一章 『呪い』2/2

二人と進藤がはぐれてから、数十分経った。

 とりあえず、下に向かって歩いているところだ。

 二人は無事なのだろうかと、進藤は柄にもなく考えている。

「二人は……いないな……」

 進藤は下駄箱まで来ており、ドアを開ければ外に出れる。

 待つべきかとも思ったが、中で待つより外で待つ方がいいのは、明確だった。

 あの妖怪がいつ襲ってくる以上、中にいるのは得策ではない。それに、外にいる可能性だってある。

 進藤は、ドアを開けようとした。

「ん……あ、あり?」

 ドアは、びくともしない。鍵も閉まっていなく、誰かにドアを押さえられているようだった。

 ガチャガチャと、何度もドアを押したり引いたりするが、開く気配はない。

 進藤の顔から血の気が引いた。妖怪のいる学校に閉じ込められてしまったということに恐怖した。

 ドアを無理矢理破ろうと蹴ったりしても、びくともしない。

「くそっ! なんで開かないんだよ!」

 荒れる息の中、微かに足音が聞こえた。

 進藤は、羽鳥達が来たのかと思って、その方向に目をやった。

「あ、あれって……」

 歩いていたのは、人体模型だった。心臓にぽっかりと穴の空いた人体模型は、進藤を見つけるとゆっくりと近づいてきた。

「し、心臓…………カエセ……」

「ひっ!?」

 進藤は、動けなかった。金縛りなどではなく、単純に腰が抜けてしまっている。

 怪談の通りだと、心臓を返せば許してくれる。それに気付いた進藤は、ポケットから心臓を取り出そうとした。

「な、ない……落としたか……ははっ……」

「カエセ……」

 ポケットには、心臓は入っていなかった。何度探しても、空のままだ。

 気でも狂ったのか、進藤は笑っていた。自分でも頭のおかしくなっていることに気付いていながら止まらなかった。

「カエセ……」

「ハハハハハハハハハハハハッ……!」

 人体模型の手は、ズブリと進藤の胸を貫いた。そのまま、心臓を握りしめ取り出した。

 人体模型は、そのまま満足そうに歩いていった。

 進藤に息はなく、血が大量に出ている。確実に助かる見込みはなかった。



   ****



 霜田は、今までにないほど全力で走っていた。息がぜぇぜぇと荒れるが、気にしない。

 早く外に出て、助けを呼んでくる。そして、みんな生きて帰ることそれだけを考えていた。

 もうすぐ、十三階段の場所だが、霜田はそのまま全力で駆け下りていく。

「ハァハァ……ッ、ハァハァ」

 足がつりそうになりながらも、全力で、ただ全力で走っている。

 それでも、気付いてしまった。この階段が一段増えていることに……。

 いつも使っている階段だからか、感覚で分かった。いつものように、降りていると一段多いことに。

 怪談では、多いことに気付くと異世界に飛ばされてしまうという。

 その通りだった。霜田は急に下に引っ張られる感覚に襲われ、そのまま暗く、何も見えない場所に落ちていった。

「キャアアアアアアアアア!」

 その空いた穴は、すっと閉じ、霜田が出てくることはなかった。



   ****



 夜の学校の前で、秋人は呟いた。

「駄目だな……今日は……」

「秋人?」

「まだ、電気が付いてる。多分、先生達がいるんだろうな……」

「この時代の先生というのは、熱心なのだな」

 職員室の場所からは、光が漏れており、声もする。

 流石に、先生がいる中で幽霊退治も妖怪退治も出来ない。

 秋人は、肩を落とした。そのまま、とぼとぼと家の方に向かった。

「菊花、言うの忘れてたけど、明日集まりがあるぞ」

「秋人……」

 菊花は呆れた表情で、秋人を見た。それでも、これはいつものことだからと、それほど気にはしていない。

「あ、あの!」

「ん?」

 後ろから声がした。その女には、見覚えがあった。確か、秋人と同じクラスの生徒だ。

 その生徒は少し息を切らしていて、走って来たようだった。

