【番外編#3/問題編】豚の貯金箱は舞い降りた

※この小説は「魔王サスペンス劇場」Twitterアカウント(@mss_20160401)で3月15日(火)21時に公開された短編小説を加筆・修正したものです。



「ハッハッハッハッ! 今週も俺様が乗っ取ってやったぜ!」

「……」


「……これは、4月1日にスニーカー文庫から発売される《魔王サスペンス劇場》の、Twitter出張版を加筆・修正したものだ。

そして、おれは主人公の魔王ルート。こっちにいるのはヒロインの──」

「……」


「おい、ヒロイン! なに沈黙しているんだ、自己紹介しろ」

「……あたしはミア。魔王、あんたは上機嫌ね。ダサい魔王コートなんか着ちゃって」


「……あの、ミアさん、もしかして、やさぐれている?」

「3回目ともなると、さすがにしんどいのよ! 

というか、そもそも、この出張版とか原稿料が出ないじゃないの!──と作者の人が叫んでいました」


「作者に罪をなすりつけるな!」

「というわけで、撤収!」

「いや、撤収って、お前……あの……ええ!」


ミアは『魔王の間』から歩き去った。


「えーと……じゃあ、さっそく、今回のゲストを呼んでみよう! 

彼女はサキラと言って、格闘系の女勇者だ。

ビキニ・アーマーを着ているので、肌の露出もバッチリ。な、サキラ──あ」

サキラは床の上で酔いつぶれていた。


「……おい、サキラ! なにをやっているんだ、お前は! 

酒飲みのキャラだからって、やっていいことと悪いことがあるだろ! 

少なくとも本番中に酔いつぶれるのは、やって悪いことだからな!」


ルートはサキラを揺すったが、返事はなかった。ただの酔いつぶれ勇者のようだ。


「お前という奴は──」

ルートは、サキラが両手の中指に嵌めている指輪に、注意がいった。


「サキラの奴、指輪なんかしていたかな? 

右手に嵌めている指輪は、硬質な岩石か。

一方で、左手に嵌めている指輪は、白鉄鉱だ。

あれ、この組み合わせって、どこかで──? 

いや、それより、これはなんだ」


サキラ(酔いつぶれ)の傍には、豚の貯金箱が放置されていたのだ。


「こいつ、豚の貯金箱なんて持ち歩いているのか。

そういや、同じようなのを、おれも持っていたな。物置にあるはずだ……サキラ、ちゃんと酔いつぶれているのか? 

ふむ、揺すっても起きない。ならば──」


10分後、ミアが『魔王の間』に引き返してきた。


「魔王、さっきは悪かったわ。

あら、魔王はいないのね。かわりに、床の上でサキラが酔いつぶれているわ! 

サキラ、しっかりして。もう起きなさいよ」


ルートが『魔王の間』に入ってきた。

「ミア! ようやく戻ってきたな!」

「さっきのことは謝るわ。つい、苛々しちゃって」

「これからは心を入れ替えて励めよ」

「ええ」


「だが、お前の気持ちもわかる。

出張版には、原稿料なんて発生しないからな。

だが、もしかすると一心に願えば、奇跡が起きて原稿料が振り込まれるかもしれない」

「そうね、魔王! 清らかな心で祈れば、きっと奇蹟は起こるわよね!」


「あー、うるせぇな!」

サキラが跳ね起き、力任せに床を殴った。床はあっさりと陥没した。


「オメーら、さっきから騒がしいだろうが! オレが眠っている横で! 

ココがどこだと思っていやがる! 簡易宿泊所だぜ! 

静かにしろ、殺すぞ!」


「いや、ココ『魔王の間』だから! 

勇者が一番、宿泊所にしちゃダメなところだ!」

「『魔王の間』だったか……なら、宿泊代を踏み倒しても問題にならねぇな」

「そういう問題じゃない!」


「つーか、オメーらさっきから話を聞いていりゃあ、どういう了見だ。え? 

原稿料を要求できる身分か? 

