使わなきゃ大丈夫だとも言うが、それでは火を焚くSLとは違ってしまう。室内でSL模型を楽しむのなら、電気モーターであることは確かに合理的なのだ。


 さて、話を本物のSLに戻すが、鉄道雑誌では当たり前の様に、三陸夢絆観光鉄道のSLがハイブリッド仕様であることが解説されている。しかし、21世紀の最新型SLと呼ぶには少し妙な仕組みとなっている様だ。それは、伝統的なSLの機構にバッテリー駆動の電動モーター装置が、ただ単純に連結されているだけに過ぎない仕組みなのだ。これでハイブリッドなのか・・・・・・?


 いったいどういうことか? 簡単に記事を要約すると、超小型のSLを新しく作ったが、重量面のメリットと引き換えに出力は弱い。そこで、機関車の後ろにバッテリー駆動の電気モーター車(ブースター車)を連結し、事実上、蒸気機関車と電気機関車の重連運転になっているのだと言う。


 ただし、見た目は一両のSLにしか見えない。その様にうまくデザインされているのだ。本来なら「タンク機関車」としてSL本体だけで済む。子供たちには【きかんしゃトーマス】の「トーマス」や「パーシー」と言えば、すぐに形が理解されるだろう。ところが、三陸夢絆観光鉄道のSLは、同じく【きかんしゃトーマス】で言えば、「ゴードン」や「ジェームズ」の様に、後ろに石炭や水を積んだテンダー(炭水車)がつながっている。


 つまり、三陸夢絆観光鉄道のSLは、本当はタンク機関車なのだが、外見上は「テンダー型」のSLなのだ。このテンダーの中には、バッテリー駆動のモーターが入っており、それだけでも十分な出力が発揮されるので、SLの非力さは十分にカバーされる。まさしく自動車のハイブリッドカーのガソリンエンジンが、ここではボイラーになった! そういう関係になっているのだ。


 しかも、このテンダー部分に、実際には水も石炭も積んでいるので、相当な距離を給水給炭無しに走れると言う。そういった事も、三陸夢絆観光鉄道での現場使い勝手の良さにつながっている。


 SLの新規製造に関する話にもかなり興味深いエピソードがあった。このSLの設計段階には、なんと工業大学の学生たちが関わっていたらしい。大学での研究実習を兼ねて、古いSL設計図面を探し出しデジタル化する。これにより三次元CAD化ができる様になるので、元のSLの大きさを自由に変えたり、部品強度やコストとの関係を科学的に検証する事もやっていた。さらには、3Dプリンターで精密立体模型を作り、設計図面と実車との問題点を徹底チェックしていたのだ。そういった経過の上で、三陸夢絆観光鉄道は鉄道車両製造メーカーにSL製作を依頼し、その後も互いに技術的なやり取りが続いているとの事だった。


 三次元CADとは、コンピュータを利用した設計のことで、CADとはComputer Aided Designの略となる。古いSL図面は全て手書きのアナログであり、加えて小型SLは外国製がほとんどなので、設計単位をインチなどからミリに直さねばならない。そのためにも図面のデジタル化が必須なのだ。三次元CADなら、デジタル化により製作物を立体化して作図が行えるので、単に平面図を見るよりも直感的に理解がしやすい。特にSLは部品構造が複雑なので、この作業無しにはSL経験の無い人には機構の理解は難しい。


 3Dプリンターは、一般にプリンターと呼ばれる装置が紙など平面的なものに「印刷」を行うのに対して、三次元CADデータを元に「立体模型」を作り出す装置に対して使われる用語である。今「立体模型」と書いたが、既に実用部品を作り上げるレベルにまで技術が達し、海外では3Dプリンターを使った実弾じつだんが使える拳銃けんじゅうの製作方法が出回り、ネット上で閲覧えつらんが規制される騒ぎまで起こっていた。


 その様な技術環境の進歩の一方、工業製品を作り出すには、設計図面が必要なことに未だ変わりは無い。こんな当たり前の事を、意外と我々は理解していないのだ。ケンジ君たちも最終的にSLを新規製造すべきだ、という意思決定までは良かったのだが、その発注先については全く決まらなかった。既にSLの製造設備が無い、製造経験者がいないなどの理由も大きかったが、肝心かんじんの設計図面が無いのでは検討のしようが無いというのが、実は車両製造メーカーからの返答にも多かったらしい。

