第2話ローミア王国の王子
「王子、お迎えに上がりました。お目覚めですか」
誰かを呼んでいる……、王子って誰だ?この部屋に僕以外の人間はいないみたいだけど。
「王子? お部屋に入りますよ」
ドアノブがガチャリと音を立て、扉がゆっくりと開いていく。
入ってきたのは同い年ぐらいの女の子だった。ショートボブの髪には大きなリボン、フリルの付いたメイド服は動きやすい短めのスカートだ。
青い大きな瞳が僕を見つけると、深々とお辞儀をした。
「おはようございます、王子。お返事がなかったのでお部屋に失礼致しました。」
「お、王子って僕のこと? 」
僕が言ったことがよほど不思議だったのか、彼女はきょとんとした。
「王子、何を仰っているのですか?もしかしてご気分が悪いのですか⁈ 」
彼女は慌てた様子で僕の両肩を掴み、顔を近づけてくる。
ゆっくりと女の子が僕の額にコツンと自分の額を合わせる。
って、うぉぉぉぉぉぉぉぉ‼︎女の子の顔が間近にぃぃぃ‼︎しかもめっちゃかわいいし!
僕は頰が熱くなっていくのを感じる。
「う〜ん、少し熱いかしら」
「いや‼︎ いや‼︎ 大丈夫だから‼︎ 」
僕は恥ずかしくて彼女の肩を掴んで引き離す。幼なじみ以外の女子とまともに会話したこともない設定の僕に不意打ちやめて!額コツンとか簡単にしないで!
「それよりもさっき僕を迎えにきたって言ってたけど、どういうこと?ここは一体……」
「はい、鎧の間でのお召し替えの支度が整いましたので 」
「鎧の間?お召し替え? 」
「もう! 寝ぼけてらっしゃるのですか。旅立ちのお支度を終えませんと、国王陛下をお待たせしてしまいます」
女の子は少し怒った様子で僕の手首を掴む。
「さあ、参りましょう」
「え?ちょっと‼︎ 」
やっと話が聞けると思ったらのに、僕は何もわからないまま扉の向こうに連れ出された。
※※※
ますます訳がわからない状況になってきた。
なぜか僕はいかつい黄金の鎧を着せられて、台車の上に載っかっている。
台車はさっき僕を部屋から連れ出した女の子、セニアが早歩きで押しているみたいだ。
部屋から出たあとセニアに鎧の間とかいうところに連れて来られた。剣、槍、盾、宝石が散りばめられた武器がところ狭しと並べられている場所だった。鎧の間なんていうから武器庫かと思ったけど、実際に戦いで使うっていうよりは宝物庫って感じだ。
「セニア、遅いではないか 」
声のした方に目を向けると、部屋の奥に十字架の付いた帽子を被った老人が立っていた。
「申し訳ございません、フォグ神官長。お連れするのに時間がかかりまして 」
長い白髭を生やした老人は、古びた木の杖をついていかにも神官長らしい。セニアの言葉を聞いたフォグ神官長は睫毛に隠れた目から僕を睨みつけてきた。
「英雄様‼︎ これから大事な使命を果たす旅に出るというのにまた寝坊でございますか‼︎ 」
「はぁ」
フォグ神官長のお叱りに僕は気のない返事をしてしまった。
「いいですか、英雄様。あなたはこのローミア王国の第一王子として生を受けたのですぞ。王家に生まれたものとしてもっと自覚を持って頂きませんと……」
何やらブツブツ説教し始めたけど、今すごく大事なことを言ったぞ。
「僕がローミア王国の王子? 」
ローミア王国なんてどこ⁈世界地図にも載ってないよそんなの。日本じゃないのここ?
「フォグ神官長、お気持ちはわかりますがお叱りは式のあとにしては」
「むう、不本意じゃがしかたあるまい」
僕が混乱しているのかも間に、セニアはフォグ神官長を宥めて何やら進めていた。
「さあ、英雄様。王家に代々伝わるこの救世の鎧を身につければ魔物なんぞ一捻りですじゃ」
フォグ神官長の後ろには、黄金に輝く鎧が飾られていた。二本の角が付いた兜、赤く大きな宝石がはめ込まれた剣、銅の部分には草木が絡まった複雑な文様。部屋も鎧も金ピカなんて成金っぽくて趣味悪い。
「身に付けろって言われても、僕がこんなの着る理由ないんだけど。それにどう見ても僕より頭一つ分は大きいし。絶対サイズ合わないって 」
僕は鎧を見た率直な感想を言った。
いや、問題はそこじゃないよ僕。もっと突っ込んで聞くべきところがあるだろう。
今このじいさんは魔物を一捻りとか言わなかったか?