オメーらは、サンダル文庫さんのご好意に甘えて、こうしてカクヨムに出張版なんてモノを載せてもらっているんじゃねぇのか?」


「なんで、さっきまで酔いつぶれていた奴に説教されているんだ、おれたちは」


「サンダル文庫さんのカクヨムで、出張版をやらせてもらっている。

いまは、その幸せを噛みしめるところだろ。

こんな幸運、滅多な『新人作家のキャラ』にゃ、得られねぇもんだぜ」


「そうだな、サキラの言うとおりだ。

ごめんなさい。

おれたち調子に乗っていました」

「わかりゃあいいんだ。

さ、ご迷惑をかけたサンダル文庫の編集部さんに、土下座して深謝しろよ」


「あのさ、それはいいんだけど、サキラ。

お前、さっきからサンダル文庫とか言っているけど、こちらスニーカー文庫さんのレーベルページだからな。『靴』違いだから」

「スニーカーもサンダルも同じようなもんだろ。グダグダ言うな」

「お前が、いちばん失礼だろうがぁぁあ!」


「というわけで、改めまして──これは4月1日サン……スニーカー文庫から発売される《魔王サスペンス劇場》の出張版よ! 

至極どうでもいい事件を、《魔サス》キャラが、なんだかんで解決しちゃうわよ! あたしはヒロインのミア!」


「おれは主人公の魔王ルート

……というか、大丈夫? 《魔サス》、ちゃんと出版されるのか? 

こんな『不祥事』を起こして、抹殺とかされないか」

「平気だろうよ、魔王さん。せいぜい担当さんが減俸になるくらいだろうぜ」


「それなら、オーケイね」

「いやオーケイじゃないだろ!」(ぜんぜんオーケイじゃないよ! By担当)


「『担当さん減俸おめでとう』記念に、ここはオレが2人に、晩飯を奢ってやるぜ」

「なんて失礼極まりない記念だ!」


「あたし、フランス料理がいいわ」

「よっしゃ、黒髪ちゃん、コンビニおでんだな。それくらい、オレに任せとけ」

「凄いわ。フランス料理を脳内でコンビニおでんに変換する人間、はじめて見たわ。ま、コンビニおでんもおいしいからいいけどね」

「ちなみにサキラの言った『黒髪ちゃん』とはミアのことだ。

丁寧な説明が売りの魔王でした」


「つーわけで、ついにブルーゲンバザム3世を殺すときが来たようだな」

「ブルーゲンなんとか、って誰だ!」

「こいつだ。あばよ、ブルーゲンバザム3世」


サキラは豚の貯金箱(=ブルーゲンバザム3世)を取り上げた。そして、問答無用に床へとたたきつけた。


「豚の貯金箱に、なんて名前をつけているんだ」

「あぁ? おかしいじゃねぇか。

ブルーゲンバザム3世の臓物のなかに、オレの貯金があるはずが──ねぇぞ」

「表現がグロい!」


「おい、コイツはブルーゲンバザム3世じゃねぇ。

何者かにすり替えられていやがる!」


「豚の貯金箱なんて、どれも似たようなものだろ。

どうして、すり替えられているとわかる? 

貯金箱に入っていた7万円、自分で使っちゃったんじゃないか? 

酔っ払っていたから、それを忘れているんだ」


「魔王、それはおかしいわ。豚の貯金箱を割らず、どうやって中身を使えるのよ?」

「すり替えられた証拠ならある。見やがれ、この割れた豚の腹部を」

「それがどうしたって?」


「いいか、魔王さん。

ブルーゲンバザム3世は、三年前、盲腸の手術を受けていたのさ」

「貯金箱が盲腸になってたまるか!」


「いまもブルーゲンバザム3世の腹部には、そのときの手術痕があるはずだ」

「詳しくは、どんな手術痕?」

「……あー、セロハン」

「それ、単にヒビが入っていただけだろ! どうせならセロハンの表現も凝れよ!」


「だが、この豚の腹部にはセロハンがねぇ。

この豚の貯金箱が、ブルーゲンバザム3世ではない証拠だ」

「わかった、豚の貯金箱はすり替えられていた。

つまり、サキラの豚の貯金箱を強奪したものがいるわけか」


「赤裸々な原稿料の話は、この事件を暗示していたのね!

作者のウザイ叫びではなく、考え抜かれた伏線だったのね!」

「いや、あれはただの作者のウザイ叫び。

とにかく、魔王ダンジョンを緊急封鎖しよう。

犯人はまだどこかに潜んでいるかもしれない!」


「おい魔王さん、白々しいじゃねぇか。どう考えても、犯人はオメーだというのに」

「おれが犯人だって? 