 

 古いSL設計図面を三次元CAD化して、そこに現在の法規に従ったボイラーを載せてみる。ボイラーは専門メーカーで造るので、その発揮はっき能力についてもきちんとデータ化して入れ込む。その結果、いくら新品ボイラーであろうとも、どうしても期待する牽引力けんいんりょくには全く足りない。陸泉鉄道はけっこう勾配も多く、山側の区間には坂の続くトンネルもある。しかし、アナログ図面をデジタル化したメリットがここで出た。


 データを加工してボイラーの大きさを車両限界ギリギリまで大きくしてみたり、弁装置と呼ばれる走行部の検討では、高圧蒸気の熱エネルギーを、膨張ぼうちょうによってスライド運動エネルギーに変換する装置を極限までいじったり、実に様々な理論上のトライをしてみたらしい。


 そして、それらの案はどれも実施効果が期待よりもかなり低いか、あるいは非現実的な手法であることを早期に理解した。何よりも関係者全員が一番理解できたのは、そういった改造をコンピュータ上で行うと、そこには見たことも無い形態のSLが出来上がってしまうことだった。これらを知ることができたのは、図面データをデジタル化したからこそなのだ。


「SLには、SLとしてのスタンダードな形(デザイン)がある」


 関係者全員がそういった結論に辿たどり着いたことで、あらためて正攻法による牽引力アップへの検討が進み、各国SLの実際事例なども深く検証してみた。スタンダードなSLデザインから外れると偽物にせものとされる! そして、その結論こそが「電動モーターによるブースター装置」であり、まさしく蒸気と電気のハイブリッドによる「21世紀の新製蒸気機関車」実現へとつながったのである。


 ただし、自動車のハイブリッド機構とは異なり、蒸気機関と電動モーター駆動とは、同時にコントロールができなかった。専門的には総括制御そうかつせいぎょが出来ない状態と言うらしいが、要するに、SLにはSLの運転手段が、バッテリカーにはバッテリカーの運転手段が双方それぞれに必要であり、そこには全く無いということだったのだ。


 この問題は、後々の運輸局による車両認可の際に、これは一台の機関車なのか、それとも二台の機関車なのかで悩ませる話にもなるのだが、とにもかくにもハイブリッド方式により、超小型SLの牽引力問題は解決できた。さらにはSLの製造上でも大きなメリットが生まれた(と、鉄道雑誌に書いてある)。


 まず、SL自体を小型軽量にできるので製造コストが大幅に下がる。さらに、バッテリーによる電動モーター方式は、今では電気自動車の大量採用のおかげで、装置もコンパクト且つ高出力、しかも調達コストが思いのほか安かったのだ。さらに製造の過程上でもSL部分は伝統的SLとして作る事ができ、ブースター装置はこれとは別に作れるので、製造メリットどころかメンテナンスにまでプラス効果が及ぶ。


 東野とうの工業大学の岩木教授は、電動装置にはできるだけ自動車と同じ汎用品はんようひんを使うべきと主張し、そして実際にも採用されたのだが、鉄道雑誌では批判的な意見が多かった。自動車は鉄道輸送を衰退すいたいさせたライバル! そういった感情が鉄道雑誌の記事からは読み取れるように思えた。


 ところで、このSLを製造している「北三陸きたさんりく重工業」では、向こう五年間で実に十台もの受注バックオーダーを抱えていると、その鉄道雑誌には書いてあった。


――これからさらにSLを十台作るだって!


 三陸夢絆観光鉄道には、すでに四台ものSLが走っている。この先にあと十台も本当に導入するのか? それはシロウトの私から見ても明らかに疑問な両数だ。それとも、これも三陸復興計画の関係によるものだろうか? あるいは、記事を書いた鉄道マニアの勝手な推測なのか? これから向こう五年とは、まさに東京オリンピックをはさむほどの期間だ。やはり、震災はどこまでも政治に利用されて行くのか・・・・・・。


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