第3話
不愉快な見世物が終わり、蹲っていた男はその家族に支えられながら、家に入っていった。
さて、我は一仕事するかの。
ここに住む幼子たちはみな一様に細く、小さい。それを見れば、食べ物が足りていないことは明らかだった。
ふらり、ふらりと森の中を歩き、手頃な獲物を見つけた。
ーー鎖群狼。
土を操り、足を捉える魔法を使う狼である。その魔法だけでなく、その体躯も我と同じくらいの大きい。目線の位置がぴたりと合うのだ。
雨に濡れた土は柔らかく動かしやすく、それでいて足を縛るにも最適。ゆえにこのような天候の時はこ奴らの狩場である。
だと言うのに、我と目を合わせた途端、鎖群狼はじりじりと下がり始めた。
低い唸り声を上げながらも、尾がペタリと垂れている。
力の差を感じ取ったか。だが、もう遅い。
刀を抜く、その次の瞬間には二頭の群狼の首が落ちる。
「ふむ、もう少し肉が必要かの」
肉付きの良い個体に狙いを定める。
もはや、群狼の威厳はなく、ただ生にしがみつく哀れな獣たちがいた。
前に身体を倒して、足に力を入れて大きく踏み込む。
ただの一歩で距離を詰め、刀で二頭、手刀で一頭を斬り倒した。
雨が返り血を洗い流す。
足を止め、辺りを見渡すとすでに獲物はどこにもいなかった。
「これだけあれば、十分かの」
五頭を【獅子の大尾】で纏め、持ち上げる。幼子の待つ村へと歩を進めた。
「さあ、遠慮せず喰らうが良い」
ドンと音を立てて、群狼の亡骸を置く。この様な小さな村だ。これらを置くだけで広場が小さく見える。
「ははっ、何から何まで……なんと申し上げれば良いか」
「よい、些事である。さあ、幼子たちにこれを振る舞うのだ」
頭を地につけて、謝辞を述べるのを止める。言葉では腹は膨れない。どこの種族でも年寄りは話が長い。
人間たちは生で食べることはせずに、火を使い始めた。火を使うなど、我らは特別な時にしか使わないが、人間は違うようだ。
肉の焼ける音、脂が弾け、辺りに良い匂いが立ち込める。
いよいよ、焼き上がるかというところに、一人の男、先程膝をつき泣きながら、暴行を止めるように懇願していた初老の男が簡易的な壇の上に立った。
「皆の者! 我らは英雄様に助けられた。それどころか、この様に肉まで頂くことが出来た。まずは皆で英雄様に感謝を」
広間に集まっていた村の者たちが一斉に頭を下げた。老若男女を問わず、下げるその光景は少々異様なものだ。
しかし、いつまで頭を下げているのか。これでは食べられないではないか。どれ、一言申すか。
「頭を上げよ。我にとっては悪漢を倒すのも、肉を獲るのも同様に些事である。
心置きなく食してくれ」
我が言葉を引き継いで男が口を開く。
「さて、英雄様のお言葉通り食べよう!
では、手を合わせよ……頂きます」
人間の食事とは静かだな。皆、言葉を交わすことなく、勢いよく頬張っている。
しかし、身体が小さいこともあってか、小食で村の皆が二頭分を食したところで、腹は満たされ、残りは乾燥させて取っておくのだという。
そして、食事が終わると幼子たちが足元に群がった。
「ねー、えいゆうさまの名前はー?」
「わたしもききたい!」
「ぼくも!」
ふむ、名乗っていなかったか。
「我が名はゼロ=クレインである!」
我が名はゼロ=クレイン。ゼロは我が我となった時には、その名があった。そして、クレインは我が師、黒い大きなものであるクレインの名からそのままとった。とは言え、我には白いのクレイアも師であるため、どちらにするか迷ったが、クレイアと名乗るのは少々癪であったため、クレインを選んだ。
村人から頼まれ、ある集落にやって来ていた。
その集落は堀に杭、そして、櫓と少々物々しい。こんな辺境の地には珍しほどの守りの固い村なのだそうだ。
よっぽど、魔獣の被害がひどいのか、それとも別の理由があるからなのか。彼らは人を恐れているからだ。そう思うに至る後ろめたいことを抱えているのだ。
人呼んで賊村。件の男たちの仲間が住んでいるのだという。冒険者に討伐依頼を出したのだが、この守りの固さゆえにあえなく返り討ちにあったそうだ。
「英雄様、あそこに奴らの頭がいます」
こ奴は我に泣きながら頼んだ幼子の叔父だそうだ。どことなく面影が似ている。
そして、その男が指した先には他の家よりもひと回りほど大きく、壁に穴が見られないよく手入れのされた家である。
「うむ、ご苦労であった。これより先は我に任せて下がるが良い」
「いえ、俺、いや、私はこのまま共に戦いたいです」
そう言って頭を下げた。この我に手を貸したいとな、殊勝な心がけではあるが。
「要らぬ。邪魔だ」
力無き者の助力など必要としない。
男は俯き歯噛みした。
「なに、すぐに終わる。心配無用だ。では、行ってくる」
「は、はい。ご武運を!」
男から少し離れ、鞘から刀を解き放つ。そのまま薙ぎ払った。
大太刀から放たれた剣気が風を切り、そして、杭を喰い破り、家屋に炸裂した。
辺りに騒然しい空気が満たされる。怒号が飛び交い、不躾な視線が我に向けられた。
「てめえ、こんなことしてどうなるか分かってんだろぉなぁ!」
威勢良く吠える人間たち。恐怖感も、緊張感もない。我が本能がこ奴らに脅威はないと理解してるのだろう。
「御託は良い。疾くかかって参れ」
刀が地面に触れる。口を開いていた男は物言わぬ骸と変わった。
目にも留まらぬ一撃で仲間が倒されたという事実を理解するまでにかかった十数秒でさらに三人が倒れる。
喧騒は一転して、静寂へ。奴らの顔には大量の汗が浮かび、頬が引きつっている。そこにはあるのは紛れもない恐怖だ。それでも逃げ出さないのは、勇敢からなのか、諦めからなのか、それとも、
「ったく、五月蝿えから何かと思えば、相手は一人じゃねえか。
ビビってんじゃねえよ。ここから逃げ出した奴ぁ、俺が殺す」
これ以上の恐怖があるからなのか。
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