センチメンタル・タイムスリップ

「それじゃ、乾杯」

「えへへ。かんぱーい」

「いやー、久しぶり」

「久しぶりだねえ」

「びっくりしたわー」

「私もびっくりした。まさかうちの会社に同級生が営業に来るなんて」

「俺だって。なんか、名刺見たら見たことある名前だったからよく見たら本人だし……坂本さん、顔変わんないね」

「うわ、ひどい。まぁ、よく童顔だって言われるけどさー」

「ははは」

「西野君もあんまり顔変わんないじゃん。高校生が来たのかと思ったよ」

「うわ、もう二十四なんですけど」

「あはは」

「ちぇー」

「はは……でも西野君、よく私の顔なんて覚えてたね」

「え?」

「だって、私たちほとんど話した事ないよね? クラスは一緒だったけど」

「あーそれは……坂本、席近い事多かっただろ? だからだよ」

「えー? もう七年も経ってるのにー?」

「俺、顔覚えるの割と得意だし。そういう坂本だって、俺の顔覚えてたじゃん」

「えー。私はおぼろげだったからなあ。西野君が「あっ」って驚いてるの見て、そこで気づいたし」

「ひでー」

「あはは、ごめん、ごめん。でも私、男子とはほとんど話さなかったからなー。高校の頃」

「そうだね。まぁ俺も、女子とは業務連絡くらいしか話さなかったし」

「業務連絡って。あはは」

「い、委員会報告とか! プリント回すときとか!」

「あはは、わかるよ。わかる」

「なんだよー。笑うなよー。どうせ地味なグループでしたよー」

「はは、まぁ、私も決して派手な女子じゃなかったからね」

「そうそう」

「ねー」

「……でも、一回だけ話したよな?」

「え?」

「いや、なんか、どうでもいいこと。今日の宿題何ページだっけ? 的な話したような」

「……そうだっけ?」

「……いや、わかんね。坂本じゃないかも」

「なんじゃそりゃ」

「ははは。高校懐かしいな。井上とか元気かなー」

「あー。井上君懐かしい! 仲良かったもんね!」

「そう。でも最近は全然連絡取ってないからなー」

「あっ! そういえば! 倉ちゃんって覚えてる? 倉橋加奈ちゃん」

「ああー覚えてるよ。たしか中学も一緒だし」

「その倉ちゃん! 戸塚君と来月結婚するって!」

「え? 戸塚って……二組の戸塚聡?!」

「そう! 戸塚聡! ちょっと不良の!」

「まじで! えー、そうなんだ。全然知らなかった」

「ねー。私も全然知らなかった」

「そっかー、もう二十四だもんな。結婚するやつも出てくるよなー」

「ねー」

「……坂本は、今彼氏とかいるの?」

「……なんだい。急に」

「いや、この流れは聞くべきかなーと思って」

「……ふふ、まぁ、いるよ」

「……まじかよ。えー、俺、今から口説こうと思ってたのに」

「あはは、嘘ばっかり。そういう西野君は?」

「漫画の中にならいっぱいいるんだけど」

「だめだこりゃ。あはは。そういえば、授業中に漫画読んでたね」

「よくご存じで」

「近くの席だったものですから」

「左様でございますか」

「なにそれ」

「わかんね」

「あはは」

「そういえばさ、まだやってんの? 楽器。吹奏楽?」

「あー。短大のサークルまでは吹いてたけど、今は全く」

「そーなんだ」

「うん。なかなか時間なくてねー」

「あー。練習とか大変そうだもんな。家じゃ出来なそう」

「そうなんだよー。意外と響いて大きい音出るからアパートじゃ出来ないんだな」

「そっかー」

「西野君はたしか……卓球、だったよね」

「……うん。え、よく知ってたね」

「なんか、結構強かったんじゃなかったっけ? うちの卓球部。表彰されてたよね」

「あー団体戦で表彰された。懐かしい。もう全然ラケット握ってないなー」

「たまにやりたくなったりしないの?」

「なるよ。でもまあ、一人じゃできないし。当時の仲間とはなかなか会えないし」

「そっかー。池内君とかは? なんか、呼んだら来そうなイメージ」

「池内は今、彼女といちゃいちゃ暮らすのに忙しいんだと」

「えっ! そうなの?」

「同棲二カ月……くらい」

「うわ、一番楽しい時だ!」

「そうなの? まさか、坂本も同棲中?」

「違うよ。一人暮らしだもん。イメージだよ、イメージ」

「そっか」

「ねー」

「ん?」

「なんだか不思議だね」

「んー?」

「だって、高校でクラスメイトだった時は、毎日顔合わせてたのに、ほとんど話した事なかったでしょ? なのに、今こうして当時の思い出で盛り上がれるって」

「俺は、今、坂本って結構喋るんだなって考えてた」

「なにそれ」

「いや、坂本ってクラスではどっちかっていうと地味なタイプで、おとなしいイメージだったから。で、今日、坂本誘った時、断られるだろうなーって思ってて、ダメ元で話しかけたら、まさかのオッケーで」