「秋人君……美月ちゃん達見なかった?」

「美月? 誰だそれ?」

 秋人は、顔は覚えていても名前は知らないというのがほとんどだ。この生徒の名前も知らない。

 すると、彼女はスマホを取り出し、写真を見せた。

 秋人も見たことはあったようで、はっと思い出した。

「悪いけど見てないな……何かあったのか?」

「うん……肝試しに行ったまま帰って来なくて……」

「肝試し? 学校の怪談か?」

「そう」

 秋人にも、多少の予感はあった。

 教師がいる割には、妖気がいつもより多い気はした。それでも、多少だったので気にする程ではないと思っていた。

 時空の乱れが生じる程の妖気となると、かなり強い霊や妖怪がいると見て間違いない。

 この街にも、久しぶりの犠牲者が出てしまっているかも知れない。

「そいつらが出かけたのは何時だ?」

「多分……十二時ぐらいかな……」

「もう一時間以上経ってるじゃねぇか……クソっ!」

 時刻は、そろそろ二時を迎える。霊の活発化する時間帯まであと少しだ。

(素人に一時間も持ちこたえられるか……? いや、無理だ。最悪全滅してるかもな……)

 秋人と菊花二人では、正直荷が重い。いかに、一流の呪解師だっとしてもこのレベルの怪異を七体……いや、六体でも解決できるものではない。呪解師をあと数人呼んでから、行った方が得策だ。

 でも、秋人は……

「菊花……行くぞ!」

「分かった」

「えっ?」

 秋人は、とても普通の人間が出せない速度で走った。

 学校にも一瞬で到着した。

 秋人は、お札を数枚空に投げた。すると、菊花が霊力を込めた刀を投げ、結界内に穴が空いた。

 そのまま、二人は結界内に侵入した。



   ****



 結界内には、もう一つの学校があった。色も形も窓の数も全て同じだ。ただ一つ、違うとするならば、この禍々しい雰囲気だ。妖気が結界内に満ち満ちている。

 秋人や菊花でも、思わず吐き気がする程だ。

「こりゃあ……やばいな」

「秋人……今からでも助けは呼んだ方がいい」

「けっ、あいつらに助けてもらうなんてごめんだ」

 強がりを言ってはいるが、相当やばい。怪異一人で、呪解師五人はいるかも知れない。相当の怪異だ。

 それに、このパターンの怪異は殺されたものが悪霊になるケースが多い。あの、美月あたりも悪霊になっている可能性もある。

「出し惜しみをしている余裕は……なさそうだな」

「おおぬさ程度でいけるのか?」

「微妙だな……最悪、あれを使うさ」

 秋人は、腰に掲げた小さな刀をぽんぽんと叩いた。

 おおぬさは、祓う時に使う道具だ。神社などでよく見かける棒に白い紙が付いているやつだ。

 祓うのによく使われるが、このレベルの怪異は厳しい。果たしてどれくらい効き目があるか。

「入るぞ……」

 昇降口の扉をギギと音を立てながら開けた。

 まず、最初に目に入ったのが赤いシミだ。べっとりと付いており、簡単には落ちそうにない。赤いシミには、引きずった後の様なものがあった。

 この場合、赤いシミがペンキなどであるはずがない。確実に血だ。まだ、触ると少し付くといったところだ。時間はそれほど経っていない。

 引きずった後は、生きているのか連れ去られたのかはそれは分からない。でも、早く見つけた方がいいのは確かだ。

「急ぐか……」

「待って」

「何だ……これ?」

 菊花が渡したのは、一枚の紙切れだった。恐らくは、ここに来た者が落としたのだろう。

 開いてみると、学校の怪談が七つ書いてあった。いわゆる、七不思議だ。

 それは、破れているようで二つ目まで記載されていた。

 ただ単に破れているようにも見えるが、これは霊の仕業だろう。それも、良い方の。

 ここで死んで悪霊化せずに済んだ霊が成仏したがっているってところだろう。こうやって、ヒントを運んでくる時がある。悪霊が楽しんでやることもあるが、ここの霊は凶悪過ぎてそれはない。