おい、魔王であるこのおれが、たかだか7万円を盗むというのか。これは侮辱だ!」


「豚の貯金箱に入っているのが7万円とは、オレは言ってねぇぜ」

「……………………………………マジで?」


「そうよ、魔王! 

サキラは7万円と言ってないのに、どうしてあんたは正確な貯金額を言うことができたのよ!」

「……いや、あれだよ。

おれが犯人だから、豚の貯金箱に入っているのが7万円とわかった、とかじゃないからな。

おれは、あの、魔王だから。豚の貯金箱くらい、透視できる」


「7万円の額を知っていただけじゃないぜ。

それがなかったとしても、犯人は、魔王さんしかいねぇのさ」

「なんでだよ」


「犯人は、オレの豚の貯金箱を、偽物とすり替えている。

それを可能にするには、手元に偽物の貯金箱を持っている必要がある。

しかしな、普通は豚の貯金箱なんて持ち歩いちゃいねぇ。

ところが、犯人は偽物の貯金箱を持っていた。なぜか?」


「犯行現場が犯人の実家で、物置とかに豚の貯金箱があったから! ね。

これに該当するのは、あんたしかいないわ、魔王。

ここは、あんたのダンジョンですものね。

ふふん、あたしの論理的思考の勝利ね!」


「サキラは普通に、豚の貯金箱を持ち歩いているだろ! そこはスルーかい!」


「おい、魔王さん。いいからオレの70万円、返しな」

「どこまでも堂々と、桁を1つ大きくしないでくれるか」


「魔王、もう言い逃れはできないのだから、サキラに7万円を返しなさいよ。

あたしが、コンビニおでんを奢ってもらえなくなるじゃない」

「言い逃れはできないだって? 

おい、いい加減にしろよ。おれは潔白だ。

その証拠だってある」

「証拠ですって?」


「地の文さん、まず『魔王の間』の説明を頼む」

「地の文さんって、誰!」


どーも、地の文でーす♪


「地の文さん返事してきたわ! しかも、ノリが軽いわ!」


『魔王の間』は、一辺が百メートルほどの正方形の広間だ。

出入り口は2つだけ。

1つは、ダンジョンに続いている出入り口。

ただし、いまは大きな御影石で閉ざされている。

この閉鎖は、この《魔サス》出張版がはじまる前から、続いている。


「そして、もう1つの出入り口。

これは、いわば『関係者以外立入禁止』の出入り口だな。

おれの玉座の後ろにある。

さっき〈やさぐれミア〉が『魔王の間』を出て行ったのも、この出入り口からだ」

「〈やさぐれミア〉って、なによ。世界一カッコ悪い、異名なのだけど」


「つまり、いま『魔王の間』を出入りできるのは、この出入り口だけだ。

また物置も、この出入り口の向こうにある。

そして、見てくれ。

出入り口の上部に設置されているものを」


なんとぉぉぉぉ! それは監視カメラだったのだぁぁぁぁ!

「地の文、出しゃばらないでくれるかしら!」


監視カメラは、出入り口の上部に設置され、『魔王の間』のほうへ向いていた。

「出入り口を通ると、あの監視カメラに映ることになる。

出入り口を通るにあたって、監視カメラの死角はない。

そこを頭に入れておいてくれ。

じゃ、監視カメラの映像を見てみようじゃないか」


監視カメラの映像を見るために、ルートたちは魑魅魍魎が跋扈する暗黒大陸を旅した。

「地の文が、とんでもなく話を盛ってきたわよ!」


ルートは、監視カメラの映像をモニターで再生した。

それから問題の時間まで早戻しする。

すなわち、ルートがサキラの貯金箱をすり替えた、とされる時間だ。


「さ、モニターを見ろ。これが出入り口の映像だ。

出入り口を通るには、どうしてもこの監視カメラに映らねばならない」

「だが、オレが酔いつぶれている地点までは映ってないようだぜ」


「それは仕方ない。この監視カメラは、出入り口を通過する者を撮る用だから。

けど、これで用は足りるさ。

見ろ、〈やさぐれミア〉が、『魔王の間』を後にするところだ」

「これで『魔王の間』には、魔王とサキラ(酔いつぶれ)だけがいるのね。

犯行は、このとき行われたわけね」


「あいにく、それは違う。

ほら、おれが出入り口を通って、『魔王の間』を出て行くところだ。

見ろ! おれは手ぶらだ! 

