第4話 ゲームの神様

城の外は当然ギャルゲーの世界とは、全くかけ離れた街が広がっていた。

レンガ作りの家が立ち並ぶ街、石畳の道には馬車を率いる人や、甲冑を纏った戦士やターバンを巻いた商人風の人々。行き交う町の人々の服装が現代人の格好ではない。

状況が飲み込めなくて何度も否定してきたけど、認めるしかないようだ。


僕はギャルゲーの主人公ではなくて、RPGの主人公になってしまったみたいだ。


これから本当に魔王討伐の旅になんか出なくちゃいけないんだろうか。

これまでの状況を思い返してみても、僕にRPGの主人公に必要な力が備わっていないと思われる。

魔王を倒す力があるなら、とっくに城から逃げ出せただろうし、女の子に持ち上げられるなんて惨めな思いもせずに済んだはず。

試しに腕の筋肉が盛り上がるかどうか、グッと力を入れて曲げてみるも、ほんの少しだけ力こぶができただけだった。


するつもりもないけど、もう始まる前から魔王倒すの無理ゲーなんだが。

っていうかこんなんじゃ旅が始まった途端に魔物に襲われて死ぬのが決定してるようなもんじゃないか。

どうしよう、どうする?! 状況を受け入れた途端に焦る気持ちも増してきた。

このままじゃ死んでしまう。

パニクって走り出そうとした時だった。


目の前に何かが落ちてきた。

レンガが割れる轟音とともに衝撃が体に伝わる。風に押されて僕は後ろに倒れた。


落ちてきた辺りには土煙が立ち込めて、よく見えない。


「英雄様、お怪我はございませんか?」


セニアが僕に駆け寄ってくる。

土煙の方向を睨み付け、彼女は僕を守るように前に立つ。


「わたしの後ろにいてください。もしかしたら魔王の手先かもしれません」


「嘘⁈ いきなり街中に出てくるもんなの‼︎ 」


「いえ、王都は結界で守られているので、まず魔物が現れることはないのですが」


あーもう、嫌な予感しないよ。絶対魔物だよ。

セニアと会話を交わしてる間に土煙がおさまってくる。よく見ると落下地点にはボンヤリと人影らしきものがいた。

人影は僕たちの会話が聞こえたようで、こちらに向かってくる。

セニアは足を開いて身構える。完全に臨戦態勢だ。


「ちょ、ちょいちょいちょい待ち‼︎そんな構えないで、 敵じゃないぴょん 」


「ぴょん? 」


人影もこちらの様子が見えたらしく、話し掛けてきた。ゆっくりと土煙から近づいてくる人影の姿がはっきりとしてくる。

姿を現したのはこれまでに見たこともないような奇妙な奴だった。


「ほ〜ら、魔物じゃないぴょん」


ピンク色のうさぎの着ぐるみみたいな被りもの、スクール水着に黒い網タイツ。

スクール水着を着ているが、骨ばった体と股間のモッコリから明らかに男だった。

出てきたのは魔物ではなくて変態だった。


「ぼくちんは……ってぴょわぁ‼︎」


うさぎが変な悲鳴を上げたと思うと、セニアが顔面目掛けてパンチを放っていた。うさぎは顔にくらいそうだった一発をかろうじて避ける。


「おのれ、魔物‼︎ 王子には指一本触れさせませんわ! 」


「だから魔物じゃないぴょん、落ち着くぴょん‼︎ 」


「黙りなさい、怪しい奴め‼︎ 」


パンチを放った勢いでうさぎの後ろに回ったセニアは、足を折り曲げ、鳩尾めがけて鋭い蹴りを入れた。


「ぴょべぶうぅぅぅぅ」


何とかの拳の雑魚みたいな悲鳴を上げて、後ろに吹っ飛ぶうさぎ。

すかさず追撃を加えるため、間合いを詰めるセニア。


「お待ちなさい」


男の声がセニアを制し、セニアとうさぎの間に何かが割り込む。

太陽の光を反射して輝いて見える何か。よく見ると、銀色の毛並みの美しい鳥だった。うさぎを守るように翼を広げ、セニアを阻む。


「み、ミカくん。止めるのが遅いぴょん」


「申し訳ありません。少し離れたところに着陸しまして、間に合いませんでした」


声の主はこの鳥のようだ。

鳥はエメラルドグリーンの瞳を向けて、微笑むように嘴を上げる。


「セニア・ブルーム、新藤英雄。私の名はミカエル、あなた方の敵ではありません。我々の話を聞いてほしいのです」


「そう言われていきなり目の前に出てきた者を信用できませんわ」


喋る鳥とナチュラルに会話してますけど、そこは驚くところじゃないのか。魔物が日常的に出てくるRPGじゃ珍しくもないことなのかな。

ミカエルの言葉を素直に信じられないセニアは構えを崩そうとせず、向かい合った1人と1羽の間の緊張は緩まない。

しかし、セニアの態度とは逆に僕はミカエルの話を聞いてみたいと思っていた。

なぜならミカエルはRPGの登場人物が知りえない僕の名前、新藤英雄と呼んだからだ。


「まあ、そう思うのも仕方がありませんね。ですが、あなたの主は私と話をしたいようですよ。セニア・ブルーム」


「王子が? 」


