第6話
ヤコブと名乗った薄汚れた男は我が刀を見事避けてみせた。
自身の命を狙われながらも、話をしたいと言った。
人間とはかくも面白き存在なるやと提案に乗ることにした。
ヤコブは自分と組んで欲しいと言うのだ。
そんな男が言うのだ。我は少しだけこの人間とともに過ごすことにした。
「はっはっは! って言うと、旦那は盗人から物を盗ろうとしてたわけだ」
「うむ、その通りだ。なぜか誰も近寄ってこなかったがな」
ヤコブは笑いながら答えた。
「そりゃそうでさぁ。盗人だって命あっての物種です。旦那から盗ろうなんざ、思いもしませんって」
「ほう、それはなぜだ?」
「旦那は体格もいいし、そんな馬鹿でかい武器をお持ちだ。どこか名のある武人と見られますよって」
ふむ、この外見のせいだったのかと納得する。だが、以前会った者たちはどうなのだ?
「ある村に賊が来てな。全員斬り捨てたが、誰も逃げなかったぞ?」
我を見て、大きく口を開け呆れたように乾いた笑いを漏らし、そして、遠くを見て鼻で笑った。
「そりゃそいつらが馬鹿なんでさ。ここにはそんな奴はいやしませんって。そんな奴は生きてはいけやせんからね」
個体差があるということか、と頷く。
「ゼロの旦那、ここが冒険者ギルドでさ」
怒号や何かが壊れる音が絶えず聞こえる騒々しい場所が我の探し求めていた冒険者ギルドのようだ。
ドアは穴が開き、建て付けも悪く上手く閉めることができない。最初からここで獲物を探しておけば良かったと思ったほど殺気漂う場所であった。
中に入ると不躾な視線が我に集まる。睥睨すると、目を逸らす者が多い。そして、次に小さな声で口々にヤコブを誹り始めた。
「おい、偽善のヤコブだ」
「あいつ、あんなでけえ奴と知り合いだったか?」
「はんっ、どうせ適当によろしくやって、身包みはぐつもりなんだろうよ。ま、あのデカ物をどうにかできるとは思わねえから、これで奴も終わりさ」
『違いねえ』
悪く言われているのだろう。だと言うのに、当の本人は表情一つ変えず、笑みを浮かべている。
「さ、旦那とっととパーティ登録をしちまいやしょう」
「うむ。それはそうとあ奴らは良いのか?」
困ったように笑い、頭を掻いた。
「まあ、仕方ねえんでさ。あっしが偽善者だってのは本当のことでさ。けど、旦那から物をとるような真似はしませんよって。それだけは信じてくだせえ」
「ふむ。まあよい、貴様が何であろうと我に手を出すならば、斬り捨てる。そうでなければ、我とて何もせぬ。
しかし、虫の羽音というのはここまで煩わしいものなのだな」
本人が良いと言うのならば我が気にとめる必要はなかろう。
「だ、旦那声が大きいですよって!」
ヤコブは焦ったように我を止める。
気にとめるつもりはらないが、我が如何に気を晴らそうとも勝手であろう。
「我が払えば、一息に吹き飛んでしまう者を虫と言わず何とするか? 事実である。気にする必要はない」
「旦那にとってはそうかもしれやせんがね!」
ヤコブがそう声を荒げるのとあちこちで机や椅子が蹴り倒されるのは同時であった。
立ち上がったのは5人。どれも筋骨隆々の男たちだ。すでに得物を抜いている者すらいる。
「おい、黙ってりゃあいい気になりやがってよぉ」
「痛い目にあいたいみてえだな」
「ぶっ潰す!」
その言葉を皮切りに男たちは襲いかかってきた。
前に盗賊どもと戦った時と同じく人間の動きは遅い。かざした掌に吸い込まれるように収まる小さな拳。
「遅い、軽い」
掌の中で何かが砕ける音が鳴る。
「そして、脆い」
「がぁああっ!」
悲鳴を上げ、腕を抑えて蹲る。
それを見て、今にも飛びかかりそうだった男たちの足が止まる。
「どうしたというのだ。かかってこないのか?」
我が一歩前に進むごとに男たちも後ろに下がっていく。
気づけば、あれだけ騒々しかったギルドも静けさが漂っていた。
ーーグルラァァァッ!
雄叫びを上げ、睨みつける。
思わず尻をつく男たちに向けて近寄る。呻き声を漏らすだけで、動こうとしない。いや、動けないのか。
やはり、この程度の人間とやり合っても興醒めだ。奴らが馬鹿にしていたヤコブは初見で我が刀を避け切ってみせたのだがな。
「腑抜けどもめ」
そう吐き捨てる頃にはギルド内のカウンターの奥から、人間たちが現れ、我の周りを取り囲んだ。
「ギルド内での喧嘩はやめていただきたい」
「貴方方には事情を聞きますがよろしいですね?」
取り囲んでおいて、それはないだろう。選択肢は一つしかないのだろうに。
「断ると言えば?」
周りを囲む人間から濃密な殺気が漏れる。
毛が逆立ち、笑い声をあげてしまう。
「ク、ハハハ! 面白い人間たちだ。良かろう、話してやろう。だが、我と本気でやり合ったら生きて帰れると思うなよ」
こうして、我とヤコブはギルドの奥に連れていかれるのであった。
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