 二つ目までしかないのは、悪霊に邪魔されたからだ。そのせいで悪霊化している可能性もある。

 まあ、順番に行きたいところである。でも、生き残りを探す方が先だ。

「とりあえず、この階はいなさそうだ。上に行こう」

「分かった」

 十三階段を避けて通るように上に向かった。怪異を見つけるより、先に生き残りが優先だったからだ。

 二つ目の理科室も避けて通った。

 この状況であれば、怪異のいる所に寄る奴はいないだろうし、探すのにもいい。問題は、固まっているのかいないのかだ。

 人数が少ないというだけで、死のリスクは高まる。怪異も楽に殺せる方を選ぶからだ。何かしらの手を使って、バラけさている可能性もある。

 そう……だから、こんな風に怪異は寄ってくる。

「見た感じ……ここの生徒か?」

「たぶんそう……でも、悪霊化してる」

「面倒だな……」

 悪霊の数は三体。写真の生徒とは違うからまだ死んではいないのだろうか?

 でも、この悪霊達ならすぐに祓える。厄介なのは数だ。一人を祓う間に邪魔される。

 ここの七不思議を解決すれば、悪霊達も解放される。今は撤退だ。

「撤退だ!」

「分かった」

「清め給え!」

 秋人は、清めの塩を悪霊に投げつけた。祓うまではいかないが、弱らせることは可能だ。

 悪霊達は呻きを上げ、その場で苦しんでいる。

 呪解師であれば、怪異を物理的に倒すことも可能だ。でも、それは基本的にはしない。

 妖怪であれば、物理で片付けることもある。でも、霊は別だ。

 霊には、基本的に成仏してもらう。魂を浄化させ、あの世に行ってもらう。強制的な成仏は、その魂を終わらせることになるとされている。善人に転生させること、それも呪解師の仕事のうちだ。

 秋人達は、教室に閉じこもった。外の扉に盛り塩をし、教室の四隅にも盛り塩をした。

 これで霊の侵入をある程度防げる。拠点としても使えるだろう。

 これで、生き残りも多少安全になっただろう。安全地帯があるというだけで、幾分かましになる。

「……菊花、札(ふだ)は何枚だ?」

「私のは、十五枚。基本的に私は刀だから……」

「俺は、五十枚何だが……足りると思うか?」

「分からない……」

「だよな……」

 悪霊の数があれで全てというならまだしも、他に何体もいるはずだ。

 聖水や塩、おおぬさや切麻(きりぬさ)があっても、足りるかどうかと言ったところだ。

 ある程度弱めた上でお札を貼れば、成仏、または、封印することが出来るだろう。

 でも、弱めるのが難しい。一斉に来られたら終わりだし、何より七不思議を全て知らない。手助けしてくれる霊がいたとしても、なかなか難しいだろう。

 秋人は悪霊がいないことを確認すると、扉を開けて勢いよく出ていった。

 生き残りは、隠れている可能性が高いと考え、トイレに向かった。

 人間は個室のような所だと安心する。背後を取られることもないし、比較的安全に見える。

 でも、それと同時に逃げ場もない。かなり危険な場所だ。

 秋人は一番近くのトイレを確認した。でも、誰もいない。女子トイレも男子トイレもだ。

 他にもトイレは探した。どこにもいなかった。もしかすると、はぐれた仲間を探しているのかも知れない。

(だと、すると……)

 秋人は屋上に向かった。恐らく、上から探すという単純な手だろう。単純だが、有効だ。状況確認は何よりも大切だ。

 屋上で菊花と別の方向を見ながら、確認した。

「ああ! いねぇよ! どこだ!」

「秋人! あれじゃないの?」

「あいつは……」

 写真に写っていた一人だ。以下にも爽やかイケメンといった感じの男だ。

 そいつは、反対側の校舎の廊下を走っていた。体力もかなり消費しているようだ。かなり探し回ったんだろう。

 怪異の類は近くにいないが、危険だ。早く合流した方がいい。

 秋人は、急いで反対側の校舎に向かった。



   ****



 息は切れ、今にも倒れそうなほど疲れている。それでも、必死に走る。

 羽鳥は、進藤を探し回って三十分以上も走り回っている。

 運動部である羽鳥には、本来であればそこまで疲れる程走っている訳ではない。だが、この緊張感のせいで疲れるのは早まっていた。何もしなくても、疲れる。それぐらいの緊張感だ。