もしも、おれが犯人で、貯金箱をすり替えたのなら、ここでおれはサキラの貯金箱を持ってないといけない!」


「魔王、あんたのダサいコートのポケットに入れたんじゃないの?」


ミアは自分の推理を確かめるため、ルートのコートを確かめた。


「あ、ダメだわ。コートのポケットはどれも浅いわ。

これでは貯金箱を入れても、はみ出してしまう」

「それに、貯金箱は厚みもあるんだ。

ポケットに入っていたら、異様に膨らんでいるはずだろ」

「う。では、やっぱり魔王は、サキラの貯金箱を持ち出していないの? 

これでは犯行は不可能だわ」


「魔王さん、オメー──先にバラバラにしたな」

「え?」


「監視カメラの映像に入らないところで、魔王さんはオレの貯金箱をバラバラにした。

そして、そのバラしたパーツを、コートのいくつもあるポケットにおさめた、というわけだ。

これなら、ポケットに入れて持ち出せるってもんだぜ」

「……やるな、サキラ。

主要キャラの中で、おれの次に頭が切れるだけはある」


「ふふん。魔王、あんたのトリックなんて見え透いているのよ!」

「いや、ミア、お前はなにもやってないだろ!」

「さ、魔王さん、観念しな」


「慌ててもらっちゃ困る。

貯金箱をすり替えたということは、おれはもう一度、『魔王の間』に戻ってくる必要がある。

今度はニセの貯金箱を持って、だ。だが──あ、ちょうどだ。見ろ」


映像のなかで、ルートが『魔王の間』へと戻ってきた。


監視カメラは、『魔王の間』を向いている。

そのため、『魔王の間』に入ってくるルートは、カメラに背を向けていることになる。


「魔王はずっと背を向けているわ。

いま、魔王はニセの貯金箱を身体の前で抱えているのね。

そうして、自分の身体を遮蔽物にして、ニセ貯金箱が監視カメラに映らないようにしているわけよ」

「それはどうかな?」


そのとき、映像の中のルートが両腕を大きく広げた。

手にはなにも持っていない。

そのまま、ルートはゆっくりと回った。

監視カメラは、ルートの全身をちゃんと映像におさめたのだった。

そして、ルートの身体のどこにもニセの貯金箱はなかった。


「わかったか! おれはニセの貯金箱を持ち込んでいない!」

「……ちょっと、まって。持ち込んでいない! ではなくて──どう見ても、これ怪しいわよね! 

犯人でなければ、監視カメラの前で回って『ニセの貯金箱を持っていません』なんてアピールしないもの!」


「うるさいな。『ニセの貯金箱を持っていません』は本当なんだ。

つまり、おれはシロだ」

「このあとを見てみようぜ」

監視カメラの映像のなかで、時間が進む。


またもルートが『魔王の間』から出て行く。

このときも手ぶらだ。

やがて、〈やさぐれミア〉を辞めたミアが、『魔王の間』へと入って行く。


「ミアのあと1分くらいで、おれも『魔王の間』に戻ってくる」

「ちなみに、あたしが『魔王の間』に戻ってきたときは、サキラ(酔いつぶれ)のところには貯金箱があったわよ。

すでにすり替えられたあとだったのね」


再度、ルートが『魔王の間』へと入ってくる。

このときも、ルートは監視カメラの前で回ってみせた。

やはり、ルートの身体のどこにもニセの貯金箱はなかった。


「なるほどな。おい地の文、状況をまとめやがれ」


了解っす、サキラの姉御。


「あ、地の文が飼いならされているわ!」


監視カメラは『魔王の間』を向いている。

そのため、『魔王の間』から出る者は、身体の前を映す。

『魔王の間』に入る者は、背中を映す。


①『魔王の間』から、ルートが出る。ルートは手ぶら。

仮説、サキラの貯金箱をバラして、コートのポケットに入れたのか?