「ご心配なされるな。ローミア王国の古文書に伝わる呪文を唱えれば自動的に体に装着されるはずですじゃ」
「そんなことよりも魔物……え? 」
それって聖闘士◯矢的な⁈ ガションガションって身体に装着されるアレですか⁈
……ちょっと興味あるかも。
「どんな呪文なんです? 」
「古文書によれば……。」
服のどこに入っていたのか、フォグ神官長は分厚くて大きな本をめくっていった。
「おおこれじゃこれじゃ、ごっほん」
咳払いなんかして勿体つけんなよ。
我が体躯に纏いてとか、やたら画数の多い漢字が使われた厨二病呪文だったらどうしよう。
フォグ神官長は右手を拳にして、高々と上げた。
「マジカルゴールデンウルトラアルマゲドンハイパーパワー‼︎ レッツゴォォウ‼︎ ですじゃ」
「くっそダサいな、おい‼︎厨二どころか小学生以下のセンスか‼︎ 」
期待した僕がバカだったよ。そんな恥ずかしい呪文、思春期真っ盛りの高校生が言う訳ねーだろ‼︎
「っていうか、そんなことはどうでもいいんだ‼︎魔物一捻りってなんだよ。僕はギャルゲーの主人公だぞ‼︎魔物なんて倒せるわけないだろ‼︎ 」
苛立ちを募らせた僕は不満をぶつけた。それを聞いたセニアとフォグ神官長は、僕の言っている意味がわからないらしく、顔を見合わせてまたきょとんだ。
「ぎゃるげぇ? 英雄様、浅学なセニアには意味がわかりませんが、今はおふざけをしている場合ではございませんわ」
「 僕はふざけてなんて」
「もう時間が時間がごさいませんぞ、英雄様。早く呪文を」
「嫌だよ、絶対嫌だ‼︎そんなクソダサい呪文言うか‼︎ 」
何でかわからないけど、彼らにとって僕はこの国の王子で、魔物退治をすることになってるようだ。
そう信じて、僕の話を聞いてくれる様子ではなさそうだった。
「魔物がどうとか言われても、僕には関係ないからさ。とにかく帰らせてもらう」
僕は部屋の扉に向かって歩き始めた。ここにいても取り合ってくれそうにないなら長居は無駄だ。
「英雄様⁈ お待ちくだされ‼︎ 」
「王子、一体どうされたのですか⁈ 」
やっと僕の様子がおかしいと感じたのか、慌てた声を上げて二人が後ろを付いてきた。
「あんたらに話しても信じてもらえなそうだから、ここから出て行くんだよ」
「英雄様、大事な使命を投げ出すのですか‼︎ 」
「使命なんて知るか‼︎さっきも言ったけど、僕はギャルゲーの主人公だから魔物退治なんてしない」
「また訳のわからぬことを……」
それはこっちのセリフだっつーの。
長い廊下を早歩きで進み、ようやくドアに辿り着いた。
「仕方あるまい、セニア‼︎英雄様を捉えよ‼︎ 」
「はあ⁈ 」
「しかし、フォグ神官長」
「早くせんか」
「しょ、承知致しました」
僕は背中を向けて逃げようとしたが。
「 英雄様、お許しくださいませ」
背後から声が聞こえると、セニアに腰をがっちりとつかまれていた。一定の距離はあったはずなのに気づかないうちに、背後に回っていた。あの身軽な動きは、メイド服を着てるから使用人かとおもったけど只者じゃなかった。
セニアは腕に力を込めると、僕を軽々と持ち上げてしまった。華奢な身体と細い腕。いや、よく見ると筋肉の筋があった。どう見ても僕のが重そうなのになんつー力だよ‼︎
女の子に持ち上げられるなんて、すごく情けないけれど、抵抗も虚しく僕は連行された。
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