第5話

 踏み固められた道を走る。この人の形をとっていても、本質は変わらない。ゆえに何時間でも走り続けることが可能だった。

 そうは言っても、動けば動くだけ腹は減る。時折、道から外れ、狩りをして腹を満たす。それを1日5回行い、夜は短時間だけ眠る。そんな行程で丸一日が経過した頃、大きな都市が見えてきた。

 村長に教えられた通りの方角にあるのは、ノンス帝国の西南に位置する都市、火と大樹の街クルーン。

 その名の通り、都市の至る所から煙が上がっており、中央には大樹が根ざしている。

 大樹の太い枝は人一人よりも大きいようで、穴が開けられ、装飾が施され、住居の役割を果たしていた。


「見事なものだ」


 活気ある都市に目を奪われた。

 どことなく触れ難い気を纏う門をくぐると、木板で舗装された道を歩き、目的地へと向かう。

 人間の世界では衣食住が必須である。そして、それを手に入れるためには金が必要なのだ。

 我は人間の使う文字というのが読めない。そのため、自然とやれることは限られてしまう。


 目的地へと歩く、一本、また一本と奥の、細い道に入っていく。

 すると次第に辺りの雰囲気が悪くなっていく。道端に座り込む人間が多くなり、皆一様にギラギラとした殺気立った気配を漂わせている。


 ここまで来れば、あと少しか。さて、いつだ。いつ来る。


 見渡す。我と視線があった者はいなかった。


 なぜだ、なぜなのだ!?

 村長は言っていた。いくら綺麗な場所にも光と影があり、影の部分である裏の道は治安が悪く、柄の悪い人間も多いという。

 それはひとえに彼らが悪であるからというわけではなく、生きるために必要だからこそそうなならざるを得ないそうだ。

 そして、彼らが生きていくために必要なことは、恫喝、強奪、時に殺人である。

 我もそういった輩からならば、気に留めることなく始末することができる。ゆえに手っ取り早く金を稼ぐ手段だったのだが……何故だか我の前を塞ぐ者はおらず、蜘蛛の子散らすように逃げていく。


 肩を落として、もう一つの目的地に向かおうとした時だった。


 奴に出会ったのだ。

「そこの旦那。こんなとこで何をお探しで?」


 薄暗い路地から現れたのは腰や背に武器を持つ薄汚れた男だった。


「そうだな。言うなれば、貴様のような奴を探していたところだ」


「ほお、あっしをお探しで。ここいらにはごろごろいるはずですがねえ。まあ、ここで話をするのもなんです。ついて来てくだせえ」


 男は背を向けて歩き出した。

 ふむ、油断させて隙を突こうというのか。だが、そんなものは存在せず、油断しておるのはそちらの方だ。


「もらった!」


 剣を抜き、男の首に向けて剣撃を放った。


「ーーッ! 陽炎ォォッ!」


 男の姿がゆらゆらと揺らぎ、周囲の景色に溶け込んでいく。我が刀は空を切った。


「危ねえじゃねえですか。何だってこんな真似を。あっしは旦那に危害を加えるつもりはありゃしやせんぜ」


 少し離れた所に現れたの男は額の汗を拭いながらそう言った。

 心臓の音、瞬きの間隔、汗の臭いから奴の思惑を図る。

 ふむ、なるほど。

 好奇心、警戒、ほんの少しの恐怖はあるものの本当に敵意、殺意の類いはないようだった。


「その言葉、嘘偽りはないな?」


「神に誓って、そのつもりはありませんって!」


 慌てて答える男に認めざるほかないようだ。こ奴は目当てのものではないと。


「先程は悪いことをしたな。もはや、用はない。さらばだ」


 刀を納め、振り返ろうした。男はそれに待ったをかけるように早口で喋る。


「旦那、待ってくだせえ。せめて、あっしの用だけでも聞いていってくれやしませんか?」


 斬りかかっておいて、これで済むならばと、頷き返した。

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