②『魔王の間』に、ルートが入る。回ることで、ニセ貯金箱を持ってないと示す。

③『魔王の間』から、ルートが出る。

④『魔王の間』に、ミアが入る。

⑤『魔王の間』に、ルートが入る。回ることで、ニセの貯金箱を持ってないと示す。


「わかったわ、魔王! あんた、さては貯金箱を投げたわね」

「は?」


「出入り口の向こう側から、あんたは貯金箱を投げたのよ。

映像に残らないほどの、途轍もないスピードで! 

さあ魔王、あたしの非のうちどころのない名推理、否定できるものならしてみなさい!」


「仮に超高速で投げたとして、その貯金箱は誰がキャッチするんだ? 

キャッチする奴がいなきゃ、貯金箱は粉砕するじゃないか」


「……ったく、これだからローラはアホだというのよ。

とんでもなく変てこな推理を言い出したりして」

「ここにいない奴に恥をなすりつけようとするな! 

無理があるにも程があるからな!」


「なら、魔王さん。こういうのはどうだ? 

魔王さんはオレの貯金箱をバラバラにして、パーツをコートのポケットに入れて、『魔王の間』を出たろ」

「面倒だから、いちいち否定はしない」


「ニセの貯金箱を持ち込むときも、それと同じことをしたのさ。

ニセの貯金箱をバラバラにして、コートのポケットにパーツを入れた。

で、監視カメラの前を通り過ぎてから、ニセの貯金箱を組み立てた。

あとは酔いつぶれているオレの傍に置くだけだ」


「サキラ、それだわ! 見事な推理! 

さすが、あたしの愛弟子だけのことはあるわね」

「誰が愛弟子だ、黒髪ちゃん」


「あいにくだな、サキラ。その推理も外れだ。

ニセの貯金箱を見ろ。

いまはバラバラにはなっているが、どのパーツにも継ぎ目は見当たらないだろ」


「サキラがニセの貯金箱を壊したとき、継ぎ目のところで、分断されたのでは? 

それなら、継ぎ目が残ってなくてもおかしくないわ」


「いや黒髪ちゃん、残念だが、そいつも違ぇな。

魔王さんがニセの貯金箱をバラして、『魔王の間』に運んできて、組み立てたとしよう」

「ええ」


「だとしたら、継ぎ目には、接着剤とかの痕跡が残っているはずだ。

だが、この貯金箱のパーツの断面に、そのようなものはない。

どうやら、オレの推理は外れたらしい」


「わかったか、おれは無実だ。なぜなら、この犯行は不可能だからな!」

「不可能、ねぇ」

どこからともなく酒瓶を取り出すなり、サキラは呷った。

そのとき、酒の力がサキラの『アルコール色の脳細胞』を活性化させたのだった。

「アルコール色って、どんな色だ!」


「おっと、魔王さん、黒髪ちゃん。

オレはいま、1つの推論に辿りついちまったようだぜ」


サキラの背景が暗転した。


「え! お前がやるのか、それ!」

と叫ぶ魔王も、暗闇に飲まれていく。


サキラの姿だけが視認可能となった。

そしてサキラは語りだす。


「なに? 『読者への挑戦』をやれだって? メンドー臭せぇな」

面倒でもやってください。


「どーも、読者の皆さん。今回の謎は解けたかい? 

謎は2つ。

①真犯人は、本当に魔王さんでいいのか? 

②魔王さんが犯人だとして、どうやってニセの貯金箱を、『魔王の間』に持ち込んだのか?」


ヒントもください。

「はぁ? ヒントだと? しょうがねぇな。

ヒントは──ニセの貯金箱は、監視カメラの前を堂々と通り過ぎた。

健闘を祈るぜ」


暗転が終了。


「おい、おれの活躍シーンを取るとは、どういう了見だ!」

「しゃーねぇだろ、魔王さん。今回はオメーが犯人なんだからよ」


「おれに犯行は不可能だ。

それとも、おれが複雑怪奇なトリックで、『魔王の間』にニセの貯金箱を持ち込んだとでもいうのか? 

