第4話

「お、頭ぁっ!」


 縋るような視線が新たに現れた男に集まる。

 頭と呼ばれるその男、他の者よりも一回りは大きく、腰にはいくつもナイフが差してある。


「ここの頭は貴様か?」


「ああ、そうだぜ。にしても、派手にやってくれるじゃねえか」


 頭は我を上から下まで眺め、ニヤリと笑う。


「だが、まあ。てめえが頭を下げて、俺の下に付くってんなら、許してやらぁ。さあ、どうする。拒めば、死だぜ」


 仲間を倒した相手を抱え込もうというのか。頭となるだけの度量はあるようだ。だが、その問答は無用である。


「答えは否だ。それで、貴様はどうするのだ?」


 腰の得物に手を伸ばす。鈍く光る銀が月を映す。


「言っただろうが、死にやがれ!」


「威勢が良いわりには随分と鈍いな」


 頭の動きは遅い。いや、我からすれば、遅くない人間の攻撃などはなかったが。

 ナイフを握る腕に力が入ったと感じ取った瞬間には刀を振り下ろしていた。

 回避も、防御も不可のタイミングでの攻めだったはずだ。だが、


「チィッ! 流水の如く」


 我の刃に合わせるように、頭が動く。ナイフの上を滑る。

 完全に力を受け流され、刀が地面に突き刺さる。


「なんだと……っ!」

「ぐぁあっ!」


 奇しくもお互い同時に声を発した。方や驚愕、方や苦悶である。

 到底、反応できるような速度ではなかったはずなのだがな。だが、事実として躱されてしまっている。

 頭は腕を抑えて蹲っている。かなりの負荷がかかっていたようだ。悪態をつきながらも立ち上がる。

 ようやく、我は理解した。人間の恐ろしさを。


「許さねえ。てめえは俺を、俺にぃっ!」


 頭は吠える。纏う気配が変わり、風が吹き荒れる。


「ぶっ殺す! 狂戦士の血ぃっ!」


 一つ一つの動作が加速した。激昂し、顔が、いや、身体中が赤くなる。それだけじゃない、内側から血が流れ出た。

 だが、頭はそれに気を止めることなく、突き進む。

 命を賭した攻撃。確かにそうなのだろう。しかし、哀しいかな。それでも止まって見えるから、ゆっくりと動き出した程度の差しかない。

 迎え撃つべく刀を合わせる。思いの外重い一撃である。

 一度受け止められても、足を止めなかった。次々とナイフを繰り出す。疲労も、痛みもあるのだろう。次第に顔色が悪くなる。

 しかし、その瞳に決して諦めの色が浮かぶことがなかった。

 頭は再び雄叫びをあげ、半歩下がった。


「来いっ! 全てをぶつけてみせよっ!」


 頭が体を深く沈め、そのままの体勢で距離を詰めた。


「餓鬼の爪牙!」


 下からすくい上げるようにナイフが迫る。刀を前に出し受け止める。

 いや、止まらない。刃を削られながらも、滑らせる。刀から離れた途端、切り替え、上から再び迫る。

 得体の知れない悪寒に従い、後ろに跳躍。見ると、左腕に浅い切り傷ができていた。


 こ奴は危険だ!


 頭の動きに合わせて、刀を突き出した。

 しかし、頭は刀に押されたかのように半身を傾ける。


「あああぁぁあっ! 木の葉の舞!」


 我の懐に潜り込み、吠えた。


「死ねえぇっ! 首狩りィイイッ!」


 頭が両腕を後ろに引く。ダメだ、これ以上は止めなければっ!


 ーーグルルルァアァッ!


 反射的に放たれた咆哮が爆音をかき鳴らし、確かな質量を持って周囲の空間から異物をはじき出した。

 もちろん、近くにいた頭が大きな被害を受けた。

 両耳からは血を流し、うわ言をつぶやいている。


「なかなか、よき闘争であった。人間の力しかと覚えたぞ。では、さらばだ」


 地面に赤い水溜りが広がった。

 頭を失った賊にろくな力は残っておらず、数十分の間でこの村に住む人間はいなくなった。

 賊村を壊滅させてから、早数日。その次の日には発とうとしていたのだが、アレヨアレヨと言う間に祭り上げられ、村にとどまることとなった。

 1日に数回狩りをし、残った肉を村人に分け与える。

 結果、1日の多くの時間が暇になった。村人がせっせと宴の準備をする最中、人間についての情報を聞いたり、自己鍛錬を行ったりしていたのだが、我に興味を持った幼子たちに群がられることとなった。


『ハッ、ハッ、ハッ!』


 我の近くで各々の好きな武器を手に取り、素振りを続けている。木刀を持っているものが多いのは、我の影響を受けたからだろうか?

 のどかで暮らしやすい村だと思う。我も一族の危機がすぐそこまで迫っていなければ、もっと長い間滞在をしてみてもいいのだが、そろそろ終わりだな。


 件の幼子の祖父はこの村の長だったようで、そやつに今夜出ることを伝える。

 当然のごとく、引き止められた。我が頑として首を縦に振らないところを見て、せめて朝になってからではどうかと言われた。それも断る。我にとっては昼も夜も変わらず行動できる。

 この村で最後の宴は今までにないほど盛大に行われた。皆が口々に我に礼を述べ、時には涙を流して精一杯の感謝を告げた。


 そして、頃合いを見て、立ち上がる。


「世話になったな」


 背を向ける。一人の幼子が我の手を取った。

 手元を見れば、腕を懸命に伸ばして、我に手を伸ばしていた。


「ぜ、ゼロさま! おれ、おれ強くなる! だから、だからさ。その時はおれを仲間にしてください!」


 嘘偽りのない、純粋な好意を受け、笑みが漏れる。


「ああ、我の隣に立てる時が来たならば、我の方から頼もう」


 幼子は瞳を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。


「や、やくそくですっ!」


 頭を撫で、後は振り返らずただただ前に進んだ。

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