「気になるのでしょう。私がなぜあなたの名前を知っているのか」


「一体誰なんだ、あんたら」


「詳しくは私とあなたと、そこで呻いている御方と3人だけで話たいのですが。彼女が聞いても到底理解できる話とは思えませんので」


「王子‼︎ 危険ですわ」


「殺すつもりがあるなら、とっくにやってますよ。魔物ならこんなまわりくどいことしないでしょう? 」


「……わかった」


確かに魔王の手下なら、セニアの攻撃も防げずにこんなにあっさりやられるわけはないだろう。

誰にも縋ることのできない状況だと思ったけど、やっと話を聞き出せそうな人が出てきたんだ。少しでも手ががりがほしい。


「では、あちらの食堂でお茶でもしながらお話しましょうか」


「ぴょうぅぅ、その前に誰かぽんぽんさすってぴょん」


セニアの放った攻撃は快進の一撃だったようでまだ呻き声を上げている。自力で立ち上がれない変態を肩で担ぎ、僕とミカエルは食堂に向かった。


※※※


ランチタイムで混雑していた食堂をセニアが王国権限で無理矢理貸し切りにした。木造の建物に年季の入ったカウンター、薄暗くホールを照らすろうそくの火が揺らめく。カウンターの向こうの棚には所狭しと酒瓶が並んでいるので、夜は酒場もやっているのかもしれない。

先ほどまで人で賑わっていたホールは閑散としている。お客は急に出て行けと言われたので、あちこちのテーブルに食器や食べかけの食事が置かれたままになっていた。

同伴を許されなかったセニアは他の兵たちと一緒に入口に待機し、こちらの様子を窺っている。

マスターらしき男性が注文した飲み物を運びに近づいてくる。僕は大きめのグラスに水、ミカエルはアイスティー、変態は……ジョッキのビール、マスターでさえ外の兵士たちを見て表情が強張っているのに何て緊張感のない奴。さっきのダメージはどこにいったんだよ。


「はぁ、疲れた時は一杯ぴょん」


ミカエルは眉間に皺を寄せて変態を一瞥するが、注意しても無駄だと思ったのか、おもむろに口を開いた。


「まずは改めて自己紹介といきましょうか、私は天界よりやって来た神の使者ミカエルと申します」


「神の使者ってことは、天使? 」


「人間は我々のことをそのように呼びますね」


「天使って……人間の姿をしていて、背中に羽が生えてるイメージだけど」


「これはこのゲーム世界に馴染むための仮の姿です。本来の姿では美しすぎて目立ってしまいますので」


自分でそれ言っちゃうか、普通。

確かにジャングルの奥地にいそうな珍しい鳥って感じだ。よく見ると銀の羽の毛先は虹色だし、仮の姿とはいえかなりこだわってるように見える。


「自分だけきれいに仕上げてずるいぴょん。急かされたぼくちんはこんな適当な感じなのに」


「時間をかけてアバターのパーツなんか選んでる暇なかったでしょう。というか先ほどから気になっていたのですが、何ですかそのぴょんという語尾は? 今までそんな口癖ではなかったはずですが」


「うさぎだし、この方がキャラ立ってるぴょん」


「見た目がおかしくても神なのですから、もっと威厳を示すような態度をとって頂きませんと」


「この変態が……神? 」


王様、魔王、天使ときて次は神かよ。段々出てくる登場人物のランクが上がってきてるな。


「口には気をつけなさい、新藤英雄。我が主は本来あなたのような末端のギャルゲーの主人公が簡単に口を聞ける方ではないのです」


「まあまあ、ミカくん。そうかたいこと言わないでもいいぴょん」


「こうでも言わなければ、誰も神だなんて信じませんよ」


「ぐっはあ‼︎ ひどいぴょん、ミカくん」


人に言う割にはミカエルも随分と変態に対して失礼な態度だった。何気にこっちの悪口もひどい。


「この方は、この世のすべてのテレビゲームを管理するゲームの神様なのです」


「そのまんまだと長いから略してゲーしんと呼んでほしいぴょん」


自称神とか痛すぎる。


「あ! その顔は信じてないぴょん‼︎ 疑ってるぴょん」


心の声が表情に出ていたみたいで、ゲーしんがキレ気味になっている。

そりゃ、そうだろう。これまで素晴らしいゲームを作り出した神のような人々はいるけど、神仏レベルでそんな神がいるってことを誰が信じるんだ。


「まあ、神つってもただの中間管理職なんだぴょん」


「我々の話をすぐに信用しろと言っても無理でしょうから、順を追ってお話ししましょうか。ギャルゲーの主人公のあなたがなぜRPGの世界にいるのか」


「回想に入るぴょんね! ほわんほわんほわんほわんほわわわわ〜ん」


ゲーしんがいらっとくるBGMを口ずさむと、ミカエルはこれまでの経緯を語り始めた。

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