悪いけどな、《魔サス》の作者、そんな複雑怪奇なトリック、うまく描写できないからな!」

「複雑怪奇? それどころか、たった一言で解決できちまうものだ」

「たった一言だって? よし、聞いてやろうじゃないか!」


「オメーたち」

サキラはルートを指差した。

次に、ミアへと人差し指を動かす。

「共犯だろ」

「「あ」」


「経緯ってやつを話してやろう。

まず、魔王さんは『魔王の間』で、おれの貯金箱をバラバラにした。

で、パーツをコートのポケットに入れ、『魔王の間』の外に出る。

パーツを処分。

そのあと黒髪ちゃんを見つけて、犯行計画を話した」


サキラは酒瓶を呷ってから続けた。

「魔王さんは『魔王の間』に戻り──監視カメラの前で回りながら──また『魔王の間』を出て行く。

こいつは、オレをミスリードするための行為だったのさ」

それから?


「黒髪ちゃんの出番さ。

黒髪ちゃんは、ニセ貯金箱を抱いて『魔王の間』に入ってきた。

監視カメラには、黒髪ちゃんの背中しか映らない。

黒髪ちゃんは、魔王とは違って、回ったりしなかったからな」

それで?


「ちょっと、さっきから地の文が『合いの手』を入れているのだけど!」

「そのあとは、簡単さ。

オレが酔いつぶれていることを確認してから、黒髪ちゃんは、そっとニセ貯金箱を置いたのさ」


「証拠がないわよ、サキラ!」

「黒髪ちゃん、さっき『自分が共犯』と、口を滑らせちまったよな」

「な、なななななななななななな、なんですって!」

「ミア、動揺しすぎだ!」


「魔王さんは、わざと自分に疑いが向くよう仕向けた──魔王さんが単独では、犯行は不可能だからな──そのため、オレの貯金箱の中身が7万円だ、と口を滑らせたフリもした」

「だから、なんだというのよ?」


「そのあとさ。

黒髪ちゃんが、魔王さんとは違い、マジで口を滑らせたのは。

ま、あのときの会話を再現してみたほうが早い。おい、地の文、やれ」


へい、喜んで!

「……こんな地の文は、嫌だわ」


ルート「おれが犯人だって? 

おい、魔王であるこのおれが、たかだか7万円を盗むというのか。

これは侮辱だ!」

サキラ「豚の貯金箱に入っているのが7万円とは、オレは言ってねぇぜ」

ルート「……………………………………マジで?」

ミア「そうよ、魔王! 

サキラは7万円と言ってないのに、どうしてあんたは正確な貯金額を言うことができたのよ!」


「『サキラは7万円と言ってないのに、どうしてあんたは正確な貯金額を言うことができたのよ?』、だとよ。

黒髪ちゃん、この言葉、オレがオメーに返すぜ」

「え?」


「オレはこの時点じゃ『貯金箱の中身が7万円』と明言しちゃいねぇ。

だというのに、なんだって7万円が『正確な貯金額』とわかったんだ?」

「そ、それは……」


ミアはルートの背中を突き飛ばした。

「ぜんぶ、魔王が悪いのよ! 魔王があたしを悪の道に進めたのよ! 

あたしはただ操られていただけなのよ!」

「ミア、裏切るのが早すぎだろ! ちょっとは頑張れ!」


「魔王さん、7万円を返しな。いまなら、怒らねぇでいてやるからよ」

ルートは盛大に溜息をついた。

「わかった。いま、返す。く、良い策だと思ったのにな。

ミアも、ニセ貯金箱を超高速で投げた、とかバカなトリックを言って、サキラを撹乱していたし」


「え、魔王。あれは実際に可能なトリックを言ってみたのよ」

「……」

ルートは財布を取り出した。とたん、サキラがルートから財布を奪い取った。


「あ、お前、おれの財布!」

「かわりにこれをくれてやる、ほれ」

サキラは酒瓶を振って、ルートとミアにアルコール度数の高い酒を浴びせた。


「うわっ、酒臭っ! 未成年になんてものかけるんだ、鼻が曲がるじゃないか!」

「魔王、あたしはともかく、あんたは200歳でしょ」


サキラは、ルートとミアに背を向けた。

そのとき、ルートはサキラの手元のほうで、閃光が走ったのを見た。

それも、二度だ。

だがサキラは後ろを向いているので、確かなことは視認できない。


「おいサキラ、聞いているのか!」

サキラがクルっと反転して、ルートと向き直った。

「魔王さん、財布、空じゃねぇか」


「はぁ? そんなはずはない。

お前の貯金箱から盗ったお金は、この財布に入れたんだ。

7万円分の紙幣だ。ほら、ここに──あれ」

自分の財布を取り返し、中をのぞいたルートは、首を傾げた。


「本当だ。空だ……どうして? 