「当時から仲良い友達にはうるさいってよく言われてたけどねー」

「うるさくはないよ。でも、今日話せてめっちゃ嬉しいっす」

「……西野君。もしや、酔ってますか?」

「酔ってませんよ」

「ませんよって。あはは、西野君だって喋るじゃん。もっと口数少ないイメージだった」

「当時は女子と話す事に慣れていなかったので」

「あー、今はもうガンガン話せるくらい女の子と付き合ってきたんだね?」

「いやいやいや! 今も慣れてないですよ。ドッキドキですよ!」

「はいはい」

「あー信じてない。俺、今日、坂本に声かける時、ものすごい緊張して、勇気振りしぼったのに」

「はいはい」

「大体、女の子と二人きりで飲みに行くなんて初めてなんですからね!」

「あはは。西野君酔っ払いだ」

「うはは。酔ってないよ」

「嘘だー。顔赤いもん」

「赤くないし」

「あはは」

「あーもう」

「あー楽しいな」

「うん」

「なんだか、学生時代に戻ったみたい」

「タイムスリップだ」

「そう。タイムスリップ」

「あのさ」

「でも、こうやって二人で飲むのは、今日だけにするね」

「え」

「ほら、その、彼氏がさ、心配するからさ」

「え、あ、そりゃ、心配するよな。偶然再会したイケメンの高校時代の同級生と、ふたりっきりとか」

「イケメン……?」

「うっせー!」

「あはは」

「……どうせ彼氏様にはかないませんよー」

「いや、彼氏もイケメンではないよ。めっちゃ優しいけど」

「うわ、のろけられた」

「いいでしょー」

「……いいなー。俺も彼女欲しいなー。超大事にするのに」

「漫画の中にいっぱいいるんじゃないの?」

「そりゃ、いるけどさー。違うじゃん。そうじゃないじゃん」

「あはは」

「あーもう」

「西野君酔ってますね」

「酔ってませんー」

「弱いなあ」

「弱くねえもん」

「あはは。あー、西野君と来週からしばらく一緒に仕事するって変な感じ」

「なー。頑張るよ、俺」

「うん。いいモノ作りましょう」

「おし、今日は飲むぜー」

「あはは。私も飲むぞー」

「うはは」

「あはは」



*帰りの電車 西野

 

 会わなければよかった。話しかけなければよかった。

 でも、名刺見て、当時の想いとか、教室の空気とか思い出しちゃったんだ。

 あの頃の俺が今くらい積極的に話しかけていれば、何かが変わっていたんだろうか。

 あーくそ、ひっこめ。大体、今日会うまで存在忘れてたじゃないか。

 ……いや、そんなことないけどさ。たまに思い出してたけどさ。

 あー、来週からちゃんと仕事出来るかな。しないとな。かっこ悪いところ見せたくないもんな。

 あー、くそ。くっそ。ひっこめ。ひっこめよ。



*帰りの電車 坂本


 ひとつだけ、嘘をついた。

 正しくは「今、何ページって言った?」だよ。

 授業は現代文。席は私が一番後ろ。君がそのひとつ前。

 私はびっくりして、きっと目を丸くして、眠気も吹っ飛んで、教科書をめくる君に「百三十二ページ」って言った。

 君は「ありがと」って言うと、いつも通り背を向けて課題に取り組み始めた。

 それからは、何度も、何度も脳内でそのやりとりを再生した。

 再生しすぎて、本当にあった事なのか、私の妄想なのか、わからなくなるくらいに。

 あの時私が勇気を出していたら、何かが変わっていたんだろうか。

 でも、私は大人になった。

 彼氏の事は大好きだし、今とっても幸せ。この生活を大事にしたい。

 だからもう会わない。会っちゃいけない。

 なんだか少し淋しいのは夜のせいだ。

 だから、今夜だけ。家に着くまで。それまでにはとめるから。いいよね。


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炭酸パスポート 東村かんな @kanna

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