第8話

 冒険者ギルドを出て、塀に囲まれた開けた場所に案内された。


「これより、ゼロ=クレインのランク判定試験を行う。両者準備は良いか?」


「万端」


 我の前に立つ顔色の悪い男が短い言葉を紡いだ。

 ヤコブによればこの男は剣闘士Sランク、魔喰らいのバトリクと呼ばれ、闘技場で魔物相手に百戦錬磨の戦士らしい。

 通常ならば、このような者が試験の相手になることはあり得ないようだ。出てきて、Bランクが精々といったところ。我はそれだけ警戒されているということか。

 だが、試験の難易度はあがるが、勝てばAランクは確実、完勝することが出来れば、Sランク以上も狙えるとのこと。ヤコブは我が負けることはないと確信した瞳で送り出していた。

 その期待に応えてやろうではないか。


 大太刀を鞘から抜く。


 塀の上に登って見ている者たちが騒めき、そして、歓声をあげる。粗暴な言葉が飛び交い、我らの闘いが早く始まるように囃し立てている。


「いつ始めても構わんぞ」


 両者の意思を確認し、審判役を務めるクラエスが頷いた。


「健闘を祈る。始め!」


 クラエスが離れ、一直線にバトリクが我に向かってきた。

 今までに見てきた人間の中で最も速く、鋭い動きをしていた。

 しかし、直線的であるということもあり、読み易くどうとでもできた。


 突き出された剣の腹に掌底を当て弾くと、刀を振り下ろした。


 カッと目を見開くと、呟いた。


「盾撃ち」


 腕に付けている円形の盾が刀にぶつけられた。

 なかなかの力だが、


「ふんっ!」


 こちらも力を込め直すとバトリクを大きく後ろに押し出した。


「化け物かっ!」


 その言葉とは裏腹に喜色に満ちた表情を見せた。このバトリクという男、病弱そうな見た目と違って、ひどく好戦的なようだ。

 望むところである。


「大地の憤怒」


 バトリクが踏み出す。その一歩、一歩が大きな揺れを生み出し、体勢を崩そうとしてくる。

 やっかいではあるが、同じように揺らしてやればどうかな?


「はっ!」


 思い切り、踏み鳴らした。

 土煙が舞い上がり、大地が捲れ上がる。

 お互いの視界が塞がれたところで、嗅覚を頼りに、バトリクの位置に黒い魔力を纏わせた拳を放った。

 拳の勢いに乗せた魔力が大地を砕きながら、バトリクを捉えた。追撃に放ったもう一撃は浮き上がった地面を蹴り躱したようだ。


 同時に距離を詰める。

 着地位置にこれまた魔力を纏った刀を突き出した。

 バトリクの腕に赤い鱗のような紋が巻きついた。


「竜殺の砕撃」


 横薙ぎに振るわれた剣はバトリクの身体ごと振り回しながら、我が刀を迎え撃った。

 寸前でずらされた突きは何もない地面へと流れる。

 刀を引き戻すと同時に拳を振り抜いた。

 赤い鱗を纏う拳とぶつかり、せめぎ合う


 拳と拳を合わせているほんの僅かの間に持てる力を注ぎ込む。押しも押されぬ攻防で僅かに我の方に軍配があがり、バトリクを後ろに弾く。

 ほんの少しだけバトリクの血が拳に付いている。


 距離が離れたことで互いに改めて様子を確認することが出来た。


 バトリクの両腕に巻き付いていた赤い鱗は剝がれ落ち、我と拳を合わせた右腕からは血が流れ出している。雨に打たれたかのように溢れ出る汗が空気に触れた途端、白い煙へと変わっていく。激しく上下する肩、震える膝を叱咤し立っている。

 もはや、立っていることすらも途轍もない労力を要するのだろう。楽しい遊びもこれまでか。


 さらなる力を全身に漲らせるべく瞬きをしたその一瞬で、その弱者の姿は消えていた。


「雷神の歩み」


 奔る閃光。

 突き刺すような鋭い殺気に考えるよりも先に

身体が動く。足を動かし、上体を逸らす。腕を上げ、刀で受ける間すらない剣撃に後退し続ける。

 傷は浅い、だが、確かに我が毛を切り、皮を裂き、血を流させた。

 その事実が我を滾らせる。


 ーーグルルルァアァッ!


 裂哮。大気を震わせるほどの咆哮は地面を抉り、バトリクを吹き飛ばした。

 空気の振動により作り出された衝撃波は閃光の如き動きをしていたバトリクにとって防御をするのは容易かった。だが、暴力の塊のような音は奴の盾と耳を壊した。


 平衡感覚を失い、フラフラとした足取りで歩き、膝をついた。しかし、顔は上を向き、我を睨みつけている。


 その意気や良し。


 待つこと数秒、バトリクは再び立ち上がった。


「不倒の誓いッ!」


 赤茶色の魔力のようなものを全身に纏うと、流血は止まり、両足で地面を踏んだ。

 ゆっくりと、ただ着実に我との距離を詰める。砕けた盾を放り投げ、両手で剣を握った。


 刀を鞘に戻し、足を前後に開き、腰を落とす。

 バトリクに敬意を表し、奥義の一つを構える。

 静かに柄に手を添えると、バトリクに全神経を集中させる。


 我が賊共に使った【落月陸閃】が攻めの業であるとしたら、この【王華護剣】は守りの業である。


 一対一の闘いでのみしか使えないが、絶対防御圏を形成する。光、音、臭い、空気の流れ、全てのバトリクに関する情報のみを集め、迎え撃つ。

 我の刀が届くこの範囲内で、傷を付けることは不可能だ。

 気を高め、収束させていく。視界が狭まり、奴だけが映る。


 再び奔る幾条の光。


「雷神の歩み」


 思考よりも早く、身体が動く。我がバトリクを捉えたと思った時には、すでに刀で弾き返していた。

 光に混じり、赤い鱗も現れる。


「竜殺の砕撃」


 我の周りで光と赤鱗が舞う。その度に強い衝撃が我が腕を伝った。

 身体が最適な動きを選び、反応をするおかげで思考は通常通り働いていた。

 消えては現れるバトリクは血反吐を撒き散らしながらも決して決して倒れなかった。

 しかし、その努力もむなしく一切の攻撃も、吐いた血ですら我に届かない。

 限界が近いのだろう。動きに思考が追いつき始めた。もはや、【王華護剣】は必要ないが、これ程の相手だ。最後まで手を抜かない。


 バトリクは必死の形相で我が頭上に現れるとその剣を振り下ろした。


「竜殺の砕撃ィッ!」


 【王華護剣】の終撃、【王華一閃】を繰り出す。

 大太刀を振るうその一瞬、我が影が獅子の形に変わる。獅子が踊り、刀は獅子の牙と化す。

 その牙は赤い竜の鱗を纏う剣を喰らった。


 剣士は剣を喰われ、地面に倒れた。


「良き闘争であった。見事なり」


 素直に賞賛の言葉を述べることができた。それと同時に、我が胸中で人間に対する興味と恐怖が強くなった。

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