あ、さてはお前! さっきおれから財布を取って後ろを向いたとき、こっそりと引き抜いたな! 

それで衣服のどこかに紙幣を隠し……」

だがルートの言葉は続かなかった。

サキラは、裸同然の格好をしている。

いくら紙幣でも、隠せそうなところはほぼない。


「ま、まて。胸元か、または、えーと、パンツのなかだ! 

ミア、身体検査だ! 

おれは後ろを向いている!」

ルートはサキラに背を向けた。

やがて、サキラの身体検査を終えたミアが言った。

「魔王。サキラは紙幣を一枚だって隠してないわよ」


「そんなはずはない! 

ミア。お前、本当は、サキラとグルだったんじゃないか?」

「失礼ね! あたしは魔王としか組まないわよ! 

だって、あたしは、魔王のことが……」

「なに、赤い顔をしてモジモジしているんだ、お前は」


「おい魔王さん、早く7万円、耳をそろえて返してもらおうじゃねぇか」

「ちょ、ちょっと、まて。

お前から盗んだ7万円は消滅してしまったんだ。

だから返そうにも返しようが──」


「おい、魔王さん。

人からカネを盗んでおいて、消滅したから返せません、だと? そんなことが通ると思ってんのかぁ!」

「ま、まった! い、いま持ってくる! 

べつの財布にまだカネがあるから!」

ルートは走っていった。

そんなルートを、ミアが見送った。残念なものを見る目で。

「憐れだわ、魔王」


やがて、べつの財布を持ったルートが、走って戻ってきた。

「ほら、7万円だ! 耳をそろえて返してやる!」

「返してやる、とは魔王さん、反省の色が足りないんじゃねぇか。

ま、オレは寛大な勇者だから許してやるけど、な」


「おかしい。

サキラから盗んだ7万円は、ちゃんと財布の中に入っていたんだ。

どう考えても、サキラが消滅させたんだ。

だけど、どうやって? 

サキラが財布を手にしていたのは、一瞬だというのに……」

「じゃ、魔王さん。出張版の最終話で、また会おうぜ」

サキラはニヤッと笑ってから、『魔王の間』を歩き去った。


「おかしい。なにか、なにか、トリックがあるはずだ。

だが、サキラの身体のどこにも、7万円分の紙幣はなかったし」

「わかったわ、魔王。サキラは、紙幣をぜんぶ飲み込んだのよ」


「あの一瞬で、7万円分の紙幣をぜんぶ飲み込めるかよ。

だいたい飲み込んだら、もう使えないだろ。

これが宝石とかなら、お手洗いという名の『教会』で『復活』させることもできるけど」


「はっ! わかったわ! サキラの眼球は義眼なのよ! 

その義眼の中に、紙幣を詰め込んだのよ!」

「ミア、お前ちょっとそっちで踊っていてくれる? おれの推理の邪魔だから」

「ムカつくわね! この怒り、踊りで表現してあげるわ!」 


「そもそも、なぜサキラは貯金箱を持っていたりしたのか?」

「あう、転んだじゃない!」

ミアは床の陥没したところで、足をとられて転んだ。

ルートは、その陥没が、サキラが拳で作ったものなのを思い出した。


「サキラの恐るべきパワーか。

まてよ、そうか。そうだったのか!」


ルートは1つの推論に行き着いた。


刹那、ルートの背景が暗転し、ミアも暗闇のなかに飲み込まれた。

そしてルートの姿だけが、視認可能となった。


「皆さん、これが今回の本当の『読者への挑戦』です。

さっきサキラがやっていたのは、バッタ物だから」

「いいから、早く本題を話しなさいよ!」


「フォロワーの皆さん、謎は解けただろうか? 

今回の謎は2つ。

①サキラはなぜ豚の貯金箱を持って来ていたのか? 

②7万円分の紙幣は、どこに消えたのか?

ヒントは──二度の閃光。魔王ルートでした」


※解決編へ続く

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