 助けが来るなどという甘い考えも羽鳥は持っていなかった。こんな時間に滅多に人など来るはずもない。

 来たところで何ができるとそう思った。この怪物相手に。銃? 刀? そんなものがあったところで通用するとも思えない。

 羽鳥は、本格的に死を直感していた。

 ガラガラと扉が開く音が聞こえた。

 音は、すぐそばの三年の教室。あの怪物の可能性もあるが、怪談通りで行くなら比較的安全な方だ。

 三年の教室の怪談は存在しない。進藤の可能性が高いだろうとそう考えた。

 羽鳥は、その教室に飛び込むように入った。

「圭っ! いないのか!?」

「あ、あれ? 慎二君?」

「無事だったんだな! 早くここから出よう! 美月ももう外にいるはずだ!」

「おう!」

 教室にいたのは、間違いなく進藤だった。顔も声も、骨格や服も全て同じだ。違うところなど何一つない。

 羽鳥と進藤は、急いで教室から飛び出た。進藤が見つかったのであれば、長居する必要はない。

「圭、もっと急ぐぞ! あの怪物が来る前に!」

「でも、疲れたんだ……それに、あの足も人体模型も来ないさ」

「何でだ……?」

 羽鳥は、自分でもなんで立ち止まったのか分からなかった。でも、この話は聞かないといけないような気がした。

 進藤は、息を整えながら話をした。

「足は多分あの廊下だけだろ? 怪談通りで行くと」

「そうか、だから、思って来なかったのか……」

 あの廊下では、追ってきたのにそれ以外は全くだった。怪談通りに行動しているということだろうか?

 人体模型は? と思った。でも、そこでようやく気がついた。

「心臓を返したんだな?」

「ああ、襲ってきたからな! 心臓を渡したよ……」

「無事で良かった……」

 羽鳥は、安堵の息を漏らした。これで危険はかなり減った。

 あとは、問題の隠された七つ目の怪談だ。七つ目は知ったら死ぬとかではなく、知らない。七つ目のことは誰も知らない。だから、知ったら死ぬでもおかしくはないのかもしれない。

 羽鳥と進藤は、再び走り出した。羽鳥は、緊張感からほとんど解放されていた。進藤が生きていたということ、ほとんど怪物に殺される可能性がなくなったこと。これがなくなりさえすれば、羽鳥はいつも通りになれる。

 ポチョンと液体が床に落ちたような音がした。水道の水が落ちたのかとも思った。

 でも、おかしい。音は、走っても遠ざかることがない。まるで、すぐ後ろを付いてきているような……。

 不意に後ろを見た。そこには、ただ進藤が付いてきているだけ。特におかしいことはない。

 そう思い、ふと視線を下に落とした。

 ポチョンと再び音が鳴った。さっきと違うのは、音の発信源が分かったことだ。

 進藤のパーカーから、血が滴っている。さっき見た時には血なんかなかったのに、今はパーカーの胸の辺りが特に真っ赤だ。

 怪我をしているのかとも思った。襲われたと言っていたから。でも、明らかにこんなに走れる程の怪我じゃないのは分かる。

 羽鳥は、立ち止まり聞いた。

「渡したのは、どっちの心臓だ?」

「……」

 進藤は、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をした後、笑い出した。

 人体模型は、心臓を返さなかった場合、自分の心臓を取られる。それに、進藤の胸の辺りの血の染み。これが全てを物語っていた。

 狂ったように笑っていた進藤は、急に笑いを止めた。

 進藤は、血色のない顔でニヤリと笑った。

「慎二君ー……心臓ちょうだーい……」

「うっ……」

 逃げきれないとそう羽鳥は悟った。心臓を取られ、死んでしまうのだろう。

 羽鳥は、目をぎゅっと瞑った。

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